第37話 シンの過去
『お久しぶり、と言っておくべきかのう』
『ええ、まあ』
俺は『ゼウスの神眼』を発動し、体の主導権を元の英雄シンへと受け渡していた。
そしていつものように精神世界にてゼウスのじいさんと対面している。
『またまた邪気を身に宿した者たちに襲われておるのお。まったく、よく好かれたもんじゃ』
『そんな呑気なこと言ってる場合じゃありませんよ。俺がここにいれる時間も限られています、今のうちに聞けることを聞いておかないと」
『ほうほう』
俺はすぐに脳内から記憶を探り出し、ゼウスのじいさんに聞いておかなければならないリストを呼び起こした。
『まず、なんでシンは神器を扱えるのか。そしてなぜあんな強さを持っているかについて聞かせてもらっていいですか?』
ゼウスのじいさんは俺の問いに「ほう」と一言吐いてから顎髭を摩った。
神眼の能力の根源は間違いなくじいさんだ。何も知らない、ということはないと俺は睨んでいる。
これまでいくつかの場面をシンのおかげで掻い潜ることができているが、いくらなんでもあの強さはおかしいくらいだった。
それに神器という他者とは明らかに違う強大な力をなぜ扱えるのか、という点も疑問ではある。
俺が答えを待っていると、ゼウスのじいさんは真っ白な顎髭を摩るのをやめてゆっくりと口を開いた。
『……シンは弱かったのじゃよ、初めはな』
『弱かった……?』
あれほど鬼神の如き強さを見せる男が”弱かった”だって……?
『この話はおそらくお主の聞きたいことの内の一つでもあるじゃろう神器とリシュについてもよく関係していることじゃ。これもその者の体に宿った縁じゃな、この機会に彼についてよく知っておくといい』
そう言うと、ゼウスのじいさんはシンの昔話を語り始めた。
俺は一回強く唾を飲み込み、俺の知らない本当の彼の背景話に耳を貸していく。
――シン・テオス。これが英雄シンのフルネーム。
神々の使者とも呼ばれるテオス家は先祖代々神々の意向を授かる神と人を繋げる存在とされているという。
この血を受け継ぐ者は己の身に『神の気』を宿し、必然とその一族の人間のユニーク・アビリティは神々が扱うとされている神器を発動させるものとなっている。
シンもその一族の一員なのだが、どういうことか彼はユニーク・アビリティが発現してもおかしくない年齢になっても一向にその力が目覚めることはなかった。
いつまで経っても神器を扱うことのできないシンは一族の人間たちからひどく罵倒され、やがては両親からも一族の恥だと蔑んだ言葉をぶつけられるようになってしまった。
次第に己の立場を無くしていったシンはある日とうとう一族を追い出されてしまう。
シンは悔しかった。役立たずの自分を排除した彼らが憎かったのではない、そうなってしまった情けない自分に怒りを覚えていたのだ。
なぜ俺はユニーク・アビリティを使えないのか、俺はテオス家の人間ではないのか、一体俺は何のために存在しているのだと次々と感情が湧き起こり、シンは自分で自分を追い詰めていく。
しかし、彼は絶望しなかった。まだ、もしかしたら……と思う気持ちが彼の中にまだ残っていたからだ。
その後、行き場を失ったシンは幼馴染のラピスの家にしばらくお世話になることになった。
心がズタボロになってしまったシンを見てラピスは一緒に住まわせてあげられないかと両親に頼み込み、その両親もシンのことを快く受け入れてくれた。
シンはラピスの家族の温かさに感動した。かつて自分ももっと幼い頃は同じように両親に愛されていたことを思い出して自然と涙を零す。
あの時ラピスが語っていたシンとの思い出は主にこの頃のことである。
しかし、そんな温かく迎えてくれたラピスの家族にあまり長く迷惑をかけることはできない。
やがてシンは貯金で最低限の武器と防具を購入し、ラピスの家を出て冒険者として旅に出た。
丁度その時世の中は魔王という存在によって世界の平和が脅かされている時期であり、旅に出る理由も丁度いい。
シンはこんなユニーク・アビリティすら持たない価値のない人間でももしかしたら何か世界の役に立てることがあるかもしれない。
その時、後に英雄となる男はそんなことを思っていたという。
『…………』
『――と、ここまでがシンの起源じゃ。彼は神々に使える一族でありながら神器を扱うことができなかったのじゃよ』
『でも、今は使える』
『そこから彼に色々な冒険と出会いが待っていたからのお。話は聞いていると思うが』
『はい、サラと出会うんですよね』
『ご名答』
――町を出たシンはまず近くの霊鳥の森へと向かった。
冒険に出たと言ってもシンはまだ駆け出し中の駆け出し。最低限の戦闘訓練はテオス家によって身に付けられていたが、実戦の実力はまだまだと言ったところ。
まずは雑魚モンスターたちと戦って経験値を積んでいかねばならなかった。
そして、あるモンスターと対峙している際中にシンはサラと出会う。
「ちょっ、邪魔よ! どいてどいて」
「なっ……。うおおおっ!?」
そのモンスターはこの森に生息するモンスターの中でも少しばかり格上の存在で、シンたちは苦戦を強いられていた。
二人は見ず知らずの者と連携など取れるはずもなく、互いにいがみ合い、足を引きずり合い、一緒にボロボロになっていく。
あのサラが思い出として大事にしていた木の傷もこの戦いの中で生まれたもの。
しかし、このままでは二人ともやられてしまう。
まだ旅に出て間もないのにこんなモンスターによって自分たちは殺されてしまうのだ。そう思うと彼らの中に危機感と同時に協力意識が芽生えていった。
二人は徐々に息を合わせていくことに成功し、戦いの中で協力することの大切さを学んでいく。
そしてついにそのモンスターを撃破した。その頃には二人はボロボロ。戦いが終わると背中を寄せ合ってその場にへたり込んでしまう。
でもその時彼らは笑っていた。これが冒険か、これが仲間か、と一緒になって笑い飛ばし、互いを労う。
こうしてシンとサラは意気投合し、二人の旅は始まることとなった。
『以上、サラとのオリジンでした』
『そういえばサラもこの時はユニーク・アビリティを使えなかったって言ってましたね。と、なるとそれはもうちょい後になるのか』
『続きを話すのもいいがこのままだと時間切れになるのう。よし、とりあえず確信的なことだけは話しておこう』
『確信的……?』
その時俺はハッとした。
すぐに脳内の聞いておきたいリストを確認する。そうだ、あのことについてまだ質問していないのだ。
『リシュ・テオスとの関係について、そして彼女がなぜ神器を使えるのかじゃよ』
『……ッ!』
そう、それもずっと気になっていたのだ。
今までの話を聞くにリシュもその神々に使える一族であるというテオス家の一員なのだろう。
そうだとするならばインド神シヴァの使うトリシューラを神器として扱えることに合点がいく。
ならば、シンとの関係は……?
『今の話で大方理解しているとは思うがリシュはのう…………ん?』
じいさんはその内容を語りかけると横目で見ていたモニターの異変に気付き言葉を止めた。
すぐに体ごとモニターへと向き変え、その映し出されている様子を凝視する。
『じいさん?』
『なんじゃ、この様子は……』
俺はじいさんに連れるようにモニターへと視線を移す。
するとそこには、
『えっ、なんだこの紫色の世界!?』
話している最中に魔法猟団の制圧には完了したのだろう、ツヴァイも無事のようだ。
だがしかし、様子がおかしい。シン以外の人間が身動きをとるどころか3Dホログラムのように実体がないようにも見える。
『人為的な異空間……じゃろうか』
『異空間、ですか?』
『左様、あの空間は今一時的に世界から切り離された世界と考えればいいかの』
世界から切り離された世界ってどういうことだ?
俺とじいさんが困惑しているとモニターの中で変化が起こる。
『ムラサメ?』
他に誰も動かないこの世界で手を叩くムラサメがシンへと接触したのだ。
どこから現れたのか、なぜ彼は動けるのかは俺にはわからない。
しかし、二人は何やら言い合った後、互いに鞘から剣を抜き構え始めた。
『どういうことどういうこと!? さっぱり状況が飲み込めないんですけど!』
『なんじゃと、もしや……彼が……』
『え?』
じいさんは眉間に皺を寄せモニターを睨みつける。
シンとじいさん二人の様子から察するにもしやムラサメが……。
『ムラサメ、お前が今までのことを仕組んでいたのか……?』
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