第27話 助け合える仲間・下


「おお、すまないリープ。助かった」

「……ん」


 俺に続いてディアもリープに賢術『ブレイク・スキル』を使ってもらい、両足を粘液から解放させてもらった。

 俺の時と同じように二つに別れた魔法陣が凝固した粘液と一体化、直後に火花を散らしながら黒く焦げさせ石のようになった粘液をボロボロと崩壊させる。

 その際、中にあったはずの俺の腕や足は熱さなどを感じなかったため、あくまで粘液のみに干渉をしているようだ。こういった敵を捕縛する魔法に強いのがこの賢術なのだろう。


 ルーナとソーラもそれぞれ能力を解除し、辺り一面は元の薄暗い様子に戻った。

 それを見てソーラはたき火のような小さな炎を起こし、明かり代わりにして辺りに光を提供してくれている。


「さて、この気絶したり眠ったりしている使用人たちをどうしようかしら」

「もう屋敷には他の使用人は残っていないのですか?」

「ええ、ここにいる者たちがほとんどよ。まだ少数残ってると思うけど、ウザールすらそこでのびてるから助力はあんまり期待しないほうがいいわ」


 この場に倒れている使用人たちは十から二十人ほど。認定式の時を思い返してみるに屋敷に残っているのは残り数人と見ていいだろう。

 まさかここに放置しておくわけにもいかないし、この人数を俺たちだけで運ぶとなるとだいぶ骨が折れそうだ。


「……!! そう! ここ! で! 魔法! の! 出番!!」


 悩める俺たちを見てハッとしたレティが目をキラキラさせながら颯爽と前に躍り出た。先ほどまでブツブツ独り言を言っていた時の陰気な様子はない。

 レティはリシュから受け取った魔法の杖を天へと突き出し、意気揚々と俺たちや使用人たち全員が入るほどの巨大な魔法陣を辺り一面に展開する。


「ははははは! 賢術もいいけど魔法もいいよね! お困りとあらばこの天才魔法使いの力を見るがいい!」

 

 なんかレティのテンションおかしくないか……!?

 確かに陰気な感じはなくなったが、どうやらまだレティの様子は正常ではないみたいだ。

 そんなに賢術に対抗心燃やしてるの!?


「『シャイン・テレポーテーション』ッ!!」


 レティが魔法を唱えると、天に突き出した魔法の杖が眩い光を放つ。

 すると、魔法陣の上にいた俺たちはふわっと無重力空間のように宙に浮き、やがて強烈な白い光に包まれる。

 あまりの眩しさに思わず目を閉じてしまったが、再び目を開けてみるとそこは式場の外ではない場所へと変わっていた。


「ここは……屋敷の中、か?」


 そこは見慣れたサラの屋敷のフロアだった。床の魔法陣が消えると俺たちはそのまま地面に落下し、態勢の悪かった俺は尻持ちをついてしまう。痛い。

 どうやら今のは魔法陣の上にあるものを瞬間移動させる魔法のようで、倒れていた使用人たち含め俺たち全員がそこに連れて来られていた。


「やっぱり魔法は賢術に負けてないね、うんうん」


 瞬間移動の魔法を唱えたことで一仕事を終えたレティはうんうん自らの首を縦に振りながら魔法の杖にスリスリと頬擦りをしている。

 「ん~」と甘い猫なで声をあげながらまた自らの世界に入り浸ってしまっているようだ。

 レティが……壊れた?


「なあサラ、なんでこんな便利な移動手段あるなら昨日今日と移動する際に使わなかったんだ?」


 俺はちょっと気になり心ここにあらずなレティ本人ではなく、近くにいたサラに耳打ちをして問いかける。

 例えリープのゲートがなくても瞬間移動魔法なんて便利な手段があったのなら馬車なんて使う必要なかったようにも思えるが。


「ちょっと聞こえるわよ。なんでってそりゃレティの瞬間移動はかなり近距離じゃないと使えないからに決まってるでしょ。しかも移動先はこの屋敷内にしかできないっていう欠陥魔法ってシンも知ってるじゃない」

「えっ……」


 マジかよ、天才魔法使いじゃないのかレティって。

 サラが小声で教えてくるあたりレティも触れられたくない一面ということなのだろう。

 随分ピンポイントな魔法もあるもんなんだな……。


「そ、そうだったな……。今のレティには触れないようにしておくか」

「賢術と比べられた時のレティは機嫌悪くなるし、そのほうがいいわ」


 サラは俺にそう忠告するように声をかけると、二階へと上がる階段の両横で甲冑を着こんで待機している警備員二人を近くに呼んだ。

 サラの説明を聞いた警備員の男たちはすぐにどこかへと散っていく。おそらくまだ残っている使用人たちがいないか呼びに行ったのだろう。



「なあシン」


 やっと一息ついた俺にディアが声をかけてきた。彼女はあんなことがあった直後だというのに夕方見た時とは違って清々しい表情をしている。

 その表情は俺がディアの悩みにアドバイスを贈ったからなのか、それとも俺たちが無事に戻って来れたことによる安堵によるものなのかは俺にはわからない。

 今でもなぜあの時自然と「シン」が考えていることを勝手に頭が理解していたのかは不明だ。

 過去の記憶が俺の頭の中に入ってきたというわけでもない、自然と次に口に出すべき言葉が頭に浮かんできたというだけ。そんな奇妙な感覚が俺の中にはあった。

 その感覚は今はもう感じられない。まるで俺が「シン」になってしまったような、はたまた「シン」に体を乗っ取られてしまったかのようなあの感覚は。


「無事でなによりだった。掟を破ってまで助ける未来を選んだかいがあったってものだな」

「ディアは本当に良かったのか? その掟を破ったらマズイってムラサメが言っていたが……」


 ディアは俺の言葉を聞いて軽く息を吐いた後、優しく微笑んだ。

 フローラ家に仕えるディアの一族はいかなる場合であっても屋敷の使用人たちを含む直接関係している人間に手を出してはいけないという掟があるという。

 その鉄の掟を俺を助けるためにディアは破った。例えどんな理由があれその事実は変わらない。

 最悪、ディアはフローラ家にいることが許されなくなるかもしれないというのだ。

 それでも、ディアの表情に後悔に二文字はない。


「ああ、勿論だ。あの時、もう一つの選択肢だった【このまま動かずに掟を守る】を選んでいたらきっと今頃私は後悔の念に押し潰されて死んでも死にきれなかっただろう。だから私の選択は正しかったのだと思う。少なくとも私は今後悔をしていないし、殻を破ることのできなかった自分に打ち勝ったとさえ思っているよ」


 そう言うとディアは左中指にはめたサーガリングを俺に見せる。

 屋敷内の明かりに照らされ金色に輝くそのリングはまるで彼女の覚悟が決まった心を映し出しているようだった。

 掟を破り一族を裏切る、その判断はディアにとってとても重い決断だっただろう。

 それでもディアは俺たちの仲間という立場を優先し、それを選んだ。それだけ彼女の中で「シン」やサラたちの存在が大きくなっているということ。

 なら、やっぱりあの時頭に浮かんだ言葉たちは「シン」の言葉で間違いないのだろう。彼女の本心を突き動かす言葉は英雄にしか伝えられないはずだ。


「これを付けている仲間たちは私にとってかけがえのない宝だ。自らの思いを押し殺し、まるで感情のない操り人形のようだった私を変えてくれた大切なシンやサラお嬢様、そしてレティたち。その宝を守るためなら私はなんだってする。例えそれがどんな弊害があろうと必ず排除し、な。だから――」


 ディアは真っ直ぐ俺の瞳を見つめる。

 ああ、この目は見たことがある。数日前にサラやレティが俺に向けた目と同じ英雄「シン」に向ける目だ。


「この先私がどんな立場に立たされようとシンの隣に必ず戻って来る。その時は仲間として、私の大切な存在として……これからも私と共にいてくれ、シン」


 

「はいはい、なんだか今生の別れ際みたいな会話してるけど私がそんなことさせるわけないでしょ」

「お、お嬢様?」


 そんな俺たちが見つめ合う空間に戻ってきたサラが手を叩きながら割って入っる。

 サラは呆れ顔をしながらディアの肩に手を置いて顔を見た。


「グラディオス家がなんと言おうと私の傍にはディアが必要なの。だから掟だろうがなんだろうが関係ないわ。私はその上にいる立場の人間、追い出すなんて絶対許すもんですか」

「お嬢様……ですが私は」

「ですがもクソもない! 私がいろって言ったら傍にいるのよ! あんたフローラ家に仕えているんだから命令には従いなさい」

「お、お嬢様……」


 多少強引な感じではあるがサラなりにディアを守ろうとしているんだろう。

 確かにサラはフローラ家の令嬢なんだから権力的には上の立場であることは間違いない。

 その立場を利用して彼女はディアを掟を破ったことによるグラディオス家の制裁の手から保護するつもりだ。自らの護衛として、仲間として。

 

「シン……?」

「うん」


 ディアが助けられたことに戸惑いを隠せず、現実であることを肯定してほしいと俺に目で訴えている。勿論、俺はすぐに頷き、それを肯定した。


「居てもいいのか、このまま……」

「当たり前よ。あんたは私の大切な仲間なんだから」

「ああ、その通りだ」


 ディアは感極まりその目に涙を浮かべている。サラはそんなディアを抱きしめ、俺やルーナたちは周りで二人を温かく見守る。

 『仲間としての彼女』は一族の掟という呪いから解放され、自由となった。

 『一族の彼女』としてはもしかするとこれから様々な横槍が入るかもしれない。

 しかし、仲間が危機に陥った時、助けに向かうのが仲間の仕事。それを連鎖のように繰り返し、その先に真の仲間という絆が生まれるはずだ。

 ……『真の仲間』、か。なんかダジャレみたいになっちゃったけど。

 ともあれ、これでディアは例えムラサメが掟の件を上に報告したとしても特に離れ離れになったりはしなさそうだな。

 


「……ん? ムラサメ?」


 俺はその後のことに気を取られ、ふと忘れていたムラサメの存在をハッと思い出した。

 すぐに辺りを見渡し、彼の姿を探す。

 抱き合うサラとディア。

 レティは未だに杖に頬擦りをしている。

 ルーナとソーラ、そしてリシュは集まってきた残りの使用人たちに状況説明をしているのが見える。

 そしてこの場に倒れている使用人たちが複数。他に人の姿はない。


「あれ……?」


 俺の思っていた通りムラサメの姿がそこにはないのだ。

 彼が地面に伏して倒れていた場所を考えると、レティが展開した魔法陣の範囲には入っていたはずなのだが。

 それどころか、ルーナたちが助けに来てからその姿を見ていないような気がする。

 まさか、あの場に置いてきてしまった? いや、あの魔法陣はかなり大規模なものだったのでそれは考えにくいか。

 そういえばサラたちも一切ムラサメについて触れることもなかったし、気にする様子も見せていなかった。

 ルーナの氷壁が出現する直前まで俺と一緒にディアの名前を叫んでいたことまでは覚えているが、その後彼の姿は無かった……のか?


「ムラサメ……?」


 おそらく今の俺の呼び声は彼には届いていないのだろう。

 そしてまた彼がなぜ姿を消したのか、彼が何を考えているのかそれは俺にわかるはずもなかった。

 

 


 


 


 




 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る