第35話 襲い掛かる魔法猟団

「ぐっ、うう…………」


 ツヴァイさんが発しているのだろう痛みに耐える呻き声は小屋の裏側から聞こえる。

 俺たちが先頭を走っていたリープの後に続いて駆け付けると、そこには片膝を地面について左脇腹のあたりを抑えるツヴァイさんの姿があった。

 抑えている箇所の服は血で赤く染まっており、ひどく出血している様子が窺える。


「師匠!」

「む……リープ、それにシンたちか。情けねぇな、俺としたことがこのザマだ」

「一体何が……?」

「シン、これ」


 背後にいるレティが俺を呼んだ。

 俺がその声を聞いて振り返ると、レティが立っている場所の足元に何かが突き刺さったような跡があるのを発見する。


「この穴、この大きさ。レティたちがよく見た魔法結晶によるものじゃないかな」

「確かに、これは邪気によって操られていた人たちが使っていたものと同じ大きさに見えるな。と、いうことは」


「ぁぁぁぁぁ……」


 次の瞬間、周囲の草陰や木陰に隠れていた黒いローブを着た者たちが姿を現した。

 その者たちはまるでゾンビのような呻き声を発しながら左右にゆらゆら揺れる素振りを見せ、しっかり自我を保っているのか疑わしい様子だ。

 さらにはそれぞれ付いているフードによって顔を隠し、こちらからは口元しか見えず人物も特定することができない。


「えっ、なんで……?」

「ん?」


 その不気味な者たちを見て俺の隣にいるレティが声をあげた。

 レティは眉根を寄せ右手に持った魔法の杖を握る力を強める。


「なんで『魔法猟団』のみんながここにいるの? それもレオン、ライト、ギル……リーダー格全員含めて」

「魔法猟団だと?」


 ――『魔法猟団』、かつてレティが所属していたという魔法使いが集まる集団だ。

 前にも魔法猟団を追い出された者たちがその恨みからレティを襲ったという出来事があった。しかし、あれは完全に個人の逆恨みによるもの。

 なぜか今度は魔法猟団が直々にリーベディヒ国僻地であるこの密林にまで顔を出し、ツヴァイさんを襲ったのだ。

 レティを狙っているというわけでもなさそうだし、一体なぜ。


 そんなことを考えている内にも魔法猟団の魔法使いたちは静かに右手を上げ魔法陣を展開する。


「マ、マズイ。魔法結晶が来るぞっ」


 ツヴァイさんが俺たちに警告する。やはりあの傷は魔法結晶によって負ったものなのだろう。

 きっとツヴァイさんほどの人物だ、辺りの結晶が突き刺さった跡を見ても簡単にやられてしまったというわけではないはずだ。

 多勢に無勢、どんな達人だろうと数の暴力の前に隙を作らざるを得なかったのだろう。この何人いるかもわからない集団が一斉に魔法結晶をツヴァイさん目がけて撃ち込み、勿論抵抗するもその内一発が左脇腹のあたりを貫いてしまったのだと思う。

 そこが心臓でなかったのは幸運だが、どっちにしろこのまま放っておくと出血多量で命が危ない。が、今は。


「レティ!!」

「任せて!!」


 魔法猟団たちが魔法結晶を生成、そのまま一斉にこちらへ目がけて発射した。

 それはまるで雨のように降り注ぐ矢のよう。百八十度の方位全てから統率良く放たれた結晶の矢が俺たちを襲う。


「『ホーリー・バリア』!!」


 俺の指示通りレティが前方に出てバリア魔法を展開、魔法結晶の矢を次々と弾いていく。

 だが、俺たちはわかっていた。以前も魔法結晶をこのバリアで防ごうとしては数の暴力によって破られていることを。

 でも、今の俺たちはその時とは状況が違う。


「ルーナ、ソーラ、援護を頼む!」

「了解っ」

「任せろっ」


 これまでとは違い俺たちはフルメンバーでここに来ている。

 今までいなかったルーナとソーラにも指示を出し、レティと同じように魔法結晶から俺たちを守る防御壁を展開してもらう。

 彼女たちの氷と炎の能力ならそれが可能なはずだ。


「『メイク・ア・ブリザード』!」

「『ネオ・ボルケーノ』!」


 右六十度を炎、左六十度を氷、中央六十度を光の壁が降り注ぐ魔法結晶を食い止めている。

 レティも大きくバリアを展開する必要がなくなり、力を凝縮できるのでバリアの精度も向上。以前のようにすぐにひびが入ることなく迫り来る魔法結晶に耐えている。

 これで時間は稼げるはず。


「リープ、怪我を癒す賢術ってないか?」

「……ある。でも時間かかるし、その場から動けなくなっちゃうよ」

「大丈夫だ、やってくれ」

「ま、待て……!」


 俺のリープに向けた指示を聞いてツヴァイさんが荒い息遣いをしながら異議を唱えた。

 魔法陣を展開しようとするリープを空いている右手で静止し、その必要はないと目で訴えかける。


「このくらいなんてことはねぇ……。だ、大丈夫だ」

「師匠……」


 大丈夫なわけがない。こうしている間にも出血し続け、服の血が染まって赤くなっている部分が広がっている。

 威厳のためなのかそれともリープが信用ならないのか、師匠は賢術による治療を拒否し続けた。

 でも、それに頷くわけにはいかない。きっと「シン」だってそう思うはずだ。

 

 救える命を犠牲にした先に本当の勝利はない。


「リープその賢術を師匠にかけてやってくれ」

「な……大丈夫だと言っているだろ、がっ……!」


 顔をしかめ額に大粒の汗をかきながらそう訴える師匠にもはや説得力はなかった。

 

「師匠、俺たちはあなたを助ける。この場も切り抜ける。それがあなたの弟子として、後輩の英雄としての務めのはずだから」

「弟子……お前っ……」

「だから……」

「いいと、言っているだろうがっ……! がっ……」


 ぐっ、頑固だな師匠。

 このままだとマズイのは師匠自身が一番よくわかっているはずなのになんでそこまでして拒否するんだ。


「……ダメです師匠」


 俺が師匠を説得できずにいると、それまで黙っていたリープが口を開いた。そのままツヴァイさんの肩に手を置き、目を見て訴えかける。


「……リープが師匠を治す。師匠が何と言おうとリープが師匠を治す! 確かにリープの賢術は師匠のものより精度も瞬発性も劣るよ。でも、師匠の怪我を治すくらいならできる」

「リー、プ……」

「……師匠がいたからリープは賢術を使えるようになった。……師匠がいたからシンに出会えた、ここまで生きることができた。だからその傷をリープに治させてほしい。なんでそんなに拒否するのかわからないけど、勝手に死なれたらリープが、困る……!」

「……っ」


 珍しくリープが大きな声を出した。

 俺で動かすことのできなかった師匠の頑固な心を弟子でもあり子であるリープは動かしたのだ。

 ツヴァイさんは少し俯いた後、リープの言葉に折れたのか小さな声で呟いた。


「わかった」


 俺が目で合図を送り、アイコンタクトを取ったリープはすぐに魔法陣を展開。その魔法陣がツヴァイさんの傷口へと移動すると、リープの両手に光が宿り目を閉じて神経を集中させている。

 

「『スプリーム・リカバリー』」

「よし。ディア、力を貸してくれ」

「承った」


 俺はディアを呼び二人でツヴァイさんをその場で横に寝かせた。

 リープが展開した魔法陣が麻酔代わりになっているのか、先ほどまでの苦悶に満ちた表情ではなくなり、息遣いも徐々に正常へ戻りつつあるような様子が窺える。

 これが回復の賢術か。現代医療もビックリな治療だな。


「で、どうするのよシン。守ってるだけじゃどうにもならないわよ」


 ツヴァイさんをリープに任せ、バリアを展開している三人を除いた俺、サラ、ディア、リシュがその前に出た。

 あの様子を見るにおそらく魔法猟団の人たちも邪気によって操られているはずだ、これまで一切喋らずに統率の取れた動きをし続けている。それはまるで糸で吊るされた操り人形のよう。


「俺が『アイギスの盾』で邪気を浄化しにかかる。サラたちは俺を守るようにして動いて隙を作ってほしい」

「レティたちが張っているバリアは?」

「今三人には六十度ずつ分担して守ってもらっているから、一人ずつ動く俺たちを守る役として連動して動いてもらう。残った二人はリープたちを重点的に守るために少し下がるんだ。これを三回繰り返す」


 こういった戦闘の指示なんて出したことのないぼんくらな頭なりに考えた作戦だ。

 要するに現在三方向にバリアが展開されているため、俺たちが右六十度方面にいる魔法猟団を浄化しに向かう時は右にいるソーラが俺たちを残り百二十度から流れてくる攻撃から守るように移動、残ったルーナとレティには少し下がって狙われないようにリープたちを重点的に守ってもらう。

 俺が『ゼウスの神眼』で「シン」を呼び出し、『アイギスの盾』でその範囲の人たちを浄化させる。サラたちには現在動いている範囲の攻撃を弾くなど「シン」をサポートしてもらう。

 それをバリア役をローテーションして右、中央、左で三回繰り返し、リープとツヴァイさんを守りながら全員を浄化させるという作戦だ。

 

「この作戦でいいな?」

「わかったわ、私たちはシンをサポートすればいいのね」

「最初は俺の方向ってことでいいのかー? 動くシンを覆うようにバリアを動かせばいいんだろ?」


 前に立つソーラが首だけ後ろに向けて俺に問う。


「ああ、そうだ。いけるかソーラ」

「ったりめえだろー。いつでもいいぜ、合図してくれ」

「レティとルーナも作戦わかった?」

「おっけー!」

「大丈夫よ」


 よし、後はこの作戦の意味を「シン」が瞬時に理解してくれるかが問題か。

 でも不思議と俺にはわかる。きっと英雄なら俺の思うように動いてくれるはずだと。

 俺は英雄を信じ、右目の前に右手をかざした。

 思えば英雄を呼び出すのもアンリクワイテッドの時以来か、それまでにゼウスのじいさんに聞いてみたいことも山積みになっている。

 その前に今はこの状況を切り抜けることが先決。頼んだぞ「シン」。


 俺は右目を一旦閉じ、意を決して再び見開いた。

 その右目に紫色の炎を模した光が宿り、『ゼウスの神眼』が発動。

 俺の意識もその場から溶ける様に消え、また精神世界へと飛ぶのだった。


 

 

 


 


 

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