第4話
―――
あぁ、どうしよう。
めぐりは、そんなことを考えていた。
大樹が心配で仕方が無かった。
大樹はそのまま卒業パーティーに向かい家に帰って来なかったので、寧々たち三人を局内ビルのラボに連れて来て調整の準備を始める。大樹がいないと三人の精神安定度はひどくばらついて調整が困難になってしまう。
毎度ながら思う。この少女たちも本来なら学校に行っているだろうし、自分もランドセルを背負って歩く最後の歳になるはずで、こうして政府機関で働いている自分も嫌いではないものの、やはり一般的女子としては、考えさせられるものがあった。
やりたいのは職場の同僚たちとお昼ご飯のSNSへの写真投稿や、おしゃれなプールバーでのアフターファイブではなく、同世代との気兼ねないやりとり、だったりもするが、もうそれは絶対に叶わないだろう。
座ったデスクの上にはキーボードとディスプレイ、ガラスで仕切られた部屋の向こう側はラボラトリールーム、通称
彼女たちは日本では類を見ない高威力、高出力、高効率の能力者たちだ。
しかし経過としては研究を重ねても、何一つそれらをコントロールする術は解明できない。成長する能力はいつしか摂理崩壊現象を誘発させてしまう爆弾になるだろう。
検査をする上で分かるのは、個別に上げると、寧々が精神や物質の状態に対しての直観力が優れている上で、他の系統能力にも長けていること。
真由は寧々の正対する能力、精神解読を行う寧々とは逆である精神干渉を行い、対象を支配する能力を持っている。支配された者の能力を自分のものに出来る、ことまでは本人が大樹を操って説明させた。
亜理紗の能力は
三人の少女がベッドに寝かされているのを見て不思議な気分になる。
「めぐり一尉」
「なんでしょう亮三佐」
二人は並んで三人の様子を眺める。空中展開されている透過ポップアップディスプレイで表示される数値は、日増しで上昇し続けている。
「相乗効果なんですかね」
「生存本能に近いんじゃないか?女の子の成長はこれからその…」
「いいですよ。三佐、変な意味がなければ」
「そう?」
小学生女子に向かってどこまで言うか、悩む亮は軽く咳払いする。めぐりはその、少し遅いほうかもしれない。
「精神と肉体は同時に成長するから、能力も一緒に成長するんだろうね。とはいえ、彼女たちは個々に大樹を狙っているわけで…まぁ雄が一匹、雌が三匹だと、強くないとならない」
「その結果、互いをけん制するために?」
「と、思うんだけどねぇ。大樹に至ってはあれだろ?えっと…」
大樹の残念なところは圧倒的に運が悪いところだ。
「超常科学のエキスパートさんのご意見は?」
「博士号を持っていても、わからないことはいっぱいだよねぇ。実際のところ最も危ないのは大樹のほうだったりするんだけど、彼の場合は未だに能力構築段階だからね」
資質、空間転移系能力の資質があるにしてもまだ
亮は自分と同い年の監視対象に、接近するために高校生活を強いられたが、それもまんざらではなく、謳歌したとも思う。ただそれだけで、彼の高校三年間は正直、十分充実していた。
勉強もトップクラス、士官学校としての成績は優秀。とりわけ飛び道具の武具を使用する実技試験では、恐ろしいほどの腕前を持っていた。
精神感応能力者が持つ道具の性質を最大限に生かすのではなく、空間転移能力者が発揮する、広範囲走査把握能力を利用しているのだろう。大樹が言うには、移動先の状態を細微にわたるまで理解できるらしい。
頭がいい奴の感覚を口にしてもらえるのは正直助かるところで、大樹が言うには転移先の状態を知らないと『かべのなかにいる』状態になるらしい。
「大樹が登録してる能力開示、NATOコードで大技を一つ登録してるだろ?」
「えっと…広範囲かつ大規模に影響が発生する可能性、事象変異に留意するためのコードですね」
能力開放にいたって避難が不可避になることがある。ミサイルそれぞれにコードがあるように、彼もそれを登録している。
「
めぐりは少し恥ずかしそうに口にする。軍人が登録した内容にそうタイトルを付けた。いかにもな名前だ。軍人は恥ずかしい作戦名を平然と自信満々で口にする。ちなみに能力者たちは、これらのコードを口にしても羞恥を覚えないらしく、さすが精神世界勝負のエキスパートだと、めぐりは思っていた。
「そうそれ。近傍小惑星を呼び寄せる大技だよ。物事には限度があるし、そもそも俺たちにはそんなことできない」
めぐりはそう言われて、ふと考える。能力者ではない自分にはわからないことだが、能力はそこまで万能ではないことは分かっている。魔法ではない、原因があって結果が発生するのだから当然だろう。ただその過程が見えないだけであって、科学世界だって大体そんなものだ。
大樹はそれでも平然と言った。
物理現象を引き起こすだけだから、大きな質量を速い速度でぶつければ、位置エネルギーは熱エネルギーに変わるんだよね。
中学生でも知っている理屈で、亮は確かに、と納得したが…。
都庁を目の前で逆さまに出現させて、自分に向けて落とそうとする自殺志願者でも出たら大変だ。簡単にやられては困る。
能力者ではないめぐりは、もっと理解に窮していた。リモコンの電源を入れればテレビがつく。当たり前のことだが、その仕組みを知っている人間はほぼいない。便利だからそれでいいのだ。スマホで話をするのも、車を動かすのもそう。理屈を知らなくても、人々は使っていける。だが…
なのになぜ、能力だけは別なのか。
使用者を著しく制限するこの便利な力は、利得が絡むと明らかに嫉妬に変わる。
金持ちと結婚した女優がプライベートを晒して、お前は何をしているんだと、いちゃもんをつけるようなもので、そんなものは昔からある。
「…めぐりちゃんも今、色々考えているみたいだけど、それって愛がなきゃできんのよ」
いつの間にか背後に立たれて肩を触れられていて、めぐりはびっくりした。
亮はかなりの高いレベルの精神感応者なので鮮明に感じられるらしい。
亮に言われていることは分かる。例え身内であったとして、能力者は
「え?なんで?君は今なんで、そんなことを考えているの?」
「人の心を勝手に読むな!」
立ち上がっためぐりが、両足を開いて右拳を握り締め、フックとも、アッパーとも取れる鋭い覚悟で、亮の左わき腹をえぐり、持ち上げるようにして殴り飛ばす。
(あれ?めぐりちゃんって、能力者じゃないよね?)
亮はそう思いながらも、華奢な少女が放ったとは思えないパンチを受けて、両足を地面から浮かせた後に、天上に激突した。
兄妹であっても能力が、ある、なしでは扱いが分かれる。
めぐりは兄といつも一緒にいたかったのに…その想いが完全に遮断されたような気がしていた。
能力者である兄に近づくために猛勉強して、大学を出て、それに関係する政府組織に入局した。計画通りの事態に、自分でも少しうまく行き過ぎているようにも思えたのに…。
(なんなのよ)
白い部屋にいる少女たちは、大樹の身体を狙っている。
股間に直撃した金色のタマは、彼女たち三人が奪い合いをしていたらしい。
珍しい宝、と言っていて過去連綿、未来永劫の摂理因子を封じ込めることができるらしい。それが大樹の中にある…。
(珍しい宝…
天井に頭を突き刺したまま、脱力している亮の股間に視線を送る。
「まだ早いよねぇ」
小学生には…。
めぐりはそんなことをふと口にしていた。
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