第14話 サラお嬢様の憂鬱

「はー疲れた……」


 私は認定式の際に壊れに壊れた式場のことについて父上から呼び出しを食らっていた。

 

『馬鹿者。トラブルがあったとはいえ必要以上に破壊するやつがおるか!』

『す、すみませんでした父上……』


 壊したのは私じゃないし、なんでこんな損な役目に……。

 それもこれも全部あの馬鹿たちのせいだ。

 あの巨体のドラゴンを不必要に地面に叩きつけるわ、壁をぶち破りながら吹っ飛ばすわ被害ってものを考えなさいよね。まったく……。


 おかげで今日はシンと一緒にいることができずにいる。

 そのシンだが、今日はレティと一緒にラピスのアイテム屋を手伝いに行ったらしい。

 ラピスがいるから二人きりではないとはいえ、シン大好きなレティにとっては至福の時間なのだろう。

 ぐっ、昨日は私が独占してとはいえ負けた気分……。


「あーあ、早くシン帰ってこないかな……」


 時は既に夕方だ。

 外は日も暮れ始め、夕焼け色に染まりつつある。

 

 今日の私は想い人であるシンが自分の目につく場所にいないからなのか、なぜかいつも以上に焦りを感じてしまっていた。

 もし、このまま二人がいい感じになっていたらどうしよう。


 ガードの堅いシンのことだ、おそらく大丈夫だとは思う。

 しかし、そのシンだって男の子。

 暗い場所で可愛いレティに言い寄られでもしたら狼へ突然変異してしまわない保証はどこにもないのだ。

 もし、そんなことになりでもしたら私は敗北者。

 負けヒロイン。

 衣食住を提供する便利な仲間の一人。

 負け犬お嬢様。

 よくて愛人。

 一方通行の愛……。


「…………」


 そんなのイヤアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!

 


「お嬢様? なんか顔が怖いのですが……」

「あら、ディア」


 一人であれこれ考え込み、頭を抱えている私を不審に思ったのか、階段を上がってきたディアが声をかけてきた。

 階段を上がったところにあるフロアのソファーに一人プルプル震えながら頭を抱えるご令嬢がいるのだ。

 不審に思うなというほうが無理かもしれない。


「何か問題でもございましたか? あ、もしかして式場のことでハーレー様から何か」

「いや、そうじゃないのよ。ん、違くはないんじゃ……? はぁ……」

「……??」


 ディアは私のよくわからない受け答えで頭にハテナマークを浮かべている。

 正直、父上に色々言われたことくらいだったら悩みの種にもならない。だってもうあの馬鹿たちのおかげで慣れちゃったし。


 それよりシンだ。

 私は自然とシンをレティに取られた場合のシミュレーションを脳内でやって勝手に落ち込んでいたわけで。

 周りから見たら変な人だろうけど、私にとっては死活問題なの!

 

「えーと、何かお悩みでしたら微力ながらお力添えいたしますが」

「ディア……」


 ……いや、待て。待つのよサラ・フローラ。

 私の付き人であるディアだが、彼女も私やシンと共に旅をした身。

 私が見るに、本人が自覚しているのかどうかはわからないが、ディアもシンのことを慕っているような場面がちらほらあった。

 

 ここでいう『慕う』は『信頼』ではなく『好意』のほう。

 硬派でしっかり者といった印象のあるディアだが、意外にもシンへ明らかに好意を示している時がある。

 周りからはそう見えるだけで彼女自身は無自覚なのかもしれない。

 というかディアなら自分の気持ちに気付いていないまでありえる。


 もし、そうだった場合私にとって強敵以外のなにものでもないのだ。

 スキスキオーラ全開の子よりも、こういう自分の気持ちに素直になれない子のほうが男の子のハートを掴む可能性は高い、かも。

 私の最大の敵はレティじゃない。

 一番近くにいるディアの可能性すらありえるわけで……!


「お嬢様……?」

「ハッ……、えーと」

「私に話しにくい内容なのでしょうか? でしたら無理にとは……」

 

 ……果たして本当に自覚していないのだろうか。

 ちょっと試してみようかしら。


「うん、シンについてよ」

「シンに、ですか?」

「ええ、今日はレティと一緒に出掛けちゃったじゃない? もし、そのままレティに取られちゃったら嫌だなって」

「ああ、それで悩んでいたんですね」

「レティのことだからガンガン好意ぶつけていそうだしな~……」

「レティはすぐシンに抱きつきますからね。あそこまで素直に自分を出せるのは尊敬できるところだと思います」


 よし、この辺で探りを入れてみよう。


「ディアはシンのことどう思っているの?」

「ぶッ……!?」


 おや?


「どう、思っているとは……?」

「どうもなにもシンのことをどう思っているのか聞いているのよ」

「……恋愛的な意味で?」

「恋愛的な意味で」

「~~~~ッ!」


 ディアは顔を真っ赤にし、話そっちのけで俯いてしまう。

 あれ、これ自覚できてる?

 硬派なディアだが、こんなに恋する乙女っぽさを出せるとは思いもしなかった。

 やはり彼女は私のライバルの一人……!


「そ、そそ……そんなことははは……」

「ごめん、なんでもないわ。今の話はナシで」

「え、あ、う? はい……ふぅ」


 なんでシンってこんなにモテるのだろう。あの女タラシめ……。

 私が夜這いをかけてもすぐ服を着ろだとか、軽くあしらわれてしまうのに。

 そんなに魅力ないのかな、私。

 こういう明らかにキャラを変えながら接しているのがダメなのかな?


「ね、ディア」

「は、はい?」

「シンって誰がタイプだと思う?」

「え? ……えええぇぇぇ!?」


 あーもう可愛いなこの子。

 私よりスタイルいいのに胸も大きい。

 なによりこの初心な反応。もし、私が男だったらほっとくわけがないのに。

 ふふふ、ちょっといたずらしてみたくなってきたかも。


「なぜか私たちってシンを除いたら女性しかいないじゃない? ならシンが誰かしらに好意を抱いていてもおかしくないと思うのよ。ね、ディアは誰がシンの好みだと思う?」

「そ、そんなの私にわかるわけ……」


 どうせシンは自分なんて眼中にない。そう思っているのよねディア。

 でもね、私にはわかる。

 まだ希望を捨てれず、もしかしたらを期待しているあなたの心が!


「私はね、スタイルが良くて胸が大きい、さらには顔も整っていて綺麗な黒髪の女の子が好みだと思っているのよ」

「スタイル……胸……黒髪っ!?」

「そう、秘密なのだけど、シンって以外とディアのこと目で追っていたりするのよ。どこを見ているかは内緒だけど」

「シンが……私を……!?」

「全く羨ましいわ。シンはいつもクールな感じなくせに心の中ではあなたの綺麗な黒髪に顔を近づけた後、胸にある立派に育った果実と綺麗な足を堪能したいと思っているのよ。そしてその先も……、ああ羨ましいわ」

「シンが……、シンが私の黒髪……胸を堪能……? あわ、あわわわわわわわわわわわ」


 ヤバイ、なんかスイッチ入っちゃったかも。

 別にシンが見ているわけでもないのに胸元を隠し、茹で上がったタコのように顔を真っ赤にするディアは私の悪戯心を刺激するには充分すぎるほどだった。

 意外と私ってSだったりする……?


「ふふふ、胸や足を堪能した後はどこを堪能されちゃうのかしらね。そう、女の子にとって……ディアにとって一番大事な箇所だったりするのかしら」

「ダメ……ダメだ、そんなこと……」

「ああ、もう逃れられない。シンの欲望がディアをシン色に染め上げて……」



「何やってんだお前ら……」



「ひゃああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「あ……」


 淫らな会話をする私たちに丁度帰ってきたのだろうシンが声をかけてきた。

 状況が状況だったので、まさかの本人登場に柄にもなく奇声を上げたディアは、逃げ出すようにどこかへ走り去ってしまった。

 あー、やりすぎたかも。

 元はといえば私がシンのことで悩んでいるって話だったのに、気付けば恋するディアいじりになってしまっていた。


「……ディア、大丈夫なのか? 一体何が……」

「うーん……乙女の秘密、かな」

「乙女の秘密……?」

「何々、ディアがどうしたの?」


 シンの後ろからひょこっとレティが出てきた。

 なんだかいつもより機嫌が良さそう。手伝いに行った先で何かあったのだろうか。


「いや、俺が話かけたら『ひゃあああああああ』とか言ってどっか行っちゃったんだ」

「ふーん、なんか恥ずかしいことでもしてたのかな?」

「え……、そうなのかサラ?」

「うぇっ!?」


 確かにそんな雰囲気になりそうな言葉は使っていたけど、それはあくまで言葉だけ。

 あれ、これ誤解されるやつなんじゃ。

 急いで誤解を解かないと大変なことになりそう。


「あ、あのね」

「な、なんていうか……女性同士でも俺はいいと思うよ、うん」

「えっ、サラとディアってそういう関係だったの?」


 ちょっ、違っ……!


「ねぇ、シン。二人の邪魔しちゃ悪いし、私たちは別の場所に行ってようよ。まだ疲れも取れてないでしょ?」

「ん? あぁ、そうだな。じゃあサラ、邪魔しちゃってごめんな」

「じゃあねー」

「ちょっ、シーン!!」


 うう、私の馬鹿……。

 昨日のリードが誤解によって帳消しに……。

 しかも私が女性好きだなんていうあらぬ誤解が生まれてしまった。


 もうっ! 私が好きなのはシンなのっ!!


 

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