白と黒と魔法使い
第21話
えっと、これどうしよう。
寧々は一人取り残されて、そう思った。総一郎が逃げてしまって結局、訓練に対して投げやりな自分だけが残る。能力を解除、銀糸を接触させて遠隔にて精神感応を行う予定だったが逃げ切られてしまった。
この面談は駄々を捏ねて訓練に参加しないまま三日が経過し、めぐりがほとほと困り果て、それに見兼ねた大樹が、保護者の方々と話をするようにとこの席を設けたのだが、結局は親ばかの連中。
真由と亜理紗も話はしているはずだが、結局のところ、まだ話し合いは続いていた。
来る途中、リムジンバスで二つの家族は仲睦まじく過ごしていて、寧々は総一郎と並んで座っていた。
王族、皇族のお忍び旅行に坂上グループの会長が同行なので、マスコミにリークしてやろうと思った寧々は、真由と亜理紗が楽しそうに話をしているのを見てやめた。家族旅行を壊すつもりには、なれなかった。
(今も、あの時と一緒で私は一人ぼっちか)
寧々はソファに座り直して膝を折り、自分で自分を抱きしめるようにして座り、膝の間に顎を乗せて蹲る。
ノックが三回、ドアが電子錠つきのドアが開いて、青年が一人入って来た。
小奇麗なスーツを着た青年は、よく見知った顔だ。父親は総一郎が養子に取り、両親は死んだ。その唯一の肉親が彼で、兄は寧々を嫌っている。
(出たな)
寧々は、それ以上罵倒する言葉が思いつかなかった。
単純に嫌いなのだ。嫌悪など生易しい。
その嫌いな人間が侮蔑の言葉を選んでくれば、寧々は頑なになるしかなかった。
「恥知らず」
「…」
「坂上グループの娘の自覚があるのか?」
「…」
「答えないのか?」
寧々が完全に無視している、兄は入り口の後ろ手に電子錠がロックされる。これで何があっても、すぐに誰かは入って来ないだろう。
「仕方ないなぁ、お前は。母さんに似たのかな」
寧々が、ぴくりと手を振るわせる。
なぜこの男は最愛の母との記憶を、自分よりたくさん持っているのか。そう思うだけでも許せない。
「深山大樹さん、だっけ?僕と違ってすごく慕われているじゃないか」
手の平サイズのタブレットを左手でチラつかせて、兄は寧々と良く似た端正な顔つきをにやりと不気味に歪ませていた。
「彼も能力者だろ?しかも何故か、彼はパラキューブを装備してくれている」
「なにをするつもり?」
左上に巻いているブレスレッドのことだろう。大樹は特に何も説明してくれなかった。が、なんとなく予想はついていた。
「自爆するための装置…」
「そう、その通り。だけどこっちからでも操作できるよ?そりゃあそうだよね。君たちみたいな化け物には手綱がいる」
「やめなさいよ。出来もしない、お坊ちゃまが」
兄はふぅ、と息を吐いた。右手が左胸の内ポケットの方へと伸び、引き出された黒い鉄の塊が寧々の額を捕らえる。
自動拳銃の引き金が引かれて、閃光と炸薬の弾ける音が響き、寧々の腕、腹、脚に激痛が走る。
計、七発の非殺傷弾頭が寧々に突き刺さっていた。目に当たれば失明するだろうし、当たり所が悪ければ確実に死ぬ。特殊弾頭は超感覚や念動力を完全に無視する、パラエネルギーに影響を与えられる
惑星オフィルにある特産品の物質だ。
「毛虫みたいだよ」
寧々が床に横たわったまま身動きも取れないでいると、兄の靴底が頬に押し付けられる。ぐりぐりと床と足に挟まれても、寧々は睨みつける目を兄に向けている。
「いいよね、その目。反抗的な能力者たちの目だ」
ドアのロックが解除されてドアが開くと、デジタルピクセルの青色系都市迷彩服を着た兵士が四人、カービンライフルを手に入り込んで来て、兄の身体を照準する。
「ガーデンの姫は、荒事もお好きなようだ」
「私は面倒なのはいや」
真由が二人の屈強な男の後ろから声を発した。
兄の読み通り、真由の能力、
その緊張感に似合わない声が響く。
「寧々をいじめてるの?ねぇ」
間延びした声で亜理紗が姿を現す。亜理紗は真由の隣から念動力で障壁を作ることなくゆっくりと歩いて兄に近づく。
通常、念動力の障壁は銃弾であろうとなんであろうと、彼女に傷をつけることは出来ない。しかし
兄はそれでも亜理紗に興味はない。寧々に一瞥すると銃口を寧々に向けて引き金を引こうとするも、トリガーが動かなかった。
それは真由、亜理紗にとっては計算済みだった。兄は執拗に寧々を狙う。
「私たちに手を上げると、外交上問題だから寧々を狙う。わかりきってる」
「トリガーはロックしている」
真由と亜理紗が宣言すると兄はふん、と鼻で笑って部屋から出て行くと二人はそれを見送った。
真由は警備員たちにスカートの裾を摘んでお辞儀する。
「みんな、ご苦労様」
「いえ、真由さまのためなら、命令でなくても」
警備員たちが敬礼する。ここの職員は操られていない。真由と亜理紗のお願いを聞いてやってくれた事だった。能力を展開した振りをしなければ後々、懲罰を受けさせられる。
亜理紗も「監視カメラ壊したの、ごめんなさい」と謝罪をすると警備員たちは苦笑していた。それも自分たちのためであることは良く分かっている。
「それよりも、寧々さまは大丈夫ですか?」
「へ、平気」
寧々が上半身を起こすと、女性警備員がハンカチを出して顔をぬぐう。
「お化粧をしなくても、お美しいので良かったですね。普通でしたら崩れしまいますし」
「そうかなぁ。お化粧もしてみたいけどね」
寧々は顔を拭いてもらって立ち上がると、女性警備員が身体を触診する。骨が折れたり等はしていないようだった。
真由と亜理紗は、寧々に何もなさそうで始めて安心したように身体の緊張を解き、真由と亜理紗が顔を見合わせる。
亜理紗は兄の異常行動が過激さを増している気がした。
「非殺傷兵器で、ばんばんってお兄さん、昔と変わってないね」
真由はじとーっと亜理紗を見据える。
「亜理紗と気が合うんじゃないの?」
「私はやって欲しそうにしてる人としか、やらないわ。心外」
怒るアリサだが…それでも、どうなのよ、と寧々がソファに座ると、警備員たちが外に出て行く。
三人の間に流れる空気が重い。
寧々は今回の三者面談になった発端である訓練のことを考えていた。
「ねぇ、私たち確かに、めぐりにやるって言ったけど、私たちは私たちのやり方で、せいきかつどーってやつを、やりたいと思わない?」
寧々の提案に亜理紗が「そうだねぇ」と頷く。銃だの武器だのは、寧々たちのやり方に合わない。寧々は思ったら行動するタイプで、すぐに開始する。
「深山に相談してみよう」
寧々の提案に二人が顔を見合わせる。めぐりの方針は未だに定まっていないようで、体力増強をメインでやらされる話になっているのは、どうしても納得できない。ちなみに、この深山は兄の大樹の方だ。年が近いので、めぐりのほうを名前で呼ぶが、寧々たちはどうして年上のお兄さんである、好意を寄せる大樹を名前で呼ぶのは気恥ずかしいところがあって、そうできない。
亜理紗は大学で授業を受けている大樹と、通信できないことを察していて疑問に思う。
「今からー?深山のところには連れて行ってもらえないよねぇ」
「亜理紗で、びゅんって」
真由に言われて亜理紗が困ったような顔をする。むしろ勝手に行動できないし、このビルから移動するのも、監視がきついのではないだろうか…。
「
(出た、亜理紗の軍ヲタ!)
寧々が露骨に嫌そうな顔をする。説明を半ば聞き流して、寧々が真由の髪の毛をいじり始めると、真由は寧々と向かい合って、寧々と真由が腰を当てあって抱きつきいちゃつき始める。
「…ずるーい」
亜理紗が寧々と真由に抱きついて三人が団子になる。ここまでが、いつもの流れだった。ただ問題は問題で、亜理紗が最悪を口にする。
「撃墜されたくないでしょー?」
「そりゃあ、されたくないけど」
寧々は
首相官邸方面に飛ぼうものなら、百里の基地から戦闘機がスクランブルして来る。英語が出来ない亜理紗は当初、自分の足でこの国にやって来て戦闘行為を行ってしまい、大問題になった。
ちなみに、撃墜数六は戦後未成年の持つ記録では最大で、亜理紗は能力者の脅威のお手本として今も語られている。
亜理紗は昔に支給された装備を思い出した。あれを使えば三人同時でなくても飛行が可能になるはずだ。
「荒唐無稽な飛行スーツあったでしょ?あれは?」
ひどい言われようだが、膝まで保護するグリーブと肘まで保護してくれるガントレットを装着し、卒業間近の小学生が小さくなったランドセルを背負うように、薄いバックパックを背負い込むもので、フライトスーツもダブルフロント型の学校指定水着に告示していて、猫の尻尾が生えている代物だった。
バックパックの謎推進で方向転換し、尻尾が接近してきたミサイルを両断したときは寧々も驚いたが、あのスタイルに何の意味があるのかさっぱり分からない。
寧々は、あの出所不明の戦闘服の名前をようやく思い出す。
「なんだっけ…エンジェルパックだっけ」
真由がうーん、と小首を傾げる。真由もあれは経験したが、成人男子がやるには少し映像が辛いものがあり、女性からは大体批判を受けたはずだ。
(私は嫌いじゃないんだけど…)
寧々と真由はそう思いながらも結局のところ、試作機がいくつかあるだけで、実装配備はされていないはずだ。亜理紗の念動力飛行が寧々にとっては安心できる。高いところが嫌いなのだ。
「亜理紗が連れて行ってくれないなら、それでいいんだけど」
真由は自分で考えてどうこうする空を飛ぶ機能は好きになれない、が、亜理紗が協力的でないなら仕方ない、と訴えると亜理紗が困った表情で笑みをこぼす。
「まとめて移動すると、やられちゃうって話をしてるのよぉ。あれなのよ、別に行くのは、やぶさかではないの」
やぶ?
寧々と真由が顔を見合わせる。空に草むらはない。
なんかテレビで、そんな話があったような気がする。
(うまくやらないと怒られる。めぐりに)
寧々は能力を勝手に使用するから怒られるなら、能力じゃなければいいと結論付ける。するとエンジェルパックは必要不可欠になった。
寧々がみんなを説得するようにまとめるも、二人は訝しむ。
「能力を使うと怒られるから、仕方なくエンジェルパックを装備して移動すればいいのね。あれなら能力じゃないし!」
「…そうかなぁ」
寧々が思いついた!と目を輝かせるが、真由はどちらにしろだめなんじゃないかなぁと小首を傾げる。ただし、あれは制御が難しい。亜理紗の補助はどうしても必要だった。亜理紗は自分も協力しようか、と提案してくれる。
「動力補助自体は私がするからぁ、あんまり離れないで欲しいなぁ」
「「はーい」」
寧々と真由が返事をして三人が廊下に出る。周囲を見回して廊下に出ると、武装警備員たちが巡回していたが、寧々たちはにこやかに笑顔で通り抜ける。
あまりにも自然体に脱出をするので、警備員たちは話が終わったのだと勘違いする。寧々は、それはそれで何となく面白くなかった。
大丈夫なのかしら、当社の警備は…とさえ思える。
あまりにも拍子抜けだった。
「戦闘準備する必要、なかったかな」
「寧々ちゃんは、すぐにドンパチするからぁ」
「そもそも寧々にも亜理紗にも軟禁命令でてない」
エレベーターに乗り込んで、寧々が亜理紗と真由に口々に言われても、どこか楽しそうで、それが二人にも伝わって楽しくなってくる。
なぜ悪いことは、こんなに楽しいんだろう。寧々はそう思っていた。
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