第13話

(大学っていいなぁ)


 大樹は心行くまで聴講を楽しみ、友人たちと交流を行い、スポーツを楽しむことができる。


 寧々たちの検査が強化されて、大樹はめぐりに寧々たちを預けて学業にいそしむことができた。


 心配ではないと言えば嘘になるものの、めぐりが面倒を見てくれるので、こちらはこちらで集中できるというものだ。突発的なP2L2は珍しくはないらしく、二日間安静にしていて問題はないということで、今日はこうして大学生活を満喫することにしたが…。


 十八時を回って、アーチェリーの弓を片付ける大樹は、技術開発部からもらった新型のアーチェリーを試していた。元々、フィールドアーチェリー部だったのだが、ワンプッシュで展開する機械弓は、周囲の学生にも興味を持たれていた。

 そもそも、能力者がスポーツをする環境はあまりない。能力不正使用が疑われるくらいならば、もともと参加させないと国際スポーツ委員会が決定したので肩身が狭い。

 それでも大樹は新入生でも政府の、しかも世界のバランスを保っている組織に所属しているので、そこまで迫害されることはなかった。

 整備机の上に部品を広げて整備をしていると、上級生の女性が不思議な甘い香りをさせてやって来た。上品なロングスカートにサンダル、五月も始まりなので、さっぱりとしたストールを羽織って、メガネをかけた小奇麗な人だった。


「深山くんさぁ、JPCjapan paranormal controlに勤めてるんだよね?」


 正式名称は防衛省超常管理局警備部能力管理課に所属する、摂理崩壊事前対応班で局員でも職員でもない。

 目が滑るくらいに長ったらしいので、寧々たちは常にこれが書けないと文句を言っていた。この国の役職は長い上に堅苦しい。


「なんか、数人の能力者でチームを作って崩壊を止めているんでしょう?」

「詳しいですね」


 大樹は、クールな印象を受ける美人の上級生に質問攻めにされて手を止める。できれば、学校でその話はしたくなかったものである。唯一、仕事のことを考えなくてすむ場所だったのに、それを土足で踏みにじられた気分になる。


「私も卒業したら官僚になるつもりなの。JPCはできたばかりだからね」

「先輩、ですよね。どちら様でしたっけ?ここはフィールドアーチェリー部のクラブハウスです。部外者が入ってこられると、怪我をするんで気をつけてくださいね?」


 大樹は折り畳んだアーチェリーをベースのソフトカバーに押し込んでファスナーを閉じる。ちょうどいい大きさで便利だった。


(さて、帰ろう)


 大樹がそう思うと、何かまだ話をしている先輩を置いて帰ろうとした。


「ちょっと待ちなさいよ!人が話をしているのに!」

「人と話をするなら僕も喋りますって!なんですか、さっきからベラベラベラベラと!僕の周りの女性はみんな自分勝手でわがままで!」


 大樹が思わず口にしてしまった、鬱憤を晴らすと弱気そうな女性が瞳を潤ませていた。


(しまった、年上の女性だから思わず本音を…)


 大樹がおろおろして、先輩の肩を掴む。


「あの、すいません。泣かないでください、そういうの困るんで」

「なんで君が痴漢に会った女の子、みたいな反応するのよぉ」

「え?ちか?え?」

「毎日お弁当持ってきてて、意識高い系の官僚だと思ってて、お話聞きたかったのに、なんでこんななのよ」


 わっと泣き出して大樹が吃驚する。


「しかも深山くん、私のこと覚えてないの?」

「へ?」

「ひどいよっ!ひどすぎる!」


 その場で膝をついて泣き始めると、他の部員たちが「なんだ?」とこちらを見て来る。


「私、琴子だよ?」


 藤原琴子ふじわらことこの名前を聞いて大樹が驚く。知らない面倒な女だと思ったが、知っているそこそこ世話になったけどちょっとめんどくさいお姉さんだった。


「ここ、ちゃん?」

「気付いてもらえて、なかったああああああっ」


 その場で更に泣き始めて、大樹は慌ててポケットから棒つきキャンディを出して、それを琴子に渡すと、琴子がそれを口に入れて泣き止んだ。


 泣き虫こっこ。同級生はもちろん、下級生からも、からかわれていた天然系のぽっちゃり女子だった彼女も歳を重ねて、女性らしくなっていた。


「あのここちゃん…とりあえず立ってくれる?」

「立てない」


 大樹は仕方ないなぁと、片手を出して琴子をぐいっと立ち上がらせる。 


 その様子を見ていた寧々たちは硬直していた。

 寧々たちからすれば、新たな、心も身体もわがまま系年上巨乳女、ちょっとエッチな女子大生の登場に他ならない。

 毎日暇なので寧々たちは時々大学に遊びに来ては、興味があることに首を突っ込んで遊んだりしていて、中高大一貫教育の大学で寧々たちは有名な存在になっている。


 ちなみに大樹にアプローチしようとしていた女性たちは、巨大なモンスターを狩猟すべく日夜修練を重ねるハンターのごとく、罠を駆使する三人の少女に捕獲される。

 大樹に近づくにはムチを片手に世界中を飛び回った、考古学者のような体力と状況判断能力が求められる。

 寧々たちがいる以上、その宝を得るには難攻不落の城を攻め落とすのに近い状況…になっていた。


 そもそも寧々たちからすれば、珍宝を手に入れようとしていて、横から取られるわけにはいかない。


 恋愛に奥手そうなキャリアウーマン的存在は無視していた。セクシーとセックスを履き違えたクソババアを排除するのに夢中で…。琴子の存在には警戒網に引っかかっていなかったのだ。


 大樹はまたも現れた、寧々たちの存在に気付いてがっかりした。


「そこ、それ以上殺気を出さない」

「あうっ」


 ドアの隙間から中の様子を伺っていた寧々は、ドアを開けられて襟首を掴まれ、中に入れられる。一緒に居たはずの、亜理紗と真由は既にもういなかった。


(うわっ、私だけかよっ)


 寧々が周囲を見回すと、クラブハウスにいる四五人の学生の視線がこちらに向けられていた。


「お、おおぅ」


 社交界デビューをしている真由や亜理紗と違い、寧々は見られることに慣れていないので、大人の視線にびっくりする。借りてきた猫だ。


「紹介するよ「坂上寧々さん、十歳。誕生日は四月十日、血液型はA。身長は…」待って?」


 大樹の言葉の間に琴子が遮って話し出し、大樹が驚く。丸暗記だ。


「なに?これから寧々ちゃんの可愛いところを説明するけど?」


 目の光が変わっている。可愛らしい赤いフレームのメガネが、くいっと手で上げられる。


(なに?もクソもねぇよ?なんで個人情報、しかも黒兎BRチームの詳細を知ってるんだよ…)


 大樹が驚くと、琴子がもじもじと恥ずかしそうにする。


(わかった、この人典型的なアレな人だ…)


 自分の好きなこと、興味のあることには勢いで喋り捲し立てるが、ふっと我に返って恥ずかしくなってしまう残念なタイプの人なのだろう。と判断しつつ、寧々はごくりと喉を鳴らした。


(でけぇ…こいつもでけぇ)


 寧々は真下から見上げると、顔が見えなくなるのではないだろうか、という水平に聳え立ったアルプス山脈を見上げる。


黒兎BRチームの指揮官はこの大学の教授、中山教授ですよね?」

「あ、そういえばあいつ教授なんて肩書だったな」


 寧々は「そういえばあいつ、エロ医だ」と呟く。


(指揮官を前にアイツとは…)


 大樹は、亮が親しまれているのか、嫌われているのか分からなくなって哀れみを覚えた。琴子は寧々の出現に鼻息を荒くしている。


「やっぱり。前にちょっと色々気になって聞いたら、全部教えてくれたんですよ」


 情報に制限をかけていたにしろ、幼馴染と琴子の風貌にやられたのは明白だった。


「あぁ、あいつ巨乳好きだもんねぇ」

「だねぇ」


 大樹と寧々が、ぷるんぷるん揺れるそれを見据えて「さもありなん」と目を細める。


「で、ですね。色々調べたんですよ。中山教授率いる美少女トラブル解決チームがあるって。JPCは非公開の特殊作戦チームを運用していて、コードネームだけで呼び合っていて、最近は特にBRっていう符号がよく送受信されていて、黒兎の符号も多いんですよ。BR01ネネとか」


 一気に喋って、寧々がびくっとする。琴子がにこりと微笑み、寧々と相対する。

 寧々は大樹の手を握って、下に引っ張り寄せる。


「どうしよう、正体ばれちゃったけど?」

「あぁ、こういう状況ってあんまり考えてなかった。けど、そもそも正体ばれちゃいけないんだっけ?」

「知らないよ。でもクラスのみんなには内緒だよ、的な感じじゃなくって?」


 こそこそ二人が話をしているのを見て、琴子が様子を伺っている。どこの魔法少女なのかは分からないが、情報規制は確かにかけている。


「あ、これ誰にも言っていませんから、安心してくださいね」


 これは脅しに聞こえなくもない。少なくとも寧々はそう捉えたようだ。


「オジキ、今ならバレてねぇ。拉致ってどっかの国に売り払っちまいましょう」

「こらこら、坂上、昨日何の映画みたんだ。っつーか口封じだから、売っちゃだめでしょ」


 ここまで来ると、大樹も大して頭は回転していない。注目を集めすぎた。


 大樹はそう思うと琴子もそう感じているのか、そわそわと肩を揺らしている。


 人目につくような行動は極力しない、教室でも本を読んでいるのが似合うような人だったなぁと、大樹は今更ながら思い出した。

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