第7話
他の世界の道具を紛失して困っていた。
寧々たちは世界を修正している由香里に協力するために、その道具を回収していて失敗、亜理紗の能力で空を飛んでいるときに、金のタマを落とした。
他の世界に対して無頓着だったのは予想の範囲内だった。この少女たちは興味がある、なしで温度差が激しい。
偶然、海岸沿いを歩いていた大樹の前にそれが落ちて、たまたま、タマとタマが玉突き事故を起こして、男としてはタマったもんじゃないことになった事情があり、由香里は一部始終それをここで見ていた。
そして、誰かがリークした。
大樹の持つ、そのタマが重要な意味を持つことを。
今でこそ空挺王国ガーデン、惑星オフィルの幹部クラス、地球の限られた国家元首たちにしか知られていないが、大きな犯罪組織にも大樹の重要性は知られているだろう。
しかしネーミングは最悪…。
(珍宝はないと思うんだ。珍宝…)
由香里は正式名称は知らないから、珍しい宝だし、そうしようと言い出したガーデンとオフィルの権力者のセンスに驚愕する。
二つの国の存在が知られていない間に、異世界転生を果たした人々の意識が、あの二つの国の中枢に巣食っているのは間違いなさそうだ。
亜理紗と真由はその血統を間違いなく受け継いでいる。異世界転生した人々の子孫であり、能力を持っていても当たり前で、二つの世界に影響を与えた転生者の娘たちだ。
(この子達なら世界のバランスを取り戻すのに、役者として問題はないはず…)
ぐるぐると色々考えてやめる。今はバランスを守らないと、師匠に叱られる。
由香里は気を取り直して、頬をぱちんぱちんと両手で叩く。
「えっと、そのせいで事情が変わって…」
寧々はうんうん、と頷く。
「そう、私たちの誰かが深山と結婚して、深山ごと手に入れようって話になったの」
ねー、と三人が声を合わせて楽しそうにしている。
由香里は三人を微笑ましそうに眺めていて、ふと後ろ手で持っている何かに気付く。隠すわけではないのだろうが、書架ならではの分厚い水色のハードカバー本は、違和感なくそこにあった。寧々がそれを見つけて尋ねる。
「由香里、それって何?」
「本ですよ」
真由が興味深そうに寧々たちから離れて由香里に一歩近づき、由香里もそれを前に差し出すようにして差し出す。何の変哲もない表紙に、何も中身が書かれていない本。
A4ほど、五百ページくらいある大型の本だ。
「私は見習いの
聞きなれない言葉に三人がきょとんとする。能力者ではないと前に聞いていたが、錬金術師とは始めて聞いた気がした。学術的興味からか真由が代表で尋ねる。
「なにそれ」
「能力者とちょっと違う、似たようなものですね。魔法使いとか、そんな」
由香里もどう答えるべきか悩んでいるようで、亜理紗は由香里の手の中にある本を、念動力で浮かせて顔の前で回転させてみせる。
「魔法と能力は、何か違うのですか?」
「根本的に違いますかねぇ。魔法使いが勉強して、錬金術師とかになるんです」
「それって、勉強大変?」
真由がさも不思議そうな顔をしている。
「とっても大変です」
(大事な道具を回収し切れていないときは、特にですけど)
由香里はそう思いながら、三人の少女たちがそわそわとしているのに気付く。
「深山様を追いかけますか?」
「うん、でもあの先って何があるの?」
「なんでも、ありますってば」
寧々はそういう話じゃないんだよなぁ、と不満を露にする。由香里はふとその様子を見ていて、思わず愛らしさに一層笑んでしまう。
気付けばこの三人はいつでも、くっ付いている。大樹がいれば彼を中心にしているが、大半の時間は寧々の右側、二の腕に両手を絡ませる亜理紗に、寧々の左手に指を絡めさせるようにして手をつなぎ、足を絡ませている真由がいる。
精神的に支え合うか、支えてくれる大人が必要なことの表れだ。
「んー、行ってくるね」
我慢できない、と寧々は亜理紗に目配せすると、少女たちの足が地面から浮いて、ふわりと身体も浮いた。亜理紗の念動力で空を飛べるのは、とても便利で目立たないときは大体、ふわふわと亜理紗が飛んでいるのを見ることができるだろう。
三人が書架の間を移動して通路を進む。
「毎回思うけど、
「そうかなぁ。
寧々の不平に、亜理紗は真由が空を飛ばない理由が気になっていた。
真由は一言だけ発する。
「ん、メンドイ」
話をするのも面倒で、何か道具を取るときですら、付近の人間を隷属化して取らせたりする、真由らしい返事だった。感情の起伏が少ない割には、ネガティブな感情は隠そうとしない。
亜理紗はふと、他人の身体を完全支配できる能力を持つ真由らしくないな、と思いつつ尋ねる。
「真由って、何人まで一気にコントロールできるの?」
「兵士として、適当に突撃させるだけなら百は軽いかな…。自爆テロとか使う」
「あぁ、それきっとたぶん、深山が聞いたら怒るよ?」
真由がしれっと答えたことに、寧々が釘を刺す。
「深山が怒るのはダメだね。よくない」
真由がむすっとして、そっぽを向く。
「はーい、到着っ」
亜理紗の声と同時に三人は地面にゆっくりと下ろされた。目の前には古めかしい手動ドアのエレベーターが一基だけある、エレベーターホールだった。
蛇腹式のトビラなど、二桁の歳になったばかりの少女たちは、動かし方も分からない。
「こんなのあったっけ?」
「なかった」
真由が即答してから亜理紗が首を左右に曲げながら首を傾げる。
「んー?わかんないねぇ」
寧々の問いに真由が即否定して、亜理紗は記憶にないらしい。興味が無いことは、覚えるつもりもないのはいつものことだ。
寧々はエレベーターのスイッチに指を当てると、光の粒子が指先に集まって淡い光を放った。
蛇腹のスライドトビラを一枚開くと、ゴンドラ側にももう一枚スライドがある。
「こうやって動くのねぇ」
「けっこう、面白いかも。綺麗だし」
寧々の後ろから亜理紗と真由が、ゴンドラの内装を見て感想を口にする。
アンティークなライブラリーに似合う旧式のエレベーターの中に、亜理紗が内側スライドトビラを開いて、中に何もいないか確認してから三人で中に入る。
狭いゴンドラは、テクスチャ抜けした裏世界を見せられている気分になるが、インゴットをパンチング加工したフレームのゴンドラは、見事な装飾だった。
「やっぱり念動力能力って便利だよね」
「寧々も訓練受ければいいんだよー」
「寧々だったらできるよ。たぶん」
亜理紗の保証を受けても、寧々は渋い顔をする。苦労とか自分には似合わない、と思っている典型的な表情で、亜理紗や真由とはそこら辺が少し違う。
(訓練はやだなぁ)
二人が能力を鍛えるために、それぞれ努力したことは知っていたし、日本は世界の中でも、能力開発においては先進技術を有している。それでも…オフィルやガーデンからは、だいぶ後進している。
「寧々って、いつも読んでると思ってたけど、そうじゃないんだねぇ」
「信じたい人にはサイコメトリーしないの。必要ないでしょ」
寧々は答えながら、三角形の頂点が上側を差しているボタンと、線対称になって下を意味しているボタンのある。
寧々のそれは、中ば願望は入り混じっているのだが二人はそれを否定しない。それはとても良いことだ。
乗り込んでからも、移動しないのはそのボタンのせいだった。
「建物や乗り物に入る場合は、寧々が中の様子を読んで、亜理紗が入り口を開ける。私が突入して、その場の人たちを催眠洗脳する」
一言一句、大樹が言った言葉を真由が繰り返した。
しかし、これは…。
「上って、どこにいくのかなぁ?天国?」
「下は地獄だったら、面白い…かな…」
「押しちゃおう」
亜理紗、真由は暢気に、好き勝手話をしている中、寧々が押したのは下だった。
ばちんっとバチで引っぱたいたような音がして、白いプレートの中身である白熱球が点って白色に光る。
振動と、それと共に響く機械音は全方位から聞こえて来る。
先ほどまでいた階層だろうか。その光がふっと上に流れて消えると、明かりは古ぼけた天井に取り付けられた透明のフィラメントが丸見えの電球だけになった。
闇、光、闇、光の明滅が始まる。
鳥篭に入れられた鳥の気分になる。亜理紗はふと思う。上は天国、下は地獄という想像をした上で、寧々は迷うことなく下を押した。
「寧々は破滅主義者なの?」
「はめ?」
亜理紗に難しいことを聞かれて、寧々がきょとんとする。
「んー、なんでもないよ。でもこれ下とか上って、あるのかな?」
動いていないような感じがするし、浮くような感覚も沈むような感覚もない。
「宇宙だと上とか下とかないんよね。んーと、上とか下ってほら、人間の自分のあれで見てる感覚的なー」
亜理紗のあやふやで、ふんわりした性格に基づく言動に、寧々と真由が顔を見合わせて、真由がはたと気付く。
「主観?」
「そうそれー」
惑星オフィルの皇女である亜理紗は、実際に航宙艦に乗ってやって来たのでその経験が常識を打ち破る糧になっている。
寧々はその瞬間、びっくりして左右にくっ付いている亜理紗と真由を、自分に引き寄せる。
「え?ここって宇宙なの?」
「いやそんなはずないよ?だって宇宙だったら死んじゃうし…それに私が制御するしね」
「宇宙空間に放り出されるようなことって、想像したくないなぁ」
いくら亜理紗を信じていたとしても怖いものは怖い。
「寧々は宇宙嫌い?」
真由はぎゅっと握られた手を握り返してくれていて、寧々は頷く。
「怖いけど、みんないるから大丈夫」
「ん、オッケー」
真由は少しだけ嬉しそうに、寧々の手を握り返す力を少し強くする。
闇の中でゴンドラが止まり、寧々がそっとトビラに手をかける。
ゴンドラのトビラを開けて、続いてもう一枚のトビラを開けると、そこはどこかのビルの中だった。
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