第20話
真由は亜理紗が、最もこの手の話を嫌うことを知っていた。
念動力系統系能力者は基本、その力が直接的に力を行使するものだから、自ずとアタッカーの位置を占める。
そもそも、姫君たちが国防に参加しない方策はない。ノーブル オブリゲーションはむしろ寧々たちよりも、確実に真由や亜理紗を支配するきっかけになっているので、二人にとって実務を行うことは今さらでもある。
寧々は二人の心を精神感応しないのでわからないが、実際の声は…。
(うーん、やりたくないからこの星に来たのになぁ)
(かったるい…。まじめんどい)
亜理紗と真由は、どう回避するか悩んだ…挙句に。
「深山は私が頑張ったら、もっとその…ご褒美くれる?」
「ん?あぁ、わかった」
寧々のおねだりに大樹が苦笑する。この、でれでれモードの寧々は本当にあざとい!と亜理紗がむすっとする。
ここで引き下がる乙女ではなく、亜理紗も寧々も、ひしっと大樹の左右の腕にほおずりする。
「わたしも、がんばるよー」
「うん、やる」
三人がやる気を見せると、めぐりはじーっと三人を見る。
(どうせこうなると思ったけど、やっぱり腹立つなぁ…)
めぐりはそんなことを思うと、納得させた件をメールで送信する。
訓練量はこちらで決めます。
その一文が下書き保存された文章に追加されたことは、寧々たち三人と大樹は知る由もなかった。
―――三日前の話を思い出し、大樹は雑誌に視線を落とす。
ご褒美を選んでいるがなかなか決まらない、とまで聞いて亮が怪訝な顔をする。
「あの子らに何か買ってやるのか?」
「そうなるねぇ」
ご褒美の約束は、あれが欲しいなどの要望よりも敷居が高い。
薄給のくせに…。
亮は大樹の苦労を感じて苦笑する。
士官学校の扱いは、職業軍人と同じなので給料が支払われる。授業料免除で住むところ付き、車は公用車で至れり尽くせりだが、大樹は護衛対象なのに一番苦労しているきらいがあった。
今回のめぐりの作戦では、大樹の安全保障の点で最大の利点を生み出している。
大樹も護衛対象、寧々たち三人は高レベル能力者で保護研究対象。この二つを同時に面倒見てしまえ、と考え出された結果だ。
しかし亮からしてみれば、戦争回避のご贈答用大樹が、最も心身の危険に晒されているような気がした。
にやにやしながら、女児が掲載されている雑誌を見る大樹は、もう立派な変態にしか見えない。
「これもかわいいけど、寧々はだめだな、あの子の趣味じゃないし…。真由はすぐに派手なの着るから落ち着いたので…亜理紗はなんでも似合うから、むしろ中学生くらいの子向けでもいいと思わないか?」
「お前は近所のおばちゃんかよ」
亮が、こりゃ彼女は当分先だな、と苦笑する。
めぐりも大樹に恋人が出来て今の任務をはずれ、寧々たちの元を去ったらどうしようと、落ち着きを失っていたが、それはだいぶ先の話になりそうだ。
めぐりは大学生の兄に彼女が出来て欲しいと、よく愚痴をこぼしていた。まっとうな彼女との件だったが、それは小学生女児ではなく、年相応の人という願望なのだろう。しかし、それでもめぐりは嘘をついている。
自分の元を離れる兄に恐怖しているし、確実にその時は必ず来るはずだ。
いかんなぁ、と亮は自分の心に言い聞かせる。精神感応能力者が特定の人物に同情するのは危険だ。
大樹は雑誌を一冊掴んで亮に差し出す。
「なぁ…一緒に選んでくれよ」
「いやダメだろ。あの子たちがご褒美を欲しがってるんだったら、そりゃ俺と一緒に選んだんじゃなくて、お前が選んでくれたご褒美に、意味があるんじゃないのか?」
「どっちも一緒じゃないのか?」
大樹がきょとんとすると亮はうーん、と腕を組む。
これは荒れる。
大樹にどうしても乙女心のなんたるかを教えてやらねば、結局、寧々たち三人プラスめぐりで戦争が勃発、周りは文字通り焼け野原になるかもしれない。
「お前さ、実はあの子らのこと気になって仕方がないんだろ?」
「めぐりが大変そうだから少しでもね」
「まぁ…それでいいんだけどよ。お前さ…本気でモデルケースに志願してくれないか?」
「…僕は駄目だと思うんだよなぁ。今でさえあの子たちに遊ばれてるんだから」
能力者と一般人の、共同教育を実践する前のモデルケース。この場合、教師の選出も難しく、今後は特に課題されるのが、子供たちの能力にどう対応するかだった。
「僕に官僚の道を捨てろっていうの?」
「エリートさんは言うことが違うねぇ」
「お前に言われたくねぇし」
大樹は冗談で言ったつもりだった。そもそも亮はエリートどころの話ではない。
―――それよりも少し前。
寧々は皿に乗ったバームクーヘンにフォークを突き刺して、不機嫌そうに切れ端を口に運んでいた。それぞれ寧々、真由、亜理紗に振り分けられた個室では、それぞれの祖父にあたる人物が説得を開始している。
坂上財閥本社ビル、通称モノリスの個人面談室は昔、密会に使われていたので今は監視カメラが設置されている。しかし、寧々が閉じ込められている六畳ほどの部屋ではそんな艶事が行われているわけでもなく…。
雰囲気は最悪。寧々が不機嫌にご機嫌取りの甘味を口にしている取調室になっていた。
そもそも、見切り発進もいいところの
案の定、命令をされるよりしたい乙女たちは、すぐにやる気を失っていた。
眉間に皺を寄せ、まるで噛みきれない肉を食べるような音を立てて凄む寧々に、総一郎は困り果てる。
「じいじもさ、いやだなーって仕事いっぱいあるんだよ?だけどさ…我慢してるんだって」
五十を過ぎたくらいの、じじいがたじろぐ様に寧々が足を組んで「はん」と鼻で笑う。
(くっそ…最愛の寧々にしちゃあ、ずいぶんと不細工じゃねーか)
心の中で総一郎が毒づくと寧々の眉が動いた。人の心を読むプロは大体、表情からしてもうリーディングを始めているし、総一郎は仮面で顔上半分が隠れていたとしても、寧々が気付かないはずがなかった。
「お給料も出るしさ、いいこといっぱいだよ?」
「いいこといっぱいなら、みんなやるの。そういうの、だます人が言うことだよ」
「ぐぬっ」
寧々のジャケットスーツは見事に着崩れて、ワイシャツの胸元がはだけている。大人の言うことは聞きませんと、全身でアピールする高校生のようだ。総一郎はそれを正したい衝動に駆られる。
「アットホームな職場です。誰にでもできるお仕事です。わからないことは先輩がやさしく指導します」
「離職率が多くて、求人に人が集まって来ないパターンでしょ。大体、わからないこととか、何でそんなこともわかんないの?って言うんだよ」
「お前は歴戦のサラリーマンかよ」
総一郎が二桁になったばかりの少女が何を言うか、と思いつつも、ここまでいろいろ感じているのには理由があることに気付く。
「精神感応を日にどれくらい行っている?」
ピンと来て尋ねると、寧々は「うーん?」とバームクーヘンを突きながら首を傾げる。かわいい寧々が戻って総一郎が安心した。
「大体手当たり次第かなぁ。みんなかわいそうだよね。時計に支配されて、お金が逃げ道をなくして、自分がやんなきゃいけないって思い込んでるの。でもさ、みんな同じでつまんない」
働かなくても生活はできる。国家補償は最低限度を保証するがそれはそれ。贅沢をしたけれな働かなければならず、そうしないと世間体は働かない人間を冷ややかな目で見つめ、嘲笑する。だから結果的に働かなければならない。
総一郎は、この少女が見てしまった社会の闇を振り払えないことはわかった。だが人に興味があるのは悪いことではない。本来、人は人に惹かれるものだ。
「なんでそんなに興味があるんだい?」
「んー、ないけどあるんだよね。私は何が違うんだろうって思って」
寧々が空になった皿をテーブルの上に置く。二人が並んで対面するように設置されているテーブルとソファの間に沈黙が漂う。
「
「ダメだよ。あれは駄目。だってさ、好きな人と一緒になれなかったら多分私…」
その人殺しちゃうよ。
にこり、とほほ笑んだ寧々に総一郎はぞくりとして、左胸の前で拳を握り締めた。大樹が死ぬなら万々歳だ。むしろ死ねと思う。ふがいない若者で宙ぶらりんで、寧々を貰おうなど烏滸がましいわけで…。
「
総一郎が静かに告げる。
「深山大樹は死ぬ。お前たちに殺されるからな」
「えっと、浮気した?」
総一郎は、がくっと肩透かしを食らった気分になる。
「なんでそうなる!理由はそれ以外考えられないのか」
「お前たち、だったからつい。私と真由と亜理紗だったらちょっと、やっちゃても仕方ないかなぁって」
これがゲーム世代、スマホ世代の軽さか。若者の道徳教育のうんぬんかんぬん…。
「結論から言えば、お前たちの行動の結果で深山大樹は死ぬんだ。これ以上は言えないがな」
「ふーん」
寧々が中腰になって右手を掲げる。精神感応者の前で隠し事など無意味。肉親であろうとも、大樹が絡むことなので寧々は本気で取っ組み合いをしようと、目を輝かせる。
寧々が猫のように体をしならせて、一気に間合いを詰める。総一郎は寧々が必死にトレーニングをしていることは知っていた。念動力系統系能力者でもなく、催眠洗脳系統系能力でもない。ただ人よりも少しだけ心理戦が得意で(ちょっとどころではない)、人より少しだけ道具をうまく使える(プロの使用した道具なら当人よりもうまく道具を使いこなせる)だけの自分が、どうすればみんなと一緒に歩けるかを考えた上のこと。
総一郎は能力の展開を肌で察知して寧々の観察を開始する。
能力戦において、五感プラスアルファの観察はとても大事で訓練を受けた能力者でなくとも本能的にそれが重要であることを知り、警戒する。
寧々が、とっておきを披露する。
大樹が命を狙われていることなど、当たり前のようにわかっていたし、それを裏で阻止してきたことも何度かあった。
かわいい女の子であるだけでは、いられない。
寧々が人の悪意に気付かないほど、小学生女子の年頃を過ごしたわけではなかった。
亜理紗が教えてくれた。
利得は人を狂わせ、容易に力を得ようとする人の誇りを持たない輩がいると。
真由が教えてくれた。
守るためには力がいる。それは圧倒的でなければいつかは滅びる。
二人の姫の言うことは正しい。
そして彼女たちは力があった。絶対的な能力。
能力を欲しがった寧々に二人は言った。
「私たちは負けることが許されないっ!」
空中に散布されている、坂上グループが放出しているナノマシン群は大気成分の調整、有害クラスの放射性物質の除去、太陽フレアを含む突発的な太陽光線から精密機械を守る等の目的で使用されていて、自己修復プログラムを持っている目には見えない希少金属で出来ている。
目に見えないものは存在しない。
いくら優秀な
総一郎は寧々がそこまでの段階に到達していることに正直、誇らしく思えた。
金色の粒子を拡散させながら銀色の糸が生成され、それぞれが意思を持つように寧々にコントロールされている。
恐らく長さや強度は自由自在。ナノマシンそのものを精密にコントロールして、変性させているのだから資源は無尽蔵。
良く考えたとさえ思える。おそらく彼女の周囲にある全ての物質は、ナノマシンで分子構造まで変更させられて使役することができるはずだ。…否、不可能。
元からあるものを変えることは錬金術師にしか行えない。アレは別種の存在だ。
総一郎はそこまで考えると寧々が左足一本で立ち、くるりと体を回転させてみせる。金銀大小の光の粒子が寧々の周りで輝き、糸が総一郎に接近した。
(逃げちゃお)
総一郎の姿が消えて、寧々がむすっとする。
「そうよ、私たちが深山を追いかけたって、どうせ逃げちゃうじゃない」
瞬間移動系統系能力者ならこうなる。殺せるわけがない。
じゃあ、私に殺させようとしているの?
寧々はそっちの方が不安になる。
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