1-6 初めての殺人事件(解決編)



「犯人は周防さんじゃありません! 本当の犯人はこの中にいます!」


 ミステリードラマの探偵のように、関係者を集めて語りだす照。

 おぉおおお……とどよめきが起こり、皆が照に気を向ける。 


(うぅーっ! ああやって注目されるのは、私だったはずなのに!)


 その姿を恨めしそうに見つめる乃愛。


(それにしても惣真くん……本当に犯人が分かったのかしら?

 この私を差し置いて、こんな女みたいな男が?

 ミステリーを愛し、ミステリーに愛されるべく日々努力を重ねてきたこの私より、あんなハードボイルドさの欠片もないような男が探偵に相応しいというの?

 そんなこと認められない!

 見てなさい、惣真照!

 今から始まる推理劇、ネチネチとアラを探し出し、ボロが出るのを待って、陰険なミステリー評論家のごとく叩きまくってあげるわ!)


 ……その内心はなかなかのこじらせ具合のようだ。





「テル様、本当にリンコ様は犯人ではないのですか?」


 心配そうに尋ねるウェルヘルミナ。


「はい、そうです、ウェルヘルミナ様。なのでまずは、周防さん……いや、分かりにくいし燐子さんの方がいいのかな?」

「そうだな、こちらの世界はファーストネームで呼び合うのが普通のようだ。私もキミのことは照と呼ばせてもらうよ」


 照の配慮に燐子はそう答えた。


「では燐子さん、もう一度ステータスを見せてくれませんか?」

「分かった、ステータスオープン」

「やっぱり……。ほら見てください、ウェルヘルミナさん。燐子さんのMPの値を」


 燐子のステータスが表示され、それを照はウェルヘルミナに見せる。


――――――――――――――――――――

【ステータス】

 レベル:1

 HP:25/25 MP:30/30

 攻撃力:6 防御力:5 魔法力:25

 ・

 ・

 ・


「これは……! MPがマックスの状態ではありませんか」

「そう、燐子さんはまだ一度も魔法を使った事がないんです。つまり彼女に神官長を焼き殺せるはずがない――」

「た、確かにそうですわね……恥ずかしい、こんな事にも気づかなかったなんて……。リンコ様も、それならそうと早くおっしゃって下さればいいのに」


 恥ずかしそうに頬に手を当てるウェルヘルミナに――

「燐子さんはゲームに詳しくありませんからね。魔法を使うとMPが減るという事も知らなかったのでしょう」

 ――そう照が答える。


「ともかく燐子さんが犯人ではないとするなら、他に犯人がいるはずです。

ですが神官長は短時間で全身を黒くなるまで焼かれていた。

服に火をつけた程度ではこうはならない。

こんなことをできる人間がこの中にいますか?」


 その言葉にウェルヘルミナは辺りを見回し――

「……いませんわね、この中には」

 ――そう答えてフゥとため息をつく。


「人が死ぬほど燃やすなんて、火系魔法でないと無理でしょう。

 ですがこの中には火系魔法を使える者がおりません。

 しいて言えば死んだ神官長でしょうか? 彼女は赤服の火の神官でしたし……。

 ――って、もしかして?」


 ある結論を思いつき、驚きの声を上げるウェルヘルミナ。

 その声に大きくうなずく照。


「そうですね。消去法で行けば、神殿にいる人間の中で、被害者である神官長にしか、この死傷火災は起こせない」

「まさか自殺? ですがそんなはず……。だって神官にとって自殺は重罪です。あの神官長が、そんな罪を犯すわけが……」

「だからつまり、あの神官長がよりによって、自殺という大罪を犯して死んだ――」


 そして、一拍置いて照が告げる。


「――という風に思わせる事、それが犯人の狙いだったと考えられます」


「……は? それはいったいどういう……」


 キョトンとするウェルヘルミナに、ドヤ顔の照が言い放つ。


「ですから一つだけ方法があるんですよ。犯人が火魔法を使わず、神官長を焼死させる方法が」





「まっ……待ちなさい惣真くん! ……いいえ、照くん」


 ここで黙っていられなくなった乃愛が口を挟んできだ。


「えっと……何ですか、東雲先輩?」

「……乃愛でいいわ。こちらの世界ではファーストネームで呼ぶのが普通なのでしょう? 私も照くんと呼ばせてもらうわ。……って、それより本当にそんな方法があるのかしら?」

「ええ、東雲先ぱ……じゃなくて乃愛先輩。トリックとしては単純な事です。部屋の外から被害者を操って、火魔法を使わせ自らを焼かせればいいだけの事です」


 それを聞いたウェルヘルミナが反論する。


「……テル様、言っておきますが他人を操るスキルなんて存在しませんよ」


「スキルに頼らなくても、行動を誘導してやることで相手を操る事は可能ですよ。

 実際に現場検証をしたとき、被害者の手に燭台が握られているのを発見しました。

これは被害者が燭台に火をつけようとした、つまり火魔法を使ったという証拠になるでしょう」

「ち、ちょっと待ちなさい!」


 乃愛が慌てて割って入る。


「なら犯人はどうやって、被害者に『燭台に火をつける』という行動をとらせたというの?

 それにもうひとつ、『燭台に火をつける』程度の火魔法で、どうして焼死するほどの火災になってしまったの?

 この二つの謎が解けない限り、貴方の推理が正しいと証明されないわ!」


 その言葉を聞いて、「では順番に説明しましょう」と照が話し始める。


「まずは『どうして小さな火魔法で、焼死するほどの火災になってしまったか?』という疑問から。

 これは、神官長の着ていた神官服に仕掛けがあります。

 実はあの服には、非常に燃えやすい赤リンが仕込まれていたのです」


「赤リンというと……あのマッチの先に使われている薬品?」


「はいそうです。

 この世界でもマッチは作られているようですから、その材料である赤リンもこちらに存在し、犯人が手に入れる事もできたはずです。

 神官長の服は赤色でしたから、同じ色の赤リンならそれほど不審がられずに仕込むことが可能だったはず。

 そして赤リンが服に仕込まれていたからこそ、わずかな火気で簡単に燃え移り、燃え広がって短時間に全身を焼いてしまったのだと考えられます」


「ま、待ちなさい、照くん!」


 赤リンが使用されたと断定する照に、慌てて批判をする乃愛。


「仮に赤リンが仕込まれていたのなら、小さな火種でも燃え移る事はあるでしょう。

でもそんなものが仕込まれていたという証拠は、今のところ何処にもないわよ?」


「いいえ、証拠ならありますよ。それは――おばけ煙です」

「おばけ煙?」


 聞きなれない言葉に思わず聞き返した乃愛。

 照は「はい、おばけ煙です」と応えると説明を続ける。


「実は遺体に触れたとき、服から茶色いペースト状の物体が手に付いたんですが……。

 その物質を指でこすってみると、白い煙が発生したんです。

 これはいわゆるおばけ煙というやつで、正体は五酸化二リンという物質です。

 この五酸化二リンを指でこすると、指先の水分と反応して煙が出るんです」


「ど、どうしてそんな物質が……?」


「五酸化二リンは赤リンが燃えた後に残る物質ですから、もちろん赤リンが燃やされたからでしょう。

 つまりコレが遺体に残っているという事は、被害者の服に赤リンが仕込まれていたという証拠になるはずです」


「なっ!」


 驚きの声を上げた乃愛は、思わず照に尋ねる。


「て、照くん……どうしてそんな事まで知っているの……?」


「昔、動画サイトで科学の実験をする動画を見た事があって……。

マッチ箱の側薬を燃やして、残ったペーストを指でこすって白い煙を出すって実験を、その動画の中でやってたんですよね。

見たのは小学生の頃ですけど、実はボク、記憶力だけは自信あるんですよ」


「なんて記憶力……それに知識を推理に生かす知恵……まるで探偵みたい……」


 思わず感心してしまった乃愛は、慌てて首を振って気持ちを入れ替える。


「いえ、まだよ! まだ一つ謎が残っているわ、照くん!」

「被害者に『燭台に火をつける』という行動をどうやって取らせたのか、ですよね?」

「そ、そうよ、その謎も解けたというのかしら?」

「当然です」


 照は得意げに胸を張り、言葉を続ける。


「確かにあの明るい部屋であれば、燭台に火をつける必要はありません。

 でも逆に言えば、あの部屋を暗くすることができれば、神官長に『燭台に火をつける』という行動をとらせることができたはず。

 そうは思いませんか?」


「それは……でも、どうやって部屋を暗くしたというの?」


「ボクは昨日この世界に来たばかりで、こちらの常識にはまだ疎い。

 なので今のボクの知識の範囲内での推理になってしまいますが……。

 こんな事をできる犯人は一人しかいないと考えています」


「一人……いったいそれは誰なのかしら?」


「それは……」


 照は迷いなく一人を指さす。


「黄色の服を着た神官、犯人はあなたです」





「ど、どうして私が?」


 犯人だと指摘され、その神官はうろたえた様子を見せた。

 ざわざわと、周りの兵士やほかの神官たちも騒ぎ始める。


「か……彼女が犯人? どうしてそんな……」

「……でも、そういえば彼女、いつも神官長から強く当たられてたよね……」

「確かに彼女なら、神官長を恨んでいてもおかしくはないけど……」


 そんなヒソヒソ話をする観衆を横目に、照はさらに推理を語る。


「どうやって部屋を暗くしたかという謎ですが……。

 儀式の間は片側がガラス張りの壁になっていて、太陽光をふんだんに取り入れることで明るくなっています。

 だとしたらそのガラスの壁を何かで覆ってやれば、部屋の中は真っ暗になるじゃありませんか。

 どうです、乃愛先輩?」


「え、ええ、そうね」


「そこで思い出してみてください。

 この神殿に来る道中、彼女――黄色の神官――が使った魔法の事を」


「……あっ! アースウォール!」


「そうです。

 湖に浮かぶこの神殿まで、橋を架けたあの魔法。

 あれで儀式の間の横に壁を作れば、太陽の光を遮って暗くできると思いませんか?

 その証拠に儀式の間の外に、ガラス張りの方の壁に沿って地面を掘り返したような跡がありました。

 あれはアースウォールを使った痕跡だと思われます。

 ついでにこの神殿は防音の魔道具で守られているそうですから、彼女が外で魔法を使っても、誰も気づかなかったのも当然ですね」


「うぅう……確かに……」


 乃愛は何とか抗弁しようと悩むも、なかなか反論の余地は見当たらない。


「くぅう……悔しいけれど反論できない……」


「ボクたちの成人の儀が終わったタイミングで、犯人はアースウォールを使い部屋を暗くした。

 急な暗闇に神官長は慌てて燭台に火をつけようとする。

 その火が服に仕込まれた赤リンに燃え移り、焼死させるほどの火災を引き起こした。

 これが一連の犯行の流れだと推理します」


 そこで照は一息つくと、乃愛に向き直る。


「……まだ何か反論がありますか、乃愛先輩?」

「あぅう……な、何もありません……」

「そうですか、では……」


 敗北に小さくなってしまった乃愛を尻目に、照は高らかに宣言する――。


「この勝負、ボクの勝ちですね、乃愛先輩」





(負けた……ミステリー勝負で私が負けた……)

(何という敗北感……)


 照の勝利宣言を受け、乃愛はガックリと膝を落とす。


(だけど……これが現実なのね……惣真照、彼の方が私よりも探偵だった……)


 トクンッ……と、乃愛の体の奥が熱くなる。


(この感じ……いつも推理小説やミステリー映画を読み終えたときに感じる疼きと同じ……。

 謎が解け、結末に向けて物語が収束していくあの爽快感……その時に感じるエクスタシー……。

 ……いいえ、これはその程度のものじゃないわ、もっと、比べ物にならないくらい……。

 フィクションじゃない、現実に起きた殺人事件……。

 謎が目の前で解けていくこのライブ感……。

 そして惣真照、彼の見事な推理……)


 今まで感じた事のない、強い快楽に酔いしれる乃愛。


(すべてが私の体を疼かせる……子宮にくる……感じちゃう……。

 ああ……ダメ、こんなの初めて……。

 ……もう、いっ……)


「あ、あの……大丈夫ですか乃愛先輩、顔が真っ赤ですよ? それに……何だか息も荒くなってませんか……?」

「大丈夫……ハァハァ……気にしないで、照くん……ハァハァ……お願いだから、少し放っておいて……ハァハァ……」


 ……どうやら東雲乃愛という少女は、謎解きにオーガズムを感じるド変態だったようだ。


「わ、分かりました……」


(今は『勝ったら何でも言う事聞いてくれるんですよね』なんて言い出せる雰囲気じゃないなぁ……)


 ……そして照は、約束の事しか頭にないお猿さんだった。





「ま、待ちなさい! まだ私が犯人だと決まったわけじゃないでしょう!」


 このまま犯人だと確定されそうな空気に、黄色の神官は慌てて照に詰め寄る。


「こんなの貴方の勝手な空想でしょ? 証拠は何もないじゃない!」


「確かに……あくまでこれは、今のボクの知識の範囲内での推理です。

 ひょっとしたらアースウォール以外にも、部屋を暗くできるスキルがあるのかもしれない。

 だから完璧な推理とは言えません。

 けど……証拠なら簡単に見つかると思いますよ?」


「なっ、何ですって!」


「この事件には大量の赤リンが使われています。

 ならここにいる全員を調べて、赤リンを大量購入した人がいればその人が犯人です。

 いくら異世界だからって、赤リンを大量に買う人が一般的だとは思えませんからね」


「――っ! そ、それは……」


 照の指摘に、思わず言いよどむ黄色の神官。


「ち、違う……私じゃ……私じゃない……」


 だが周囲の者はその様子に、彼女が犯人だと確信するのだった。

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