第13話 英雄はその輝きで導いた

『――――で』


『うむ?』


 俺は『ゼウスの神眼』を発動させ、「シン」と精神を入れ替わり、再びこの精神世界にやってきた。

 レティのバリアも限界だったようだし、英雄ならあの場面でもなんとかしてくれるだろう。

 

 それよりもまたこの精神世界でゼウスのじいさんと出会えたのだ。

 今度こそどうして俺がこんなことになっているのか聞き出してみせる。


『俺のことについてなんですけど』

『ほう』

『なんで俺が英雄の体に入っちゃったのか知ってますよね? 教えてください、なんでこんなことになってるんですか!?』


 ゼウスのじいさんは自分の髭をなぞるように顎に手を当て、しばらく黙り込んだ。

 この反応はビンゴに違いない。

 間違いなくゼウスのじいさんは何かを知っている。

 その後、意を決したのかゼウスのじいさんは顔を上げ、口を開いた。

 

 ついにこの現象の謎が明らかに……!



『知らん』



『…………は?』

『いや、ワシにもわからんぞい』


『…………』



 ――えっ。



『知っていたら昨日ここに来た時に伝えとるわい。なぜこうなったのかワシにもわからんのじゃ』

『で、でも! あなた神なんでしょ!? 知っててもおかしくないんじゃ……』

『ワシもビックリしたんじゃ。自分の宿り主の精神が誰かもわからぬ別人に入れ替わっとったんじゃぞ』

『そ……そんなぁ……』


 手掛かり捜索、再び振り出しに戻る。

 ゲームや小説のストーリーだとこういうキャラは何か知っているはずだと思ったから期待したんだけどなぁ……。

 そんな簡単に解決できないというわけか。


『じゃあ、この右中指にあるシルバーリングについて何か知りませんか? 現実の俺がつけてた物と同じ物だと思うんですけど』

『む……、これは……』


 食いついた!

 やっぱりこのじいさん何か知っているじゃないか。聞いてみるもんだな。

 

『物自体の出どころはわからんが、この物からはかなり強力な邪気を感じるの。恐らく呪いの一種か何かではないじゃろか』

『呪い……?』

『左様。そのリング、何かあると見て間違いなさそうじゃぞ』


 やはり何かあるのかこのシルバーリング。

 現実だとリサイクルショップで買った安物のはずなのにどうしてそんな物が……。


『それと、その邪気はあれと近しい物じゃな』


 ゼウスのじいさんはある方向を指差した。

 その指先にあるものは中継モニター。元に体に戻った英雄たちの様子が映し出されている。


『おそらくあの者たちもその邪気に取り込まれているようじゃ』

『邪気に、ですか』



   ◇   ◇   ◇



 ゼウスの神眼により剣を『アイギスの盾』に変化させた英雄シン。

 先ほどまでレティが展開していたバリアと違い、雨のような魔法結晶の攻撃にビクともしない。

 その強固な盾は傷一つつく様子はなかった。


「何……!? どうして攻撃が効かない!?」

「魔法と『神器』を同列に扱われても困る。この程度の攻撃では『アイギスの盾』に傷一つつけることはできん」

 

 纏うは強者の闘気。

 これまで押せ押せだった男たちの勢いが次第に沈黙していき、攻撃の勢いが著しく落ちていく。

 

 このまま同じように攻撃をし続けても攻略することはできない。

 彼らはそう感じ取ったのだろう。

 やがて魔法結晶の雨は止み、シンは役目を終えた『アイギスの盾』を元の盾サイズの大きさに戻し、手元に引き戻した。


「遠距離攻撃がダメなら近距離攻撃にシフトするのみ! 行くぞお前らぁ!」

「「おぉ!!」」


 男たちは再び魔法結晶を作成し、今度は槍のように手に持ってシンのほうへ駆け出した。

 対するシンはその場から一歩も動くことなく、彼らがこちらへ迫ってくるのを待っている。


 余裕。そう一言で表すのは楽だろう。

 近くで見ているレティは思った。彼らではシンの足元にも及ばない。

 それには理由がある。シンは戦いに勝とうとしているのではない、彼らを救おうとしているのだと理解していたからだ。


 何よりも武器選択がその証だ。

 シンは敵の攻撃が終わった今も武器を変形させることなく『アイギスの盾』を持ち続けている。

 攻撃用の武器に持ち替えることなくそのまま盾を持っているのだ。

 今何が起きているのか、彼らがどんな状態なのかを察知した上で自分が取るべき行動を瞬時に判断し、実行しようとしている。

 彼と共に旅をし、時間を過ごしたレティにはシンが何をしようとしているのかわかっていた。


「おらっ食らえ!!」


 一人が手に持った魔法結晶をシン目がけて突き出す。

 シンは冷静にそれを『アイギスの盾』で防御する。

 するとその時だ。『アイギスの盾』に彫られているメドゥーサの頭部が実体化し、動き出した。


「なっなんだ!?」

「女怪の魔眼よ、我に力を。『メドゥーサの眼』ッ!」


 現れたメドゥーサの眼が禍々しい光を放ち、それを見た男の体がみるみるうちに石化していく。

 これはメドゥーサの『目を見た者を石化する力』。

 その頭部がはめこまれていたというアイギスの盾に拡張された能力だ。


「すまない、しばらく固まっていてくれ。お前たちもだ」

「なにっ……!? ぐっ」

「ああっ……!」


 シンは『アイギスの盾』を残る二人にも向け、『メドゥーサの眼』によって石化させた。

 石化させているのは頭部を除いた全身だ。これではまさに手も足も魔法も出ない。


「ぐっ……元に戻せ!」

「戻してやるさ。”元にな”」


 シンは彼らを石化させると、今度は『アイギスの盾』を天へと向けて突き出した。

 すると、メドゥーサの頭部は盾に彫られた彫刻へと戻り、盾自身がまばゆい光を放っていく。

 その光が照らす先は石化された男たち。身動きの取れない彼らはその光をただ受けるしかなかった。


「ぐっあああああああああぁぁぁぁぁ!!!」

「邪気を振り払え、女神アテナの光よ」

「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 男たちから煙が上がる。

 彼らが直接焼かれているのではない、焼かれているのは彼らを取り込んでいた邪気だ。

 盾が放つ聖なる女神の光は邪悪を払う。

 攻撃を許さぬのと同様に、この盾は闇を決して許しはしない。

 

「これで、元に戻れるだろう」


 男たちから煙が上がり切ると、シンは『アイギスの盾』を元の剣の姿に戻し、男たちの石化を解いた。

 その場に倒れ込んだ男たちはやがて目を覚まし、あたりをキョロキョロと見渡している。

 

「あれ、俺たちは一体何を……?」

「え、記憶にないの!?」

「て、天才魔法使い!? なんでお前がここに」


 彼らからはもう邪気は感じられなくなっていた。

 記憶がないことを考えると、彼らは何者かによって憑けられた邪気に操られていたのだろう。

 シンはそのことを瞬時に見抜き、彼らを倒すのではなく救う手段を選んだのだ。


「やはりか、お前たちを操っていたのは正体不明の邪悪な気だ。おそらく魔族の生き残りかなにかに植え付けられたのだろう」

「え……俺たちがか? それはすまねぇことをしたな……、昔もこんなようなことあったのに」


 男たちは俯き、レティたちに謝罪の意を表した。

 レティは少々あわあわした後、彼らにすぐ顔を上げるよう促す。


「大丈夫、本心で襲ってきたんじゃなかったのならそうで良かったよ。あの時の言葉はなんだったんだろうって思っちゃったし、あはは」

「ははは、面目ねぇわ……」


「よ、良かった~みんな無事で」


 戦闘が終わった様子を見て後ろに隠れていたラピスも姿を現した。

 シンが持っていた分の荷物も持っているのでよろよろとよろけている。重さに耐えられず、今にも転んでしまいそうだ。


「すまないラピス、心配かけた…………っ!」

「え、シン君?」


 ラピスが向かってきたことに気付いたシンは後方へ振り向くと、突然目眩がしたのかふらついてしまう。

 そして、



   ◇   ◇   ◇



『へぇ~、シンとレティ、それにあの男たちにそんな過去が』

『うむ、だからあの男たちが再び同じようなことを言いながら襲ってくるのは操られているとしか考えられんのじゃよ』


 俺はシンの戦闘を中継モニターで見つつ、ゼウスのじいさんからレティの過去について教えてもらっていた。

 じいさんはあの男たちは何者かに植え付けられた邪気によって操られていると言う。

 それも俺の右中指にはめられたシルバーリングからも同じ邪気が感じられると言うのだ。


『確かにこれ外れないんですよねー呪いって言われたらなんか納得できる。でもなんでそんな物が現実にあったんだろ』

『うーん、流石にそこまではワシもわからんな。じゃが、怪しいアイテムと見て間違いないじゃろうな』


 このシルバーリング、何度か外そうと試みたが一向に外れる気配がないのだ。

 なぜ俺が英雄の体に入り込んでしまったのか鍵を握っていそうなのは間違いなくこのリング。

 これから調査しなければいけない対象は間違いなくこれだ。


『む、そろそろ時間切れじゃな。まぁ、あっちでも色々と聞いて回ってみるとどうかの』

『そうですね。じゃ、ありがとうございました』

『ほいさ、また能力を使った時にのう』

『はい』



   ◇   ◇   ◇



 はい、戻ってきました。

 男たちは正気に戻り、俺のもとにはラピスが駆け寄ってきている。

 隣にいるレティはというと、精神が入れ替わった際のふらつきを心配したのか手で俺の体を支えてくれていた。


「だ、大丈夫シン?」

「ん? ああ、ちょっとふらっとしただけだ。問題ないよ」

「良かった~。さっきの戦闘で頭でも打ったのかと思っちゃった」

「ははは、心配してくれてありがとうレティ」


 精神世界だとゼウスのじいさんが事情を知っているので自分を偽る必要がないのだが、戻ってしまうと俺は再び英雄ごっこをしなければならない。

 ある意味一番本心を打ち明けられるのはじいさんってわけだ。使った後の疲労感が半端ないからこの能力滅多に使えないけど。


「『ゼウスの神眼』を使ったからその反動かな。一応回復魔法かけておくね、『ホーリー・ヒール』」

「おおっ……」


 レティが唱えた回復魔法によって俺の体を優しい光が包み込んだ。

 なんだこれすげぇ……体中の疲労感がみるみる抜けていく……!

 回復するってこういう感じなんだな。き、気持ちいいぞこれ。


「……ふぅ、助かったよレティ」

「うん、大丈夫そうならよかった」


 さて、と事件は済んだし早くラピスの宅配を済ませないとな。

 状況が状況だったとはいえ道草を食った形だ。宅配なんだからあまり時間をかけるわけにもいかないだろう。


 俺は押し付けてしまっていた荷物をラピスから受け取り、再び隣町へと向かおうとした。


「あの~……」

「え?」

「迷惑かけちゃったみたいなんで手伝いますわ。俺たちは何かに操られていたみたいだけど、心の中ではまだあんたたちを恨んでいたのかもしれない。元を辿れば自分たちのせいなわけだし」

「そんな、悪いですよ」

「いいっていいって、荷物持ちぐらいはさせてくれ。そうじゃないと気が済まねぇ」


 男たちはそう言うと、俺とラピスから荷物を奪い取り、俺たちが向かっていた隣町の方向へと歩き出していった。

 どうやらじいさんから聞いた話の通り、彼らは改心していたので本来ならレティを襲うなんてことはしなさそうだ。

 と、いうことは陰に彼らの心を弄び、利用した輩がいるということ。

 魔王が滅んだはずのこの世界だったが、サラの時といいどうやらまだ暗躍する何者かが存在しているようだ。

 それとこのシルバーリング、このことと何か関係していたりはするのだろうか。

 


「シン!」

「ん?」


 男たちの後を追い歩いている途中、隣を歩くレティが笑顔でこちらを向いた。

 親愛を具現化したようなその眩しい笑顔は、内心俺ではなく「シン」に向いているとわかっていてもついドキッとさせられてしまう。

 レティははにかみながら俺の腕に抱きつき、上目遣いで俺の顔を見上げた。


 だからそういうの本当にヤバイって。

 マジで。


 次の瞬間、レティは若干頬を赤らめつつ俺に向かってこう言った。



「私に気付かせてくれて、ありがとうっ!」



 その言葉に色々な意味が含まれているのは俺でもわかる。

 俺は「シン」ではないし、今ここで明確な答えを出すことはできない。


 ――けど、このくらいなら別にいいだろう。



「ああ、どういたしまして」


 

 その日、俺のありきたりなはずの言葉を受け取ったレティは、その後もレティらしく自由気ままに過ごしていた。

 

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