第26話 どこまで続けるべきか、やめるべきか。なにをするべきか、なにをしないべきかで悩むわけで、あ、本分とは関係ないです。適当に流してくれ。

―――ベシパ論。第三大教室。


 二人掛けのテーブルがすり鉢状の教室に配置され、受講者数は四百人を超えている状況で、寧々たちは人の多さに驚愕していた。

 テーブルについて椅子を引き、デスクに埋め込まれたタッチパネルの右手側に学生証を差し込むと、大樹はようやく一心地ついて座る。寧々はさも当たり前のように、大樹の膝の上に座って卓上タッチパネルをいじる。

 後ろの席で、めぐりが真由と亜理紗にゲストモードを起動してから「静かに聞いてね」と大樹の隣に座った。

 今頃、怜奈は大学の施設を破壊したので、学内関係者にこってり搾られているだろうと、後片付けをしに来ためぐりから聞いていた。


 寧々たち三人が逃げた罰は、亮のベシパ論の聴講をすることで、亮は至極嫌そうな顔をしていた。


「ざけんな、まさかの授業参観みたいじゃんかよ。俺教授だぞ?」


 との弁明だったが、めぐりが「三佐がJPCの看板に見合う働きをしているか見るだけですよ」と押し切った形でこうなった。


 授業が開始されて亮がステージ上の教壇の上に立つ。寧々などはそれが信じられないくらいで、どっきりカメラどこなの?とまで言った。

 亮はそれでも教授として慣れているように聴講生の前で堂々とだらける。


『あー。今日はね、やる気でないのよ』


 すり鉢状の一番最下段、ステージにある教壇。

 亮がポータブルマイクのスイッチを入れると、自動追尾のカメラが起動して、奥のスクリーンに亮の姿とコンピュータの映像がトリプルスクリーンで表示される。メインの真ん中にPC画面が、左右に亮の姿が映し出されて寧々が驚く。


(大学すげぇ)


 寧々が興奮気味に足をぱたぱたと動かす。坂上グループの本社、モノリスにもこういうギミックはあるものの、やはりこの空気が寧々たちには新鮮なのだろう。


『まあ知っている人は知っているだろうけど、能力を使った公共施設破損は能力を使わない使うのどちらにせよ、破防法っていう法律でも禁止されているのね。破壊活動防止法。あとは複数人の能力者、二名以上が集団で能力を違法に使用した場合は能力保持者集合罪って言って、武器集合罪と同じね』


 九十分のうちの十分間ほど、適当な話を続けながら亮が話を進めて行く。本筋とは関係ない話は、様々な過去の判例や事件などを取扱い、法の触り辺りの話が多い。


『じゃー、ロックすっからね』


 がちん、と背後で音がして六枚あるドアがロックされる。出ることはできるが、オートロックで外からは入って来れない仕組みになっていて、右手前のスキャナが光って大樹は人差し指を乗せた。


 出席確認がされて、メインディスプレイに今日のテーマが表示される。


『前回に次やることを少し話したけど、今回はちょっと脱線するな。えっと…まぁ予備学習は要らないようにする』


 亮が話を進めると学生たちがどよめく。難しい授業などは予備学習をしていないと理解は難しい。そもそも専門用語などは知っていてから話を聞け、という粋な大学だからだ。学費は全部、税金だから厳しいのは当たり前でもある。


『能力者特別措置法の中にある戦後特措法の話だ』


 戦闘行為を終えた能力者が治安を乱したり、粗悪な民間軍事委託会社であるPMCに流れたことにより様々な社会問題が発生し、それに対応するために個人または複数人にてグループを作り、登録して政府機関から仕事を受託するシステムが完成した。


 それぞれの個人、グループは、仕事に応じてそれぞれ評点が与えられクラス分けされる。


 年齢制限は十歳からで、個別にテストを受ける必要があり、個人の能力クラスに応じて参加できる。PMCまたは政府機関に属するグループもこの制度を利用でき、持ち評点は貨幣や施設の利用などで消費することができる。


 懸賞金制度のようなものだが、実際は作業の手伝い等もあり、気楽にできるものも多い。


『日本政府の機関、日本防衛省超常管理局はオフィル、ガーデンと共に星間通信機構、プラネットを整備して共通の情報網を持ち、評点制度の根幹を作り上げたわけだな』


 めぐりは、なかなかしっかり講義をしているなぁ、と几帳面にタブレットにメモを取っている。電子書籍に直接書き込んだり、余白部分にメモを取れるのはなかなかありがたく、大樹も指先で文字を記入していくと、寧々が興味深そうに大樹の指先を見つめている。


 てし、てしっ。


 動く指先に寧々が指先を合わせる。


(ねこ?)


 大樹はそう思いながらも、寧々の手首を左手で掴む。


(坂上って左利きなんだなぁ)


 そんなことを考えていると、めぐりが大樹を見て苦笑した。集中しなさいと怒られた気がした。


 能力や能力者についての法律は、永遠と特措やらの新文字が並ぶ。これは法整備事態が追い付いていないことの現れで、能力を使用した犯罪において罰則は基本法の二倍として定められた。


 その後も永遠と話が続き、九十分の授業のうち三分の二が過ぎたころ、亮が出入り口のロックを解除する。


 ここからは自由聴講で聞いてもいいし聞かなくてもいい。減点はしないが、これ以降は自己責任で退席もどうぞという意思が感じられたが、学生の誰もが出て行く気配を見せない。


(周りを気にし過ぎじゃない?)


 大樹の電子ブックに寧々が言葉を入れると大樹は驚いた。


「そうか?」


 耳元で囁くようにして寧々に返事をすると寧々がうなずく。


「もっと集中しなきゃだめよ」


 寧々の声が周囲に響くと、付近の男子学生の身体が震えた。聞き耳を立てていたらしい。静かな空間で子供の声はよく通るもので、寧々は著:中山亮の電子テキストに指を這わせる。


 電子ブックなら机にはめ込まれたガジェットにクラウドデータとして記録させ、本で買えば昔ながらの大学生スタイルで勉強できる。もっぱら電子ブックの方がタブレット一つで持ち運びできるので、ほとんどの大学生が電子ブックを持ち歩いている。


 寧々のデータも直接書き込まれて保存されていく。


 中山が本当に先生やってる


 大樹はそのメッセージに寧々の耳元に唇を寄せて答える。


「そうだなぁ」

 でもなんかこういうの、いつもと違ってで好き

「勉強するところだぞ?」

 でも好き


 大樹の言葉に周囲が「お前も勉強しろよ」と心の中で突っ込みを入れる。


『んでー、現行のグループはそれぞれコード名のあるチームで運用されていて、俺は黒兎ブラックラビットチームの監督をしてるんだけど、まぁ知っての通り白兎ホワイトラビットチームのメンバーでもある。こんな感じで上位のライセンスを持つチームが、まだ発足したてのチームを指導することもあって…』


 ぱっと中央スクリーンに、寧々を抱いた大樹が真由と亜理紗に左右から挟まれている映像が映し出される。寧々のべたべたに二人が我慢できなくなり、めぐりが三人に叱り始めて、それぞれが席に戻った。


 マイクを入れていたら教室中に痴話喧嘩と、めぐりのお説教が教室内に響いていたかもしれないと思うと、亮は苦笑いする。他の学生も同様に呆れた空気が漂う。


『チームの運用は原則一名の一般人が、監督の役割を果たしているのは、能力者と一般人の間の軋轢を無くす為だな。綺麗事を抜きで言うとってことだけど』


 亮はめぐりをスポットして中央スクリーンに映すと、めぐりが目を丸くする。あまりにも信じられないのか、片手を上げて手を振ると学生たちが、なぜか小さく右手を上げて手を振りかえしていた。


(気のせいじゃなくて私が映ってる)


 めぐりはそう思うと、左側のスクリーンに映っている亮を見つめる。何をし始めるのだろうか。


『彼女はJPCで一緒に黒兎B・Rを監督している深山めぐり一尉だ。十二歳だけど学位はお前らよりも上だから先輩だぞ?』


 大樹がなるほど、専門家の意見を聞くために、めぐりをピックアップしたのだろうと察する。紹介を受けためぐりは、左右を見回してからカメラを探していたので、大樹はそっと、デスク上のカメラを指差す。


「ご紹介に預かりました深山です。先ほどの騒動もありまして、縁あって今回は中山三佐の講義を聴講させて頂いております」


 めぐりが頭を下げると拍手が起きる。好奇の視線が元々向けられていたが、納得した学生も多かっただろう。


『めぐり一尉は一般人レギュラーでね。まぁ気兼ねなく、いろいろ質問してやって』


 亮が残り時間を丸投げすると矢継ぎ早に質問が殺到、亮は学生のマイクをオンにしてそれを挙手を当てたこととし、学生の質問にめぐりが答えて、他の学生の質問へと切り替えて行く。

 しばらくすると、わらわらと入口から他の学年の学生たちまで入って来て、立ち見広聴の様相を呈して来る。

 めぐりは人前に出て堂々と答え、確かに官僚級会議にでも臆さないのでキャリアだな、と大樹は肩身が狭くなる。兄としては身内が目立つと恥ずかしくもあり、誇らしくもある、そんな感情の狭間にいた。

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