第22話

 寧々たちがエレベーターでラボラトリー区画へ到着すると、白衣やらスーツやらジャージやら、格好も人種もごった返していた。車道一本分の広い廊下は、物資搬入や移動の動線を確保しているようで、壁には寧々が左手を腰に当て、前かがみになって人差し指を立てているポスターが張ってあるのを亜理紗が見つける。ポスターの寧々はメイド服を着用している。


「寧々、かわいい」

「あーこれ、こういう感じなのね」


 写真撮影を求められてなんだろう、とポーズを指定されたが結局はそういうことらしい。あのメガネをかけた神経質そうな男は「変なことには使用しないので」と言っていたが、全うに利用されたようだ。


 注意一秒、怪我一生。だぞ


 などと書かれている。真由はツンデレメイドさんバージョンか。と納得した。


 寧々は支給されたばかりのハンドタブレットで施設内の検索をすると、目的の部屋を見つける。試作管理室、危険度なし。の表示に危険度が高いものはどうなっているのやら、と不安にさせられる。


 部屋の中で寧々が精神感応して、管理番号のついたアタッシュケースの中に入っていることを突き止め、亜理紗が念動力で鍵を壊して、中身を確認する。


 三人は踵をつけて膝を織り込み、アタッシュケースを覗き込む。


「あったね…」

「あったけどー?」

「うん」


 無機物のベルト…プールの鍵が結わえ付けられている、あんな感じの材質で長さ的には首輪だろうか?それが十本ほどそこに並んでいる。色にも様々な色があってカラフルだが、これは何の意味があるのか分からない。


 寧々は白のベルトを手にとって、手首に巻きつけようとしたが長さが合わない。支給されたハンドタブレットの音声操作モードを起動する。


「エンジェルパック…使い方」


 音声検索をかけると音声ガイダンスが流れ始める。


『エンジェルパックの使い方、一件です。再生しますか?』


 機械合成音声にしては少しなめらかだと思うが、寧々は頷くとモーションキャプチャーが反応した。


『エンジェルパックの装着方法はチョーカータイプです。首に巻きつけて使用します。スーツの展開は自動展開方式です。物質の粒子固着法を用いて着衣を空間に再現します』


「さっぱりですなぁ」


 亜理紗が呟く。こういう科学技術に関しては亜理紗が強いはずなのに、彼女が分からなければもうお手上げだ。寧々はここで観察しても埒が開かないと、気合を入れてベルトを手に取る。


「やってみる」

「お、りべんじゃーだね」


 真由がそう言うが、寧々はチャレンジャーじゃない?と思いつつも、突っ込みを入れる前にチョーカーを首に巻く。


『オーナーシップを固定しました』


 いやに可愛らしい女の子の声が聞こえる。途端に不安になる。固定とか、そういうのは絶対に取り返しがつかない類が多い。寧々が泣きそうな顔で二人の共犯者を見つめる。


「…ねぇ、怖いんだけど」

「だよねぇ」

「私はやだな」


 寧々の本音に亜理紗と真由も渋い顔をする。寧々は慌てた。


「みんな一緒にやろうよ」

「しかたないなぁ」


 寧々の泣きそうな顔に、亜理紗がどこか嬉しそうにピンク色のベルトを手に取り、真由は紫のベルトを首に装着した。

 金色の小さな鈴が、ちょうど真正面に来ると同じようにオーナーシップ登録が完了する。


「これって、あれなんだろうね。所有者を一度決めると動かないんだろうなぁ」

「え、そういうの先に言ってよ」


 亜理紗に真由が睨むと、亜理紗は「もう寧々ちゃん、つけちゃってたしね」と弁解にならない弁解を口にする。

 左手の指先を押し当てると、ハンドタブレットが警告音を発した。

 三人のハンドタブレットに表示されている図解が左上に乗せるように指示をだしていて、二本のベルトでタブレットが固定される。


「すっごーい、これもギアクォーツで出来てるぅ」


 亜理紗は何が楽しいのかテンション上げ気味に感動していると、寧々は手首の動きに対して邪魔にならないように、なっていることに気付く。


「寧々さ、精神感応すれば?」

「あ」


 真由の指摘を受けて、寧々が声を上げると亜理紗が苦笑する。


「忘れてたんだよねぇ。最近はずっと深山といるから、自然と使わない方法を選んじゃう。わかるよー」


 ばんばん能力を使っている亜理紗に何が分かるのか、と思いながらも寧々は、確かに自分が言いつけを守っている気がして気恥ずかしくなる。


「深山だいすきって感じだよね」

「うんうんー」


 亜理紗と真由に囃子立てられ、寧々は顔を真っ赤にして両腕を振るう。


「もう!そんなんどうでもいいじゃんかよっ!」


 寧々がそう言うと真由がタブレットに声を飛ばす。


「エンジェルパック、起動方法を続けて」

『エンジェルパックの装着、タブレットの固定が終わったら鈴の部分に手を当てて氏名とチーム名、実行コマンドを音声で出力してください』


 順番は不問です。


 とのことで、寧々は二人の顔を見合わせる。


「さ、坂上寧々…。黒兎ブラックラビット01ゼロワン…エンジェルモード起動…」


 コスチュームが光の粒子になって寧々の身体を包み込むと、テストの時に使用した例のねこみみ、しっぽ、スク水、グリーブにガントレットという、マニアックな飛行ユニットに展開される。


(ん?ネコミミ?)


 寧々が自分の頭に手を当てるとふにゃん、と柔らかい本物に近いそれになっている。


(これ、知らない)


 寧々がそう思うよりも早く、他の二人も変身?を終えた。


「ひゃー、恥ずかしいねぇ」

「これは羞恥心があるね」


 恥ずかしいと、いいながら喜ぶ亜理紗と正反対に、もじもじと脚を閉じる真由に寧々はなるほど、眼福だわぁと納得する。美少女の水着、しかも学校指定のアレとはマニアックだ。

 ベルトの色とスーツの色は連動しているらしく、ガントレットやグリーブの装飾部分も同じ色で統一されていた。


 設計者のコアな拘りは、細部に至るまで造りこまれているようだった。


『エンジェルモードは現在、使用制限中です。指揮官コマンダークラスの解除申請を受けてください。許可権限を保有している者は中山亮三佐、深山めぐり一尉、深山大樹補佐官です』


 大樹の名前が出て三人がほっとする。急に訓練施設に放り込まれたのだから、もう面倒を見てくれないものだと思っていた。

 三人はほっとしつつも顔を見合わせると、とん、とその場で軽く飛ぶ。


 背中に装着されたバックパックが反応してハッチバックのように開き、内側からブースターユニットが展開して下側にせり出す。音や熱は感じられず、ふわりと空中に浮いた。何かを噴射しているようにも感じられるが、青白い光はその場で太陽のように輝いている。


(尻尾…焦げないかなぁ)


 寧々は、そんなことを心配したが問題はなさそうだった。寧々の意思のままにふにゃりと曲がったり動かすことができる。


「どうやってやるの?」


 真由が、さも不思議そうに尋ねると寧々が「そうだった」と苦笑する。


「えっとね。この猫耳で姿勢制御できるよ。考えたことを、ふぃーどばっくするんだって。ちなみに物理的エネルギーはほぼ全て防御する、ふぃじかるりあくたーが作動するみたい」


「物理完全無効の装備かぁ。じゃああれだね、私たちの制服と同じなんだね」


 亜理紗が納得すると真由が関心する。しかしダメージを受けると反応装甲型のフィジカルリアクターは衣服の布面積を大小として失う…のは今は黙っておく。結構恥ずかしい思いをしたこともあることを今ここで言うべきではない。


 真由は亜理紗が懸念していた対空砲に関しての問題も軽減されたことになって安心した。


「対空砲火も怖くないね」

「んー、ギアクォーツがあると精神ダメージ側に来ちゃうでしょ」

「そっか」


 亜理紗の反論に真由がしょぼんとする。無敵の魔法少女にはなれない。寧々は、それでもいいものを手に入れたと喜んだ。


「でもまぁ、気をつけていれば大丈夫でしょ?」


 この場合、ダメージに気をつけるとは、寧々たちのダメージは全て着ている物に反映される。これは精神ダメージって、目で見えないからどうしていいかわかんないよね、的な考え方で壊れたりしたときに、目で見えるほうがいいという判断?で制服が破れる構造に仕様変更された。


 つまり…この服も能力によるダメージを受けると破けるのだ。

 亜理紗が興奮気味に装備の説明を始める。


「物理ダメージも熱エネルギーに変換するから、あまりダメージを受けると熱放出のために面積が小さくなってね…ひゃー、もう隠すところなくなっちゃう」


 亜理紗が嬉し恥ずかしと、実をくねらせる。相変わらずの、どちらでもある子だなぁと寧々は苦笑する。


「…深山のところに行こう」


 寧々が宣言すると三人が頷いて、廊下に出るとめぐりが腕を組んで立っていた。他の武装警備員たちも、銃ではなくブラスターガンを持っていることから本気の対応だった。

 脱走がばれたらしい。

 ブラスターガンは念動力系統系能力者なら簡単に実弾は抑えられてしまうので、それに対抗するために作られた武器だ。

 ギアクォーツのお高い弾頭よりかは幾分かお安くなる。オフィルの武器は未だに割高なので、こういう処置が取られている。


 包囲を促した本人であるめぐりが三人の恰好を見て目を細める。場違いな場所でスク水、しかも猫の耳と尻尾を付けて目立つのは女性としてとても…。


「えっと。どうしよう、恥ずかしくない?」


 めぐりの問いにしばらくの間が空く。武装警備員もどことなく視線がせわしなく動き、直視していいものか悩んでいる様子だった。


 指摘されるとそんな気もして寧々、真由、亜理紗がそれぞれの反応をする。


「やめろっ!」

「言わないで…」

「もっと見て…」


 寧々と真由が恥ずかしがりながら、亜理紗が嬉しそうに呟く。


「で、フライトユニットなんて持ち出してどうするの?」


 めぐりが右手と左手に銃を抜いた。紺碧の銃の下には銃身と同じ方向に、紅蓮の銃の下には銃身と逆方向の刃が展開している。銃撃の上に投げ飛ばせて、しかもその切れ味が常識はずれの変わった武器で、めぐりの持つそれはドラゴンタイガーと呼ばれる二丁拳銃ダブルハンドだった。


 龍虎のことを誰かがそう言ったのが始まりで、めぐりの二つ名がドラゴンタイガーのダブルハンドになったのは少し前の話だが割愛する。


「これの威力はそうねぇ…。オフィルさんや橋本さんならご理解いただけるのでは?」


 二人が目を細めるとなるほど、と納得する。亜理紗と真由には心当たりがある。問答無用にぶち込まれて…。


 真由は実態があるのにうすらぼけて見える銃に心当たりが在る。精神世界を支配する女王ならではの見解は的を得ている。


「その意味不明なまで高出力で存在が稀有なのは…」

「スフィアパレット製だねぇ」


 亜理紗もその存在は知っていて、科学技術面で説明のつかないものが存在していることは分かっていた。

 錬金工房で作られた超科学の物質。能力ですら科学の範疇で分類分けされるのに、スフィアパレット製だけはどこにも分類わけできない。


 深山の珍宝もスフィアパレットが絡んでそうだけど…。


 寧々はそう思うと、左手に隠し持っていた手榴弾を床に投げる。


「は?」


 さすがに誰もが目を丸くして、その場に伏せた。

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