第32話 第二英雄の過去

「リープはな、俺が拾って育てた子なんだよ」


 ツヴァイさんは「リープは俺が育てた」と語る。

 そういえばと思い、俺は式場で拾った名簿の切れ端をズボンのポケットから取り出した。ちなみに言っておくが昨日履いていたズボンと今履いているズボンは別だからね。

 あの時、ディアが突然俺の前に現れてから流れるように色々起きてしまったためゆっくり切れ端を観察することができなかった。確かリープには唯一ファミリーネームの記載がなかったような気がするけど……。



 第四英雄認定対象パーティ 


 対象者名簿


 シン・テオス

 サラ・フローラ

 レティ・イレイト

 ディア・グラディオス

 リープ

 ルーナ・ミニオ

 ソーラ・ミニオ

 リシュ・テオス



 やはりそうだ、他のみんなにはファミリーネームの記載があるのにリープだけ「リープ」と書かれているだけ。

 これってもしかしてツヴァイさんがリープを拾い子として育てた発言と繋がっていたりするのだろうか。


「どうした、いきなり紙切れなんて取り出して。……ああ、名前のことね。なるほどなるほど」


 俺が名簿の切れ端を取り出し、それをマジマジと見つめていると、ツヴァイさんは気になったのか横から覗きこんできた。

 ツヴァイさんは紙に記載されている内容を把握すると、俺が思っていることを察したのか腕を組んで何度か頷いた。


「ツヴァイさんに育てられたってことはリープもツヴァイさんと同じファミリーネームが付いていないとおかしいはずなんじゃ?」


 と、俺は思った。

 日本で例えるなら田中一郎さんが次郎さんを拾って育てているのにそのまま名字を付けず、次郎のみを名乗らせているようなもの。リープ・○○となるのが普通の流れのはず。


「まず第一の理由、俺はファミリーネームを捨てている」

「捨てている……?」


 どういうこと?


「俺はこう見えて賢術を扱うことのできる賢者のエキスパートでよ。世間からは『ロード・オブ・ウィザード』なんて呼ばたりもしたな。なんか全魔法使いの憧れの存在とまで言われてたわ」

「は、はぁ……」


 俺がよく話の流れを理解しないまま、ツヴァイさんは嬉々として自分の昔話を始めた。

 おそらくリープのことに繋げるためなんだろうけど……。


「自分で言うのもなんだが俺は生粋の魔法馬鹿でよ。まだ俺が小さい頃、身の周りのことなんかおかまいなしにずっと魔法のことについて研究してたら親に捨てられちまったんだ」

「えぇっ!? ツヴァイさんも捨て子だったってことですか?」

「おうよ。まぁ、傍から見たらお宅の子は悪魔の大実験でもやっているんですかってくらい家中を魔法陣だらけにしたこともあってな。弟も将来有望って言われてたし、魔法しか頭になかった俺なんていらなかったんだろ」


 言ってることはかなり悲惨な過去のはずなのにこの人はケラケラ笑いながら話すもんだから笑い話と間違えそうになる。

 普通ある一つのことに熱中しすぎているからといって周囲の目を気にして自分の子供を捨てるか? 熱中することは良いことだし、いくらなんでもひどすぎるだろ。


「でも俺は親に捨てられて一人になっても魔法の研究を辞めず、自分一人の力で生きていかなきゃならない俺は己の魔法を高めながらサバイバル生活を始めた。誰の手も借りず、自分の力のみでな」

「随分とたくましい生き方ですね、俺には絶対無理だ」

「どんな状況に立たされようがこの世界は俺の魔法の実験場にすぎない、だから食料や住む家を手に入れるにはどの魔法を使いそれをどう極めればいいのか、もう半ば本能的にそれを感じとって魔法を習得したり、マスターしたりしてたっけなぁ」


 この人は己の魔法一本で衣食住を手に入れこれまで生きてきたってことか。

 すごい、無人島で一人放置されたとしても何十年後も普通に生きていそうなたくましさだ。

 これが英雄と呼ばれる男の生態……。

 

「そん時くらいだっけかな、もうあの親や弟とは家族でもなんでもねーみたいだし、ファミリーネームなんていらねぇやと思って名乗らなくなったのは」

「でも一応名乗っていないだけであるにはあるんですね、ファミリーネーム」

「『ツヴァイ』とだけ名乗っておけば呼び名には困らないだろうしこれでいいんだよ。ま、だからリープにはファミリーネームがないってことだ。俺が持ってないんだからリープにもあるはずがないってね」


 この人こんなに大雑把な人だったのか。いや、昔はこうだったけど歳をとって今のように丸くなっただけなのかもしれないけど。

  

「そんな魔法を極めに極めた俺はついに『賢術』へと辿り着いた。普通の魔法使いに扱うことのできない魔法を超えた魔法、俺は長年の研究を経てやっとその境地へ足を踏み入れることができたんだ」

「賢術ってそんなに特別なものなんです?」

「魔法使いには扱うことのできない秘術、そう言われてるのは知ってるか? 俺も小さい頃から何度も試してみたが唱えることはできなかった。が、ある日今まで一度も唱えることのできなかったとある賢術を唱えることができちまったんだよ。それが俺の賢者としての原点だな」


 見解的には賢術を扱える魔法使いが『賢者』で、賢術を扱えない魔法使いがそのまま『魔法使い』で合っているのだろうか。

 ゼウスのじいさんに聞いた話だと賢者は魔法使いの上位職だと言っていたし、多分この認識で間違っていないだろう。

 と、なると魔法使いとしての位はリープ>レティってことになるのか。

 あれ、でもレティも天才魔法使いなんて呼ばれているよな……?


「それじゃあ、なんでツヴァイさんが長年苦労してやっと唱えることのできた賢術をリープは扱えるんです?」 

「さぁな、それは俺にもわからない」

「わからないって……」

「まあまあ、俺の過去はこのへんにしておいて次はリープのことについてだな」


 自分の知らないことに関しては都合が悪いので話を流したよこの人!?


「その後、賢者として成長を続け、国の平和を脅かす邪悪な龍をその賢術で討伐した俺は晴れて『第二英雄』の称号を貰い、その後国を放浪するように旅をし始めた」

「結局ツヴァイさんの話になっている気がしますよ!?」


 俺の質問をガン無視して自らの昔話を誇らしげに語り続けるツヴァイさんに俺は思わずツッコミを入れてしまった。

 ツヴァイさんは舌を出しながらおちゃめに笑った後、頭を掻きながら言葉を続ける。

 

「まあ最後まで聞けって。そんな旅する俺がある森の中を歩いていた時だよ、捨てられて一人でいたリープを見つけたのは」

「あ、やっとここでリープが登場するんですね」

「おう、それまでも何度か捨て子を見かけることはあったんだが、もうその時の俺はいつの間にかかなり歳を食っていたのもあって一人で生きる主義を貫くようになっていた。だから捨て子は絶対に拾わない、そう自分に言い聞かせてきたんだ。例え自分が同じような境遇に合っていて、その捨てられている子たちの気持ちがわかっていても、だ」


 捨て子を見かける度にツヴァイさんは自分の過去と重ね合わせていたのだろう。

 自分も同じ境遇だったから助ける、ではなく、自分は一人でも強く生き抜くことができたからこの子たちにもそうなってほしいという考えから出た故の行動なのだろう。

 見て見ぬふりをすると言ったら一見残酷ではあるが、一人でも生きていけるように自立を促すため慣れ合わないという意味では間違っていない行動なのかもしれない。

 俺なら前者を取ってしまう気がする。そこも考え方の違いなのかな。


「でも、リープは違った」

「え?」


 随分と遠回りしたがやっとここでリープが登場。

 これまでのおちゃらけた雰囲気はなくなり、ツヴァイさんの顔が真剣なものへと変わった。

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