第31話 げんごーってのが変わってたのに自分は何もかわっていない

 知り合いの女性に出会えて大樹は安心して店内に入ると、小規模な古めかしい三段の木製の陳列棚に、色取り取りの液体が詰まっているガラス瓶や、陶磁器類、金属の素材から金属装飾品などが所狭しと並べられている店内を歩く。

 壁や壁際のガラスショーケースその物の作りも、年季が入っていて古めかしくも装飾がしっかりとされていて、それだけでもアンティークとして十分な価値がありそうだ。そんな貴重そうなものがショーケースの中には懐中時計から装飾ナイフまでが所狭しと、陳列されていた。

 壁にかかっている銃や刀剣類、鈍器類もなかなかお目にかかれない貴重品らしく、売り物というよりも展示品の意味合いも感じられる。

 小奇麗なセンスのよい配列は様々な品が所狭しと、並べられていてもセンスを感じられる配列で、見ているだけでも楽しい。

 見習い錬金術師、東納倉由香里の構える店舗は姉の朱里が由香里の指導をしていると由香里本人から聞いていた。めったに姿を現さない姉よりも由香里が店主に思える。彼女はいつもの落ち着いた様子で大樹を迎え入れた。


「どうぞ」


 由香里が店の奥へ案内し、大樹と怜奈が通路を進んでいく。

 これまた年代物のレジが置いてあるカウンター。その横に円卓を中央にチェアが四つ置かれている。紅茶のポットとティーカップ類があり、狐がテーブルの下で丸くなっていたが大樹たちの接近で頭を持ち上げてこちらを見る。


「やぁ、久しぶりだね。大樹」


 きりっとした瞳、可愛らしい女性の声が狐からする。

 この狐、ただの狐とは別格。

 金色の毛並みが美しく、人語を介するどころか不思議な能力を使う。


 名を天孤。屑の葉狐の天孤と名乗っていた。転生したばかりでまだ本調子ではない、と妖狐らしい言葉も貰い受け、大樹はチェアを引いて怜奈が座るのを待つ。由香里は大樹をもてなすために一度、店の奥へと姿を消したので大樹たちはテーブルについて待つことにした。


 大樹はテーブルから怜奈の座るチェアを引いて案内すると、怜奈はすとんとそこに座ってから首を傾げる。


「…風見さん、どうかした?」

「あんた、それ寧々ちゃんたちにやってる?」


 大樹はチェアを引いた自分の状態が、あまりにも自然で全く違和感が無かった。


「まぁいいわ」


 怜奈はテーブルに一升瓶を乗せ、目配せされた大樹がシュークリームの入った箱を置くと、コーヒーカップを二つ持って由香里が姿を現すと、怜奈の問が飛ぶ前に由香里が答えた。


「萩原鈴さんのトレースサルベージが完了しました」


 由香里がチェアに座りながら単刀直入に話を始める。大樹はぎょっとして怜奈を見る。自分の知らないところで事態が進むのは白兎の時から慣れっこではある。情報部と作戦部を統合する権限があるのは怜奈と少数の佐官だけで大樹のところまで情報が降りてくることはそうそうない。

 由香里は大樹の動揺が収まるのを待ってから続ける。


「確率でいえばこの状況では彼女は生存していますね」


(あら衝撃の事実)


 怜奈は横目で動かないままの大樹を見て取り乱さないことに感心する。動揺はしているものの、どことなく表面に出さないように飲み込んでいる、といったところか。そもそも大樹は超感覚型の能力者なので可能性を常に考慮している。

 その結果…その可能性を看過していない。能力者にとって希望的観測は無意味だ。と考えているはずだ。由香里は「よろしい」と心の中で呟く。彼にはこれくらいで一喜一憂、心の振幅を乱されては困る。


「萩原鈴さんの存在消失における定数はこの世界線レコードラインでは限りなくゼロに近いと算出されていますし、私たち委員会ピースメイカーでは他の世界線レコードラインに接触もしていないと想定しています」


 大樹は半ば聞き流す。理解できないことはありえないわけではない。理解するにはまた別の思考が必要で、まだそこに到達していないということだろう。

 それならば鈴はどうだろうか。


「萩原にそこまで計算はできないはず」


 それが結論だった。彼女はどちらかというと事象に対して柔軟に対応するものの思考を先行させることはない。由香里は一つの可能性を示唆する。


「大体の未来予知プレコグニション能力者は、他の世界線の様子を見てしまっていて、軸固定ができていないのが原因で正しく予知できていませんから」


 大樹は由香里の説明に対して一瞬で理解不能な理屈が存在していることを再認識した。未来予知プレコグニションに対する研究は進められてはいる、が、由香里の知っているレベルには到達していない。

 その上で、未来予知能力者が予知している未来は確実にどこかの世界線で発生しているので、ヒット正解ともミスはずれとも取れる。鈴はそんな未来予知プレコグニションを展開したのではないかということらしい。


「今、大樹さんがご理解されたところで別世界のどこかでは理解していない大樹さんも、そもそもここに大樹さんがいない確率も同程度ありえるらしいんですよ」

「数学的ですね」


 大樹が納得しかけると怜奈は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「六面体に番号を振って、一が出る確率はその六分の一らしい」


 大樹は言われても。だいたい、そりゃそうだろうと思う。そしてほとんどの人がそう思うだろうが実際はその限りではない。

 地上で何の作用もなくダイスを投げれば当然、どこかの面がでる。試行回数が少なければ偏りが出るだろうが、数百回、数万回、数億回と重ねればそれぞれの面がほぼ同じ確率で上を向くだろう。

 そうでなければイカサマ、おもりが入っているなどの何らかの原因が考えられる。


 しかしここで重要なのはそれ以外の目が出ること、そして目がでない確率も考慮しなければならない。怜奈はそれを指摘していた。

 以前にサイコロ勝負で亜理紗は不服な勝負を念動力サイコキネシスによる[ダイスを止めない]ことで解決した。永遠と頂点で回り続けるダイスに寧々と真由が勝負を放棄し、結局亜理紗が勝者になった。


 由香里は怜奈の言いたいことを理解しているようで、深くうなずく。


「超・能力。ですよねぇ。面白い解釈だと思いますよ」


 由香里がころころと笑い、大樹は怜奈を見た。怜奈も悪い笑みを浮かべていた。世界における何かに秀でたもの同士の共感だろうか。通じるものがあるようにすら思える。


「あぁ、そういえばエンジェルパックの再調整ですよね。あの格好ではさすがに大樹さんたちもお辛いでしょ?」


 タンパンに半そでの小学生男子の体操服になる仕様は確かに辛い。

 モノリスからも苦情が殺到していたし、と由香里が立ち上がってカウンターテーブルの上にある指でつまむサイズのハンドベルを鳴らす。

 りんりん、と心地よい音が響くとレジの後ろにある木製のドアが、がちゃりと開くといかつい顔をした男が出てくる。


「由香里?」

「はい、由香里ですよ」

「いや呼んだの」

「由香里です」


 なんだか懐かしい会話を聞いているような気がして、二十歳に満たないくらい、大樹は同い年くらいの男性と目が合った。


「大樹か…」


 むすっとした強面で、体格は線の細いががっちりとした筋肉質。身長は百八十より少し低く、由香里よりも頭二つは高い。

 大樹は車の中で聞かされた話を代表で伝える。


「エンジェルパックの外見変更を頼みたいんだけど」

「…なんでだよ」


 むすっとした顔を更に仁王を岩に彫ったような顔に変える。


「教育委員会とかがうるさそうだから」

「あれはいつもそうだ。非実在なんとかって言って…」


 南方利也みなかたとしや、年齢不詳だが青年は由香里の一つ下だと言っていた。

 そのせいか、由香里が満面の笑み(いつもの)笑顔を向けるがどうにも…やりにくい。大樹の仕様変更にせっかく作った技術屋の利也にとっては面白くない、が、顧客の要求に快く受けない利也に由香里が牽制をしている。


(アルカイックスマイルっすなぁ)


 大樹は確かそんな名前があった気がすると思う。由香里はその無表情の笑みで利也を威圧するように利也に尋ねる。


「話が長くなりますか?」

「ならん。おっけー、いいぜ。あのな、俺があれを決定したと思うか?」


(あれ?利也が設計者だっけ?)


 大樹は怜奈もアレを装備していた時代があると聞いていたが詳細は聞いたことがなかった。


「俺は設計図面に沿うように製造しただけだ、信じてくれ。ふりふりのドレスアーマーとか、面積が少なすぎて何をどうやって守るんだって突っ込みたくなるようなビキニアーマーとか、そんなものは作っていない」

「猫耳スク水尻尾のおまけ付き飛行装置は?」


 怜奈が目を開けてにやりと笑みを浮かべる。


「作ったけど、俺のせいじゃないんだ」


 がくーん、とその場で膝を折ると天弧がくすくすと笑って彼の尊厳を守るように助言する。


「利也は設計図面のまま製造してくれたからねぇ。鍛冶師ブラックスミスとしては正解なんだよ」

「俺はふりふりなんて…」


 利也はとぼとぼと店の奥に引っ込もうとして、由香里がベルを鳴らすと利也が足を止めた。


「用件は終わってませんが?」

「あ、あぁ、そうだった。仕様変更は出来るがエンドユーザーオーナーシップのメモリーはリセットできないから、本人を連れてきてくれ。アーキタイプ・テンは出力最大に振ってるから調整失敗すっと銀河の二三個飲み込む、事象変異を引き起こす可能性がある」

「おいおいいおい?」


 大樹がとんでもない話を聞いた気がしてテーブルに手を付いて身を乗り出す。そんなことが起こってしまったら冗談では済まない。


「自爆装置オンみたいなノリで宇宙を吹っ飛ばせるものを十個もモノリスに?」

「深山ぁ、うるさい、おすわり」


 怜奈に言われて大樹はチェアに座り直すものの、座り心地は非常に悪い。利也はいろいろ考えた挙句に暴走した一言を発する。


「安心しろ、痛いのは一瞬だ」

「男ってみんなそういうのよ」


 怜奈がしれっと言うと利也は由香里を見て「そうなん?」と聞き、由香里は「そうだったかしらね」と意味深に答える。

 大樹は仕様変更と機能付加が出来ることを言って利也を見上げると、利也もそれを察知したのか大樹の思考がまとまるのを待った。


「あの装置に現状で位置情報送信装置、生命検出装置、意識回復装置、能力抑制装置、空間情報記憶装置、照明装置って付けれるか?」

「やろう」


 即答に大樹が驚くと利也が続ける。


「酸素パックも増設しておく。単独宇宙遊泳活動時間が増えるはずだ。斥力場展開方向転換装置も旧式だったから取り替えるつもりだった。マイクロ波受電設備はどうする?」

「あんだって?」


(宇宙に出れる?あれで?)


 大樹が目を丸くすると由香里が利也の手を握って二人が視線を交差させると、利也の顔が真っ赤になった。女性に対してウブなのかと思われたが、その反応を見せるのは由香里に対してだけなので、怜奈のにやにやが止まらなくなる。由香里はゆっくりと利也を嗜めるように名を呼んだ。


「利也さん?」

「はい」

「また歴史に変更が発見されちゃったじゃないですか。委員会だって「あー、もうしかたないね」って言ってくれませんよ?」

「由香里が珍宝を大樹に落としたから、意味なくない?」

「意味がなくなくなくないんです」

「自分のミスを棚に上げてしまうから見習い錬金術師アルケミストなんだよ」

「はうっ!」


 由香里がよろけて泣きそうな顔をし、大樹と怜奈が「めずらし」と思わず口から言葉を漏らす。

 大樹は最も重要な要求をする。


「不正アクセス禁止装置のレベルを上げてください。最高レベル精神感応系統系能力者サイコメトラーがいますから」

「わかった。ちょっと考えてみる」


 利也は由香里を店の隅に連れて行き、その話し合いが終わるのを待つ怜奈がコーヒーカップを口に付けながら大樹に尋ねる。


「最高レベルの精神感応系統系能力者サイコメトラーってだれだ?」

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神様の設計図と奔放な兎たち ~小さな少女たちの恋の歌~ @b-p

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