第34話 師匠の賢術試験
「さてと、……リープ」
「……っ!!」
ツヴァイさんがリープへと視線を向ける。
するとリープは体をビクンと跳ねらせ俺やツヴァイさんから視線を逸らした。
リープはここに来る前から育て親であるはずのツヴァイさんと顔を合わせたくないような素振りを見せていた。そういえばまだその理由はまだはっきりとしていない。
「ここに来たってことは見せて貰えるってことでいいんだよな?」
見せて……?
「……今日は調子が悪いからまた今度にしても」
「ダメだ。ここを出る時から次に顔見せる度にどれだけ賢術の腕を上げたのか俺に見せるって約束しただろうが。おら、表行くぞ」
「……うっ」
ツヴァイさんは顔を逸らしながら答えるリープの腕を半ば強引に引っ張り、洞窟の外へと強制連行した。
リープは必死に抵抗するが二人の力に圧倒的な差があるのだろう、足を地面に擦りながら全体重をかけて腕を振りほどこうとするが掴まれた腕はビクともしない。まるで散歩に行きたがらない犬を無理やり連れだしているような絵面だ。
「……た、たすけて~」
「自信があったらそんなこと言わないだろうし、これはそういうことだと思っていいんだな?」
「……ひぐっ」
可愛い子には旅をさせろ、獅子の子落としとはよく言うがまさしくそれなのだろう。
先ほど俺に向けてくれていた頼りがいのある優しさを帯びた表情は消え失せ、ツヴァイさんの表情は鬼教官のそれになっていた。口は笑っていても目が笑っていない。
洞窟の入口付近にいたサラたちもズルズル引き擦られているリープを横目に見て「うわぁ……」って表情をしている。
「丁度いいや、さっき頼んで運んできてもらった水があったな。それを使うとするか」
ツヴァイさんは小屋の前までリープを連行すると掴んだ手を離し、リープは力無くその場にへたり込んだ。
俺たちもその後を追ったが、見えたリープの表情は諦めモード一色。観念してツヴァイさんに従っている。
「……属性変化?」
「そうだ。少しは上達したんだろ、今のお前を俺に見せてみろ」
ツヴァイさんはそう指示するとリープから距離をとり、少し離れたところで腕を組みながらその様子を見守っている。
リープは大粒の汗を垂らしながらも強く唾を飲み込み、閉じていた目を見開いて両手を水の入ったバケツ二個のある前方へと向けた。
「……『エレメント・チェンジ』」
リープが賢術を唱えるとこれまで見たものと同じように魔法陣が彼女の両手に生成される。
その魔法陣は両手から離れそれぞれバケツまで浮遊しながら移動し、真上まで来ると吸い寄せるように中に入った水だけを宙に浮かせた。それはまるで超能力のように見えてしまう。
「水が宙に浮いている……!」
「賢術より魔法の方が汎用性あるし……賢術より魔法の方が汎用性あるし……。そう、そうだよね……ふふ、ふふふ……」
「…………」
それを見てなのか俺の隣でレティがまたぶつぶつと独り言で自問自答を始めた。
昨日サラがこうなったレティには触れるなって言っていたし、触れないようにしておこう。よし、俺は触れないぞ。
もう発作みたいなものなのだろう。俺もだんだんわかってきた。
「……ふっ!」
レティが開いた両手に力を込めて前に付き出すと、魔法陣に張り付くが如く浮遊していた水の動きが連動するように突然止まった。
それまでうねるように絶えず動いていたはずが一時停止でもしたようにピッタリと静止している。
「……ふあっ!」
リープの掛け声と共に空中で静止していた水はみるみる内に凍てつき始め、やがて完全に凍ってしまった。水が氷に早変わりだ。
「よし、そのまま次だ」
「……はい」
ツヴァイさんの指示を受け、リープは再び両手を強く前方へ突き出す。
すると、今度は空中に浮いた氷に火が点き、あっという間に一つの炎と化してしまう。もはやそこには水の原型はない。
「どうした、左の方が遅れているぞ」
しかし、流れるように炎になったのは右側のバケツの上で向いている方のみ。俺たちも近くにあるそちらを重点的に見ていたが、ツヴァイさんが指摘するように左側の方はまだ完全には炎になりきってっておらず、下部がまだ氷のままだった。
「……わかって、ます!」
リープは左手にさらに力を込め、完全に炎と化していなかった部分を修正する。これで双方とも魔法陣のもとで水が氷化を挟んで完全な炎となった。
「遅いな、今の流れを十秒でやれ」
「……ふぇっ」
「じゅ、十秒!?」
どうやらこの結果にツヴァイさんは満足していないようで、今の水を宙に浮かせる初動から氷を挟んで炎に変化させる流れを十秒でやれと言い始めた。
無理難題を突き付けられたようでリープもたじろいでしまう。
「お前は俺の教え子なんだぞ。このくらい簡単にできないでどうする」
ツヴァイさんは自分の前に水の入った別のバケツ二つを並べ始めた。
リープはそれを見て宙で揺らめく炎を元の水に戻し、バケツの中に落とす。
「『エレメント・チェンジ』」
ツヴァイさんがリープと同じ属性変化の賢術を両手を前に突き出し唱えると、同じように両手から魔法陣がバケツの上へと移動していく。
ここまでは同じだが、リープと違いここからが早い。
魔法陣に吸い寄せられるように宙に浮いた水は一瞬で凍りついて爆発したように氷と化し、そうなったと思ったらすぐに氷の中から飛び出すように大きな炎が現れ燃え盛った。
俺はその一瞬の出来事に唖然とし、空いた口が塞がらない。
「これをやるんだ」
今度はその大きな炎を一瞬で水に変え、バケツに中に戻す。
同じ賢術のはずなのに瞬発性、精度あらゆる面で比べ物にならないほどの差が素人の俺でも理解できた。
リープは口の高角を上げ「ははは……っ」と乾いた笑いをあげる。『ロード・オブ・ウィザード』などと呼ばれているというツヴァイさんと同じことをするなんて無理でしょ、あの顔にはそう書いてあった。
「……ごめんなさい、今のリープにそれは無理、です」
魔法陣を消し、リープはすぐにツヴァイさんに向かって頭を下げた。
おそらくリープがツヴァイさんと顔を合わせたくなかった理由はこうやって師匠に今の自分の腕を試されて色々言われてしまうことを恐れたからなのだろう。
いくら賢術を扱えるといっても相手は第二英雄で賢術の第一人者だ。師匠でもあるその人物にそれほど成長できていない自分を見せるのが嫌だったのだろう。
「ふん。ま、今すぐできるようになれとは言わんさ」
頭を下げるリープを見てツヴァイさんはすぐにバケツを片付け始めた。
もっと叱られる、そう身構えていたリープは驚いたように顔を上げる。
「……あれ、何も言わないの?」
「ん? 俺が何年魔法を研究して今に至ってると思ってんだ。お前はまだ若い、そんな簡単に追いつかれたら俺の人生は何だったんだって逆に鬱になるわ。やれとは言っても今完璧に同じことをやれとは言ってないよ」
ツヴァイさんはそう笑い飛ばしながら小屋の方へとバケツを戻しに行ってしまった。
しばらくその場に立ち尽くしていたリープは緊張が解けてほっとしたのかその場にへたり込んでしまう。無理やり表に連れ出された時とは違い、あれは安心したからこその脱力だろうなんだろうな。
「……あー、怖かった」
リープは額の汗を拭いながら大の字になって倒れ込んだ。
「全く、師匠も容赦ないな。おーい、リー……ぷ?」
もう試験も終わったようだし、俺がリープのもとに駆け寄ろうとすると、一足先に俺の隣にいた人物が俺よりも早くリープのもとへと駆けだしていた。
そう、あの半分目が逝ってしまっているレティが。
「あーいいな賢術、いいなー賢術。私にも教えてよ、ね? ね?」
「……んげっ」
脱力してぽけーっと青空を見上げていた視界にいきなりレティが入りこんできてしまったのだろう。自分を見下ろすレティから目を逸らしたリープは俺に助けを求める視線を送っきている。
俺にどうしろと言うのだ……。
「サ、サラ。リープを助けに……うぇぇぇ!?」
俺がサラに助けを求めようとすると、俺の側にいたはずのサラたちの姿は既にそこにはなく、バケツを片付けていたツヴァイさんのもとへと逃げるように向かっていた。
あいつらこれを予測して動いていただろ。俺、見捨てられた?
「私だったら賢術もマスターできると思うんだけどなー。どうかな、どうかなリープ? 私、賢者でも天才になれそうじゃない?」
「……た、たすけっ!」
レティが逃げようとするリープの体をまるで怨霊のようにガッチリ掴み、ひたすら言葉を投げつけている。
その狂気に満ちた行動は普段のレティからは想像もつかない。できれば俺も触れたくはない悪魔がそこにいた。
「……シン、た、たす…………!」
「あははははは! どうやったら賢術を使えるのかなー!! あははー!!」
「……うみゅみゅっ」
怖い。
レティのような何かが空いた左手でリープの体を掴み力強く前後に揺らしている。
流石にあれ放っておくとどうなるかわからないな。行くしかないか。
「おいやめろってレティ。お前の魔法は賢術じゃなくてもいいとこあるんだろ」
俺が暴走するレティの肩を掴むと、その瞬間ピタッと動きが止まり、今度はホラー映画のように首がグリンッと動いてこちらを向き口角が上がりに上がった表情を見せてきた。怖い怖い怖い。
「でも、賢術は、魔法の、上位互換だから」
レティの口調がロボットみたいになっている。ヤバイ、どうすんだこれ。
ええい、ままよ!
「だから、だか……っ!?」
「……うわ」
どうやって止めたらいいのかわからず、俺はレティに抱き着いてしまった。
よくあるじゃんこうやって抱き着いて正気に戻すシーン。言葉が通じなさそうな以上、全く根拠がなかったがこれを試してみること以外極限状態になりつつあった俺の頭には浮かばなかった。
果たしてうまくいくだろうか。
「あ…………シン?」
「「……おお!」」
俺とリープの声がシンクロし、ハモる。
レティの目を確認すると先ほどまでの狂気に満ちた目ではなくいつもの純粋なレティへと戻っている。成功だ!
「あれ、レティは何をしていたんだっけ。えっと、確かけん……」
あ、その単語はマズイ。
「あー!! いや、なんでもないんだ。気にすることはないよレティ」
「え、でも」
「……うん、特に何か起きたわけじゃなかったから」
もしかして、「シン」はこんなやり取りをずっと繰り返していたりしたのか?
サラたちが逃げるのもすごい手慣れた感じがあったし、なんだかそんな感じがしてきた。
まぁ、とにかく元に戻って良かった。
「……ん?」
一難去ってまた一難。
今度はレティに抱き着く俺を見てサラたちがすごくニコニコしながらこちらへと近づいてきている。
おかしい、笑っているはずなのにドス黒いものを彼女たちから感じるのだが。
「事を見計らってレティに抱き着くなんていいご身分ねシン」
サラが真っ先に俺に問いただすかのように威圧してくる。
視線を落とすと腰に下げている鞘に収めた剣の柄に手を置いているようだ。待って、それはマズイ。
「あらあら、シン君も若い男だからしょうがないわよね。でも、その劣情はお姉さんにぶつけてほしいのだけれど?」
続いてルーナも同じように圧をかけてくる。
その視線はサラのものよりほどく冷たい。
「俺ならいつでもウェルカムなんだけどよー、ヘタレは全然こっち向いてくれねーんだよなー。あーなんでかなー」
ソーラもだ。
指の関節をポキポキと鳴らしながらこちらへと近づいて来る。
「いやっ、私は……その」
顔を赤らめながら俯くディア、彼女だけは少し違うようだ。
「……はんっ」
リシュには鼻で笑われた。
視線の冷たさはルーナにも引けを取らない。
「えへへ~シン~!」
「ちょっ、待って……!」
そして問題のレティはというと、俺を両手でガッチリとホールドし離してくれない。
これでは俺がいくら弁明しようとしてもサラたちが納得するはずもなく。
「「「シーン(君)!!」」」
「うおおおおおおお!?」
サラ、ルーナ、ソーラが両手をワキワキしながら俺へと掴みかかろうとしたその時だった、
「ぐあああっ……!」
小屋の方で男の叫び声がしたのは。
誰か見知らぬ男の声というわけでもない、その声を聞いた途端再び寝転んでいたリープはガバッと体を起こし、声がした方へ無我夢中で駆けだした。
そしてすぐに俺たちもやり取りを中断し、リープの後を追う。
こんな密林の中だ、普通なら人が来るような場所ではない。でも、俺の師匠でもあり理解者の叫び声がこの密林に響き渡ったのだ。
「師匠っ!!」
ここ数日起きた色々な出来事が俺の恐怖心を掻き立てる。
人を操る邪気か、それとも魔族か、はたまた両方か。
どちらにせよ師匠の身に何かあったことは間違いない。俺たちは声がした方へと急いだ。
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