1-5 初めての殺人事件(捜査編)



 成人の儀の間の奥にあった祭壇が燃えている。

 天井付近は煙で真っ黒。

 ジョブを授かるときに触れた水晶は転がり落ち、崩れて燃え盛る祭壇の上には誰かが寄りかかるように倒れていた。


「神官長! 大変、神官長が! 誰か、早く消火を!」


 最初に扉を開いた白い服の神官が、悲鳴をあげながら助けを呼んでいる。


「まかせて! 水魔法[ハイドロキャノン]!」


 続けて儀式の間に飛び込んだ青色の神官が、水の魔法で消火を行う。


――――――――――――――――――――

[ハイドロキャノン]

 水魔法レベル3で取得。

 人を吹き飛ばせるほどの放水を行う。

――――――――――――――――――――


 大量の水が呼び出され、あっという間に火は消された。

 その間に今度は緑の服を着た神官が、「風魔法[ウィンドアロー]!」と天井の煙に風魔法を撃ち込んでゆく。


――――――――――――――――――――

[ウィンドアロー]

 風魔法レベル1で習得。

 風の矢を撃ち込む。

――――――――――――――――――――


 そうして風魔法で換気して、煙を輩出。

 消火作業は15分ほど続き、ようやく出火の混乱は収まったのだった。





「……神官長はどうなりましたか?」

「残念ながら全身を焼かれて……ウェルヘルミナ様はご覧にならない方がよろしいかと……」

「そ、そんな……」


 神官たちから被害を聞かされたウェルヘルミナは、沈んだ表情でうなだれる。

 その様子を見て、照は顔色を真っ青にし――


「なぜこんな事が……。事故? それともまさか……殺人事件?」


 ――呻くように言葉を紡いだ。

 そんな照に対し乃愛が指摘する。


「なるほど、探偵の行くところに事件が起こるのは必然ね。つまりこの殺人は、キミが起こしたといっても過言では……」

「過言ですよ! やめてください東雲先輩、人を死神扱いするのは!」


 ……乃愛の言葉を必死に否定する照であった。


「それで……いったい何があったというのです?」

「ウェルヘルミナ様、それが……。残念ながらはっきりとは分かっておりません」


 ウェルヘルミナの問いに、神官の一人が苦し気に答える。


「儀式の間の祭壇で出火があり、神官長が焼死してしまった――。

 分かっているのはそれだけで、原因などは皆目見当がつきません……。

 火気のない祭壇から出火するとは思えないので事故の線は薄く、自殺とするには根拠が足りません。

 特に我々神官は、自殺を女神様に対する罪だと考えているので、よほどの理由がない限り自殺はあり得ないでしょう」


「……誰かに火をつけられたとは考えられませんか?」


「殺人の可能性ですか? それもどうかと……。

 殺人だと考えた場合、容疑者は唯一ひとりだけ。

 ですがその人物には、大神官を殺す動機がありませんし……」


「唯一の容疑者? 誰ですかそれは?」

「それは……」


 ウェルヘルミナに尋ねられた神官は一瞬言い淀むが、その後ハッキリとした口調でこう告げる。。


「もしこれが殺人だとしたら、犯人は最後に被害者に会った人間だと考えられます。そしてそれは……直前に『成人の儀』を行っていた、リンコ・スオウ様以外にありません」


「なっ! 私が犯人だって!」


 名指しされ、思わず声を上げる燐子。

 

「私がどうして、会ったばかりのあの人を殺さなきゃいけないんだ?」


「確かに動機は不明です。

 ですがリンコ様は[爆炎魔導士]でおいでです。

 火系の魔法を使えるリンコ様なら、大神官を焼き殺す事も可能――。

 つまりこれが殺人とした場合、殺害の手段と機会があったのはリンコ様だけです。

 リンコ様が犯人とは申しませんが、一番の容疑者であることは間違いないでしょう」


「ち、違う、私じゃない! 本当なんだ、信じてくれ、ウェルヘルミナさん!」

「そ、それはもちろん信じていますわ。ですが、リンコ様でないならいったい誰が……」

「そ、それは……」


 燐子は答えられず、周りの者も続く言葉が出ない。

 よどんだ空気の中、嫌な沈黙だけが続く……。


「お困りの様ね、皆さま」


 そんな空気を打ち破るように澄んだ声が響く。


「ならば私に任せなさい! この東雲乃愛が、見事事件を解決して見せるわ!」


 おぉおおお……と小さなどよめきが起こる。


「そして惣真照! どちらが先に事件を解決できるか勝負しなさい!」

「な、なんでボクが?」

「決まっているでしょう。私と貴方、どちらが探偵にふさわしいかハッキリさせましょう!」

「……じゃあ別に東雲先輩が探偵って事でいいですよ。ボクそんなのに興味ないですし……」

「……張り合いがないわね、惣真照。せっかく本物の事件に巡り合えたというのに……。分かったわ、じゃあこうしましょう。もし貴方が私に勝てた場合……」

「勝てた場合……?」


「なんでも一つ、貴方の言う事を聞いてあげるわ」


「ひゃっほぉおおおおおおおおおおおおおいっ!」


 ――そうして照と乃愛の探偵勝負が始まった。





 探偵勝負を始めた照と乃愛は、ウェルヘルミナや兵士たちを広間に残し、二人だけで祭壇の周辺を捜査していた。


「見事な焼死体ね、全身真っ黒に焼けてしまっているわ」


 遺体のそばにしゃがみ込み、まじまじと観察する乃愛。


「ここまでこんがりと、しかも短時間で燃えるなんて、ただ着衣に引火した程度じゃ無理ね。でも魔法でつけた火なら……って、なんでそんな遠いところにいるの、惣真くん?」

「いやだって……東雲先輩こそ、よくそんな焼死体を平気で見てられますね?」


 遺体が平気な乃愛とは対照的に、ビビる照はなかなか遺体の傍まで近寄れない。

 そんな照に、乃愛は胸を張って自慢する。


「私はいつ事件に遭ってもいいように、日々グロ画像で鍛えていたもの」

「な……なんて不毛な努力を……」


「そんな事より惣真くん、遺体を怖がってちゃまともな捜査はできないわよ。まさか捜査ができないまま不戦敗だなんて、そんなつまらない負け方をするつもりじゃないでしょうね? いいからさっさとこっちに来て焼死体を見なさい」

「うぅ……分かりましたよ……」


(でも、確かにこのままじゃ勝てないよな)


 涙目になりながら考える照。


(せっかく女の子からの『何でも言う事聞いてあげる』なんて夢の台詞が飛び出たんだ。

探偵なんてハズレジョブのせいでチーレムは挫折せざるを得なくなったけど、これならまだワンチャン――!

 そうだ、ここで頑張らなきゃ夢を叶えた意味がないじゃないか!

 よーし、気合を入れて行くぞ!)


「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 覚悟を決めた照は、一気に死体の傍まで詰め寄る。

 そして……。


「うげろぉげぇえええええええええええっ!」


『[グロ耐性(初級)]を習得しました』


――――――――――――――――――――

【パッシブスキル】

[死神体質][経験値×10倍]

[グロ耐性(初級)]new

――――――――――――――――――――

【取得スキル解説】

[グロ耐性(初級)]

グロで精神に一定以上のダメージを受けた際に取得。

グロに対する耐性がつく。効果は小。

――――――――――――――――――――


 盛大にゲロをまき散らした照は、代わりに[グロ耐性(初級)]なるスキルを手に入れるのだった。





「さっきの声は何だったんだ?」


 照は先程、頭に響いた声について考える。


「もしかしてRPGのレベルアップ時に聞こえる天の声ってやつかな? あれでグロ耐性ってスキルがもらえたみたいだけど……。でも、耐性がついたとはいえ、初級じゃまだ焼死体はキツイなぁ……。」


 照はそう愚痴っているが、[グロ耐性(初級)]のお陰で少なくとも捜査ができるようにはなったようだ。


「だけど……ボクってあくまでジョブが[探偵]なだけで、本当の探偵ってわけじゃないし、こんな風に観察してたって何も分からないよなぁ……って、なんだコレ?」


 照が気になったのは、焼死体が左手に持った燭台だ。


「どうしてこんなものを……? もしかして火をつけようとした? でも、こんなに明るいのにどうして……?」


 この部屋は片側の壁がガラス張りで、太陽光を取り入れる作りになっているため、昼の内は燭台に火をつけなきゃならないほど暗くはならないはずだ。

 もっとよく観察しようと遺体をのぞき込む照。

 と、その際うっかり遺体に触ってしまい――


「うぉっ! な、なんだ今の?」


 ――その感触に驚く照。


「この遺体、どうしてこんなにネチャネチャしてるんだ?」


 もう一度遺体にチョンと触れると、何やらペースト状になった茶色い物質が指先に着いた。

 そのペースト状の物質を、ネチャネチャと親指と人差し指の腹でこすり合わせてみる。

 すると……その物質から白い煙が立ち上った。


「これって確か、動画サイトの科学系の動画で……待てよ、だとしたら……」


 ある事を思いつき、照はきょろきょろと辺りを見回す。

 片側の壁がガラス張りの祭壇の間、遺体が持っている燭台、音が漏れない防音魔法……。

 さらにはガラスにへばりつき、外の森に目を向ける。そして――。


「そうか、そういう事か……」


 そして照は独り言ちる。


「スキルじゃ見れない真実が見えた――!」




 一方そのころ――。


(……わ、分からないわ。この私に解けない謎があるなんて……)


 東雲乃愛は焦っていた。


(周防燐子さんが犯人でないなら、犯人はこの儀式の間に潜んでいるか、どこか外へ出る抜け道があると踏んでいたのだけれど……。

 残念ながらこの儀式の間には、犯人が隠れていられそうな場所は見当たらないわ。

 それに抜け道も見つからない……)


 周囲を見回して抜け道を探す。だが、儀式の間から人が外に出られるような場所は見当たらない。


(さっき火事の煙を風魔法を使って換気していたのを見るに、開いて空気の入れ替えができるような窓はないようね。

 こちらの全面ガラス張りの窓は、ガラスがしっかり接着されていて、外して外に出るなんて芸当はできそうにないし……。

 つまりこの部屋には、私たちが入ってきたあの扉以外に出入り口はない。

 うーん……これだけ探して無いのなら、やっぱり抜け道探しは諦めた方がよさそうね。

 なら他に考えられる方法は……)


 腕を組み考え始める乃愛。


(例えば遠隔殺人はどうかしら? 例えば部屋の外から魔法で上手く攻撃すれば……)


 だが乃愛はすぐに首を横に振る。


(いえ、無理ね。この神殿には防魔の結界が張られていて、外からの魔法の影響は受けないはず。

 だとしたら……)


 必死に他の可能性を探すが、残念ながら乃愛には答えが見つからない。


(やはり犯人は、周防さん以外にいない事になってしまう……)


 そんな考えを振り払うように首を振った乃愛は、ふとカラス張りの壁の方へ目を移す。

 そこにはガラスにへばりつき、外をのぞき込む照の姿があった。


(何を見ているのかしら? き……気になる……)


 乃愛の好奇心が刺激され、思わず対戦中の照に尋ねてしまう。


「……何をしているの惣真くん?」

「ああ、東雲先輩。ちょっと気になる事があって……」

「気になる事?」


 その言葉につられ、乃愛も真似て外をのぞき込む。

 ガラスの外は10メートルほど先が湖になっていて、その間にぽつぽつと木が生えている。

 だがそれだけ、乃愛が気になるようなものは何もない。


「ねぇ惣真くん、何がそんなに気になっているのかしら?」

「気になるのは先じゃなくて下の地面ですよ。ほら、神殿の壁に沿って、土が耕したかのように掘り返されているでしょ?」


 そういわれてみると確かに照の言うとおり。

 ガラス張りの壁に沿って、地面に掘り返したような跡がある。

 だが乃愛には、それが事件に関係しているとは到底思えなかった。


「ところで東雲先輩」


 今度は照から乃愛へ質問が飛ぶ。


「先輩もいろいろ調べていましたけど、ここまでで何かわかりましたか?」

「うっ……! え、ええ、もちろんよ惣真くん」


 乃愛は内心ドキドキしながら見栄を張る。


「す、推理はもう一歩というところまで来ているわ。もう少しで真実にたどり着くはずよ」

「……て事は、まだ犯人が誰か分かっていないって事ですよね? 良かったぁ、じゃあこの勝負はボクの勝ちですね」

「……へ? ど、どういう事かしら?」


「だってボク、犯人分かっちゃいましたから」


「……………………マジで?」

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