第28話 交信
屋敷内にある現在使われていない客室。
近くの廊下には誰もおらず、人気のないその一室に自慢の髪やマントをボロボロにした男の姿があった。
その手には紫と黒が入り混じった不気味な光を放つゴツゴツとした石があり、彼以外無人のはずのこの部屋で一人誰かと会話をするように言葉を続けている。
「すまない、あいつを仕留めることはできなかった。彼自ら人気のない場所へと向かったのを見て仕掛けてはみたが、あと一歩のところで仲間に気付かれてしまってね。わざわざやられた演技までしたのに情けない」
彼は手に持った石にまるで通信機器で誰かと連絡を取り合っているかのように語りかけている。
彼が呟いた後にはここには本来存在しないはずの相手側が話しているような間があった。
「ああ、僕の目的としても都合のいい展開だったからね。作戦自体は失敗に終わってしまったが、これで多くの魂を集めることができるだろう? 君にとっても結果オーライという……いや、そこについては謝罪する、すまない」
通信相手に何か言われてしまったのか彼は暗闇の中一人謝罪の意を込めペコペコと礼をし、額に冷や汗を浮かべる。
その姿は電話で上司に謝罪する下っ端の姿に近い。
「僕の目的は彼女ただ一人だ、君が何を企てていようと僕には関係ない。僕と彼女を邪魔する全てのものを排除するため僕は君と協力しているだけ。利害も一致しているわけだし、あまり深くは詮索しないことにするよ。……そう、例え僕が何もかも捨てることになったとしてもね」
屋敷の中でも比較的外れに位置するその部屋の周囲に人の気配はない。
普段ならそんなことはないのだが、屋敷内の使用人はそのほとんどが式場の方へと集められてしまっているため、もうほとんどこの付近に人が残っていないのだ。
つまり音も生活音がほぼ聞こえず、彼の発する音と声以外は静寂といってもいい状況。
そんな中、彼のギリギリと強く拳を握りしめる音が部屋に響く。
「……わかっている。君も次の行動に移るのだろう、こちらもそうだ。あのリングのせいで彼らに直接植え付けることができないのはここ数日でわかった。ならば新たな手段で追い詰めるだけ。こちら側からいくらでもやりようはある」
彼は言葉を続けながら窓の外を見つめていた。
暗い部屋に窓から月の光が差し込み、彼が不適に笑う姿を照らし出している。
彼の目は自らの野望に燃え、ただひたすら真っ直ぐ何か一点を目指しているようだ。
「ウィ、互いにまた明日から動くとしようか。君が成そうとしている目的のため、そして僕がディアちゃんを手に入れるためにね」
そう語ると石から光は失われ、彼はその石を懐にしまう。
そして何事もなかったかのように彼は部屋を出た。先ほどまで浮かべていた不適な笑みは消え失せ、いつものキザな表情へと見事に変貌を遂げている。
それはまるで自らを偽るための仮面のようだった。その仮面は欲と信念、それに邪悪がぐちゃぐちゃに混ざり合った彼の本性を隠している。
今彼が石に語りかけていた様子を知る者はこの屋敷に誰もいない。
それどころかキザ男の仮面を被った彼の本性に誰も気付くことはなく、疑いもしないのだ。なぜならこの男はフローラ家、さらには国王に忠誠を誓い、仕える身なのだから。
彼にとっては己の立場すらも他人を欺くための仮面。自らの望む女一人のためにわざわざ道化を演じている。
ディアを手に入れる、その目的を果たすため暗躍する彼は何事もなかったかのように再び英雄たちのもとへと戻っていくのだった。仮面の内で不敵な笑みを浮かべながら。
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