第29話 屋敷の主
あれから俺たちは倒れた使用人たちを屋敷に残っている人総出で何部屋かに集め、それぞれ横に寝かせていた。
どうやらこの世界に現代日本のような医療技術はなく、その代わりに治癒魔法といった日本にはないファンタジーな力による治療が施されているようだ。
まあ医療技術がないとは言ったが、薬草やそれによって作られるポーションといった飲み薬は存在しているため全く医療というものが存在していないわけではないらしい。
倒れた使用人たちは一撃で気絶させられたり、眠らされたりしていたのでほとんど外傷はなく、今は特に手を施さずベッドの上で眠らせている。
ただ、彼らは間違いなくネクトの三人のように邪気によって何者かに操られてしまった人たちだ。
時間が経てばまた彼らと同じように体は生きているはずが死人のような状態になってしまうはず。
これだけの人数なので、皆がそうなってしまうと屋敷の中は一段と静かになってしまい、機能も落ちてしまうことだろう。
アンリクワイテッドの兵士といい何者かが邪気を植え付ける際、人数の大小は特に問わず、見境なく人を操ることができてしまう、と見てもいいのだろうか。
今俺たちはこれ以上の情報を持ち合わせていない。
何かもっと手掛かりになるような情報があればよいのだが……。
「よし、みんな来たわね。じゃあ行きますか」
使用人たちの騒動から一夜明けて次の日。
未だ国王宮殿から俺たちに向けての依頼は届いておらず、この状況でじっとしてもいられない俺たちは倒れた三人の様子を見にネクトに出向こうとしていた。
屋敷の一階には俺、サラ、レティ、ディア、リープ、ルーナ、ソーラ、リシュのフルメンバーが揃っている。
昨日突如俺の前から姿を消したムラサメだが、俺たちがレティの瞬間移動魔法で屋敷に転送された後、何事もなかったかのように顔を出してきた。
どうやらあの時サラたちが駆け付けてくれたのを見てあの場を離脱、一刻も早く屋敷内に残っている使用人たちに今起こっている状況を伝えようとしに向かってくれていたようなのだ。
結果的には俺たちのほうが先に屋敷内に戻って来てしまい、その行動は無駄に終わってしまったとか。
何かあったのではないかと心配したが、特に何か起きたとかではなかったようなので俺としても一安心した。
そんなムラサメは何やら私用があると言って朝早くから屋敷を後にしている。
彼は去り際にいつものディアへのアプローチを忘れず、それを軽くあしらわれるまでのお決まりのパターンを消化してどこかへと向かって行った。
国に仕える身であるムラサメのことだ、何か呼び出しでもあったのだろう。
「ふあぁ~~ねんむっ」
「またそんな大きな欠伸をして、はしたないわよ」
ソーラが大きな欠伸をし、それを姉であるルーナが指摘する。
昨日使用人たちを運ぶのに遅くまで時間がかかってしまったのであまり寝れていないのだろう。
使用人たちのチーフであるウザールすら倒れた者たちに含まれているのだ、残された使用人たちの統率力もイマイチなこともあり少々手間取ってしまった。そのせいか俺もちょっと眠い。
「って言ってもよ~……ん?」
「あら?」
両手を組んで頭の上に置き、眠気覚ましなのか頭を左右に振っているソーラは何かに気付いたのか階段の方へと視線を向ける。
そこには見覚えがあるようないかつい顔をした男がゆっくり階段を降りて俺たちのもとへと向かって来る姿があった。
右頬のあたりに縫った跡があり、細い目はギラッと光りこちらを睨みつけている。常時視界に映るもの全てを睥睨しているような鋭い目つきが俺たちの方へと向けられ、この場の呑気な雰囲気が一瞬にして凍りついた。
「久しぶりだね、シン君」
「は、はい……」
男は階段を降り終え、目の前までやって来た。
俺はそのいかつい男が放つ威圧感に気圧され、委縮してしまう。
まるで暗い街角でチンピラに絡まれたかのように……いや、そんな甘いものじゃない。これは鉢合わせたギャングに銃をつきつけられてしまった時のような身が震えあがるような感覚だ。
俺の背中に冷や汗がしたたり落ちる。思わず息を呑んだ。
俺、なんかしたのか……?
「父上、何か用でしょうか?」
サラが引き攣った顔のまま固まる俺の前に出てその男と会話を始める。
……えっ、父上?
「ああ、顔を見せるのは久しぶりだねシン君。最近屋敷内にいてもやることが山積みで顔を出すことができなかったんだよ」
あ、そうか思い出した。こんな人一人は絶対殺してそうな怖い顔をした男を俺は見たことがある。
まだ俺がこの世界に来て初日の認定式の際、なんだか偉い人たちがまとまっている席にすごくいかつい男がいたのを覚えている。あれサラのお父さんだったのか。
あの人がまさかこんな近くにいた人間だったとは……。
えーと、ディアがよく言っていた『ハーレー様』でいいんだよな。
「魔王を討伐してからまだそんなに経っていないにも関わらず、また新たな事件が起きてしまったようじゃないか。英雄と認定されてしまった以上国から色々と依頼が来るとは思うが大変だな」
「え、ええ……まぁ」
やっべー労わられてるはずなのに全くそんな感じがしない。
逆に皮肉られているのではないかと疑ってしまう。
「それで父上、まさかそれだけを言いに来たわけではないでしょ?」
幸いにもサラが俺とお父さんの間に入ってくれているおかげでなんとか会話として成立している。
正直、サラのお父さんだってわかった今でも顔が怖すぎてまともに目を見て話すことができない。
何か気に障ることをしようものなら殺されそうな雰囲気すらあるんですけど。
「ああ、サラたちはこれからどこに向かうんだ?」
「まだ国の方から何も連絡が来てないし、ただ待機しているのも時間の無駄だから倒れたっていうネクトの三人の様子を見に行こうかって」
サラの言葉を聞いてお父さんは何度か静かに頷いた。
その一挙一動が俺の肝を冷えさせる。
「なら特に予定らしい予定はないというわけか。よし、ならばあいつの元を訪ねてみるといい」
「あいつ?」
「第二英雄だ」
お父さんがその単語を口に出すと、俺の隣に立っていたリープがビクンと体を跳ねらせた。
強く唾を飲み込む音が俺の方まで聞こえる。口は半開きのまま引き攣り、額に汗をかきながら俯いてしまった。
……なんだ、どういうこと?
『第二英雄』って「シン」が『第四英雄』だからその二つ前に認定された英雄ってことだよな。
「あいつなら今起こっているこの状況について何か知っていることがあるかもしれん。まぁ、仮に知らなかったとしてもあいつのとこに行けば何かしら得るものはあるだろう。時間があるなら出向いて損はないと思うぞ」
「第二英雄ということはツヴァイ様ですか。あの方のいらっしゃる場所は向かうにしても普通の足では少しばかり厳しいものがありますね」
サラに続いてディアも会話に入ってきた。
ディアはフローラ家に仕える身、サラのお父さんとも接する機会は多いはずなので俺のように憶することなく目と目を見て会話をしている。すげぇ……。
「大丈夫でしょ、私たちにはリープがいるんだし」
「……っ!!」
俺の隣から「げっ……」みたいな声が聞こえた。
先ほどからリープの様子が明らかにおかしい。
「やはりそうなりますよね。アンリクワイテッドまでのように馬車で移動するには難しい場所ですし」
「うん、聞くところによるとあいつはシン君の師匠のような存在という話ではないか。魔王を打ち倒してからはまだ顔を見せに行っていないのだろう? 勝利の報告ついでに色々と話を聞いてくるといい」
「わ、わかりました」
なんだ、的確にアドバイスをしてくれるし、見た目に反して結構気さくな人じゃないか。
外見は裏の世界を牛耳ってそうな怖い人だけど意外と内面は穏やかだったりするのでは?
え、というか今師匠って言った? ということはその第二英雄って「シン」の師匠ってこと!?
「じゃあ私は戻るよ。……ああ、そうそう」
話が終わるとサラのお父さんはクルッと後ろへ振り返り、二階へ続く階段の方へと向かっていった。……と、思ったら何か思い出したように立ち止まり、こちらに振り向く。
その時、この場の空気が一変した。
先ほどまでの穏やかな雰囲気が消え失せ、背景がブラックアウトしたのではないかと疑うほどにドス黒い威圧感が俺を襲う。
「これ以上、屋敷内で厄介事を起こすなよ」
「――ッ!!!!!!」
お父さんはそれだけ言い残すとそのまま階段を登る、部屋へと戻っていった。
今数秒間睨まれただけで金縛りにあったかのように体が固まり、手は震え呼吸は荒くなっている。
それは俺だけではないようでルーナやリシュたちもその場に立ち尽くして微動だにしない。
サラはというと苦虫を嚙み殺したような表情をしていた。ああ、家族だから慣れているとはいえやっぱりあの威圧感はキツイんだろうな……。
「……あー、やはりお怒りみたいですね」
それに比べてケロッとしているディアは強いのか、もう慣れ切ってしまっているのか全く動じていない。やっぱりすごいなディア……。
今感じた恐怖と威圧感。それは特にこれといって精神力が強くもない俺を震え上がらせるには充分すぎるほど恐ろしいものだった。
つまりあれだ、これ以上屋敷をぶっ壊したり、面倒事を起こすなって釘を刺したのだろう。
別に俺が起こしたわけじゃないのに……。
「あっ、気にすることはない。これから気を付ければハーレー様も何も言わないはずだぞ」
「全く毎回毎回面倒くさいわねー……」
ディアが固まる俺たちを慰めようと声をかける。おかげで金縛りに似た何かから解放され、体の自由を徐々に取り戻してきた。
そういえば、どうやら彼女はサラの発言通り掟を破ったことによる処分を免れたようで、これからも変わらず俺たちと共に行動することができるようになったらしい。
これで彼女の悩みの種は全て潰えたというわけだ。おかげで今日は朝から機嫌がいい。
まぁ、それは今直接関係はないのだけれど。
「ふぅ……」
ようやく完全に開放された俺は一旦深呼吸をして心を落ち着かせる。
とにかく、お父さんは俺たちに第二英雄に会いに行ったらどうだと言ってくれたのだ。
確かにこのまま様子を確認するためだけにネクトに行くよりかは有益な情報を得られそうではある。
しかし、その場所へは普通の足で行くには難しく、行くならリープのゲートを使うのが良いのだとか。
「……わかってます」
俺やサラたちの視線を感じたのかリープは未だ俯きながら手で宙に円を描いてゲートを開いた。
先ほどから『第二英雄』のワードが出て以降リープの様子はおかしいまま。
そのツヴァイという男はリープと何か関係のある人物なのかな。
第二英雄がいるという場所へと繋がったゲートを俺たちは潜り、最後にリープが潜ってゲートは閉じられる。
ゲートの先に繋がっていた場所はまるでジャングルのような密林だった。
目の前には浅い川が流れており、川の水は澄んでいて川底を直接見ることができるほど。この川に続いているのか滝の流れる音も微かに聞こえる。
しかし、視界に映るのはそんな自然の風景のみ。
本当にこんな場所に第二英雄がいるのだろうか。
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