第31話 普通だけど普通じゃない

「――お前、誰だ?」

 

 第二英雄ツヴァイは俺の正体を見破った上でサラたちを洞窟内から退け、俺と二人きりの状態を作り出していた。

 この人はあのちょっとの会話で俺という別人が「シン」の体の中に入っていることを見抜いたのだ。今に至るまで誰にもバレることはなかったというのに。

 どうする、ここは正直に話すべきなのか?


「隠しても無駄だ。俺にはお前がシンではないことくらいわかる。例え姿形が同じだったとしてもな」

「……っ」


 ダメだ、この人は確信を持って俺を問いただそうとしている。

 ちょっとやそっとの嘘では隠し通すことは不可能。余計に怪しまれてしまう可能性すらあり得る。

 観念するしかないか。


「……その通りです。確かに俺はシンではない。いや、名前は同じ真《シン》ですけど」

「どういうことだ?」


 仕方がない、もう全部話してしまおう。

 もしかしたらこの人もゼウスのじいさんみたく俺の置かれた状況を理解した上で何かアドバイスをしてくれるかもしれない。

 それに、事実を話したことによって致命的なデメリットが生まれるわけでもないんだ。なるべく「シン」本人の名誉を傷つけないよう周りに口止めをお願いすれば大丈夫だろう。


「俺はこの世界の住人ではありません。俺は倉本真、何者かの手によってこの世界の英雄シンの体に意識が入り込んでしまった高校生です。見てくれはシンのままですが、中身はおっしゃる通り全くの別人なんです」

「つまり器となる体はそのままだが、中身の魂は違う人間になってしまっているってことか」

「はい、押し出されたシン本人の魂が今どうなっているのかは自分にもわかっていません。ですが、どうやらユニーク・アビリティを発動した時のみこの体に戻って来るようで、消滅したというわけではなさそうなんです」


 自分で語っていて再確認するが、なんともややこしい状況に巻き込まれてしまったものだ。

 まるで一つの体に二つの人格が宿っているような、そんな感じ。


「『ゼウスの神眼』か。確かにユニーク・アビリティは人間の気、つまりは固有の魂と体が一致して初めて発動し、扱えるもの。『神眼』はシン本人の魂とその体にしか扱うことができないからどこかから強制的に精神が呼び戻されたって考えられるか」


 流石この人も英雄なだけある、理解するのも早いな。


「『ゼウスの神眼』を発動する上で不純物な俺の意識は精神空間へと移されるみたいで、時間切れになるまで俺はそこにいます。その後はまた元通りになってしまいますが」

「こうなっちまった原因とかはわからんのか?」

「この右中指にはめられているシルバーリングがそう、ですかね。この世界に来る前の俺も同じようなリングを指にしていたんです。でも、そのまま寝て起きたらこの世界でシンになっていて……。何やら特殊な邪気が込められているとかで指から外れないんですよ」

「ふーん、それが今わかっている手掛かりらしい手掛かりってわけか」


 ツヴァイさんはリングから視線を外し、今度は俺の目をじっと見つめた。

 その後、ふっと軽く笑い、張り詰めていた表情が優しいものへと変化する。


「まぁ、ここまで真剣に語ってくれてるってことはお前が悪い奴じゃないことはわかった。お前も何やら知らず知らずのうちに巻き込まれてシンになっちまったってことだろ? えーと……」

「あ、真です。倉本真」

「そうそう、真ね。名前まで一緒だとややこしいな……」


 まぁ、真とシンですからね……。

 同じだからこそ、この異世界に来ても呼ばれている名前に違和感を感じないというのはあるけど。


「よし、俺は今から異世界人の方の真を『弟子』と呼ぼう。これなら分別つくだろ」

「えっ!?」

「ありゃ、俺がシンの師匠だって知らないのか?」

「あ、いやそれは知っていますけど……」

「このままじゃわかりにくいんだから仕方ない。な、弟子よ」

「わ、わかりました……」


 呼び名はともかくとしてゼウスのじいさん以外で初めて俺、倉本真の理解者が現れてくれた。

 俺の話も作り話だと疑わずに信じてくれたし、英雄と呼ばれる男は人を見極める目にも長けているということか。

 あ、そういえば。


「そういえばなんで俺がシンではないことがわかったんです? これまでバレたことは一度もなかったんですけど」


 俺の質問を聞いてツヴァイさんはきょとんとした後、何やら腹を抱えてケラケラと笑い始めた。


「そんなの簡単だよ。シンが俺のことを『ツヴァイさん』なんて呼ぶわけないし、あんなにどこかオロオロするような感じがあったら違和感覚えるに決まっているだろ」

「えっ!? そんなにオロオロしてる感じありました!?」

「ああ、初めて友達の家にお邪魔した子供みたいだったぜ。あっはっはっはっ」


 そうか、ツヴァイさんがシンの師匠だとするならば呼び名は『師匠』の可能性が高い。

 シンらしくない俺の自信の雰囲気も出してしまっていたようだし、弟子をよく知る師匠ともある人ならば見破られて当然か。だったらよくみんなに俺のことバレてないもんだな。


「それで師匠、俺にシンのことを教えてくださいよ。このままじゃ俺がシンじゃないってみんなにバレてしまうので」

「構わないがなんで自分のことを隠すんだ? 別にばらしても問題なさそうだけどな」

「確かにそうかもしれません。でも、中身は違ったとしてもこの姿はシンそのもの。俺が何かをすればそのままシンがしたことになるし、何かをやらかせばそれはシンの失態として扱われてしまう」


 最初から正体を明かしてサラたちと接することもできたのはわかっている。

 でも、日本で普通の中の普通な学生だった俺が英雄と崇められるほどの人物の人間関係や地位、それに名誉を傷つけることなんておこがましいにも程がある。

 言うならば、ただのモブが主人公を汚しているも同然の行為となるのだ。周りの人間だけが俺の内情を知っていたとしても、それを知らない人間からは俺はシン本人にしか見えない。

 例え俺が日本に戻れたとしても、何か爪痕を残してしまうようなことがあればそのまま一人の人生を狂わせてしまうことになる可能性だってある。

 そんなの、俺には耐えられない。


「俺はただの普通の人間です。特別な力も無ければ、何か秀でた能力があるわけでもないどこにでもいるような一般人。自分がごく普通の存在だってわかっているからこそ、俺なんか比べものにならないほど格上な『シン』という人物を守りたいんですよ。自分を自分だと認識してくれないくてもいい、元から『倉本真』という存在がこの世界には無かったようにそれらしく振舞いながら一刻も早く元に戻らなきゃいけないって」

「……俺はお前が普通だとは思わないけどな」

「えっ?」

「お前は自分を捨ててでも赤の他人の地位を守ろうとしている。考えてみろ、お前はこの状況に立たされて『シン』という人間を利用しようともしていないんだぞ。一人間が努力の果てに手に入れた地位も女も何もかも至れり尽くせりな状況に見向きもせず、自分が入り込んでしまった体の持ち主を第一に思い尽力しているんだ。普通はそうならないだろ」


 俺は呆気にとられてしまう。

 そんなこと考えもしなかった。

 確かに「シン」という立場を利用すれば一気に普通からは脱却、このまま元に戻ることがなければこの世界でその地位を利用して一生幸せに暮らしていけたかもしれない。

 

「簡単にサラたちに手を出すこともできるし、なんなら恵まれた環境を悪用することだって可能だったかもしれん。そんな人生イージーモードをお前は捨てているんだ」

「そんなこと考えたこともありませんでした……」

「だからお前は普通じゃない。普通であっても普通じゃないんだ。入れ替わったのがお前でシンも安心してるだろうぜ」

「そう、ですかね……」


 その話を聞いた後でも、俺にそんな選択肢を選ぶ度胸があったとは思えなかった。

 みんなに触れ合っていても、この子たちとシンの関係を崩してはいけない、俺が触れてはいけないものなんだってずっと感じている。

 この好意が向いている方向は俺ではなく「シン」だ。勘違いしてはいけない、と。ましてや、本人でもない俺が誰か一人を選ぶことなんて……。



「よし、まぁそれを聞けたらもう何も心配はいらねぇ。なんでも聞いてくれ」


 ツヴァイさんは勢いよく両手を合わせてパンッと音を鳴らす。

 この話は終わり、という合図なんだろう。

 そうだ、サラたちが帰ってくる前に聞けることは聞いておかなければ。


「はい、ありがとうございます。えーと、そうだな」


 何から聞くべきだろうか。

 やはり一番気になっているシンのファミリーネーム『テオス』についてだろうか。

 同じパーティの仲間であるリシュも同じファミリーネームということを昨日式場で拾った名簿の切れ端で確認している。

 二人は兄妹など血縁関係にあったりするのではないかと疑っているのだが、どうなのだろう。

 それが二人の扱う『神器』に関係しているのではと俺は睨んでいる。やはりシンのことについてから話を聞くべきか。

 ……いや、待てよ。まずあれから聞くべきだろ。


「リープのことについて」


 ここに来るまでの間リープの様子が明らかにおかしかった。

 まるでツヴァイさんとは会いたくないような、そんな態度をしていたのは間違いない。気が進まないというか怯えているというか。

 これを聞いてからじゃないと気になってしょうがない。


「あー、なるほどな。その情報が無ければお前もシンとしてリープに接しにくいわな」

「ええ、まあ」

「いいぜ、リープのことを俺に聞くのは一番理にかなっているからな」

「どういうことですか?」


 ツヴァイさんは洞窟の中にある小さな木の椅子を指差した。

 その前には大きな魔法陣のようなものが地面に描かれ、その椅子はその側に置いてある。

 それが何を意味するのかは見ただけではわからなかった。


「あれは昔リープがよく使っていた椅子だ」

「えっと、それが何か関係が?」

「リープは俺が昔旅の途中で捨てられていたのを拾って育てた子供なんだよ」

「え」


 ……え? 拾った?


 

 

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