第27話 歪んだパズルをリセットしようと思って空を飛んでいこうとおもいますんで、気付いたら更新するかもしれない
二限目が終了して、めぐりは聴講に参加していた学部長などと話をするために大樹たちから離れ、亮とめぐり、年配の教授たちの輪に囲まれた寧々は、大樹がそそくさと逃げ出すのを見て憤慨する。
自分だけ逃げた、と。
脱出に遅れた寧々たちの視線を感じて、大樹は苦い顔をして遠めに見守ることにした。
学生の身分で、そんな偉い人オールスターの会話に参加しようとは思わない。
出入り口の一つを占拠して話をしているのに、その左右二つの扉ですら、学生たちは避けるようにして出口に向かっていて、めぐりは寧々の肩を叩いて
さすがお嬢様たち。
スカートの裾を指でつまんで膝を折って、優雅にお辞儀する三人は様式美溢れる貴族のご令嬢のようだった。まぁ、真由と亜理紗に至っては、そのボスみたいなものなので、淑女教育は完璧なのだろう。
大樹はハンドタブレットの時計を見る。スマホから公給品のタブレットになったので、寧々たちと御揃いのハンドタブレットになった。
おそろいであることに寧々たちが喜んでいたなぁ、と正規運用されることになった
かわいいもんだ。などと思い出していると時刻は正午過ぎ。
「昼飯だなぁ」
寧々たちに聞こえないだろうが、言い訳を言っておく。
学生食堂は混むが、琴子が場所取りをしてくれているので急がなければならない。実は先ほどの出来事で忘れていたが…知り合いの先輩さまは非常にありがたい。
大樹は寧々たちに手を合わせて拝む形を作って、その場を逃げ出して学生食堂に入る。
カレーライスの食券を購入して受け取り口へ並んだあと、トレーに受け取り、琴子を探すとすぐに見つかった。
横につなげられた、連結された列車のように並べられたテーブルの中、琴子は他の年上の女子大生と話をしていて大樹は琴子の隣に座る。
「ありがとう」
「ん、いいよ。っていうか、私もさっきまで中山教授の公聴会に出てたから…二人に席を取っておいてもらったの」
中山公聴会は、講義の終了三十分前から始まるフリートークみたいなもので、能力やその関連の事件などがあった場合、それを元に話をしたり解説してくれる、来る者を拒まない話だ。
しかもテストに出ることもあるので、聞いた方がいいとフィールドアーチェリー部の先輩に警告されたこともあった。
(この二人って双子さんだよなぁ)
まったく同じ顔で、同じロングスカートのワンピース姿は、見てぎょっとする。人の容姿についてあれこれ言うのは失礼に当たると思いながら、大樹は琴子に正直な感想を漏らす。
教授をする亮は親友だけれど知らなかった一面だった。
「亮って、あんな感じなんですね」
共通の昔のことを知っている知り合いなので、この手の話ができるのは、ある意味ありがたいことでもある。他の友人なら理解してもらえないだろう。琴子は過去の出来事を思い出して、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「イケメンで優しいけど、国外の大学を出てるから予習復習は当たり前で、ついていくのは大変なんだよ」
落とす学生は、落とす。必修なのに。と琴子がどこか疲れたような顔をして呟く。
すると大樹は、対面に座って興味深そうにこちらを見ている先輩方に会釈する。琴子の友達だろうが、あまり気にしていなかった。学生食堂だと、こういうことはよくあるので、他人かもしれないと思ったからだ。
そこに双子先輩の片割れが、興味深そうに大樹に尋ねる。
「深山一尉のご家族の方ですか?」
そっくりな顔立ちの双子のお姉さん。ほくろが右の目尻にあるお姉さんに聞かれて大樹は思わず身構える。琴子も柔和な美人だったが、この二人はきりっとしていて明朗快活なイメージがあった。
「え、はい。自分に階級はありませんが」
大樹が背筋を伸ばして解答すると双子が顔を見合わせる。もう一人のほうは左の目尻にほくろがあるので、これで見分けがつけられそうだった。琴子が二人を手の平を向けて紹介してくれた。
「
(ん?どっちがどっちで、なんだって?)
大樹は、ほくろの位置以外にショートで気品ある、ピンク色のゆるふわ系ワンピースを着た、モデルのような女性を前に困惑した。
「待って、どっからどこまでが苗字で名前なの?っていうか違いは?どっちがどっち?」
大樹が面喰っていると、琴子がくすくすと口元に手を当てて笑う。
「深山くん面白い」
(いや、面白くないっす)
くすくすと笑う琴子に、二人の先輩は顔を見合わせると、まるで鏡のように口元に手を当てて小首をかしげる。
そもそも本当の顔がわからない、彩音局長と朱音次長という厄介な双子姉妹がいるのに、見た目がまったく同じ双子姉妹の登場は、大樹にとって非常によろしくない。追い打ちをかけるように莉乃里弥姉妹が口を開いた。
「「よろしくね」」
(異口同音かよ)
大樹は絶対に面白がっている、と莉乃里弥姉妹に冷たい視線を送る。完全に遊ばれている気がする。
「二人とも能力者で能力は…「深山ぁ」えぇ?」
琴子の言葉を遮って、大樹は後ろから柔らかな重量を感じて、前につんのめるとカレーライス海に顔面ダイブを決める…直前で、腕立て伏せのように腕を突っ張って姿勢を維持する。完全に体重をかけている怜奈が、両足まで床から離して完全に大樹の頭から背中にかけて体を密着させた。
この悪戯をするのは怜奈しかいない。
「おもいっす」
「乙女は軽い。大丈夫」
(大丈夫かどうかは僕が決めることでは?)
大樹はそう思いながらもカレーのトレーを左手で前に出して、べしゃり、とテーブルに崩れる。
怜奈は大樹に乗ったままスプーンを取ると、カレーライスを食べ始める。それを見て琴子は怜奈を睨みつけ、莉乃里弥姉妹は目を丸くする。怜奈の非常識な行動は今に始まったことでもないが、初対面の方々には衝撃だろう。
(うわぁ、自由な人だなぁ)
三人の女子大生が怜奈を見ながら、男に負けないように生きている強い女性が憔悴仕切っているのに憐れみを覚えた。
カレーを食いながら情けない声を出す怜奈は野放図そのものだ。
「怜奈は疲れました」
「そーですか」
大樹は投げやりに答えると、カレーが半分ほど減ったところで怜奈が大樹に体重を預ける量を増やした。
怜奈は破壊した校舎を修復する為に、多方面の人々に多大な迷惑をかけ、大人の責任を果たしたのだろう。いい大人が一人称を自分の名前にするのは恥ずかしい気もするが指摘はしない。
大体ひどい目に合うから。
「彩音ちゃんと朱音ちゃんに、全部任せてきちゃったけど」
「おい」
メイド服を着たロングスカートとミニスカートの紺色のエプロンドレス姿の女性が思い浮かんだが、あの二人は顔と見た目年齢と身長体格がいつも違うので正直、何者なのかもわからない。怜奈の我儘に常に付き添っている女性なことだけは確かだった。
怜奈は傍と何かに気付いたように、琴子と莉乃里弥姉妹を見てからにやりと悪い顔をする。
「深山はいつも女の子が傍にいるのね」
「「「ほう」」」
怜奈の言葉にお姉さん方の目の色が変わった。後頭部の上で何かがバウンドして、大樹はテーブルとそれの間で頭が揺すられる。
「とっかえひっかえしてるのは亮だけですってば、余計なことを言わんでください」
「細かいと将来ハゲるよ?」
「ハゲさせる原因は大体」
「なぁに?」
「…」
大樹が黙り込むと怜奈が上半身を起こした。
「お腹すいた」
カレーはすでにない。能力者が能力を使うと基本、食べまくるので常に財布は領収書の山になる。JPCの大まかな予算は装備と人件費、そして活動費としての食費だ。莉乃里弥姉妹もそれはよく分かっているので怜奈に同意する。
「わかりますよぉ」
「すっごくお腹減りますもんねぇ」
利里と里香は、怜奈という人物を計りかねているようだ。大樹もそれは分かる。年上のお姉さんの顔立ちをしているのに、無邪気な子供っぽい表情を作る怜奈は…。
「私も精神感応できるようになった」
「うっそだぁ」
大樹は思わず渋い顔をしてしまう。下手なことがばれると一生、奴隷生活を送るハメになりそうだった。が、怜奈のそれは冗談だった。
「うっそだよー」
「…」
ざけんな。とは心の声。大樹は言葉を文字通り飲み込んで堪える。
「くだらねぇって思ったのは本当でしょ?」
「ソンナコトナイヨー」
大樹が適当にそっぽを向く。能力あるなし云々は置いておいて、恐らく既に何もかもばれている気がする。
「ちょっと、こいつ借りるね。利乃里弥姉妹と…」
「藤原琴子です。風見怜奈さん」
「…こっこちゃん、詳しいね?」
大樹が尋ねようとすると、怜奈はぐいっと大樹の腕を引っ掴んで学生食堂を出る。
怜奈は琴子を一度だけ見てから踵を返す。
二人で一階の学生食堂から出て、四段あるポーチの中断で足を止めて、怜奈は大樹を見上げる。
「深山ぁ、車は?」
暗く、不機嫌そうな声に大樹が驚く。気分がそのまんま顔と態度と声に出るタイプなので、気分を害しているのがすぐに分かる。
「僕は午後にも講義があるんですけど」
「あー待ってて」
タブレットの通信機能をオンにすると、耳に押し当ててどこかに電話を始める。
「あー、私よー。怜奈ぁ。お宅にいる深山大樹に関してなんだけど、これから四週間分の…」
(なにをしている?)
大樹は嫌な予感がした。
通話を終了させると、ハンドタブレットの角を左手の人差し指の上でカードのように回転させると、それが跡形も無く消えた。手品ではなく収納したのだろう。
「君、大学出席したことになったから。でもテストはがんばれ。ちょーがんばれ」
「ちょっと!出席誤魔化すって話は聞いてましたけど、テストはなんで免除しないんですかっ!」
どうせ免除するならテストもお願いします、と割とマジで懇願する大樹に怜奈が目を細める。
「君って誠実そうで実は卑怯だよね。大人になったんだからさぁ」
「いやぁ、風見さんほど酸いも甘いも噛み分けるほど人生経験豊富じゃないんで」
「うーん、毒があるわね?おばさんって言いたいわけ?」
じろりと臓腑を射抜く勢いで睨みつけられ、大樹が一歩後ろに下がる。
「まだまだ二十五歳じゃいけますって」
「深山ぁ?二十歳未満の童貞小僧が…あ、まぁ経験はしてるんだっけ?」
「…何を」
大樹は嫌な予感がする。
「萩原と深山の関係なんて局内じゃ有名だぞ?まぁ詳細は私のところで止めたけどねぇ」
「…なにそれ知らない」
「中学生が乱れているから」
(なんだろう、聞かないほうがいいな)
大樹はそう思うと、電子キーをポケットから取り出す。自分の女性遍歴など知られているとは思いたくもない。
「しかしなんで車なんですか?瞬間移動でいいじゃないですか」
「お腹すいた」
ぐぅ、と腹の音が可愛らしく聞こえる。豪快な女性なのである意味、ギャップがあって大樹は吹き出して笑ってしまった。
「ぷっ、お腹の音は謙虚なんですね」
「こっちこい」
怜奈がポーチの最上段に立って二段下を指差し、大樹がそれに従うと頭を抱えられて腹に押し付けられる。
「鳴ってる?」
「めっちゃ」
「だよね?ごはんをもっと食べたいけど、ここじゃやだ。何か買って来て」
「それよりも、めっちゃ恥ずかしいんですけど」
大樹は中腰の姿勢のまま、怜奈の腹に耳を押し付けたまま周囲に視線を這わせると、男女が足早に見ないようにしたり、逆に指を差されたりしていた。
「恥ずかしい、といいながら慌てないのねぇ」
「怜奈ねえちゃんですから」
怜奈は悔しそうに大樹を解放すると前を歩く。
うっかり怜奈ねえちゃん。
大樹と亮はそう呼んでいた。
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