第23話

 寧々とめぐりの視線が交差する。


 野次馬の職員や警備員、真由と亜理紗までもが横っ飛びになりながら、手榴弾の爆発を回避しようとする中、時間が引き延ばされた。

 めぐりが寧々と視線を交差させながら、じっと互いの行動を先読みしようとしていた。


 ほら、やっぱり。寧々は、はっきりと認識、いや、再認識した。


(何が一般人レギュラーだよ。貴女は立派な…戦士ウォリアーだよ)


 寧々がモノリスのメインフレームにアクセスしたとき、不正であると知りつつもコンピュータに深深度精神感応を施した。


 出てきた単語は、厳重なプロテクトの奥に隠された単語で、白兎ホワイトラビットチーム、航宙魔導艦はるさめ、風見怜奈、アリシア・ヴィルノワール、萩原鈴、中山亮、深山大樹。そこには深山めぐりの名前もあった。

 この人名や名称が、何を意味するのかは分からない。航宙魔導艦なるものはオフィルと坂上グループの作った戦艦か何かだろうが、何かを隠しているのは分かっている。


 坂上グループの作ったPMCであるアリスヴァルキリーに、めぐりが査察していたことがあるのと関係があるのだろう。

 落ちた手榴弾が床で跳ねる。めぐりの左手の銃口が手榴弾、レモングレネードに向けられた。見えない三連射がレモングレネードの信管、遅延爆薬部分を吹き飛ばす。


 ごっ。


 寧々は不意に顎の下から鈍い音がして、首が引っこ抜かれるような衝撃と共に両足が地面から浮いた。


(あれ?)


 仰け反って、後ろに倒れそうになった寧々に亜理紗がそれに気付き、真由が寧々の身体を催眠洗脳で乗っ取って遠隔操作し、踏み止まらせる。


「うげ」


 真由はめまいを感じて気分が悪くなる。脳震盪を起こしている寧々の感覚がフィードバックして、共感現象を引き起こしていた。


 戦闘行動中の寧々は精神感応をマキシマムで開放している。制御できない情報の坩堝の中に、飛び込んだ真由は目を回しそうになった。

 亜理紗は状況だけを冷静に判断する。素早く立ち上がって寧々と真由を両脇に抱える。エンジェルパックは個人主体の飛行ユニットだが、元々念動力系統系能力者は他者と共に飛行することが出来る。


「逃げましょう」


 亜理紗が左の壁を睨みつけると、破砕音と同時に壁が砕かれてそこから外に飛び出る。念動力で強引に壁を引っぺがした。


 寧々が目を回しながら悲鳴を上げる。


「たっかあああああい、気持ち悪いー」

「寧々、だめ、落ち着いて。精神感応止めて、吐きそう。うえ」

「えぇ、二人ともだめだよ?やめてよ?本当に信じてるからね?あと暴れないで」


 亜理紗がふらふらとしながら、地上三十二階からの脱出を開始する。


「気をつけて、狙ってる」


 寧々の精神感応で探知された、めぐりの殺気に亜理紗が気付くのは遅かった。


 ずどん。



―――墜落防止用の制御装置が働いたのか、寧々たちは近所の公園の池に落っこちたが何とか無傷だった。


 一様に三人ともがダメージを受けていて、頭の奥がズン、と痺れる感覚があるのは精神系サイコダメージを受けたからで、めぐりがしっかりと、こちらにお灸を据えるように、していたのかもしれない。


 三人の左腕に装着したタブレットにコールが入る。もちろんめぐりからだ。お話を聞いてくれないから、殴ってから聞いてもらうスタイルはさすがだ。


 めぐりからで、三人は無言で「作戦任務中」の拒否を行う。


「寧々が手榴弾使うから」

「真由だって、私の銃で反撃しようとしたでしょ」

「あああ、ビル壊しちゃった」


 三者三様でパニックを起こして三人がぴたっと止まる。息もぴったり。


大学深山のところに行こう」

「寧々に賛成。真由は大丈夫?」

「ん。相変わらず高レベル能力者の催眠洗脳支配はちょっと辛い」


 亜理紗に心配されて真由が頭を左右に振ると耳が「ふにゃん」と、うな垂れる。感情と一緒に動く不思議なギミックになっているようだが、なぜか痛々しくも思える。


 猫耳スク水コスプレそのものだ。


「寧々、色々と調べたみたい?」

「ええ。モノリス、少し興味深い組織かもしれないね」


 催眠洗脳で思考共有した真由が肯定して、亜理紗にも部分思考支配で情報共有をすると、亜理紗が「ふーん」と意味深に声を上げる。



―――大樹の大学、大学校舎の五階建て校舎、二階バルコニー。


 喫煙している大学生が、空から現れた寧々たちに驚くも、また何か新しい遊びでも始めたのかな、程度で笑っている。

 喫煙している学生が子供たちから煙を遠ざける。優しい。


「目標確認、二時方向。中山もいる」


 寧々が精神感応で大樹の位置を特定する。寧々にとっては建物は証言者と同じだ。様々な場所で大樹を追いかけて、ようやく大樹を見つけると三人の猫耳が正面を向いた。背中のフライトユニットから、卵を半分に割った大きさのユニットが射出されて、ヘッドフォンが左耳に吸い付く。


「おお」


 便利な通信機能などの装置を備えた、音声関係の統合ユニットらしい。

 三人はそれで大樹たちの声を拾い上げていた。


「僕に官僚の道を捨てろっていうの?」

「エリートさんは言うことが違うねぇ」

「お前に言われたくねぇし」


 …寧々たち三人がにこりと無表情で笑う。他の学生たちは、そそくさと退散を始める。これから大体何が起こるのがわかる。


「真由、広域カバーして。亜理紗、バックアップ、前方警戒。一緒に突入」

「りょ」

「はーい」


 寧々が指示を出して飛び出す。真由と亜理紗が鋭く周囲を見回して安全を確保、二階のバルコニーから、エンジェルパックの重力制御の力を借りて音もなく着地、芝生面に通じる建物の大きなウィンドウの前で三人は転がりながら壁へと移動。


 寧々、真由、亜理紗が壁際で屈みながら中を覗こうとすると。


 ぽこん。


 不意に亜理紗の頭に何かが当てられる。


 大樹が雑誌を丸めて背後に立っていて、亮も困ったように腕を組んで、寧々たちを見下ろしている。


「なにしてんだ?お前ら」

「エンジェルパックの改良型かぁ」


 血管を額に浮き立たせた大樹に、苦笑する亮が中腰になっている真由の尻尾に触れる。


「ふにゃっ!」


 真由の声に亮が苦笑する。


「フィードバックセンサーがきついからなぁ。尻尾は。たぶん耳もじゃないか?」

「へぇ」


 大樹が寧々の頭を撫でると寧々はふにゃん、と顔を綻ばせる。


(なにこれ、面白い)


 大樹がぐしゃぐしゃと寧々をいじくると、亜理紗と真由が頬を膨らませて大樹に「私も!」と迫る。


 一通り大樹が三人で遊ぶと、寧々が我に返った。


「僕に官僚の道を捨てろって、いうかってどういうこと。さっさと偉くなってどっか行くの?」

「行かないよ?傍に居るけど?」


(んまっ!)


 亮が、何の気なしに答えた大樹ににんまりとする。


「おい、変態コスプレ好きロリコンクソ…」

「それ以上、何か言ったら殴るぞ」


 ごちっと亮の頭を殴った大樹の顔も赤くなっていて、自分のセリフに今気付いたようだった。


「JPCに入局するにしろ、坂上グループに協力するにしろ、ある種エリートなんだよ。素行は気をつけないと揚げ足を取られる。特に黒兎B・R運用は気を使うんだ」

白兎W・Rとは?」


 亜理紗がゆるい雰囲気で、手と手を足の前でそろえて組み、小首をかしげて尋ねる。


(ぶっこんだなぁ)


 真由は、無防備なボディに放り込まれたパンチのような亜理紗の問いに、大樹と亮が硬直しているのが分かった。


(寧々、今)

(へ?あ、うん)


 真由の声が寧々に届く。精神感応するにはちょうどいいタイミングで、催眠洗脳するのもこの瞬間を狙う。真由はそんなことを百も承知のはずの寧々に、思念通話テレパスで伝えなければならないほど、寧々に何かあったのかが分かった。

 基本、支配する真由には相手の気持ちを読み取る能力は稀有だ。感情の発露が少ないのも、相手に合わせる必要がなかったから。

 だが、しかし、今の寧々を前に真由はやきもきしていた。


 寧々はそれでも動かず、大樹を見上げている。


(あぁ、ダメだねぇ、これ。寧々の乙女モードだ)


 亜理紗がそれを直感で察知する。


 亮は、押し黙ってしまい俯いた大樹の変わりに答えた。


「坂上、その案件に関する全ての情報を調査することを禁じ…」

「うおりゃああああ、ロケットダーイブ!」


 寧々の視界に入ったのは芝生を蹴り上げ、風の様に現れた腹を出した濃紺ミニスカタイトスカートセーラー服の女性で、地面を蹴り上げて体と地面が水平になり、ピンク色のシューズが良く似合う小悪魔系童顔の女性だった。


 そしてまたもや巨乳の登場に、寧々たちがぽかんとする。

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