第38話 とある男の嫉妬と憎しみ

 世界が紫の色素を帯び辺りは暗く不気味に蠢いている。

 通常の世界からは隔離されたこの空間。シンとムラサメの二人のみがこの時間を生き、剣を交えようとしている。


「燃え上がれ『レーヴァテイン』ッ!!」


 シンは右手に握る剣の姿を『ゼウスの神眼』によって変形させる。

 紅に染まる剣身に紺のラインが入った黒い柄。神器『レーヴァテイン』。

 ムラサメを威嚇するかのごとく炎を模したオーラが燃え上がるようにその剣身に宿る。

 

「気に入らないんだよ……、お前のその力が。特に苦労することなく敵を殲滅することができるその力が!!」


 睨み合う状態から初めに足を動かしたのはムラサメだった。

 腰を少し落としながら駆け出し、そのまま正面突破でシンに突撃する。


「『村時雨』ェッ!!」


 ムラサメは自身のユニーク・アビリティである『村時雨』を発動させ、目にも止まらぬ素早い斬撃の嵐を己の前方に発生させることで剣撃の盾を作り出している。

 シンの持つ神器の力に真っ向勝負を挑んだのだ。


「死ねぇ!! シンッッッッ!!!!」

「ムラサメェェェェェェッ!!」


 シンはレーヴァテインを振りかざしその攻撃を真正面から受け止めた。

 レーヴァテインがまとうオーラがいくつもの斬撃を打ち消し、やがて互いの剣身同士がぶつかり合い鍔競り合いの状態になった。


「貴様、なんでこんなことをした!? バイフケイトの件もレティを襲った男たちの件も皆お前の仕業なのか!?」

「英雄様には全部お見通しかい……? やれやれ、戦闘時しかその場に居合わせなかったはずなのに主人公気質の人間は優秀なんだね。ああ、そうだ。僕が人々に邪気を植え付けたり魔族を送り込むように指示したのさ!」

「なぜそんなことを……。お前は国王に使えている人間なんだろ? その誇りはないのか!?」


 シンの訴えを聞いてムラサメは一瞬呆気にとられる様子を見せた後、口角を異常なほど吊り上げ狂気に満ちた表情を見せた。


「誇り……? ふふ……ははははは!! 元から国に対しての忠誠心なんて大したものじゃあなかった。僕はこの人生をある一つの目的のためだけに生きてきたからね」

「一つの目的、だと……?」

「ああそうさ。僕の生きる目的はディアちゃんだけだ。幼い頃からこんな僕と親しく接してくれて、何かに使える一族の子として互いに競い合いながら成長してきた。彼女は僕の全てなんだ!!」


 ムラサメが柄を握る両手により一層力を込めシンのレーヴァテインを押していく。

 彼の信念が彼に力を与えているのだ。


「ぐぅっ……!」

「それをなんだ? お前が現れてからというものディアちゃんの視線は常にお前に向けられていた。共に長い時間を過ごしてきた僕ではなくぽっと出のお前にだ。なぜだ……なぜなんだよおおおおおお!!!!!!」

「があっ……!」


 ムラサメは全身で体当たりするかのごとく一度を体を後方に引いた後再びレーヴァテインへとその剣身を勢いよくぶつけた。

 力がぶつかり合った鍔競り合いから一時的に解放され一瞬力が流れてしまったシンはその攻撃に耐え切れず後方へと弾き飛ばされてしまう。


「そのために……多くの人を巻き込んだというのか。そんなことで彼女の気持ちが動くとでも思っているのか!?」

「黙れ! シン、お前が現れてからというもの全てがお前を中心にして動き始めた。お前の周囲には女性が溢れ、人望も厚く、その元々有しているユニーク・アビリティで無双するお前が憎い。なぜ神はこうも不公平なのだ」

「元々……だと?」

「いいよな魔王を倒し英雄にまでなれるほどの人間は。生まれた時から人生イージーモード。僕のような人間が誰を想おうとお前のような与えられた人間はいとも簡単に奪い去っていくんだからな!!」

「…………っ!!」


 その言葉を聞いてシンはギリッと歯ぎしりをした後、修羅のごとくムラサメのもとへと駆けだした。

 右手に握るレーヴァテインはそんな彼の感情に呼応するかのように赤く燃え滾るオーラをまとう。それはまるで怒りの炎のように。

 瞬時に目前まで迫ったシンに意表を突かれるもムラサメはその攻撃になんとか対応するが、先ほどの鍔競り合いとは攻守が逆転した。今度はシンが己の感情を正面からぶつけるように優勢になって鍔競り合いを展開する。


「うぐっ……うっ!」

「ムラサメ、お前は何か勘違いしているようだな……。俺が元々与えられた、恵まれていた人間だと……? 俺が仮にそんな人間だとしたら俺は今ここにいることはなかっただろうな」

「なんだと……?」

「人の人生を少し知っただけで嫉妬の炎を燃やし、あろうことかその人間を恨み憎み排除しようと関係のない人々すらも利用し、せっかく戻った平和を脅かそうとするとはな……。失望したぞムラサメ」

「失望か。随分上から目線なんだな英雄様。やはり恵まれた人間はちが……」

「俺のこの力も、俺の仲間たちも、全て簡単に手に入ったと思うのなら大間違いだと言っているんだ!! お前にはわかるか? 自らの肉親にすら見放され、家を追い出された人間の気持ちが!!」

「……っ!」


 レーヴァテインがまとう紅の光が紅蓮の炎に変わり、鍔競り合いを制してムラサメを後方へと吹き飛ばした。

 手から離れた剣は宙を舞い、地面へと突き刺さる。

 

「俺はお前が思っているような恵まれた人生を過ごしてきてなどいない。使命を果たすことのできなかった役立たずが人に支えられ、必死にもがいてきただけなんだ。サラをはじめとした人との出会い、それが俺を変えてくれた。ムラサメ、お前もその一人だったんぞ」

「はっ、口ではなんとでも言えるさ。もう僕は後戻りはできない。魔族に魂を売ってでも僕は君からディアちゃんを奪い、手に入れる!」

 

 地面に仰向けで倒れていたムラサメはすぐに体を起こし、懐から不気味な光を放つ石を取り出した。

 その禍々しい光の色はこの空間の色と同様のもの。


「……それが全ての原因、というわけか」

「流石英雄、よくわかったな。人間に邪気を植え付けたり、この空間を作り出したのもこの『寄生石』の力だ。俺はこの石を授かることで力を手に入れた。シン、お前にも屈しない強さを」

「お前の目的は最初から俺を排除することだったんだろ? 関係のない人間を巻き込む必要があったのか?」

「本陣を落とすには外堀から埋めていく必要があるだろう……? これといって恨みはないが俺の憎しみと目的のための糧となってもらったんだよ」

「どこまでも堕ちたかムラサメ……!」


 寄生石を右手に持ったムラサメはそれを高く掲げた。

 もう彼の心は邪悪に憑りつかれてしまっている。シンの言葉は彼の憎しみを増幅させるばかりで彼の心には一切届いていなかった。


「ここからが本番だ。はあああああああああああっ!!!!」


 ムラサメは強く光を放った寄生石を自分に埋め込むように胸の心臓に近い場所へと打ち込んだ。

 寄生石は彼の体の中へと吸収されていくように体内に潜り込み、一体化していく。


「ハハハハハハハッ!!!! ウオオオオオオオアアアアアア!!!!!」

「なにが起こっているんだ……?」


 ムラサメの体を体内から発生した大きな紫色の光が包み込み、彼の体を二倍、いや三倍をも大きく巨大化させていく。

 それだけじゃない、シルエットでもわかる腕と足の太さ、とても人間とは思えないほど太くゴツゴツとしたものへと変化していく。まるでこれは……。


「あの姿は魔族のもの……。ムラサメ、お前……」

「ガハハハハハハハハッ。イイ、イイゾコノチカラ……!」

「そんな姿になってまでお前はディアを……」


 一時は彼の説得を試みたつもりだった。

 しかし、それはできなかった。彼の心はもう後戻りできないほど深く闇の底へと沈んでいたのだ。

 その原因はシン。だが、彼自体に何か悪意があったわけでもない。ディアの気持ちがシンへと向いたのは結果的にそうなってしまっただけ。

 すれ違う二人が互いに牙を向き合うことになってしまう運命がそこにあっただけなのだ。


 おそらくあの石は取り込んだ人間を魔族の姿へと変えてしまうもの。また元の人間に戻れるかどうかはわからない。

 ムラサメを包んでいた光が消え、その禍々しい姿を露わにする。

 シンは彼をただ憐れと思うことしかできなかった。


「……わかった、想いの強さのあまり道を外れてしまったお前を倒す責任が俺にはある」


 シンは俯きながら左手に光を発生させた。

 その光はやがて剣の姿へと変わっていき、剣身は太く青みをおびた剣がその手に握られる。


「『クラウ・ソラス』。この二つの剣でお前の野望を断ち切る」


 シンは一度両手に一本ずつ握られた二本の剣を交差させるように切り払い、空を切った。

 そして覚悟を決めたように顔を上げ、変わり果てたムラサメの姿を見やる。


「行くぞ、ムラサメ」

 

 

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