第39話 シンの覚悟
『まずいのお……、もうほとんど時間がないはずじゃ』
『え……待ってください、俺あんな化け物の前に連れ出されるんですか……?』
モニターの中ではシンとムラサメが己の感情を武器にして正面からぶつかり合った後、あろうことかムラサメは謎の石の力でその姿を魔族のものへと変えていた。
対するシンは二本目の神器を生成し、覚悟を決めた瞳で変わり果てたムラサメの姿を見つめている。
『いいか真、お前さんはここに来てからある程度の時間を過ごし、少しずつじゃがこの世界での生活にも慣れてきた頃じゃろう』
『ええ、まあ……。最初の時ほど驚くことは少なくなってきた気がしますけど』
『それと同時にふと頭の中にシンと思われる人間の思考が巡って来る時はないかの?』
『頭の中にシンの思考、ですか? えーと……あっ』
俺はディアに悩みを打ち明けられた時のことを思い出した。
あの時確かにシンだったらこう答えるだろうというある意味”シンとしての模範解答が頭をよぎり、ボロを出すことなく乗り切れたことがある。
『あります。なぜかシンだったらこう答えるんだろうなっていうのが突然の頭の中に出てきたりして』
『やはり、そうじゃったか。今このモニターを見ていても思ったのじゃよ』
『何をですか?』
『お前さんとシンは互いに一つの体を共有している関係じゃ。それ故に時間が経つにつれてその思考さえもシンクロし始めているということじゃよ』
『シンクロ……、俺とシンが同調し始めていると?』
モニター中ではシンが魔族と化したムラサメと戦闘を始めた。
彼と俺の思考が同調している。本当にそんなことがあり得るのだろうか。
だが、俺にもいくつか思い当たる節があるのもまた事実。
『シンはツヴァイを救う作戦の旨を瞬時に読み取り理解しておったじゃろう。あれはおそらくお前さんが予め考えていた作戦を脳内で自動的に読み取り、それを引き継ぐようにして理解することができたからじゃろうな。そうでなければ全く同じ作戦を誰からも聞かずに実行できるはずがないわい』
『ああ、そう言われてみれば……』
『真、お前さんはあの体に馴染み始めたのじゃよ。じゃから中に入っている精神がどちらであろうとも互いの思考が脳内に残り、二人の間で共有され始めているのかもしれん』
ゼウスのじいさんが言いたいのはつまりは俺の精神があの体に宿り続けていたせいで馴染んでしまい、俺の思考とシンの思考が共有され始めているということなのだろう。
確かにそれは他者とのシンクロともいえる。
いうならば多重人格者がその記憶を共有し始めた。難しい理屈は俺にはわからないけど、俺の思考がシンに伝わっているということ。
だからシンは瞬時にこれまでの状況判断を行えていたりしたのか?
『それだけじゃない。あの体に馴染んだということはあの体に宿る「気」ともシンクロし始めたとも考えられる。……もしかしたら使えるようになるかもしれんぞ』
『使える? 何をですか?』
『シンの「ゼウスの神眼」とは違う、お前さんだけのユニーク・アビリティを』
◇ ◇ ◇
「シン、シネエエエエエエエエエッ!!」
魔族となったムラサメはその強靭な肉体を利用して大きな拳をシン目がけて何度も振り下ろしていく。
対するシンはそれを見切り右へ左へと避け攻撃の隙を窺っている。
「チョコマカト、サッサトヒネリツブサレロ!」
「その姿になってから人間の時よりも判断能力は落ちているようだな。速さでは俺が上のようだぞ」
「ウルサイッ! トットトクタバレ!!」
両手を合わせた大きな拳が地面に叩きつけられる。それにより地面には大きな拳の跡といってもいい穴がいくつもできている。
直撃すれば致命傷は免れないだろうが、攻撃は当たらなければその威力も無駄に終わるというもの。
とはいえ怪力のわりには俊敏性が全くないわけでもないので、シンは防戦一方を強いられてしまう。
「ハハハハハハッ、タダニゲマドウダケカ! ソレガチイ、メイセイ、ソシテオンナスベテヲテニイレタオトコノスルコトカ?」
「……お前はさっき俺は生まれた時から恵まれた人間だと言っていたな」
「アア? ソレガドウシタッ!」
そう呟くとシンは突如その場に立ち止まった。一切回避行動をとることなく両手に握った剣を下に下げる。
それをチャンスと見たムラサメはすぐに右拳をシンへと振り下ろす。
「お前にはわかるか? 実の親にも迫害された男の感情が。最初から家の中での立ち位置、その未来もある程度以上は約束され順調に成長することのできたお前に」
振り下ろされた拳はそのままシンの頭上へと迫る。だが、その動きが急に止まった。
ムラサメが自分の意志で拳を止めたのではない。”止められた”のだ。
「……ナニッ?」
「最初から力があればどれだけ良かったことか。もっと両親と共に多くの時間を過ごせたのであろう。己の果たすべき使命も予め決められていたのであろう」
やがてその拳は上へと押し上げられていく。その下から現れたのは二本の剣を己の前方で交差するように構え防御姿勢をとっているシンの姿。
彼はその二本の剣で重い一撃を受け止めていた。
「無論、その人生を過ごしていた場合俺はサラたちと出会うこともなく、ましてや一緒に旅をするなんてことにはならなかった。だから俺にとってこの人生は偶然にして宝。俺という何も無かった人間は人生という宝を手に入れることができた」
シンは少し腰を下ろし、下半身に力を貯めていく。既にこの力比べをコントロールしているのはシンであり、ムラサメはその主導権を完全に失っている。
「あいつらのおかげで俺は自分の果たすべき使命を得た。生きる目的を見つけた。
共に戦うで人との繋がりが生まれることを知った。己の教訓を生かして説教染みたこともできるようになっていた。全てを捨てかけてまで己の進みたい道に進むことの尊さを知ったッ!」
「グオオオッ!?」
貯めていた下半身の力を解き放ち、シンはその場で跳躍する。
完全に力負けしてしまっていたムラサメはそれに抗うことができず、そのまま仰向けに倒されてしまった。
その隙を逃さず空中に飛び上がったシンは宙で体を捻らせながらムラサメの巨体へと迫る。
しかし、魔族となったムラサメも負けてはいない。瞬時に崩された態勢を直し、反撃を試みる。
「コノッ、クダケチレェッ!!」
「あいつらと共にここまで来たことで形成されたんだよ。今の俺という存在が。
英雄の始まりは全てを奪われ、失望され、捨てられた存在価値すらあったのか
わからない何もかもが無の存在。それが元の俺」
「サッキカラナニヲイッテイルンダアアア!!」
ムラサメの右ストレートがシンを襲う。
対するシンは体を捻らせたことによってできた回転を利用し、レーヴァテインを左肩上から一気に斬り込む。
本来ならば勝負にもならなさそうな技の繰り出し合いだが、神器を操るシンはその常識を逸脱していた。
「ギャアアアアアアッ!!」
その巨大な拳とレーヴァテインの剣身がぶつかり合う。本来なら剣側が完全に力負けしてしまうところだ。
それでもその勝負に勝ったのはシンだった。左上からそのまま斜めに斬り降ろされた刃がムラサメの拳を斬り裂く。
血飛沫と共にその巨体に不釣り合いの情けない悲鳴が空間に鳴り響いた。
シンはそのまま着地し、右手を抑えながら苦しむムラサメの姿を見つめる。
「最初から何もかも手に入れていただと? なんかすごい力で無双していただと?
ズルイだと? 世界が味方しているだと? ……笑わせるな。世界が俺に味方をしてくれた時など一度もない。むしろ逆だ。俺は世界が味方をしてくれずに捨てられた人間だったんだ。そこから這い上がり、自分なりに成長してここまでくることができた。やっとの思いでこの能力も発現してくれた。俺には簡単に手に入れた物など一つもないんだよ、お前よりずっと比べ物にならないほどにな……!」
「シ…………ンンン……!!」
「俺はお前が言うような人間ではない。少なくともお前よりは恵まれていなかった人間だッ!!」
レーヴァテインには赤いオーラが、クラウ・ソラスには青いオーラが発現しその剣身へと宿る。
それは赤と青二筋の閃光。シンは先ほどと同じように二本の剣を交差させ空を切った後、二刀流の構えを取る。
ムラサメは未だ右手の激痛にもがき苦しんでいる。シンはこのチャンスを逃さず次の一撃でこの戦いを終わらせようとしていた。
すれ違いから生んだこの宿命の対決を。恋敵を恨むあまり禁忌の力に手を出してしまった悲しい男の物語を。
それが完全なる的外れな嫉妬だとしても、シンは自分がこの物語の幕を引かなければいけないという使命感があった。
このまま彼の命を奪うことになるかもしれない。だが、目の前にいる暴走した彼を止めなければこの空間から出ることも、彼に利用され抜け殻のようになってしまった人たちも元には戻ることはないだろう。
―覚悟を決めろ。
何かを救うということは誰かの希望を奪うことにもつながる。
その責任を自分は背負えるか。奪ったことを背負いながら今後の人生を生きていくことはできるか。
シンの答えは決まっていた。
迷う訳がない。それが戦うということなのだ。
例えこのまま彼の十字架を背負うことになってもその使命を果たさなければならなかった。
――終わらせよう、かつては仲間だと思っていた友よ。
「ムラサメェェェェェェッ!!!!!!」
シンは地面を力強く蹴り、一心不乱にムラサメのもとへと駆け出した。
覚悟の決まったその瞳は真っ直ぐムラサメを捉えている。その動き全てに迷いはない。
激痛に顔を歪めるムラサメはやっとシンの動きに気付くが、時既に遅し。
シンはムラサメの頭上へと両手に持った二本の剣を振りかぶった状態で飛び上がった後だった。
「……もし、この一撃でお前の身に何かあってもディアには黙っておく。せめてあいつの中のお前は元の純粋なお前のままでいてほしいから」
「バ……バカナ……、コノチカラガアッテモ……」
「滾れ、煌めけ、『レーヴァテイン』! 『クラウ・ソラス』ッ!!」
赤と青。二つの剣がムラサメへと振り下ろされた。
チェックメイト、シンもムラサメも双方がそう思った。
が、
「…………ちょっ!?」
「ガッ……?」
今にもその刃がムラサメの巨体を斬り裂こうとしたその時、赤と青の剣はその場から消滅してしまう。
そのまま勢いの死んだシンはムラサメの右手に払われ地面に打ち付けられてしまった。
ムラサメは突然の出来事に状況を飲み込めないでいる。
「がっ……! いっでぇ……」
「ハァ……ハァ……シン?」
「おい嘘だろ。ま、マジかよ…………」
シンは地面から恐怖の感情を孕んだ瞳でムラサメの巨体を見上げた。
彼の右目からは既に炎を模した光は消え失せている。
「ハハッ……ハハハハハハハハハハ!!!! ソウカ、オマエハイセカイカラキタアノゴミチキュウジンか。ハハハハハハハッ!!」
「ムラサメ、俺がシンの体に入っているの知っていたのか……?」
「ソリャソーダ、オマエガソノカラダニハイッタノハキセイセキノセイデモアルンダカラナ」
「な、なんだと……!?」
シン、いや真はあろうことかこの局面で戦場に投げ出されてしまった。後一歩のところで『ゼウスの神眼』の時間制限が訪れてしまったのだ。
『ゼウスの神眼』発動代償となる疲労感が襲う中、誰も助けに来ることのないこの場で一人にされてしまっている。
もうシンを呼ぶことはできない、精神世界に逃げることもできない、仲間に協力を要請することもできない。
「オマエガシネバシンモシヌ。ナンダ、コンナカンタンナホウホウガアッタンダナ」
「マズイ、マジでヤバイぞこれ……」
今、避けることのできない絶体絶命な局面が日本からやって来たごく普通の高校生倉本真へと無慈悲に襲い掛かろうとしていた。
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