第2話
大樹はスマホに表示されるグループ名に目を通す。
抜け駆けしない共同戦線!
大樹を狙う三人の少女が組んだ協定のタイトルは、個人的に誘惑をしないように互いが互いを監視する制度だった。トナリグミ、だかそんな感じのものを授業でやったことがあると思う。
大樹は子供たちに本気で対応するようなことをしても、からかわれるので、もっぱら遠い目で眺めることにした。
多人数リアルタイムチャットのアプリならではの使用方法であるグルチャには、三人の少女と大樹が登録されている。
二人の名前と通知が飛んでくる。
寧々は、育ちの良いお嬢様のような立ち居振る舞いで、ヴェールウェーブでセミロングの髪型をした笑顔の可愛らしい少女。
亜理紗はオフィル王家の王女であり、惑星オフィルの支配統治者の娘で、長い銀色の髪の毛と碧色の瞳が美しい少女で、こちらも深窓の令嬢という見てくれでは負けていない。
過去にはいろいろあったが、今は地球との交流も進んでいる。超常管理に使う必要な技術を供給しているため、切っても切れない地球経済界にとって大事な取引先でもある。
「あらぁ?可愛い小学四年生の女の子たちからメッセージ?」
めぐりが振り返ってこちらを見上げ、頬を膨らませて怒っているのは子供の頃、めぐりを置いて亮と勝手に遊びに行ってしまったときの表情を思い出させる。相手が子供であることを強調するのは、めぐりもライバル視している証拠だろう。
(そっか、彼女たちも日本だったら小学五年生になるところだったんだなぁ)
大樹はそんなことを考えながらも、少女たちの顔が思い浮かんだ。子供のお遊びに本気で嫉妬しているのか、と思うと妹ながら可愛く思えてくる。
「あぁまぁ…これで無視しようなら、何されるかわからないからな」
呆れてため息を吐く大樹は、よしよしと、めぐりの頭を撫でながら次のメッセージを視線で追う。見ていないのでは余計な怒りを買うし、見ていれば返事がないと怒る。わがままなお姫様たちは、いつもそんな風に振り回して来るが、大樹はいい加減それに慣れ始めていた。
坂上寧々:呼んでもいいのよ?
亜理紗Vオフィル:あ、私もお願いします
見ていたけれど返信はしない。真由はめんどくさがり屋で表情はあまり顔に出ないが甘えん坊な女の子だ。カールを巻いたストロベリーピンクの髪型をした小動物のような無垢な子で、滅多なことでは声を発しない。
三人とも
特に問題になっているのは能力者が能力を使用すると、その資質があるものに感染することは最近の研究でわかったことだった。その研究の第一人者に親友の亮がいるのだが、大樹は正直、話を聞いてもピンと来なかった。
(こいつがそんなことを発見したとは、思えないんだけどなぁ)
亮はいくつかの博士号を持ち、中学三年間はヨソの国の大学に通っていて戻ってきたのだ。
思い出されるのは卒業する高校に入学したときの頃の思い出だ。
「中山亮です!ヨソの国で大学を出て博士になりました、今は国の官僚をやっていて、女子高生と仲良くなるために学校に来ました。あと大樹、久しぶり」
そんなことを言っていた気がした。突き抜けて軽薄な笑顔と軽いノリで。
「懐かしいの見てるな」
亮が大樹の手に触れてにやりと笑う。
きつい社会とか嫌な習い事でも、次第に慣れる事がある。それと同じなのだろうし、元々読まれて困るものはない。
「引き出し二段目に、めぐりちゃんの「お兄ちゃん大好き」っていう漫画が…自作か!」
くわっと目を見開いた亮に、めぐりが拳銃を抜いた。
「やだ、私、もう恥ずかしくって、引き金をがちゃがちゃ引いてしまいそう」
とても悲しそうな顔をしているめぐりに、大樹が目を丸くする。
「しんじゃうのかな。どうだと思う?ボーナスの査定をしてくれる、大事なお金をくれる人は、別にいっぱいいるけど、この悲しみはドッチのほうが大きいのかな」
「いやぁ、脳みそぐちゃぐちゃになっちゃうんじゃないですかね。がちゅがちゃ、されると」
亮は両手を上げて視線を上にずらす。ハンズアップが、これほど日常化している男も珍しいだろう。
それはそうと、能力の乱用は危険だ。
ばん!ばん!と乾いた音がして遠くで、めぐりと亮が追いかけっこを始める。真昼間の高校での銃乱射事件は、さすがに本当にニュースにしかならないので止めなければならないのだが、どうにもそこら辺は麻痺しているらしい。
見目可愛い、めぐりちゃんが不貞な男を麻酔弾で追い立てている光景は、ある種の日常風景になっている。
大樹も大学に進学することになったが、能力については勉強する必要があるので頭の隅で思い起こす。
最近では摂理崩壊現象と呼ばれる、物理現象を超越した現象が多岐に渡り発生している。
日本で観測された摂理崩壊では、一晩のうちに東京タワーが三倍に引き伸ばされていた。これは能力者がその力を使い続けた結果だ、とする説が有力になっており、スーパーセルなどの超常現象に対しては、能者の原因究明が必要になっている。
能力者が能力を使いすぎると、世界に負担がかかって崩壊する。固着定数と呼ばれる「世界を世界として、この次元に定着させる力」そのものが弱まってしまうので、能力者はその能力を使って、正常値に戻す必要があるのだ。
そのための超常管理局であり、そこに登録しているチーム
花嫁候補。
大樹は呼吸を整えて意識を自分の内側に繋ぐ。
――――――
世界の景色が歪んだ気がして、自分がとたんに小さく小さく縮んで行く気がする。
極限、存在できる最小単位を無視するまでに小さく圧縮されたような感覚の後、突然開放されたように周囲が変化すると、何十段にも続く本棚が地面…否、下方向から生えたように感じられる。
そう呼ばれる暖かくも寒くもなく、耳鳴りがするほど完全に無音な世界だった。
上を見上げると魚眼レンズを通したような遠近感が狂った様子が映し出される。
深く潜りすぎるとここに来る。有り体に言えば精神世界の深い場所だ。
能力者の誰もが持っている共通のイメージはここだった。
潜り過ぎた、という。
戻らなければ、と考える。
周囲を見回すと三匹の黒い兎が輪になってくるくると回っていた。
まるで遊んでいるようで、三匹が駆け回り、一つところにまとまって顔を突き合わせている。まるで何か相談をしているようだった。
真っ白な大理石の床。アンティークな本棚は重厚で本は古めかしいものから新しいものまで揃っている。
黒兎の密談の向こう側、書架と書架の間にある通路から見える先はエントランスホールだろうか。目を細めると格子扉のあるドアが見える。
年代物のエレベーターで手動扉のもののようで…。
そちらに向かって歩こうとすると、黒兎が足元に擦り寄ってきて動けない。
あ、そうだった。
寧々のところに戻らないと…。
そう思った瞬間、目の前が真っ暗に暗転して校門前に戻っていた。
――――――
「…お兄ちゃん、今、ダイブしてたね?」
めぐりに聞かれて、心臓が早鐘を打ち鳴らすように速度を上げて脈打っている。もちろん、ダイブしていたのではなく引きずり込まれたほうが正しいだろう。
戻れなかった、かもしれない…。
あのエレベーターは昔、確かに動かしたことがある。それも、おぼろげな記憶?
手動のドアが自動で動いて、中に入ったら自動で閉じて、そして階下へと導かれた。
「お兄ちゃん、ほら、彼女たちが呼んでる」
いつの間にか、手から落としてしまっていたスマホを、拾ってくれためぐりに礼を言いながら、今度こそ
能力とは有り体に言えば、脳の使用されていない部分を使用して世界に直接干渉する能力で、それぞれ発動には個体差や育った環境が大きく左右するとのことらしい。
大樹の
早くしないと…。
三人のお姫様をお迎えするには、かぼちゃの馬車では遅すぎる。
そんなことを考えながら、左手の中指と親指を擦り合わせるようにしてパチン、と音を鳴らした。
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