1-2 失恋の傷を癒すもの、それはチーレム
*
照がウェルヘルミナに連れてこられたのは、ロココ調の広い客間。
両側の壁の前にずらりとメイドが並び、中央に二人の少女が、立派な椅子に座って机を囲んでいた。
片方は学生服で、もう片方はシックな私服姿。
恰好からしてこの世界の人間ではなく、二人とも日本人だと分かる。
きっと彼女たちが、照以外の二人の来訪者なのだろう。
(よかった、陽莉と朝弥じゃない)
照は二人が自分の友達ではなかったことに、ホッと胸を撫でおろした。
そして自分の死んだ瞬間のことを思い出す。
(ボクが死んだのは、連続爆弾魔が学校に仕掛けた爆弾に巻き込まれたからだ。
ボクが爆弾の近くにいた陽莉を庇い、そして……)
つんざくような爆発音と、泣き叫びながら照の名を呼ぶ陽莉。
その光景を思い浮かべて身震いをする照。
(離れ離れになるのは辛いけど、でも二人が死んでなくてよかった……)
そんな思案をしながら部屋の中へ入る照。
「さぁ、テル様もこちらへお掛けください」
ウェルヘルミナに促され、照は空いた席に着席をする。
来訪者の少女たちと向かい合う席で、改めて二人を観察する照。
一人は黒髪ロングで、照と同じ高校の制服を着たアイドル顔負けの美少女。
(この人は知ってる。ボクと同じ高校の一つ上の先輩、二年生の東雲乃愛さんだ。
陽莉と並んで学校一・二を争う美人として、学園内では知らない人のいない有名人だった。
そういや先日の生徒会選挙で、見事当選して生徒会長になったんだよな)
もう一人は、赤みがかったショートの髪に、目鼻立ちのハッキリした美人系の少女だ。
(……こちらの女の子は知らないな。年はボクと変わらないように見えるけど……)
「それでは改めて、皆さんで自己紹介をしてみては?」
ウェルヘルミナの勧めによって、三人はそれぞれ自己紹介を行う。
「えーっと、ボクは惣真照です。よろしくお願いします」
「私は東雲乃愛よ。よろしく」
どうやら照の記憶通り、制服の美少女は東雲乃愛で間違いないようだ。
さらにもう一人の来訪者が挨拶をする。
「……周防燐子だ。よろしく頼む」
(燐子っていうのか……彼女もかなりの美人さんだよね。
だけど……なんだか服装が大人過ぎない?
見た目は同い年くらいに見えるのに、ファッションは落ち着いててOLっぽいんだよなぁー。
口調もなんだが女上司っぽいし……)
そんな失礼な事を考えながら二人を観察していると――
「何か私の顔についているのかな?」
「い、いえ何も!」
視線に気づいた燐子からジロリと睨み返され、照は慌てて目をそらす羽目になった。
「それにしても……」
ポンと手を叩き、ウェルヘルミナが三人の来訪者を見回す。
「来訪者が三名とも女性だなんて、素敵な偶然ですわね。ノア様、リンコ様、テル様、わたくしと友達になりましょう、仲良くしてくださいね」
「はい、ぜひ友達に! ……って、あれ?」
その言葉に目を丸くする照。
「えっと……ウェルヘルミナ様、ボク男ですよ?」
「アハハ、面白い冗談ですね。テル様みたいな可愛い人が、男なわけないじゃないですか」
照の告白を笑い飛ばすウェルヘルミナ。
だがそれも仕方がない――
髪は短めでボーイッシュだが、男としては小柄で大きな瞳の可愛い顔をしている。
声も『少年役の女性声優が出すハスキーボイス』といった感じだ。
照を見た百人が百人、第一印象では女性と答えるだろう。
むしろ『男でもいいから付き合ってくれ!』と思う男が続出するはず。
――そんな男の娘属性を絵にかいたような存在、それが今の惣真照なのだ。
「あー、えっと……。ステータスオープン」
言葉での説得を諦めた照は、ステータスを呼び出してウェルヘルミナに差し出した。
当然そこには『性別:男』と書かれている。
「そ……そんな……!」
その記述をみたウェルヘルミナは目を見開き、顔がみるみる青ざめていく。
(そ、そんなにショックな事なの?)
思わぬ反応に照があたふたしていると……。
「ノア様、リンコ様、わたくしと友達になってくださいね」
照に背を向けるように立ち、残りの二人に呼びかけるウェルヘルミナ。
「……アレ、ボクは?」
ウェルヘルミナの中で、すでに照は存在しない事になっていた。
*
「それで……私たちは今後どうなるのかしら?」
そう切り出したのは乃愛だ。
「地球へ帰れないのなら、私たちはこのエスセリオで生きていくしかないわ。そのためにはまずこの世界で生きていけるだけの常識と能力を身につけなければと考えているのだけれど……」
「それならば心配ありませんわ」
パチンと手を合わせ、乃愛に笑顔で答えるウェルヘルミナ。
「皆様には明日、神殿で成人の儀を受けていただきます。これはこの世界の人間なら十二歳で受けている儀式で、終えると女神様からジョブを与えられ、魔法といったスキルが使えるようになります」
「ジョブ? スキル?」
聞きなれない言葉に燐子が首を傾げる。
「異世界にはジョブやスキルの概念が無いのでしたね。それでは僭越ながら、私のスキルを御覧にいれましょう。このような力の事ですわ、おいでブルー」
そう言いウェルヘルミナがパチンと指を鳴らす。すると……。
「ピィイイイッ!」
甲高い鳴き声を上げながら、皆の囲んでいるテーブルの上に丸い物体が飛び乗ってきた。
半透明で薄い青色をした、ゼリーのような物体が動いている……。
「これって……もしかしてスライム?」
乃愛がそう指摘すると、「よくお分かりですね」とウェルヘルミナが笑う。
「ノア様のおっしゃる通り、この子はスライムと呼ばれる魔物です。
そしてわたくしの従魔でもありますの。
わたくしが女神様よりいただいたジョブは[魔物使い]。
これは魔物を従わせるスキルを使うことができるジョブです。
このようにこの世界では、誰しもがジョブを授かることによってさまざまなスキルが使えるようになるのです」
「本当にゲームのような世界なのね」
乃愛は呆れたような声を出す。
「ちなみに来訪者は皆さま、転移特典として[経験値×10倍]というスキルをお持ちのはずです。それによってジョブさえあれば、生きていくための能力はすぐに見につく事でしょう」
「あ、そういえばそんな表示があったような……」
ウェルヘルミナに指摘され、照はもう一度ステータスを開く。
――――――――――――――――――――
【パッシブスキル】
[経験値×10倍]
――――――――――――――――――――
照のステータスには、確かにそんな記述があった。
「ジョブを受け取りスキルを覚えれば、ひとまずこの世界で生きていけるはず。いいえ、それどころか[経験値×10倍]のスキルがあれば、常人ではたどり着けないはるかな境地まで成長することも出来るでしょう」
ウェルヘルミナがパンッと手を合わせ、キラキラした目で乃愛や燐子を見る。
「他の人の十人分の経験値ですもの。きっと皆さまはこの先、天才や英雄と呼ばれる存在になっていくに違いありませんわ。ああ、なんて素晴らしい!」
「おぉっ! つまりこれって成長チートタイプの転移なんだね!」
照はガッツポーズをし、生前のラノベ知識を思い出す。
ちなみに――
照自身はラノベやサブカルにさほど興味はなかったのだが、幼馴染の陽莉がそれらを大好きで、彼女の趣味に付き合っているうちにいつの間にか照も詳しくなっていた。
――好きな子の趣味なら共有したい、そういうことらしい。
「成人の儀のあと、さらに誓いの儀を受けていただければ、皆様は晴れで我がアインノールドの領民です。この世界の常識を身に着け、生活できるようになるまで、我々が来訪者の皆さまのサポートさせていただきたいと考えております」
「至れり尽くせりだけど、私たちのサポートをして、貴女に何か特があるのかしら?」
そんな訝しむ様子の乃愛の質問に、ウェルヘルミナは笑顔で答える。
「来訪者といえばその成長の高さに加え、異世界からの知識をもって多大な利益をもたらす存在。そんな方々が我が領地に来て下さったのです、歓迎して当然ではありませんか?」
「なるほど、ちゃんと打算があるのね。なら、無償の善意よりは信頼できそうだわ」
その返事を聞いてウェルヘルミナは満足そうに頷くと、続いて燐子に問いかける。
「リンコ様はいかがです? 我々のサポートを受けていただけますか?」
「ゲームはよくわからないが、今我々は常識外れの状況に陥っていて、ウェルヘルミナさんに助けてもらわなければどうしようもないところまで追い込まれているという事は分かった。貴方が助けてくれるというのはありがたい申し出だ、遠慮せず援助を受けようと思う。もちろん受けた恩は忘れないつもりだ」
「それは良かったです。それで、えっと……」
続いてウェルヘルミナは照へ……とても嫌そうな顔を向ける。
「テル様はいかがです? 我々の援助をお受けになられますか? ――断って勝手に野垂れ死んでいただいても、わたくしは一向にかまいませんが?」
「男だって分かってから、ボクの扱いだけ悪くない?」
たまらずツッコミを入れた照。
「もちろんサポートを受けるよ! じゃなきゃホントに野垂れ死にじゃん!」
「……チッ。それでは皆様が一人で生活できるようになるまで、我々がサポートさせていただきます。今日はもう遅いですから、この後ゆっくり休んでいただいて、成人の儀などは明日執り行う事に致しましょう」
「し……舌打ち……」
「それでは寝室にご案内いたします。まいりましょう、ノア様、リンコ様」
「……いやだからボクは?」
*
ウェルヘルミナから無視された照だったが、一応は来訪者であり客人という事で、メイドさんたちには丁寧な態度で寝室まで案内された。
寝室は六畳ほどの広さで、ベッドとクローゼットに一人用の机がおかれ、キッチンは無くバストイレは共用らしい。
電気はもちろん通っておらず、代わりに灯りとしてランプとマッチが置かれていた。
「ランプやマッチを作る程度には文明が発達してるって事か。まぁ今まで何人も日本から異世界転移してきてるらしいし、今さら知識チートは無理だろうけど……」
ちなみにこのマッチは棒だけで箱がない。
どうやら箱の側薬にこすりつけて火をつけるタイプのマッチではなく、赤い頭薬のみで点火する、摩擦マッチと呼ばれるタイプのもののようだ。
実際灯りをつけてくれたメイドさんは、マッチを石の壁にこすりつけて火をつけていた。
――照はベッドに腰を掛け、これからの事を考える。
(これからボクは、この世界で生きていかなければならない。確かにこの世界に来ることでボクの夢は叶ったけれど、だからって元の世界に未練がないわけじゃない)
照が思い浮かべたのは、幼馴染の陽莉という少女の事。
小学生の頃から高校一年まで、ずっと一緒に育ってきた、照にとっては初恋の相手で、今も変わらず大好きな少女。
たとえ夢がかなったとしても、彼女が傍にいなければ照にとっては意味がない。
(もう二度と会えないなんて……。
こんな事なら異世界転移なんてしたくなかった……。
いっそ陽莉も一緒に死んでいれば……)
そこまで考え、照は慌てて首を振る。
(何を考えてるんだボクは! 陽莉を助けるためにボクは死んだんだ、助かって喜ばなきゃダメじゃないか!)
醜い思いを振り払うと、前向きに考えようと思考を切り替える。
(そう、陽莉が助かってよかったんだ。
ボクの初恋はもう叶う事はないけれど、それでも彼女が幸せならそれでいいじゃないか。
……それに、少なくとも異世界転移をした事で、ボクの夢は叶ったんだ。
だったらもっとポジティブに、この世界を楽しまなきゃ!)
照は陽莉と見たアニメやラノベを思い出す。
異世界転移の定番と言えば……。
(そうだ、チーレムだ!)
照はその事へ思いが至る。
(チートで俺ツエーして女の子にモテモテにならないと、せっかく異世界に来た意味がないじゃないか!
男の夢、チートハーレム!
今のこのボクの失恋の傷を癒すもの、それは異世界チートハーレムしかない!)
こうして照の淡い初恋は終わりを迎え、そして……。
(そういえば東雲先輩も周防さんも美人だよな~。
ウェルヘルミナ様も、態度は変だけどすごく可愛いし……。
みんなまとめてボクのハーレムに入っちゃったりして!
グヘヘヘヘ、どうしよう、夢が膨らんじゃうな~!
よーし、これからのボクの目標はチーレムだ!
たくさんの女の子とキャッキャウフフなスローライフを目指すんだ!)
代わりにこの異世界で、とびきりアホな目標を見つけたのだった。
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