1-7 初めてのレベルアップ



「わかりました、ここまでですわ」


 パンパン! と手を叩き、ウェルヘルミナが終幕を宣言する。


「赤リンの事は私が責任を持って調べさせましょう。そして土の神官。まだ貴女が犯人だと決まったわけではないけれど、身柄は拘束させてもらいます」


 彼女の指示により兵士たちが動きだし、黄色の神官は連行されていった。


「お見事でした、テル様。あんなにアッサリ事件を解決してしまうなんて……もしかしてこれが[探偵]の能力なのですか?」

「えっと……どうでしょう? ジョブの力は分かりませんけど、ボクの世界で探偵と言えば『難事件を解決する人』って感じですね」


「なるほど、そうですか…………厄介ですね」


「……へ? 今なんて……?」

「なんでもありませんわ。ともかくテル様、事件解決ありがとうございました」


 そう言いウェルヘルミナは照に向かって深々と頭を下げた。


「い、いやそんな……ボクなんか全然……」


 照れた様子の照の頭に、唐突に天の声が響く。


『事件解決によりジョブスキルがレベルアップします』

『[探偵術]が1から3にレベルアップしました』

『アクティブスキル[探偵の鑑定眼]を取得しました』

『アクティブスキル[探偵の魔探眼]を取得しました』


(うぉっ! 今、レベルが上がった! しかも二つも?)


「すみませんウェルヘルミナ様、ちょっと外します……」


 ウェルヘルミナに断りを入れると、照は人だかりを外れてからステータスを確認する。


――――――――――――――――――――

 名前:惣真 照(そうま てる)

 性別:男 年齢:16 種族:人間

 状態:なし

 ジョブ:[探偵]

――――――――――――――――――――

【称号】

 [異世界からの来訪者]

――――――――――――――――――――

【ジョブスキル】

 [探偵術レベル3]

――――――――――――――――――――

【ステータス】

 レベル:1

 HP:30/30 MP:18/18

 攻撃力:15 防御力:10 魔法力:12

 俊敏力:8 幸運値:35

――――――――――――――――――――

【アクティブスキル】

 [探偵の鑑定眼]new

 [探偵の魔探眼]new

――――――――――――――――――――

【パッシブスキル】

 [経験値×10倍][死神体質]

――――――――――――――――――――

【取得スキル解説】

[探偵の鑑定眼]

 探偵術レベル2で取得。

 鑑定(上級)と同等のスキル。

 人物やアイテムなどを鑑定し、ステータスの全てを見る事ができる。

[探偵の魔探眼]

 探偵術レベル3で取得。

 スキルの痕跡を見る事ができる。

 痕跡に重ねて鑑定を行う事で、どんなスキルが使われたかが分かる。

――――――――――――――――――――


(新しく得たスキルは[探偵の鑑定眼]と[探偵の魔探眼]か……)


 ステータスを見た照は独り言ちる。


([探偵の鑑定眼]の方は鑑定系のスキルだね。

 レベル2で覚えられるのに、いきなり上級と同等ってのはすごいんじゃないの?

 これってもしかして……鑑定系チート、できちゃうんじゃないかな?

 ……よし、ちょっと使ってみよう)


 照は試しにと、こっそりとウェルヘルミナに[探偵の鑑定眼]を使用してみる。


――――――――――――――――――――

 名前:ウィルヘルミナ・アインノールド

 性別:女 年齢:15 種族:人間

 状態:なし

 ジョブ:[魔物使い]

――――――――――――――――――――

【称号】

 [ラッキースター][アインノールド侯爵][クレイジーサイコレズ]

――――――――――――――――――――

【ジョブスキル】

 [鞭スキルレベル4][隷属魔法レベル4]

――――――――――――――――――――

【ステータス】

 レベル:18

 HP:166/166 MP:165/165

 攻撃力:108 防御力:66 魔法力:87

 俊敏力:64 幸運値:551

――――――――――――――――――――

【アクティブスキル】

【鞭スキル】

 [ツインウィップ][バインド][クイックスラップ]

【隷属魔法】

 [テイム(初級)][従魔鑑定][コーリング]

――――――――――――――――――――

【パッシブスキル】

 [幸運+500][カリスマ性(小)][精力増強(小)][攻撃力+25P][従魔の絆]

――――――――――――――――――――


(お、ちゃんと出たな……って……ふぇっ? なにこのステータス……?)


 ステータスを表示することには成功したものの、いくつかあるヤバめな項目に気付き、冷や汗を垂らす照。


(称号にある[クレイジーサイコレズ]って何?

 確かにウェルヘルミナ様って男のボクにキツいし、周りは女性ばかりで固めてるけど……。

 え、そんな称号がつくくらい危ない人なの?

 それにジョブスキルにある[隷属魔法]って……これもヤバくね?

 名前からして、とてつもなくブラックなスキルの気がするんだけど……。

 ど、どうしようコレ、二重鑑定とかできないのかな……?)


 照はステータスをつついてみる。

 すると――ステータスの上に新たなウインドウが開いた。


(うぉっ! 出た! できるじゃないか二重鑑定! どれどれ……)


――――――――――――――――――――

[隷属魔法]

 ジョブ[魔物使い]を得ると覚えるジョブスキル。

 闇系魔法の一種で、魔物を隷属させるための魔法。

 魔物以外には効果のないスキル。

――――――――――――――――――――


(なんだ、魔物にしか効かないスキルなのか。隷属魔法なんておどろおどろしい名前だから、てっきりヤバい魔法かと思っちゃったよ)


 鑑定結果を見て、安堵し胸を撫でおろす照。


(だったらこの称号も、きっと名前だけで大したことは……)


――――――――――――――――――――

[クレイジーサイコレズ]

 とびきりクレイジーでサイコなレズっ娘に与えられる称号。

 近くにいる女性は貞操の危機、男性だったら命の危機だぞ!

 取得スキル:精力増強(小)

――――――――――――――――――――


(ヤベーやつ! これくっそヤベーやつじゃん!)


 あんまりな鑑定結果に、ダラダラと冷や汗が止まらなくなる照。


(何これ……え、ボク殺されんの? ど、どうしよう?

 今のボクのポジションってめちゃくちゃ危険だよね?

 このままじゃダメだ、早く何とかしないと……)


(いやでも、今のオレに何ができるの? うーん……どうしよう……)


(うーん…………)


(………………………………)


(……………………………………………………)


(………………………………よし、とりあえず今は見なかったことにしておこう)


 悩んだ結果、問題は先送り。

 それが照の出した答えだった。


(ここでウェルヘルミナ様の事を考えても仕方ない、後で何とか逃げ出す道を考えよう。

 そのためにも自分の能力をちゃんと把握しておかなきゃ!

 ……ひとまず[探偵の鑑定眼]はこれでオッケーだね。次は[探偵の魔探眼]ってスキルの検証だけど……)


 照は改めてステータスを見る。


(効果は『スキルの痕跡を見る』ねぇ……うーん……。

 ……よし、よくわかんないからとりあえず使ってみよう)


 照が[探偵の魔探眼]を使用してみる。

 すると、周りの兵士や神官達の体から、薄く黒い靄のようなものが出ているのが見えた。


(うーん……この黒い靄がスキルの痕跡ってやつかな?

 なんかここにいる兵士たち全員から出てるんだけど……大丈夫なのコレ?

 ……そうだ、この靄に鑑定をかければ、この魔法がどんなスキルか分かるはず……)


 そして[探偵の鑑定眼]を使ってみると……。


――――――――――――――――――――

 使用スキル…隷属魔法

――――――――――――――――――――


(……へ? 何で?)


 思わぬ鑑定結果に驚く照。


(お、おかしいな? どうして人間から隷属魔法の痕跡が?

 たしか魔物にしか通用しない魔法のはずじゃ……)


 今度は近くの兵士を適当に選んで鑑定を使ってみる。


――――――――――――――――――――

 名前:アクネ・ターウィス

 性別:女 年齢:25 種族:人間

 状態:隷属状態(潜伏)

 ジョブ:[騎士]

――――――――――――――――――――


(状態が隷属状態!

 間違いない、ここにいる兵士のみんな、隷属魔法にかかってる――! 

 でも、人間に効かないはずの魔法がいったいどうして……?)


 照は思わずウェルヘルミナを見る。

 彼女には黒い靄はかかっていない。

 彼女だけが隷属状態ではない、つまりそれは、彼女こそが隷属魔法を兵士たちにかけている張本人だという裏付けになる。


「それでは、来訪者の皆さま。無事とは言い難いですが、『成人の儀』を終える事は出来ました。なので続いて、『誓いの儀』を執り行いましょう」


 そう言って照たち三人を誘う、今となっては恐怖の対象でしかないウェルヘルミナ。

 逆らう事も出来ず、彼女の言うとおりにする照と、何も知らずに従う乃愛と燐子。


 向かうのは『成人の儀』を行ったのとは別の、対となる左側の扉だ。





「さぁ、こちらです」


 ウェルヘルミナが扉を開けた途端、中から溢れ出す黒い靄。

 兵士たちを包む靄と同じもの、だがさらに濃く禍々しく感じる。

 扉の奥は広めで石造りの長方形の部屋。

 奥中央には石畳でできた、プロレスのリングのような祭壇があり、そこには六芒星に似た大きな魔法陣が描かれている。


 黒い霧の発生源はその魔法陣だ。


――――――――――――――――――――

[隷属の魔法陣と支配の祭壇]

 古代の錬金術師によってつくられた祭壇。

 魔物ではないものに隷属魔法をかけるための装置。

 魔法陣の中で服従を誓う事で効果を発揮する。

 祭壇全体が一つの魔道具となっている。

――――――――――――――――――――


(マ……マジですか……!)


 ご覧の通りの魔法陣の鑑定に、背筋に冷たい汗を流す照。


(ボクが推理してたときにウェルヘルミナ様、『言っておきますが他人を操るスキルなんて存在しませんよ』なんて言ってたくせに……超ウソじゃんか!

 ど、どうしよう、もう問題を先送りなんて言ってる場合じゃないよ。

 早く何とかしないと……。

 でも、どうすれば……)


 だが焦ったところで、照に妙案が浮かぶわけでもない。


「誓いの儀式は簡単です。魔法陣の中でアインノールド侯爵領の領民であることを宣言すればいいだけです。『アインノールド侯爵領の領民になります』とでも言えば、それで儀式は終了ですわ」

「そうか、なら今度は私から行こう」


 ウェルヘルミナの勧めに沿って、祭壇に昇ろうとする燐子。


「わぁああああああっ! ちょっと待って燐子さん!」


 それを慌てて止める照。


「どうしたんだ照、そんなに慌てて?」

「それは、えっと……そうだウェルヘルミナ様! 神官長があんなことになってしまって、今は儀式どころじゃないでしょう! 今日のところはここまでにして、続きはまた後日と言う事にしませんか?」

「……おかしなことを言いますね、テル様。後は皆さまが魔法陣の中で誓いの言葉を発するだけで、儀式はつつがなく終了するのです。それなのにいちいち中断する意味が分かりませんわ」

「それは……その……」


「もしかして照は不安なのか? なら大丈夫だ、私が先に儀式をやってみせよう」

「――って燐子さん! やっちゃダメだって言ってるでしょう!」

「何故だ? 理由が分からないぞ」

「だからそれは……うー……あー……」


 必死に考えるが何も良いアイデアが出てこない照は、思わず投げやりになってしまう。


「もう! いいですよ、分かりましたよ! 言えばいいんでしょ! この魔法陣はね、他人の心を操る為の装置なんです!  誓っちゃったら最後、ウェルヘルミナ様に逆らえなくなっやうんです!」

「なっ! 本当かそれは?」


「…………ええ、リンコ様。その通りですわ」


 軽く肩をすくめ、諦念したような態度で会話を拾うウェルヘルミナ。


「その祭壇は[隷属の魔法陣と支配の祭壇]。私が他人を操るときに使う祭壇ですわ。しかしその事を見抜いてしまうなんて……。テル様、やっぱり貴方は厄介な人間だったみたいですね」


 そうしてウェルヘルミナはパチンと指を鳴らす。

 その途端、誓いの儀の間になだれ込んできた兵士が照たちを取り囲んだ。


「ウェルヘルミナさん! これは一体どういう事だ!」

「申し訳ありません、リンコ様。もっと穏便に済ませたかったのですが、こうなっては仕方ありません……。このまま皆様の身柄を取り押さえさせていただきます。抵抗しても無駄ですよ、いくら来訪者とはいえ、レベル1ではここにいる誰にも勝てませんから」


 怒鳴る燐子に、すまなさそうに謝るウェルヘルミナ。

 そんな彼女に乃愛が問いただす。


「それで……私たちをどうするつもりなのかしら、ウェルヘルミナ?」

「ご安心ください、ノア様。手荒な事は致しませんわ。ちょっと監禁するくらいです。ここで無理矢理誓いの言葉を言わせてもいいのですが、わたくしとしてはやはり自発的に忠誠を誓っていただきたいのです。ですからノア様とリンコ様は牢に閉じ込めて、わたくしのものになるようじっくりと説得させていただきますわ」


 そう言って邪な笑顔を見せるウェルヘルミナ。

 その様子に血の気の引く思いの照が、恐る恐るウェルヘルミナに尋ねる。


「それでボクは……?」

「男はどうでもいいですわ。……死んでおきますか?」

「何でもしますので生かしておいてください!」


 焼死殺人事件を、それは見事に解決した探偵は――。

 事件の最後に、それは見事な土下座を見せたそうな――。





 領主の城に戻ってきた照たちは、兵士たちによって地下にある牢屋に連れて行かれた。


「とりあえずここに入っていろ」


 石畳で殺風景な牢の中に、照と乃愛、燐子の三人はまとめて放り込まれてしまった。


「まさかあのウェルヘルミナが、人を支配しようとする悪党だったとは……」


 燐子は腕を組み、深く眉間にしわを寄せる。

 相手が悪人だったことより、見抜けなかった自分に腹を立てているようだ。


「すみません、ボクがもっと早く気付いていれば……」

「いいえ、あの状況で多少早く気付こうが、きっと結果は変わらなかったわ。今は支配の魔法を回避できただけで充分じゃないかしら」


 落ち込む照に、乃愛が励ますように声をかける。


「だから気にすることは無いわよ、照くん」

「そ……そうですか?」

「こうなってしまっては、いくら慌てても仕方が無いわね。あの金髪性悪女が今後どうするつもりなのか、しばらく様子を見る事にしましましょう」

「そうだな、乃愛の言うとおりだ。状況が変わらないなら、変わるまで待つしかないだろうな」

「そうですか……」


 何もできない状況に、三人の表情は晴れない。

 それも当然だ、この先どうなるか分からない不安に、三人の心は押しつぶされて――


「じゃあ乃愛先輩、今のうちに、『なんでも言う事を聞く』って約束を果たしてもらっても……」

「……それは構わないけれど、本当にその権利を行使したら、私は貴方を一生許さないわよ」

「……ごめんなさい、ごめんなさい」


 ――いや、意外と元気のようだ。


「……それより丁度いいわ。やることのないこの機会に、照くんと燐子さんに聞いておきたいことがあるのだけれど、構わないかしら?」

「ボクに聞きたい事ですか? 別にいいですけど……」

「私も構わない。閉じ込められて暇なんだ、何でも聞いてくれ」


「でしたら遠慮なく。まずは照くん」


 そして乃愛は照へと向き直る。


「先程から私、地球での貴方の事を思い出していたのだけれど……」

「えっ! 乃愛先輩、ボクの事知ってくれていたんですか?」

「ええ、一応ね。私が生徒会長に立候補するときに、全校生徒の名前と顔は覚えたから」

「なるほどそれで……。でも全校生徒を覚えてるなんてすごいですね!」

「その反応からして、やはり貴方は私と同じ高校の惣真照なのね」

「はい、そうです! でも、嬉しいなぁ! 美人で生徒会長にも選ばれて、先輩はウチの高校じゃ有名人でしたからね。そんな人に知ってもらえているなんて光栄ですよ!」

「私を有名人だなんていうけど、貴方も充分有名だったわよ。新入生にすごい美人がいると噂になった瀬名陽莉さん、その親友で学年主席の惣真照。この二人は一年生の中では充分目立つ存在だったじゃない」

「えっ、そうだったんですか? 陽莉が目立っていたのは知ってるんですけど、まさかボクまでとは……」


「だけど……ねぇ、おかしいのよ照くん」


「……? 何がですか?」


「だって……私の知っている惣真照は――


 私の知っている惣真照は――女性だったはずよ」



 ――2話へ続く。

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