神様の設計図と奔放な兎たち ~小さな少女たちの恋の歌~

@b-p

過去と未来と今と

第1話

――高校三年生、卒業の春。


 卒業式が終わり、学び舎の中では勇気を出して想いを打ち明けている少女に、戸惑う卒業生男子がいたり…、部活の後輩たちに取り囲まれている女子生徒が、精一杯の笑顔で集合写真を撮ったりしている。


 今日、最後に着るであろうブレザーはどこか窮屈に感じたし、最後に与えられた自由を損失する実感が沸いてくる。


 たくさんの生徒たちが、それぞれの進路に向けて期待と不安を抱え、そして別れの涙を流している中、深山大樹みやまたいじゅは旧友たちと手を上げて別れた。


 「迎えが来るから俺は行くよ。」


 そう言い残して、立ち去ろうとした学び舎を校門から見渡す。グランドが左手に見え、右手側には校舎。グランドの更に向こうには体育館やプールがある。


 思い返せば、高校生活の途中まで普通に楽しめたが…半年前から突然その様相は劇的に変化した。


 思い返す大樹は、少し長い髪の毛を春風に任せて泳がせつつ、空を見上げる。几帳面そうで紳士的に見える大樹は問題を抱えていた。そんな大樹に声をかける小柄な少女が一人。


「イケメンが物憂げな顔をして青春時代を振り返る。いい絵だなぁ」


 迎えに来た少女に近づくと、すっと背後に回りこまれて、背中に胸を押し当てながら腰に手を伸ばし抱き付かれる。


「おっと、筋肉もついてきたし、身体も鍛えたのかな?」


 すすす、と腹筋の割れ目に指が動き大樹はぐいっと少女の身体を引き離す。再開もつかの間、通信環境以外での話は久しぶり、そんな最愛の妹であるめぐりは猫のような愛くるしい顔立ちで、もう一度大樹に抱き付いた。


「んー、お兄ちゃん、卒業おめでとう」

「ん、ありがとう」


 にこりと微笑んで妹のスキンシップに甘えさせてやる。タイトスカートにスーツ姿の十二歳は、高校の校門では目立った存在になる。


「おー、めぐりちゃんじゃん?」


 中山亮なかやまりょうがワイシャツの裾を出し、ネクタイを緩めた格好でやって来た、所謂だらしない男子高校生の見本のような人物で、軽薄な笑みを浮かべている。対して、めぐりはゲテモノ料理を見せつけられたような表情を浮かべる。


「…うわぁ」

「嫌そうな顔をして一拍置いてその声はお兄さん傷つきますけど?」

「うえぁ」


 めぐりが、もう一度悲鳴のような声を上げると亮は肩を落とす。いつもこんな関係なのだが、亮はお茶らけていても、これがまたどうして突剣の達人であったりもする。


「いやぁ、これで俺も高校生から職務に復帰ですわ。ねぇ?めぐり一尉?」

「ぐぬぬ…」


 めぐりが、至極悔しそうな顔をして大樹から離れると、踵と踵を合わせる様にして立ちながら背筋をピンと伸ばし、右腕を上げて肘を折り、指先をこめかみ付近に当てた。


 所謂、気を付けの姿勢から敬礼をしためぐりは、不本意丸出しの表情だった。


 紺色のタイトスカート、白いシャツに青いスーツ姿、職務をこなす姿として見慣れてはいるが、日本防衛省超常管理局、通称JPC:japan paranormal controlの士官服で、亮のほうが復職後は階級が上になるらしい。


「戦後措置法で能力者パフォーマーはその…それぞれの年齢に適した学校教育に戻っていたんだよね?」

「あー、まぁ三年前まで、俺も現場でばりばり働いてたからねぇ」


 超常現象誘発能力者、所謂ESPやPKと呼ばれる超能力や魔法のような事象を発生させることができる人物は、総称して能力者パフォーマーと呼ばれるようになった。


 元々は異能力者イレギュラーだったが、差別がどうとかで能力者パフォーマーと呼ばれているようなもので、言葉の緩和がなされただけで、現実では蔑視が続いている。


 中山亮は特務官の中でも最前線に出撃し、空戦撃墜数もエースの記録を持っているはずで…。


「その、職務復帰は個人の意思を尊重するって、聞いたけど?」

「ん?あー、いいんだ。俺、ほかにやりたいことねぇしな」


 亮が苦笑すると、めぐりが敬礼をした姿勢のままなことに気付いて答礼をしてやる。


(この子、すっごく律儀っていうかクソマジメすぎるんだよなぁ)


 亮はそう思うと少女の幸先が不安になる。というより自分と合わない気がした。


 二人が礼を解いたところで、大樹はふと気付いた。


「二人が僕の上司になるんだよね?」

「あ?うん、そうなるけどな。お前は帝防大に進学して、カリキュラムを受けつつ…実務を行うんだよな?」


(二束の草鞋だったか?先行カリキュラムって言ってたけど、体よく今作りましたって制度なんだよなぁ)


 そんな大樹の不安をヨソに…亮は、にかっと笑い実に楽しんでいる、根暗な友人を大樹は睨みつける。


(この悪質な精神感応者め…)


「花嫁候補も絞らないと、ならんしなぁ」


 亮の一言に大樹がびくっと肩を震わせる。


 やめてください、それ以上はだめなんです。


 大樹は右前にいる、表情の良く見えない最愛の妹のオーラが、切り替わったのを感じていた。


 精神感応系統能力者サイコメトラーの亮が、その変化に気付かないわけがない。


「お前には日本の…いや、世界の命運がかかっているんだ。その、下半身に」

「おい、やめろよ。その言い方」


 たじろぐ大樹に、亮が意地悪な笑みを浮かべる。むしろ楽しんでいる。男と女しか世界に存在しないのならば、いっそ楽しんでしまおうという不貞の権化である亮は、すでに何度もバチが当たっていて病院に行っているのに、ひるんだりはしない。


 公開されたスキャンダルは数知れず、後悔先に立たず、それでも立つのは男の運命さだめ


 こいつの墓にはそう刻んでやりたい、と大樹は冷ややかな視線を向ける。


 ぐっと大樹が拳を握ると、亮が両手を挙げてギブアップしてみせる。


 過去の話ではあるが、とある海岸を歩いているときに空からボールが落ちてきた。金色をした、親指と人差し指でわっかを作って少し余るくらいの大きさだった。


 そいつが…ありえない挙動を見せた。


 目の前に落ちてきたそれが砂浜で跳ねた。そこまでは驚くだけでよかった。驚愕した。強烈なバックスピンは、大樹の股間に狙いを定めているかのように向かってきて、見事、ヒットした…。


 あれから…人生が狂った。


 大樹が嫌な思い出を頭の中で半数させていると、めぐりが亮に噛み付き始める。


「まぁ子供作るのなんて、誰とでも出来ますからねぇ、亮三佐殿?」

「めぐり一尉もその気になれば、彼氏の一人や二人できんじゃね?」

「あらー、それスーパーセクハラなんだけど自覚ありますかぁ?」


 うふふ、あはは、と二人が笑顔で交戦しているのを見据えて、大樹は深いため息を吐いた。亮は軟派な性格で、常に女性と歩いているのが目撃されている。めぐりはその軽薄な下半身に、虫ピンを刺して動きを封じてやりたいと豪語している。


 この二人、上司と部下の関係になったのはだいぶ前だと聞いていたが、天才少女としていち早く社会にデビューした妹、めぐりの面倒を頼んで正解だったかもしれない。


 めぐりは元々内気で、誰かとそこまでの関係を持つようなことはなかったが、亮のおかげで、ここまでよく話をするようになってくれた。さすがにいくら下半身が軽かろうとも、十近く年下で友人の妹には手を出さないだろうと思える。


(さすがに政府機関の幹部だからなぁ。手を出すわけもないよな?)


 大樹は不安そうな顔をしながら亮を見ると、めぐりが亮に向かって突っかかっていた。


「資料の開示請求をしているんですけど!まだ!です!か!」


 詰め寄っためぐりにブレザーの胸を指で突かれて、亮が狼狽して一歩後ろに下がる。目が泳ぎまくる亮に白い眼のめぐり。


「あー。俺、学校に行ってるときは仕事しない主義なの」

「してください。ていうか、私は一般人レギュラーなんで特措法関係ないじゃないですか!」


(そもそも戦争していないので関係ない)


 亮と大樹はそう思いながらも、めぐりが肩を落とす。


「お兄ちゃんと一緒の学校に行きたかったのに」


 それでなくても政府職員の官僚であるめぐりは目立っているのに、妹と同じ学校で生活するとなったら地獄だったかもしれない。


 ただでさえ、今は悪目立ちしているのに。


 ポケットの中でスマホが震えて、それを手に取ると着信が入った。


 その少女たちこそが、大樹の股間に入り込んでしまった金色のタマを狙っている少女たちだった。

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