第29話 ハイパーグラフィアじゃね?って言われたんだ。だけど、どちらかと言うと妄想が好きなのかも。書きたいことがいっぱいあるけど文章にできんくて困ってるわけだねぇ。

 めぐりと大樹は今まで何度も寧々が怪我をさせられているのを見て、総一郎と兄への警告を行っていたが聞き入れて貰えなかった。


 寧々は頑なに語ろうとしないので亜理紗も真由も尋ねなかった。

 亮は立ち上がって寧々を立たせてから診察すると、思わず言葉が出た。


「…ひどいな」


 亮は寧々の服をまくり上げて、腹部の痣に手を当てると痣がすっと消えて行く。

 心霊医術の手当は、患部に触れると怪我などを直すことが出来る。


 亜理紗と真由はモノリスでの一騒動の後でシャワーを浴びたが、寧々が一緒にシャワールームに入らなかったので、すぐに感付いていた。


 また…兄に何かをされたのだろう、と。


 寧々は極力、誰かと常に一緒にいるのは迫害を受けるからだ。治療を終えて寧々が頭を下げて元の場所に戻り、亮は悪態を付きながら執務机で仕事を再開する。


「あいつは本当にクソだからな」


 ふとそこまで考えて、亮は兄の思考回路がどうなっているのか気になった。どうせまともではなさそうだが、精神感応をしたことがなかった。

 同じ精神感応系統系能力者サイコメトラーである亮が尋ねる。


「そういやさ、坂上はどうだ?兄貴のこと読めるのか?」


 寧々はそれを聞いて首を横に振る。読めないのか、読まないのか分からないが、寧々はあまり兄の話をしたくなさそうな様子であり、それでも、めぐりは放置できないことの一つとして懸念しているので突っ込む。


「なぜ、寧々をこんな目に合わせるの?」


 めぐりは兄にこんな仕打ちをされたことはない、と悲しそうにつぶやくと寧々はディスプレイから手を離した。


「わかんないよ」


 うつ伏せになって背中を向けた寧々はもう話はおしまい、と言わんばかりで亜理紗も同じように寧々と同じ方向に寝転ぶ。


 真由はタッチパネルをいじって、構内の監視カメラを動かしていた。


 ガーデンは自然科学方面に秀でた国家で、機械関係に対しては疎い傾向にある。だからこういうシステムそのものは珍しいのだろう。

 傷をばらした真由は、コンピュータをいじる手を止めて寧々に謝罪する。


「寧々、ごめん。ちょっとむかついてた」

「いいよ。真由」


 寧々が返事をする。真由は寧々に背中から抱き着くと、結局三人が抱き着きあって団子になる。友人が傷つけられることに、寧々たちはひどく怒る。

 真由が腹を立てていたのは兄に対してもあるが、隠していた寧々に対しても怒っていた。寧々もそれが分からないわけでもない。


 亮はこの三人の友情が永遠に続くことを祈ると、そうなるためには装備が必要なことを思い出した。


「めぐり一尉、エンジェルパックの追加変更を頼んでいいか?」

「はい、わかりました」


 めぐりは立ち上がると笑顔で縺れ合っている子供たちを見下ろして、連れて行くべきか悩んだので上司(一応)に意見を伺う。


「スフィアパレットに出向くんだけれども、連れて行っていいのでしょうか」

入場権限アクセスキーがあれば入れるだろ。みんなガーデンの無限回廊書架ライブラリーに入れるんだし…いけると思うけど」


 亮は、はたと考えて「だめかな?」とめぐりに尋ねる。


 どうだろう、とめぐりも困惑していると亮はデスクトップに通知が飛び込んでそれを開く。


 特別待遇学生について 緊急連絡

 深山大樹、一学年 についての処遇

 後四月度アフターエイプリルにおける当人の受講しているすべての授業は出席扱いとすること。

 修了判定は他の学生と同じように執り行うものとするが、便宜を図るように。


(わーお)


 亮は怜奈が確実に何かしでかしてるな、と冷や汗が止まらなくなる。寧々が亮のそんな表情の変化に気付いて、音もなく背後から亮に触れた。


「んー、学校に来れなくても、来ていることにしろって変よね?」

「うぉっ!心を読むなよ!業務命令なんだぞ!」

「無防備なのよ」


 ふん、と寧々が鼻を鳴らす。確かに精神感応系統系能力者サイコメトラーがいる状況で気を抜くのが悪い、とめぐりも思う。亜理紗と真由が話を聞いて口々に疑問を呈する。


「それって変じゃなぁい?」

「だよね」


 亜理紗が寧々に抱き着き、真由が腕をからめて三人が亮をじっと見上げる。大樹が学校に来れない様な事情は公務が絡む。しかし寧々たちには知らされていない。それは寧々たちにとっては不服に値することだった。


「俺も知らんよ?今回は」


 下手に嘘をつくと寧々とめぐりにはバレる。女の勘は鋭いので真実を混ぜる。知っていることもあるが知らないことの方が多い。風見怜奈はそういう女だ。亜理紗は何かピンと来たようで声を上げた。


「そうだ」


 亜理紗が、ととと、と小走りになってソファに座り、構内監視カメラから駐車場のログを探し、カレイドスコープモードを起動して車両ナンバー検索を開始する。


(さすが科学技術惑星オフィルの皇女殿下で在られまするなぁ)


 亮は完璧にシステムを使いこなす亜理紗に感心し、真由が羨ましそうにそれを見ている。


「何か、わかって?」


 素の寧々が出ている。久しぶりの女王様モードだった。寧々に亜理紗が頷く。


「わかりましてよ。ふふ」

「あらあら」


 亜理紗も真由も女王様モードになり、薄ら暗い笑みを浮かべていた。得物を追い詰める時の雌豹のような顔つきに変わった三人は、亜理紗の次の言葉でさらに冷たい目をした。


「風見と一緒に出掛けているわ。少し前に」


 動画データウィンドゥを右手でドラッグして亮とめぐりの端末に弾く動作をすると、データがリンクしてその動画がリピート再生される。

 黒のステーションワゴンが駐車場から出て行く様子が映し出さると寧々が亮を押しのけ、寧々と真由が文句を言う。


「おどきなさいな」

「邪魔」


 亮は寧々と真由にそう言われて「えー」と物悲しい声を上げて後ろに下がった。が、寧々はまだ不満そうで理解できないような顔をして亮を睨みつける。


「何をしているの?邪魔なの」

「おいおいまさか」


(椅子から降りろと?俺の部屋で?教授なのに?)


 亮は不満を抱きながらも椅子から退くと、寧々と真由がひょいと椅子に立ち膝になる。真由が無言で亮を見据えて、あ、はい、と椅子をそっと前に出してディスプレイを見やすくしてやると、真由は「もっと早く気付くべきよ」とつぶやき「気が利くじゃない、国家の狗のくせに」と寧々が目も見ず言い捨てる。


(ご褒美なんでしょうか?)


 亮がめぐりに視線を送ると、めぐりは笑うのを必死に堪えているのか、肩を震わせていた。少女に押しやられる上司の構図は有り体に言って面白い。

 百戦錬磨(自称)の亮もこのレディたちの前で形無しだ。


「めぐりさん、車出してくれます?」


 寧々に言われて、めぐりは自分を指差してきょとんとする。


「私未成年だし?」

「うそです。免許持ってます」


 寧々の疑いではなく、糾弾する目にめぐりは肩を落とす。


「免許資格系ってあれ?」

「内緒です」


 めぐりが人差し指を唇に当てて作った笑顔で、亮の言葉を止めさせる。持ってるよね?まで言ったら、寧々たちが車をすぐ出せとねだるのは必至だ。資格試験の申請書類は上司の亮を通じているので、個人技能資格の一覧は把握している。


「めぐりさんー」

「おねがーい」


 めぐりを取り囲んだ三人がマイムマイムを踊るようにくるくる回り始めると、めぐりは肩を落とした。


「亮三佐ぁ」

「俺に言うなよ。俺は講義がまだあるの」


 亮はそそくさとタブレットを持って退散すると、めぐりは亮の机の一番上の引き出しを引っ張った。

 ゴム製品と成人雑誌の写真集と電子銃が一緒になっていて、めぐりはいつか整理してやろうと思いながら目的のものを探す。


 なくなっている。


「これ探してんの?」


 亮がパーテーションの向こうから顔だけを出してにやりと笑みを浮かべ、手の中のカギを指でつまんで振って見せる。


「…ハマーの鍵?」


 亮の愛車、H-1ハマーのカギを見せられてめぐりの表情が子供っぽく、頬をぷくっと膨らませる。亮はまた勝手に自分の車を使おうとしためぐりに声を荒げる。


「お前、足届かんだろうが!」

「気合で」

「だめ、っていうか待ってなさい。今日は三限で終わっからさぁ」


 亮がそう言ってそそくさと出て行くと時刻は十三時に近い。今から九十分も?とめぐりはエンジェルモードを起動した三人に対して、ハンドタブレットを使って<緊急停止命令>を実行した。


 飛べなくなった寧々が唇を尖らせてめぐりを睨む。


「権限を使った…めぐりさん」


 寧々が小さく舌打ちする。少女のする作法ではない。解除指令はこちらで実行できるので行ったまでだが、めぐりが項垂れる。強権発動はあまり行いたくない。できれば黒兎には自主性を持って行動してもらいたいのだが、そうすると大体問題行動を起こすのでこうなる。


「強権発動はしない方針だったんですけどね、私たちは」


 ここで言う私たちは亮と深山兄妹の取り決めの話だろう。モノリス脱出時は大目に見られたということ、そう思うと亜理紗と真由も少し腹が立った。


 たった二つしか歳が変わらないのにこの差はなんだろう、とさえ思える。方や強権を持ち誰からも信頼されているめぐり、方や何をするにも監視される自分たちの差はひどいものだった。


「大人しくしてくださいね。障害は排除いたしますので」


 キンッと甲高い音がするとめぐりの手には細剣が握られている。ギアクォーツで出来た細剣は大樹の瞬間移動系統系能力テレポートの刻印が刻まれていて、めぐりの要求に呼応して現れる仕組みになっているらしい。が、寧々たちはその仕組みがよく分からない。


 寧々たちは顔を見合わせると、観念したようにソファに並んで座る。

 勝ち目などありはしない。二丁拳銃なら優しく掌握して行動を縛り付けてくれるだろうが、細剣はだめだ。三日は起きられなくなる。

 過去の経験で経験済みだった。

 めぐりは大人しくなった三人に満足したように笑みを浮かべる。


「お兄ちゃんに頼まれていた勉強会をしましようか」


 めぐりが細剣を顔の前で立てたまま、にこやかに死刑宣告をした。

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