第15話
―――寧々、亜里沙、真由の三人が
プロジェクタで監視カメラ映像が放映されている場所は薄暗い部屋で、二十数名のスーツを来た官僚が円卓を囲み、白衣を着た研究者もその中にいて、亮の姿もあった。
P2L2オーバーフローから三日、事態の報告改善会議が執り行われていた。
この現象は国内で言えば核物質漏洩と同じくらいのシビアアクシデントであり、対消滅対策を実行するかどうかの直前まで到達していた。そしてよくあることでもある。
気合の入った声がスピーカーから溢れて、亮を始め、聞いている人間が耳をふさぎ足さそうな顔をする。
「ですから、ここで問題なのは、他国の姫君二名も同時にいることなのです!」
スクリーンの前に立った市街地野戦服姿の男が、ばんっとテーブルを叩いた。
武骨な顔に傷のある三十代半ばの男は、筋肉隆々でいかにも叩き上げの強面だ。
稲村将太三佐は顔に欠陥を浮き立たせて、会議室にいる四十、五十、または定年間近の人物たちを睨みつける。するとどうだろう、官僚どもは全員、目を逸らして逃げる。
人影の中に隠れて誰かが反論した。弱々しい声は完全に将太を恐がっている。
「いや、だからね、オフィルにガーデンの姫君二人は、能力者の中でもピカイチなんだよ。だから技術協力をしてくれているんだ」
「私には悪ふざけをして、日々過ごしているようにしか見えませんが?」
誰が発言したかも将太にはわからない。前に将太がブチ切れて大声を上げてから、発言者がわからないようになったので、明らかに逃げるつもり満々なのは、わかっている。
「私たちがアラートを聞きつけて突入したときには、すでに事態は収束に向かっていたが、あれはわざと我々に対しての通知を遅れさせたのではないか!?」
ばんばんっ!
円卓が震えて、おっさん共も震えている。
亮はさすが防衛省きっての闘犬だと身震いする。
「研究主任の中山ァッ!」
「へいへい」
呼び出されて、中山が一歩前に出てマイクにスイッチを入れる。薄暗い部屋の中、スポットのスイッチも入れると、中山の姿が会議室で目立つ。
スポットが当たっているのは将太と亮の二人だけで、将太はこの男、亮の根性を認めていた。
逃げようとする官僚、腐った大人たちの中で臆せず、隠れず、大胆不敵に飄々とした風体の男は見込みがある。
「なんすか?」
「この状況に至っての説明はないのか!」
「パラドックスの結果だと思うんですよね」
その言葉に、互いが互いの顔を見合わせるように人影が左右に動く。
大樹たちは元々、調査のために三人が身体検査を受けている間に、
寧々たちは、後から入ったはずの大樹たちが先にどこかにログインしたと証言しているが、実際は寧々たちがエレベーターに乗ったのを見て、大樹たちもそれを追いかけている。
証言が食い違うために、ここでまず矛盾が発生する。
「つまり、これは偶然起こった事故なんだな?」
「どうでしょう。偶然も必然も結局は結果から推測したことっすね。起こって見るまで分からない。鉄の箱を開けて見るまで、中身がなんであるかはわかんないすよ」
(苦しいな)
亮は正直に答えていたが、どうしても将太を納得させられる材料が存在しないことにやきもきしていた。
寧々の単独暴走は、亜里沙と真由が一緒にいれば安定しているので問題はないと思っていた。それが今回、突然の暴走が始まった。
(さて、どうしよう)
薄暗い部屋の中、対面側に座っているめぐりが、こちらをじっと見ている。
めぐりは武官側。つまり研究員とは違った見方をしている、あちら側のテーブルはこちらの意見を待っている状況だ。
寧々たちの扱いについて、これが今回の議題だった。
P2L2アラートの後、大樹たちは家に戻したが、実際はだいぶ問題が発生していた。
将太は総一郎の越権行為を問題視し、現場判断の履行を阻害された公務執行妨害を訴えている。
対して総一郎は国家、および連合国における能力者に対する不当な殺傷行為を、看過するわけにはいかなかったとして反論している。今、局内には総一郎派と国威派が水面下で対立している。
この国の利益を第一とし、国民の安全のために完全に能力者を制限、または管理しようとする国威派は、第三次世界大戦でようやく覇権を取り戻したことで今、勢い付いている。
対して総一郎派は、国内における人道的立場から見た人権擁護派である。
(切り札を使わせもてらう!)
亮が不敵な笑みを浮かべ、将太は嫌な予感がした。奇をてらう亮が高らかに宣言する。
「えっと、ここで当人からのビデオレターがあります」
「きさまっ!」
亮の発言に場内がどよめき、将太の顔が緩んだ。
今、このタイミングがベスト。最悪の状況。覆せない状況だからこそだ。
亮は構わず、再生ボタンを押した。
スクリーンに、寧々がとことこと歩いてやって来て、真ん中で止まり、ぺこりと頭を下げる。
歓声が上がる会議室は湧き上がった!
「おおっ、また一段とかわいくなった」
「息子の嫁に欲しい」
「いやはや、この国の未来も捨てたもんじゃないな」
「欧米列強に追いつけ追い越せ」
もう、おっさんの運動会レベルで、所々から女性の声まで聞こえる。
亮は自分で書いた脚本通りに寧々を撮影したので、これで何とか飼わすつもりだった。
『このたびは、みなさまに、ただいなごめいわくを おかけしてもうしわけありません』
映像の中で寧々がぺこり、お辞儀をする。
『今後はこういうことが無いように一生懸命がんばりますので、応援をお願いします』
ボタンを押して亮が周囲の反応をさっと伺い、将太が顔を真っ赤にしていた。暗くてもわかる。もう真っ赤で仕方ないのだ。
おっさんたちが更に沸きあがった。
「うおおおおっ、俺は全力で支援するっ!」
「経済的支援なら任せ給えよ、亮くん!」
「日本の夜明けは近い!」
この騒ぎになれば、もう誰も止めることはできない。
かわいいは正義。
将太が廊下に出ると亮は「この後は、めぐり一尉に今後の計画を説明していただきます」と告げ、退席する。
めぐりは「まじで!?」と叫んでいたが、亮は興奮冷めやらぬ会議室からこっそり脱出に成功する。
廊下に出ると、赤い絨毯の通路で壁に背を預けた将太が煙草に火を付けていた。
「禁煙ですよ。稲村三佐」
「中村三佐が黙っていればいい。お前以外、私にそんな指摘をできる気概のある男は今、お前の他にこの国に何人いる?」
妙な認められ方だなぁ、と亮は失笑するしかない。
「この国はもうだめだと思わないか?」
「ダメなりに都合よく立ち回る。それが俺らにできることなんスよ」
亮が正論を口にして将太は「器用になりたいよ」と自嘲気味に笑う。
その俺らに自分が含まれているとは、聊か満更でもない。楽しみはまだまだあるというこか…。
将太はこの二十歳にも満たない青年が、知識だけを詰め込んだ無知のでくの坊ではないのを再確認する。言動そのものは至って現代の若者然としているが、それ以上に人を食う型の人間だ。
「稲村三佐だってわかっててその役目やってるんでしょ?」
「なんの話だい?」
そこでとぼけるとは、盗人でもそこまで猛々しくはないと亮は呆れた。
「申し訳ないんですけれど、もう少しその役目を続けてほしいんですよ」
「続けるも何も、私は反能力者の代表として看板を掲げている。それが気に入らなければ、私ごと左遷するしか他ない。今はそういうところまで来ているぞ?」
「左様で」
亮は片手を上げて立ち去った、武将の背を見つめる。
彼がいるから反能力者体制の人間は将太という傘下に入り、その勢力が浮き彫りになってくれている。むしろ彼がいなくなってしまえば犯行勢力は水面下に潜り、不平不満はヘドロのように溜まってしまうだろう。
そうなってしまえば…見えない敵ほど厄介なものはない。
亮はスマホを取り出すと、暗号通信モードを起動して大樹をコールした。
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