第5話

 めぐりはふんっと熱の篭った息を、鼻から出して椅子に座る。


 気を取り直す必要がある。


(そうよ。私は絶対に、お兄ちゃんを愛しているから平気なだけだし、将来の妹…ぐぬぬ。やっぱり義理の妹などいらん。いやいや落ち着け)


 妹だからこの子達も愛せると、ガラス越しに覗き見た白い部屋ホワイトルームにいる三人の少女は、そ知らぬ顔で検査が終わるのを待っている。


 嫉妬だ。わかっている。最愛の者を、自分だけのものを奪われることに、愉しいと思う者はごく少数であって、自分は違うと思う。


 この子達を殺してしまえばいいだろうが、後々、経済的損失や戦争に発展しかねない人物なので、ここはぐっと抑えておく。道徳や道理などクソ食らえ、宇宙の彼方に放り捨ててでも兄が優先される。


 すでに殺すだの、だめだの考えている時点で一般人としての思考範囲から大きく外れていることに、優しい兄は指摘しないので、さらに悪化してる。


 ぬふふ。


 ちらりと視界に入る、白いカバーケースで覆われた赤いボタン。緊急作動スイッチ、触るな危険!と書かれている。これを何かの拍子に押せば、いたいけな顔をしている表面上は可愛らしい少女三人など、害虫のようにコロリと…。あぁ、悪い虫をぷちっと…。たのしそう…。絶対気持ちいいよね?ね?


「やめとけ?」

「また透視したんですか?」


 腹をさすりながら、先ほどまで座っていたディスプレイの前に座った亮に、めぐりが冷たい視線を向ける。


「お前の顔は読み込みリーディングしなくてもわかる。っていうかお前らは、根が純粋だからなぁ。考えていることが大体わかるってもんだよ」


 亮は苦笑しながら黒兎の三人を眺める。大体、能力を使って色々騒ぎを起こすが、何かをするときは決まって分かりやすい行動をする。子供ならではの純粋な…。


「子供って、純粋な悪意を無垢に放出しますからねぇ」

「お前それ、究極に矛盾してるんだぞ?大人を出し抜いたり、からかったりして、反応を楽しむってのはちょっとお兄さん、関心しないなぁ」

「嫌いな人には、やらないですよ」

「そっか」


 亮は苦笑する。なるほど、そういうものなのかもしれない。好き嫌いを知る前に、大人の世界に入り込んだ天才には分からない、子供の世界の話だ。


「それに本気なわけないじゃないですか」

「本気だったよ。めぐりちゃんもあの子達もいつも本気だ。何をするのにも。だから大人がサポートするのさ」

「未成年じゃないですか」

「俺は中学一年の春に大人になったよ」

「死にますか?って私だったら来年…?」


 めぐりは自分の胸に手を当てて何かを考え出す。


「めぐりちゃんが大人になったらきっと、お偉いさんがキレるねぇ」


 政府官僚はめぐりのファンが多い。天才美少女局員は最大級に甘やかされている。彼氏ができようものなら人工衛星を投入、身辺調査が実行、問題があれば拷問、泣かそうものなら極刑だろう。


 めぐりはそんな環境で育ったたが、まだまともな方で、今もこうして仕事をしている。


精神感応者サイコメトラーなら、あの三人の心を透視てメンタルサポートをしてあげてくださいよ」


 めぐりの言うことは最もだった。


「能力者同士だと、まず心を無防備にしている人は少ない。憑依催眠ヒュプノ念動力キネシスに対抗するために防御しているからだろうし、彼女たちの能力は正直…」

「強いから?」

「負けてるんだよ。純粋に同じ能力の俺と寧々ちゃんは、透視せ合いっこをするなら寧々ちゃんの方が能力が上だからね」

「情けない。男の子のくせに」

「差別発言ですー!それー!」


 亮が悔しそうにめぐりを指差す。六つも歳が離れているのに子供っぽいなぁと思う。


「そもそも同い年のメンタルサポートなんて、俺に出来るわけないから君に頼んだんだろ?」


 至、極嫌そうな顔をするめぐりに亮が苦笑する。


 兄が大学に行くときに一人暮らしを始めるのは知っていたが、そもそも三人の少女と一緒に同居することは知らなかった。それはもう断固として色々嬉し恥ずかし、ラッキースケベ案件や、はちゃめちゃピンク事案がいつ発生してもおかしくない状況は、回避しなければならない。仕事の上で一緒になれればいい、と思っていたがやっぱりだめだたった。不可能。残念。


 そのため、めぐりは自分の持っている政財界のコネをフル活用して、今のポジションに自分をねじ込んだ。


 そうでもしないと別室にいる兄が奪われてしまう。


「国指定の未来予知能力者プレコグになれば一生飼い、コントロールできなければ廃棄処分」


 ぽつり、とめぐりが呟く。大樹の中にはその能力因子もある可能性が分かっている。少なくともほとんどの人間がそれを出来る。恐ろしいことに、一般人ですらその因子だけは持っていることができるのだ。


 占い師やらそういう類の人間は未来予知を端的に、またはあやふやに行っている。


 ただ大樹は別だ。別系統能力者が未来予知までするとなると、規制の基準が一気に上がる。危険視されている度合いが大きいのだから仕方ないが、大樹が不要に拘束される…それだけは絶対に避けなければならず、亮は心臓に針を差し込まれたかのような顔をしていた。


 未来予知規制法案は、国際法よりも広い定義の世界法で決定されている。政治的にガーデン、オフィルの両国の提案を国連が圧力をかけられて了承した。


 地球と火星のちょうど真ん中に位置する、見つけられなかった天体、オフィルは亜理紗の居住する星で、しかも亜理紗はそこのお姫様に当たる。皇女である彼女の皇位継承権はかなり高く、大樹の珍宝は是非とも欲しい、らしい。


 浮遊空挺王国、ガーデンもまた不可視の王国であり、雲の上に存在している王国だった。高度なステルス技能を持つ隠匿された大地は、科学技術がいくら発展しても発見することができずにいて、真由もそこのお姫さまだった。


 膨大な宇宙開発能力と資源を有するオフィルと…夢幻回廊書架ライブラリーを管理しているガーデンは能力者保有数が高く、世界に脅しをかけて第三次世界大戦を終了させたため、今の国連にも命令することがある。


 国家主権、などあったものではない。


 この二国は世界に対して命令したのだ。


 個人の意思を妨げるような程度の低い行いはしたくないので、深山大樹を婿として差し出せ。


 その司令は世界の政府に対して秘密裏に発令され、大樹は世界の人質になった。そんな可愛そうな大樹だが…未来予知能力の発現における可能性がある、としたら途端にややこしい自体になった。


 未来予知能力はよくない…。


 誰かに都合の良い未来は、誰かにとって都合の悪い未来になるのは当たり前だ。


 一つの皿に入ったスープが利得だとすれば、奪い合えば当然のように不平等になる。取り分が少ない未来を知れば、当然それを阻止しようとする。すると皿は暴れる中身に耐えられなくなって変形したり、破壊されたりする。あまつさえ、ありえないことに増えたり減ったりもする。


 これが崩壊現象と呼ばれる、物理法則が乱れる現象に繋がっているからだろう。


能力者パフォーマー同士でも争いがあるんでしょ?」


 めぐりの表情は色々なものが混ざっていて読み取れない。亮はそれでも触れて直接透視ようとは思えなかった。


 彼女は士官だ。一般人レギュラーの士官は能力者ギアパフォーマーの士官よりも、無条件で二つ上の階級として現場では運用される。


 これが現実だった。現状、能力者ギアパフォーマーは若年層に多いために、あまり意識されていない。彼女たちのような若年層は、階級意識が低いせいだろうが、今後どうなるかわからず、むしろそれが年配層にとっては面白くないのも事実だろう。


 亮は押し黙っているめぐりの頭に手を置く。無論、透視るつもりはない。


「大丈夫だよ。友達は俺が守るから」


 これは決意だった。


 めぐりは唯一、坂上財閥の一人娘、寧々が大樹を狙うのか良く分からなかった。


 局内で仕事をしているときに、偶然やって来た寧々と知り合い、そこに大樹がやって来てから、根掘り葉掘り大樹のことを聞かれて…。


 わからないわけがない。


 たぶん、この場にいる誰よりも危険なのは、寧々なのかもしれない。


 寧々は純粋に大樹を好きなのかもしれない。


 ちらり。


 めぐりは赤いスイッチに視線が行く。


「ねぇ、誰も押してないのにボタンがオンになったりしない?」

「しません」


 亮が突然の話に仰天する。今にもめぐりは実行しそうだった。


「そういうのは、口にしないの。黙って押し倒すんだよ」

「それは、あの子達の手段でしょ?」

「女の子だもんなぁ」


 亮は苦笑すると、そっと寧々側についているボタンの回路をオフにする操作をする。


(思考が寧々たちに染まって来てる…)


 亮は少し不安になった。

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