第14話

―――真由と亜理紗は、とっさのことで隠れてしまい…。


 逃げ込んだ大樹の車の中に乗り込んで、待つことにしていた。

 立体駐車場は薄暗いが待つ分にはちょうどいい。寧々を置いてきてしまったことに多少の罪悪感はあったが、むしろ鈍いのが悪い。

 八人乗りワンボックスの車の鍵は亜理紗が開けられたが、変わりに能力抑制装置が壊れた。能力不正使用による窃盗などを防ぐものだが、亜理紗の出力のほうが高いので必然の結果で…セカンドシートで二人が抱き合うようにしている。


「亜理紗、お腹すいた」

「私もだけど、今行くのちょっとやだ」

「ん、わかる」


 二人は空腹に耐えながら、スマホをいじって時間を過ごすことにした。



―――学生食堂とはなんとも便利なところか。


 大樹は常日頃からそう思っていたし、めぐりはそれでも栄養が偏るからと弁当を持参させていたが、使用するとなると、これほど便利なものは無かった。

 夕方の学生食堂は昼間ほどの人気やメニューの量はないが、冷暖房がしっかりと働いた上で雨風もしのげる、その日の講義が空いたり終わったりした学生たちの、たまり場としてはいい場所だ。

 空いている席に大樹と寧々、琴子が座ると、寧々は大樹のサイフをポケットから取り出して食券機に並ぶ。他の女子学生が、寧々を抱き上げて券売機のアシストをしてくれて、大樹はその女子学生に会釈をする。

 寧々は満足そうにチケットを買って、何度か大樹と琴子が待っている席とカウンターを行き来して、ようやく寧々が座る頃には、食品見本が整列しているような様になっていた。


 寧々の前に並ぶ、天丼、掻き揚げてんぷらうどん、とんこつラーメン、カレー、ハムカツエッグサンドを見て、他の学生たちが目を丸くしている。

 目立たないようにとこちらに移動して来たのに、一番目立つ小学生が一番目立つ量の食事を開始し、琴子が驚いていた。

 寧々は身長に合わない椅子に座らず、大樹の膝の上に座って食事を始め、大樹は寧々の腰に手を回して落ちないようにしつつも、寧々が他の物を食べたがると甲斐甲斐しく、それを近くに引き寄せている。琴子はそんなひな鳥の面倒を見るような大樹と、そうされることに自然な寧々の姿に感心する。


(根っからの、お嬢様なのね)


 寧々も大樹もその風体が身についていることから、一朝一夕の関係ではこうは成り立たないだろう、と思われた。しかし、うまく取り込んでおけば後々便利になるに違いない、と琴子は気合を入れる。


「あのあのあの、いっぱい食べるんですね」

「ん?うん。亜理紗や真由もいっぱい食べるね」

「亜理紗・V・オフィルさん…黒兎BR03と橋本真由さんは黒兎BR02の子ですね」

「そうだね」


 寧々はもう隠すつもりも無いのか、勢い良くうどんを飲み込んで行く。カレーは飲物どころか、この星ごと全てを、吸い尽くせそうな勢いだ。


「オフィルさんと橋本さんは、今日はいないんですか?」

「いないわけじゃないけど、おっぱいに、やられて逃げ「うぉっほん」」


 大樹が咳払いして寧々を止める。最近こんなんばっかだ、と差して最近だけでもないことを思う。と、大樹は「あれ?」と気付いた。


「あの二人もいたのか」

「深山、気付いてなかったの?かわいそう。お腹空かせてるかも」

「それは大変ですね、呼んであげましょうよ」


 寧々はそれを聞いて、スマホを大樹に差し出す。スマホのロックを解除するとM字開脚し、溶けたアイスキャンディを口から向かえるように咥えるスクール水着の寧々、真由、亜理紗の写真が待受写真として表示され、大樹は思わずスマホをぽんっとテーブルに叩きつけるようにして放り出し、琴子が首を傾げる。


「どうしました?」

「いえ、大丈夫ですよ。琴子さんは気にしないで」


 呼ばないのかな?と琴子はひっくり返されたスマホの背面を見つめる。。


(なるほど、一見、凛としたお姉さんぽいキャラを確率しつつ、中身はゆるふわ系を目指しているのか。キャラ作りの勉強になるな)


 寧々はそんなことを考えながら、いつでも接触して心の中を読み取ろうと画策していて、大樹はそれを冷静に見ていた。


(坂上、お前の稚拙な考えはすでにお見通しだ。あわよくば琴子さんのボディに思い切り触れながら、サイコメトリーしようとしているのは百も承知。絶対に許さん)


 その大樹の視線を受けて、寧々も無邪気に箸を進めながら…。


 ふん、絶対に阻止をしようとしているけれど、あなたは最高レベルの精神感応系能力者である私との、読み合い勝負に勝てると思っているの?と考えていた。水面下ならぬ精神闘争を続けている二人を、知らない琴子が話を切り出す。


「中山教授って能力者の研究をしている能力者なんですよね?専門は脳神経学と精神分析学ですけれど…医者でもあるって、すごいですよね。能力者だからですかね」


 精神感応者は何でも読み取って自分の思う通りに物を操ったり、本質を見抜いたり出来る。大樹はその物言いに思わず眉を潜め不機嫌そうな顔をすると、寧々も敏感にそれを感じ取って顔を上げる。

 世界中の偏見、琴子もその一部と同じ考え方をしているようで寧々はあからさまに不機嫌になった。


「能力者だからって、何でもできるわけじゃないわ」

「へ?」


 寧々が反論して、大樹が寧々の頭を撫でると、寧々の持っているカレーのスプーンがガチっと歯に当たって、寧々は左肘で大樹の腹を小突いた。


「いってぇ」

「何するの」

「すんません」

「次は許さない」


 もう女王様と下僕以外の何者でもない。大樹は大樹で自分に非があるのでそれを認めているが、寧々も強くやりすぎたことを気にしているのか、大樹の顔を覗いている。


(あぁ、仲がいい兄妹みたいなのかなぁ)


 琴子は、お兄ちゃんがいるってどんな感じなんだろう、と二人を見て微笑ましく感じた。


「能力者だってね、万能じゃないの。むしろ私たちは何も出来なかったの。悔しくて、辛くて、悲しくて、どうにかしたくって…それで気付いたら能力が身についていた。それだけなの。でもそのせいで、能力者だからって言われたくない」

「坂上?」


 大樹ですら始めて聞いた、寧々の話に大樹は言葉が詰まった。寧々は絶句した二人の視線に戸惑い、テーブルを左手で叩いて叫んだ。


「お姉さん、オムライス!」

「へ?あ、はいっ!」


 泣きそうになる顔を見られたくなくて追加注文をすると、琴子が返事をして、どたどたと運動神経のかけらもない走り方で食券機に並ぶ。

 寧々は自分の失態を取り繕うように吐露する。


「あの人は、何の気なしにああ言ったんでしょうね。能力者だからできるのは当たり前、すごくないって。世間がそう思っている、なんとなくって、とっても怖いって、じぃじが言ってたの」


 じぃじとは坂上総一郎の話だろう。彼も大樹と同じ瞬間移動系統能力者で、能力開発段階はかなり進んでいるはずだ。


「お待たせしました!」


 琴子が走ってオムライスのトレーを持って帰って来ると、ミサイルでも詰め込んでいるような、ロケットな胸部がぶるんぶるんと揺れる、ゆで卵でも詰まっていそうな、その塊が激しく上下して、寧々は「牛乳も追加」と琴子に命令して、買いに行かせる。


(これで、たぶん、力関係が決定するんだろうな)


 大樹はそんなことを考えていた。


「でもきっと、あの人は悪い人じゃないって思うよ」

「そっか」


 寧々がとんこつラーメンに目配せをし、大樹がそれを取ってやる。寧々は精神感応系統系能力者サイコメトラーでもない大樹に心を読まれている気がして、勢いよく麺を口に運ぶ。


「あっつ!」

「急いで食べなくても、ほれ」


 大樹は箸を取って、寧々の変わりに息を吹きかけて冷ましてから寧々に食べさせる。


 ふーふーしてる。

 あーん?まじかよ。

 リア充死ね。

 ロリコンクソ野郎は極刑。


 そんな付近の学生の声は大樹には届かず、寧々は「ボッチソリストざまぁ」と心の中でほくそ笑んでいた。



―――食事を終えて琴子と別れ、駐車場に向かう。


 車のスライドドアを開けた瞬間に、亜理紗と真由が寧々に飛び付き、亜理紗と真由が寧々の身体を触り這わせた。


「捕虜になってしまったかと思ったわ!」

「大丈夫?すごく…心配した」


 亜理紗と真由の熱い抱擁に対して寧々は氷のように冷たい顔をしている。


「見捨てて逃げて何を言うの!みんな後で反省だからね!」


 寧々が反論すると、真由が鼻を鳴らすと亜理紗もそれに気付いた。


「すん…すんすん」

「あら、いいにおい」


 亜理紗もそれに気付いた。真由がメニューを読み上げ、亜理紗も続いた。


「とんこつらーめん、かれーらいす、天丼か親子丼、オムライスのケチャップ…」

「牛乳とメロンクリームソーダ」


 食べたものを完璧に言い当てる。亜理紗に至っては牛乳とメロンクリームソーダを嗅ぎ分ける、脅威の感覚を披露していた。


「ずるい」

「もう寧々の口に残った味だけでもいいっ」


 ずるっと車の中に寧々が引きずり込まれてドアが閉まり、どったんばったんと車が揺れる。


 大樹はしょうがないな、と運転席に座ると鍵が壊されている警報が点灯している。


「オフィル!お前また壊したな!」


 ルームミラーを見ると亜理紗は寧々の唇を奪おうとしていて、真由がその身体を押さえつけているところだった。


(あいつら女の子同士でよくやるんだよな…)


 一瞬だけ気を取られたが、叱ることは叱らなければならないと気を取り直す。


「お前らあとで全員、説教だからな!」


 大樹はエンジンをスタートさせて車を発進させると、大学構内から外に出た。

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