第28話 1話のペースがわからんし。なんか100話こえそうだし、おわらなさそうだなぁ。ってか終わらないんだよこれ、きっと

―――構内駐車場で大樹と怜奈は車に乗り込むと、怜奈は助手席で脚を組んで小さく欠伸をする。


「スポーツカーとか、中山みたいにリッターバイクとか…格好いい系に興味ないの?」

「めぐりとか子供たちを乗せますからね。人数が乗せられて車載量が多いものが一番ですって」

「…嫁に車を選ばせてもらえない感じだねぇ」


 大樹はうるせーやい、とプッシュキーを押し込んでエンジンをかける。八人乗りの車は確かに二人だと広々としていた。


「深山ぁ、コンビニ」


 立体駐車場の三階から外に出ると大樹はめんどくせぇな、と大学の駐車場から一番近いコンビニに駐車すると、怜奈がひょいと降りてコンビニに入って行く。

 運転席から見える入り口、歩道の上を知り合いが通って手を振られる。


「よぉ深山。ゴゴイチどーすんの?」


 軽い感じの茶髪が声をかけて来て、大樹が窓を開ける。公務だよ、こーむ。と言ってやるとお疲れ様です、と敬礼される。士官学校らしいのもこういう面で現場に入る学生も少なくない。

 しかし同学年の男は大樹を羨ましそうに見ていた。


「がくせーの癖に車とか…」

「公用車だよ」

「さっきの美人なおっぱいちゃん誰よ」


 本人が聞いたら喜ぶだろう言葉に大樹は聞かれなくて済んだことに安堵する。


「…風見さんだよ。幼馴染の」

「幼馴染?」


 説明が面倒なので、そう誤魔化すと金髪は首を傾げる。琴子は幼馴染だが怜奈は違う。職場の上司だが、彼は物凄く不審なものを見るような顔をした。


「幼馴染って絶滅危惧種じゃないのか?」

「じゃあ彼女はレッドデータブックに乗ってるな」

「グラビアなら買うぞ」

「…」


 大樹が困った顔をして視線を泳がせると金髪は苦笑した。


「じゃあこれを活用してくれ。種の保存をがんばれ」


 金髪が何かの紙を渡すと、十パーセント割引チケットと一時間延長プラスコスプレ一着ご利用プレゼント券を頂いた。


(体感巨砲主義、オープンサービスチケット…?)


 大樹は亮と彼ならこのネーミングセンスの大人専用男女ご利用施設について、小一時間は話ができるのではないか?と思えた。



―――寧々はハンドタブレットを持って、亮専用に宛がわれた教授塔の授業準備室でソファに座っていた。


 生意気にも教授というヤツになった亮が様々な方面の大学に出張すると似たような部屋を与えられていることを知ると、羨ましくなる。

 入口のドアを開けると靴を脱ぐスペースがあり、左手側にシューズボックス、目の前にパーテーションがある。右に折れて中に入ると三人がけのソファとローテーブルが設置されていて、計六人が向かい合って座れるようなっていた。

 バス付きの2K。トイレはフロアにあるが清掃員が二時間おきに清掃するという至れり尽くせり。隣の仮眠室にはベッドまである。


 そんな快適空間にいる寧々は顔を上げて、入り口に背を向けたまま左手を見ると、立派な執務机に亮が座って、右斜め前のディスプレイと卓上のタッチモニターをいじって仕事をしている様子が伺えた。


「冷蔵庫は勝手に使ってくれ。自販機はエレベーターホール横。便所は喫煙所の近くな」


 亮が手を休めることなく作業を続けると、寧々はむすっとしたまま対面に座ってタブレットをいじっている、めぐりを眺める。

 めぐりはめぐりで先ほどまで偉い人と話をしていて、今では寧々たちの書いた亮の講義の感想文を評定していた。


「すごいねぇ。教授の個室ってシャワーもあるんだねぇ」

「びっくり。ベッドも大きい」


 亜理紗と寧々が身体から湯気を上げて出て来て、亮は空調の温度を少し上げる。春先だが暖かく、冷房が入っているにしても湯上りにはひどく寒く感じるだろう。そういう面では医者の心遣いが現れるが、子供に理解されることはない。

 執務机の左手奥には仮眠室とは名ばかりのベッドルームがあり、浴槽つきシャワールームとトレイは別で、ビジネスホテルと同じようになっている。


 広い、贅沢、ここで暮らせる。


 大樹は亮の教授室をそう言っていたが確かにそうだった。


「こんなの、あったのぉ」


 亜理紗が五個連結したゴム製品を広げて見せると、めぐりが立ち上がって満面の笑みで亮の作業している執務机の天板にそれを投げつけた。

 なぜこんなものを?とめぐりの無言の圧力に亮が苦笑する。


「使うかなって、思って」

「使いません、しまいなさい」

「…」


 亮はそれを執務机の一番上の引き出しにしまうと、めぐりがゴミ箱を指差す。亮はそれでも抵抗した。


(捨てろと?)


 未使用なまま捨てると、もったいないだろう、と主張する亮。


(使わないでしょう?)


 ていうかここで使うな、とめぐりが冷たい目で返す。亮も負けない。


(装備するかどうかは別だが)

(装備品はちゃんと装備しないと意味が無いぞ)


 亮はしぶしぶ、ハイバック肘掛つき回転イスの後ろにあるゴミ箱にゴム製品を投げると、めぐりはよろしい、と腕を組んだ。

 二人の心の声バトルが始まり、寧々はソファを精神感応して使い方を理解する。背もたれを倒すと簡易ベッドになり、亜理紗と真由が寧々を押し倒してソファの上に寝転がる。


 小さなお尻が亮たちの方に向けられ、亜理紗は入り口から見て目の前にあったパーテーションの後ろに設置されている、冷蔵庫の側にある電子レンジを載せた台の下に、御菓子の入ったバスケットを目ざとく見つける。

 チョコレート焼き菓子などをふわりと浮かせて、自分たちの方に引き寄せると中身が空中に散乱して、三人がハンドタブレットをいじりながらお菓子を食べ始めた。

 女子会の様相が始まり、めぐりはしょうがない、と元の位置に戻る。亮はゴム製品をこっそり拾い上げると、めぐりと目が合って再び捨てる。


(くっそぉ。装備品は大事なんだぞ)


 そんなことを考えながら仕事を再開すると、亮はやけに勢いよくお菓子を食べる寧々たちが気になった。


「お前ら飯食ったのか?」

「んー、深山を待ってる」


 寧々が代表で答える。食事は家族で。大樹はそういうタイプだった。

 しかし亮は大樹が友人と食堂に向かうことが多いことを思い出す。


「あいつ、弁当か学生食堂だろ?」

「そうですね。今日は学食じゃないでしょうか」


 めぐりが何故知っているのかは別として、寧々たちが大樹を待っているのは無意味なことを伝えると三人がショックを受けてお菓子をやけ食いし始める。

 亮は三人が可愛そうになって、三人をここに自由に出入りできるように登録してやることにした。


「そこの教授室に入る生体認証キーは作ったから、入口のスキャナに手を当てればいつでも入れるぞ。お菓子もあったら食べていい」

「ゴム製品を使っていても、いいの?」


 亜理紗の天使の笑顔に、亮が苦笑してめぐりが睨みつける。


「ここで使うときは入れないようにしておく。ついでにテーブルのコンピュータはいくらでも使って構わない」

「なになに?」


 真由が身体を起こしてローテーブルを見下ろすと、テーブルそのものがディスプレイになっていて、コンピュータとリンクされていた。大型テレビがテーブルの天面についているようで、大教室にもあったデスクに埋め込まれたものの大型版だった。


「なるほど。監視カメラモード。入口のドア前」


 真由がコマンドすると大学の見取り図が表示されて、監視カメラの全てが表示される。


「寧々、寧々」

「なによ、真由」

「これ使いたい」


 真由にせがまれて寧々がタッチパネルディスプレイに手を当てて精神感応サイコメトリーし、操作方法を理解するとタッチキーボードを呼び出してピアニストのように繊細に、大胆に素早く画面をタップしてメインフレームまで侵入し始める。


 めぐりは別段、止めることもなくその様子を足を組んで面白そうに見つめている。

 実害が無ければメインフレームに対してのハッキングは彼女自身の技術力向上とセキュリティーホールの発見に繋がる。

 亮もそれを見て寧々のキータッチを記録させてセキュリティ対策として使用することにする。

 寧々が操作する画面は、いくつものウィンドゥが開いては閉じ、文字やら画像やらが整理されていく。


 真由は機械に対しては得意ではなく、亜理紗も詳しいがそこまで専門ではないため、寧々が細かな操作を次々と高速で行っていく動作を見て感嘆する。


「すごいよねぇ」

「うん」


 亜理紗もうつ伏せから仰向けになり、上半身を起こして両足をぱらぱたと動かす。めぐりはその三人を見て思ったことを尋ねる。


「坂上さんは無機物、橋本さんは有機物を動かすのが得意って感覚なんだけどあってる?」


 寧々は一度だけぴたりと手を止めて、めぐりの目を見る。


「そう…?」


 寧々はあまり自覚したことがなかったが、確かに道具を扱うのに長けているので、それを無機物と括りをつければ、そうなのだろうと納得した。亜理紗はめぐりの言葉にピンと来る。


「そうかもね。真由は人をよく動かすけど、動物とかいける?」

「いける。犬にカメラをしかけてローアングルスナッチとかできるね」


(やるなや)


 寧々と亜理紗は心の中で突っ込みを入れて、思わずスカートの裾を抑える。めぐりは悪戯っ子なので仕方ないと、寧々が最近会得した能力の詳細を尋ねる。


「坂上さんはナノマシンとか、いろいろ動かせるよね?」

「コントローラーがないと動かせないよ。ナノマシンみたいなのは電気信号通信で相互命令を確認しているから…」


 亜理紗と真由が首を傾げる。ナノマシンの構造などはプラネットアースの得意分野の一つなので、いまいち理解できないところだった。


 空中散布されているナノマシンは、万能型と呼ばれる自己の構造ですら形式を持たないもので、惑星監視演算処理装置TERRAによって管理されている。TERRAは様々な観測データに基づき、雛形ナノマシンに構造変更通知を送信。それを受けて構造を自ら作り上げる。また自己修復システムとしてプラネットとは別で運用されている。

 そのコマンドフォーメーションの頂点に、寧々が介入し命令母体となることでナノマシンを自在に操る。社会性動物の頂点に立ち、昆虫などを操るのと同じ理屈で操作している。周囲のナノマシンの状況を知り、電気的な介入を行うことでナノマシンを自在に操れるようになった。真由のように電波を飛ばすような感覚とは違うので、ひどく限定された状況になっているが、使い勝手は悪くないはずだった。


 寧々はふと考えてディスプレイに手を置くと、勝手にコンピュータが動き出した。電気信号を操ることが出来るなら、それが可能になる。めぐりはようやく納得がいったように頷く。寧々本人も今しがた気づいたことを察していた。


「そう、それできそうだなぁって」


 接触していれば、コントロールの主導権を完全に掌握することができるのでは?とめぐりが考え、寧々が実行した。

 めぐりは自分の伝えたいことが寧々に伝わったことに安堵する。


「わかりやすく言えなくてごめんね。能力って人によって結果は同じでも、過程は違うって聞いたから」

「ん、いや、ありがとう」


 寧々が素直にありがとう、と言うのは珍しい。小姑と嫁の関係なので…互いに敵意がある場面が多い。ただ、めぐりはだらしないのを許さないだけで、寧々たちを嫌っているわけでもなく…。


 めぐりは素直に能力者のことを、脅威よりもすごい人たちだと思っていた。


「能力ってすごいよねぇ。できそうって思ったことは大体できるんでしょ?」

「どうかなぁ」


 反論的に疑問を抱いたのは亜理紗だった。


「私たちの星では科学技術優先で、どうしても念動力系統系能力者って少ないの。便利そうだけど、思考が偏るから難しいんじゃないかなぁ」


 のんびりとした口調なので、人より二倍ほど時間をかけて話した亜理紗に、めぐりは何となくわかったような気がした。

 求めなければ能力は固定されない。素質はあっても眠ったままになってしまうわけだ。


「私はやり返さないと死んじゃうからねぇ」

「わかる。身を守るために必死だよね」


 物騒な亜理紗に真由が同意する。継承権上位者ゆえの兄弟間の命のやり取りは、水面下で行われているのだろう。めぐり自身もその背景を知っているため、彼女たちの保護が同時に任務として与えられている。


 亜理紗は最近あったことを思い返して、寧々の横顔を見つめる。


「寧々だって、お兄さんにいじめられているじゃない?」

「うちは違うかも」


 寧々が即否定すると、真由が寧々の袖を引っ張った。


「嘘だよ」


 腕を捲られ、痣が露出されて、めぐりが目を逸らした。

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