第3話
光の泡が虹彩を放って弾ける中、寧々、真由、亜理紗が姿を現す。
顕現現象と名づけられた空間に出現した瞬間に、発生する光の粒子がフラッシュのように明滅する。
百三十半ばの華奢な少女たちは見目から言っても可愛らしい。赤いチェックのプリーツスカートに白いワイシャツ、ブレザーはシングルの合わせボタンで紺色。ニーハイの太もも少し上にはスカートの裾があり、その少し上、対になるようにリボンが結わえられている服装で現れる。
大樹は公務を行う格好の三人を見て呆れる。
「なんでその制服なんだ?目立つだろ」
「え?言うに事欠いて最初の一言がそれなの?」
不機嫌さ最高潮の寧々が、じろりと大樹を睨みつけ、めぐりは大仰に肩を竦めてハンと鼻で笑った。めぐりはそれを見て歯噛みする。最愛の兄を完全に馬鹿にしているのだけは分かる。
しかしここは寧々、一歩も引かず高圧的に大樹に迫った。
「バカなのかな。ねぇ、バカなんだと思うけど、女の子には毎朝、花に水をあげるように可愛いって言わなきゃダメなのよ?」
「え?あ?うん」
じーっと、大樹は三人の少女を眺める。元の素材がいいので三人ともに、それぞれ美少女になる素質はある。
それぞれが始めて、デザインされた日本防衛省超常管理局警備部能力管理課、正規活動登録済み、黒兎のユニフォームを見せ付ける。
寧々はじっと自分を見ている大樹に悪い笑みを向けた。
「欲情する?」
ぴらりッと、スカートのリボンを詰まんで持ち上げる寧々。大樹はうんざりと肩を落とす。小学四年生の少女が、スカートの中身を見せつけてどうする。めぐりも唖然としていて、肩を落としていた。この程度のスキンシップ?は日常風景だったからだ。
(淑女教育というものは悪趣味な時代錯誤だが、悪い大人に何かされる前にどうこうしないと、だめかもしれない)
大樹は自分がやらなければ、となぜか強い責任感を感じている自分に腹が立つ。それでも注意はしておかなければならない。
「やめなさい。というか…ダ、メ、デ、ス」
「え?そうなの?」
亜理紗が左手の人差し指を空に立てて、くいっと自分の方に引き寄せると、見えない大きな力に大樹の身体が引き寄せられる。満面の笑みが目の前に迫り、大樹の唇がその顔に近づけられる。能力で引き付けられているので、大樹にはどうしようもできないが、必死に抵抗はする。
亜理紗の物を動かす力。恐ろしく幅の広い応用力のある念動力だ。イメージして力を動かす能力で、シリンダー錠などは数秒で開けられるし、重量で言えば某国の記念館にあったスペースシャトルを大気圏外に放り出したこともある。
めっちゃ怒られたが…。
引き寄せられながら大樹が意識を失いかける。急激な重力加速度で身体の血液が、中で偏ったためだが…寧々の慌てる声と、真由の小さくても強い声が大樹の耳にも聞こえる。
「すとおおおっぷ!」
「だめだよ。それは、だめ」
大きな声で制止する寧々の右手には
「もっと、近くで見てもらおうと思ってー」
片足で転ぶ寸前で、つんのめったままの姿勢で踏ん張っている大樹は今、亜理紗の引き寄せる力であるアポートと、真由の憑依催眠による大樹の身体を真由が制御しようとして、力のせめぎ合いに合っていた。
おっとりしている亜理紗だが思い切りが良く、間延びした声と、のんびりした雰囲気とは裏腹に実力行使が多い。
引っ張られる身体を踏ん張って耐える大樹の構図に見えるが、痛みがあっても憑依状態の大樹は踏ん張り続けるので、身体が千切れそうになっても力を抜くことが出来ない。
「うぎぎ、つぶれる。千切れる、死ぬ」
より強く引き寄せようとする亜理紗に、抵抗しようと大樹の身体により強く干渉支配しようとする真由の催眠洗脳は、大樹の身体に大きく負担をかける。
「…負けない」
何を考えたのか寧々は、銃をスカートのポケットに戻して駆け出す。二人に接近させられそうな大樹を奪うにはそれしかない。自分が抱きつけばいい。寧々はそう思った。
「大変だよね、ごめんね。あの二人が」
動けない大樹の顔に両手を当てて微笑む。まるで自分だけは大樹のことを思っています、と言わんばかりの発言に他の二人の少女が激昂する。
「なんですって!」
「それもだめだよ。寧々」
亜理紗と寧々が能力を行使せずに実力行使、つまり、結局は大樹に抱き付いた。
「おもっ!」
大樹が思わずバランスを崩して倒れると、その腹の上に寧々が乗り、他の二人も腕に頬ずりする。
「重いって言うな!馬鹿!」
寧々が反論してめぐりは額に手を当てた。亮は哀れな親友を指差して鼻で笑う。
「これが高校三年間、大樹に彼女が出来なかった理由の一つね」
「ええ、納得しました。ロリコン野郎に彼女はできないんですね」
かわいそうと、めぐりはうんざりするが、亮はそれだけではないことを知っていた。
めぐりも重度のブラコンなので、彼女ができようものならすぐに無人航空偵察機を飛ばすだろう。しかも高性能爆薬のおまけつきで。
無抵抗な二十歳前の男に三人の少女が、能力キャットファイトをする様は、もう言わば名物の1つでもある。
顔を合わせれば何かと大樹に手を出そうとし、そして三人が三人で、けん制しあう。だんだん三人の少女が大樹を中心に、揉みあいの様相を楽しげに行うようになり、めぐりがキレた。
(面白くないんだよなぁ。クソが)
現実でするわけにはいかない唾棄をぐっと飲み込み、めぐりは小さく息を吸い込んで大きな声を上げる。
「
号令と同時に三人がびしっと立ち上がり、身体を硬直させていたままの大樹は地面の上で呆然と空を見上げる。亮は大樹を見据えて脱力する。情けない大樹はいつもこんな感じで日和ってしまった。
(乱暴された乙女か、貴様は)
亮が哀れみと情けなさを晒されて額を手で覆う。見ていられなかった。
「友人で級友を前に、こんなこと言うのはあれなんだが、俺はこいつをいっぱしの特捜官にするんだよな?」
「がんばってくださいね、現場指揮官殿」
「…頼みますよ、ほんとに。補佐官」
めぐりは返す刀を受け止めきれずにいた。
ただでさえ大好きな兄に、花嫁候補などと九歳の少女が三人も送られて来た。
少し前に問題になった発言、首相の放った『能力者は感染性の悪質なアレルギーのようなものだ』とはよく言ったもので、強力な能力者の周囲では能力者が発生する可能性が高い。
亜理紗はオフィルを統治している
真由はオフィル星間戦争時代に、日本に協力を申し出た研究機関、
この二人は外交上の問題で国が容認しているのだが、問題は寧々だ。
この財閥令嬢は、何を考えて接近しているのかさっぱりわからない。愛国者で知られる坂上グループは、能力開発に関しては国家に最大の貢献をしているし、戦後復興や軌道エレベーターの建設、太陽エネルギーを無線送電する技術も開発している。
それだけだ。
令嬢であることには代わりないが、寧々が大樹に近づく必要性は感じられない。
そして…兄の大樹に会った瞬間、本性を表したのだった。
それだけ?
めぐりは何度も確認した思考を、何度も同じように再認識する。
最も純粋に寧々が大樹を狙っているのだから、一番危険じゃないか…。
だから今、自分の任務を再確認する。最も身近で、最も全てを制御する方法を。
「…私は
「「「はい、お姉さま」」」
三人が可愛らしく返事をすると、めぐりはこれだよ、と心の中で呟く。しつこいようだが、見目は可愛らしいが中身は猛獣だ。この歳で欲望に塗れているクソガキだ。
黒兎、とはよく言う。
かわいいから仕方ないけど。
にへら、とめぐりの表情が弛緩した。寧々たち三人はにやりと、主導権を握り返したことを理解する。
(おーい、顔、どっちも顔。出てる、全部出てる)
大樹と亮が何も言わずに様子を見る。どちらにしろ、彼女たちの日常の面倒も、めぐりが見ることになるのだから権力の在りかは明確だった。
ずごごごご、と擬音を付けたくなるような黒いオーラを天へと放出させるのを見て、寧々、亜理紗、真由が驚嘆し、涙目になる。
決して、いい感情を抱いていないのは分かる。能力者に対して、大人が自分たちを見る目は化け物扱いだったし、黒い感情を感じることは、能力如何とは関係なくわかっていた。が、それなのにこれは全く別、異種、理外の威圧だった。
負けちゃだめだ!と寧々。
義妹さんから認めてもらうには引いちゃいけませんねぇ。亜理紗は覚悟を決める。
なんとかなる。はず?と真由も到底引き下がらない。
寧々が行動した。
「大丈夫だよねぇ?」
寧々は大樹の前に立って背中を預け、マフラーを巻くように左腕を自分の身体に絡み付ける。
「あー、私も私も」
亜理紗が右手を奪って自分の左手に重ねさせ手を繋ぐと、真由も慌てて大樹の左側に立って裾を掴んだ。甘える少女三人に大樹が仕方ないな、と苦笑する。
とある事故で大樹の身体は大きな変化を受けた。その原因がこの少女たちにあるのだが…。
深山大樹の身体を差し出せば貴国や地球の安全は保障する。
これが、大樹の運命を大きく決定付けた国際締結の始まりだった。
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