第30話 第二英雄
目の前に広がる大自然を見て俺はその場に立ち尽くしていた。
この異世界が醸し出す中世感のある雰囲気から一変、いきなり白亜紀か何かの時代にやって来てしまったような感覚だ。
今ならあの青い空にプテラノドンが飛んでいても驚かない自信がある。
ここ本当に同じリーベディヒ国なのか……? 確かに道という道がないし、普通の足で来るのは難しいというのも納得できるが。
「何やってんだシン、早くいこーぜ」
「おう……って、そんな強く引っ張るなって!」
直立不動で景色を眺める俺を不審に思ったのかソーラが俺の腕を引いた。
みんなはどこへ向かうべきなのかを分かっているようで、サラやディアを先頭に俺たちは道なき道を進んで行く。
先ほどからどこか様子のおかしいリープはというと、最後尾でトボトボと後追って来ている。
そんなに気が進まない理由があるのだろうか。
「確かこの先の洞窟付近でしたよね。滝も近くにあるという第二英雄宅は」
「ええ、そこに小さな小屋を建てていたはずよ。最後に訪れたのが結構前だから記憶が曖昧だけれども」
しばらく密林の中を歩いていると。ずっと聞こえていた滝の音が次第に大きくなってきていた。
今その音源である滝の方へと近づいている証拠なのだろう。チラッとだが木と木の間に見えるその滝が視界に入る。
ザーッと水が水を打ち付ける音が心地よい。生で滝なんて見たのはもういつ以来だろうか。
「あっ、あれじゃないかしら」
「ふー、ちょっと歩くはめになったけど無事に着いたねー」
さらにもう少し歩くと先ほどサラたちが話していた洞窟の側まで辿り着いていた。
洞窟の穴の前にはちょこんと最低限の生活はできそうな小さな小屋が建っている。あれが第二英雄の住んでいる家……?
「……むむ」
「……どうしたのリープ、何か後ろめたいことでも?」
「……そういうわけじゃ、ないけど……」
最後尾から一つ前を歩いていたリシュもあからさまな様子を見せるリープが気になったようだ。
リープが第二英雄に会いたくなさそうなのは火を見るよりも明らか。
しかし、無情にもサラは小屋の扉を開く。するとリープの顔色はさらに悪くなり、まるで大嫌いな食べ物を出された子供のようになってしまった。
そんなになのか……。
「お久しぶりですー、ツヴァイさーん。サラですー」
一応ノックをしてから扉を開けたので不法侵入まがいの行為ではない。
ノックをしても一向に中から人が出てこないため、しびれを切らしたサラが扉をあけてしまったのだ。
その扉に鍵のようなものは付いていない。不用心ではあるが、この密林の中にある小屋だ。誰も盗み目的で侵入することなどあり得ないから大丈夫なのだろう。
「おや、いらっしゃらないようですね」
「うーん、そうみたいね……」
「あっちの洞窟のほうにいるのではないかしら?」
小屋の中には必要最低限の物しか置いていない。
別荘のように人が快適に過ごす目的な内装になっておらず、机や椅子、簡易的に作られた寝床のみが適当に並べられている。
しかし、そこはもぬけの殻。ここにツヴァイと呼ばれる人物はいなかった。
「…………」
「うわっ、リープ何してるの玄関で突っ立って」
レティが洞窟の方へと向かおうと玄関の扉を開けると、そこには直立不動のままのリープがいた。まだ小屋の中に入ってなかったの?
「……リープは、ここにいるよ」
この子、顔を合わせたくないからって玄関先にずっといるつもりか!?
「はいはい、あなたが一番顔を合わせないといけない人間なんだからとっとと行くわよ~」
「……うわー助けてー」
それを見かねたサラはリープの腕を無理やり引っ張り、洞窟へと強制連行する。
助けを求める声は誰のところにも届くことなく、リープは洞窟の方へと連れて行かれている。
俺たちもその後を追った。
訪れた洞窟の中では火の灯ったランプが何個か置かれ、それが明かりとなって暗い洞窟内を照らしている。
奥には何やら色々と物が置かれており、その中に一つの人影があった。
「いたみたいね。ツヴァイさーん、サラですー」
「……うぼわー」
サラは未だリープの手を離さずその人影のもとへと連行する。
呼びかけに気付いたのかその人影も立ち上がってこちらを向いた。
「ん? おお、サラじゃないか」
「ご無沙汰しています、ツヴァイさん」
男は被っていたフードを取り、こちらに顔を見せた。
その男は歳は決して若くはないだろうおじさんだった。年齢は五十歳いっているのかいっていなかくらいだと思う。
フードの付いた黒いパーカーのようなものを羽織っており、左中指には俺たちが持っているサーガリングと同じような金色のリングがはめられていた。
「リープ、それにシンたちも。どうしたんだ、こんなところで」
「魔王は私たちが倒したんですけど、また新たな問題が発生してしまって。そこでツヴァイさんに助言を頂けないかと」
「ほお、シンが魔王を倒したとは聞いていたがまた何か悪さする奴が現れたのか。どれ、話してみろ」
辺境地にいたツヴァイさんは今世界で起こっていることを把握していなかったようで、サラが現在の状況を一から説明し始めた。
俺たちが第四英雄になったこと、認定式に邪魔が入ったこと、霊鳥の森でのこと、アンリクワイテッドのこと、屋敷のこと、そして邪気のことについてだ。
俺はあれから仲間内で邪気についての情報を共有させていた。まだ絶対とは言い切れないが、この邪気によって何者かが人々を操っているという情報は皆知っておいて欲しかったからだ。
説明を終え、それを聞いたツヴァイさんはうんうんと考察するように頷く。
「なるほど、そりゃまた面倒なことになってるな。その輩の尻尾はまだ掴めてないんだろ?」
「はい、今のところさっぱりで……」
「シン」
「え? あ、はい」
急なご指名に声が上ずってしまう。
「お前はどう思う。どんな奴が人を操り、やがて仮死状態のようにさせてしまっているのか心当たりはないのか?」
心当たり……か。
ゼウスのじいさんは俺がこの世界に、「シン」の体の中に入ってしまった原因のはずであるシルバーリングに宿る邪気と人々が植え付けられた邪気は似たようなものだと言っていた。
それにアンリクワイテッドで感じたという邪悪な気配。あれから精神世界へに行っていないので続報がないからわからないが、あれも手掛かりといえば手掛かりなのだろう。
心当たりといえるのはこれくらいかな。でも、シルバーリングについては言えないや。
「アンリクワイテッドにいる時に何か邪悪な気配を感じたくらいですかね。それが何だったのかは俺にもわかりません。ツヴァイさんはその正体に心当たりはありませんか?」
「…………」
ん? 俺がそう言い終わるとツヴァイさんが急に黙って俺の顔をジロジロ見つめている。
俺何か変なこと言ってしまっただろうか。
「邪悪な気配か。うーむ」
ツヴァイさんは考え込むように目を閉じて顎に手を当てさすっている。
やがて何か思い出したのか目を開けて口を開いた。
「前に魔族に伝わる言い伝えってのを耳に挟んだことがあってな。『魂喰らいの魔細胞』ってやつなんだけどよ」
「魂喰らい……?」
「ああ、魔族といってもそれぞれ個体別に知能差があるのはわかってるよな?」
そういえば俺が初めて会った紫肌の魔族はちゃんと言葉が話せて会話になっていたし、まず始めに俺たちのユニーク・アビリティを潰そうとしていたことを考慮すると知能も優れているように見えた。
逆にアンリクワイテッドで見たバイフケイトから攻め込んで来た魔族たち。
あいつらはどいつも涎を垂らしながら一心不乱に突撃してきたり、とにかく暴れまわるといったお世辞でも知能が発達しているような生き物ではなかった。
魔族の中でもちゃんと知能がある者、もしくはまさにモンスターと言ったような知能の欠片もなくただ暴れまわるような者に分けられているということか。
「その中の知能が優れている個体、さらにそこから奇跡的な確率でその『魔細胞』を体に宿してこの世に生を受ける奴がいるという言い伝えだ。実際に見たわけでもないし、どういう力を持っているのか詳しくは知らんが、聞いた話によれば死者すらも蘇らせてしまうとかなんとかだとよ」
「死者すらも蘇らせてしまう力……」
そんなことが可能なのか……? 常識を逸脱しすぎている話だ。
でもこれはあくまで言い伝えにすぎない。
それにその『魔細胞』と言われる力を持つ者は奇跡的な確率でしか生まれないようだし、おとぎ話感覚で覚えていればいいだろう。
「ま、これがその邪悪の気配と関係あるかは知らんがな。俺にとっての邪悪なものって考えたらそれがパッと出てきただけだ。話半分くらいで覚えとけ」
「わかりました」
「こんな力魔王が持ってたら大変なことになってたがな。お前が倒して魔王は滅んだし、心配することもない。今は直面している問題としっかり向き合って究明することだ」
確かに魔王が奇跡的な確率でその力を保持していた場合のことは考えたくないな。
そういや死者が蘇るっていうなら魔王もその蘇生対象ってことだよな。
例え魔王本人が『魔細胞』を持っていなくても、他の魔族が『魔細胞』の力を持っていたとしたら……? うわ、考えないようにしよ……。
「さて、と」
ツヴァイさんの視線が俺から外れ、サラをはじめとしたみんなの方へと向けられる。
「みんな小屋からバケツを持って川で水を汲んできてくれないか? そろそろ汲んでおいた水がなくなりそうなんだ」
「はい、承りました。小屋に取りに行けばよいのですね?」
「ああ。そうそう、シンはここに残れよ」
「えっ」
え、俺だけ残るの?
こういう力仕事って男の俺が率先してやるべきことなんじゃ……。
「いいから残れ、いいな?」
「はい……」
「じゃあ私たちは行ってきますね」
「おーう、頼んだ」
サラたちはツヴァイさんの言う通りに洞窟を出て水を汲みに行ってしまった。
残された俺はツヴァイさんと二人きり。
ツヴァイさんは皆がいなくなったのを確認すると、椅子として丁度いい大きさの石に腰を下ろし、俺を見上た。
「……でだ」
なんだろう、先ほどまでより俺を見る目が鋭く尖っているような気がする。
まるで敵意を向けられているような感覚。この人は「シン」の師匠のはずなのになぜこんな目で俺を睨んでいるんだ。
「――お前、誰だ?」
「……はっ?」
第二英雄の放っていた鋭い敵意。
それは俺の正体を見破っていたからこそ向けられていたものだった。
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