第12話 才能ある者には責任があった

「『ファイヤー・ボール』!!」


 レティが杖を掲げ足元に魔法陣が現れると、杖から火の玉がいくつも発生し、スライムを焼き払っていく。

 

 ラピスの荷物配達のため町を出た俺たちだったが、案の定雑魚敵ではあるがスライムが襲ってきた。

 正直スライムは俺でも倒せるのでないかと思えるほどの弱さだが、ラピスは全部ではないとはいえ荷物を背負っている状態で丸腰同然だ。

 襲われてしまうと面倒だろう。


 そこで俺たちがいるというわけだ。

 とはいえ俺も荷物を持つのを手伝っているため、あまり気軽に動き回ることはできない。

 しかし、残るレティは荷物を持っていない。完全なる護衛役。

 隣町へはそう遠くないようだし、これなら難無く配達を終えることができるだろう。


「ふんふんふふ~ん」

「機嫌が良さそうだな、レティ」

「ラピスと一緒とはいえ今日はシンといられるからね~。気分最高最高ー」

「ははは、そうか」

「まったく、本当にレティはシンのことが好きなんだね」

「うん、だってシンは――」



「いたいた。天・才・魔・法・使・い・さ・ん」

「――――ッ!!」


 呑気に散歩気分だった俺たちの足元へ黒色をした結晶のようなものが突き刺さった。

 どこからかの流れ弾、というわけではないらしく、明らかに俺たちを狙って飛んできたものだ。

 幸い三人とも負傷はなかったが、その結晶が放つ異様な邪気は俺でも感じ取ることができる。

 この感じ……身に覚えがある。

 

 これは昨日魔族が放っていた邪気と同じものだ。

 思わず息を飲んでしまうほど威圧してくる禍々しい気、間違いない。


「待っていたんだよ、お前に復讐できる日をなぁ……」

「復……讐……?」

「お前のせいで俺たちは何もかも失っちまった。地位も、信頼も、何もかもだ。お前がいなければそんなことはなかったのに!!」


 道の側にあった大きな木の影から男が数人姿を見せた。

 男たちの目は憎しみに満ち、正気を失っている様子が窺える。明らかに普通の状態ではない。

 そんな男たちの目的は英雄なんて崇められている冒険者への嫉妬かと思いきや、彼らの視線の先にいるのは俺ではなくレティだった。

 

「……なんであなたたちがまた性懲りもなく来たの。あの時のことで心を入れ替えてくれていると信じていたのに」

「黙れ天才。お前にはわからないだろうが俺たちはお前に復讐しなければこの先に進むことなんて不可能なんだよっ!! 行くぞお前らぁ!」

「「おう」」

「『ヘル・バレッジ』!!」


 男たちの足元に魔法陣が生成された。

 彼らは両手にも生成した魔法陣から先ほどの結晶をいくつも生み出し、こちら目がけて射出する。


「ヤバイッ、二人ともレティの後ろに隠れて! 『ホーリー・バリア』!!」


 すかさずレティも魔法陣を生成、杖に光を込めて対抗するつもりだ。

 レティが使ったのは光のバリアを展開する魔法。

 俺たちを覆うように張られたそのバリアは飛んでくる結晶を弾き、こちらに寄せ付けない。


「ヒヒヒヒヒヒッ、さーていつまでもつかなぁ?」


 バリアに防がれてはいるが彼らは攻撃の手を緩めない。

 何度も何度も鋭い結晶が勢いよくバリアにぶつかっては粉々に砕け散る。

 だが、それは決して無駄ではない。

 少しずつだがバリアに綻びが生じ、ヒビが入っていくのが肉眼でもはっきりとわかった。


「マズイ……! レティ!」

「大丈夫……大丈夫だからァ!」

「レティ! 無理しないで!」


 なおも攻撃が止むことはなかった。

 少しずつではあるが、バリア全体にダメージが入り、所々破られかけている。

 このままではバリアが完全に破られて俺たちはあの結晶の雨に串刺しにされてしまう。


「また巻きこんじゃったのは私のせいだから……。私が……、私がこんなだからみんを……!! だから……っ!!」


 あの魔法攻撃普通じゃない。

 禍々しき邪気を放つあの魔法結晶はバリアを食い破るように突き刺さろうとしているのだ。

 いくらレティの魔法が強力だとしても、あんな攻撃を受け続けたらいつかはバリアだって破られてしまう。

 

「あの時……、シンにそう教えられたからァッ!!!!」


「えっ……」



   ◇   ◇   ◇



 ――当時。

 レティは今日も元気にパーティから失踪中だった。

 所属する『魔法猟団』が今何をしていようとおかまいなし。

 そんなレティは店の商品を運んでいる最中のラピスを見つけて合流、仲良く会話をしながら一緒に町へと向うことにした。

 

 そんな時だった。

 『天才魔法使い』と呼ばれるほどの素質と才能を持つレティを憎いと感じ、彼女に復讐しようと企む者たちが二人に襲い掛かったのである。


「お前のせいで『魔法猟団』内でちやほやされていた俺の立ち位置が台無しになったんだよ。そのくせしょっちゅういなくなるわ、基準がお前になったせいで俺じゃあ力不足だなんて言われて散々だ。終いには素行が悪いからなんだとかで俺はパーティを追い出されちまったよ。全部お前のせいなんだよぉ!」

「え……、でも私は何も……」

「うるせぇ、お前みたいな才能あるくせに適当やっている奴に人生壊されて腹立つんだよ! ここでくたばっちまえ!」


 彼らは天才とまで呼ばれるほどの魔法使いレティの加入で確立していた地位を失ってしまった人たち。

 逆恨みではあるが、恨む理由なんてものはそんなものなのだ。

 一度そう思ってしまえばその感情は次第に肥大化していき、抑えのきかないものと化す。


「いや、放して……!」

「ラピスっ!」

「抵抗してみろ。お前は俺たちより優れた魔法使いだ。その気になったら全員倒すことも可能だろう。だが、もしそうなった場合この娘はどうなると思う? 俺たちと一緒に地獄行きだろうな」

「ぐっ……汚い……!」

「アハハハハハッ! どんなに汚かろうが俺らの人生もとっくにクソまみれなんだよ! 今更どんなに落ちぶれようと関係ねぇ」


 ラピスを人質に取られたレティは抵抗することができず、彼らの攻撃魔法をただ受けるしかなかった。

 容赦のない魔法攻撃が無抵抗のレティを次々と襲っていく。

 

『なんでこんなことになってしまったんだろう。私が無駄に才能を持ってしまったから? それとも周りのことなんて考えず好き勝手に行動していたから? ラピスを巻き込んでしまったし、私なんていなかった方がこの人たちも今よりいい人生を歩めていたんじゃないかな……』


 別に好きで魔法使いの素質と才能を持っているわけではない。適性がそうだったから魔法使いをやっているに過ぎないのだ。

 こんなことならこんな才能なんていらなかったのに。


 彼女はその時そう感じていた。

 だが、


「ぐあっ!」

「誰だお前……ぐっ!」


 ラピスを拘束していた二人の男が突然倒れたのだ。

 

「安心しろ、みねうちだ」


 そこに立っていたのは見知らぬ男。

 剣を片手に高速されていたラピスを保護してくれていたのだ。


「え……シン君がなんでここに?」

「ただの通りすがりだ。それより」


 その男はゆっくりとレティを取り囲む男たちの元へと歩み寄った。

 予期せぬ事態に男たちはたじろいでしまう。完璧な計画のはずだったのに……と。

 この男の底知れぬ何かを恐れたのか、男たちは自然と彼がレティの元へと向かう彼に道を空けてしまっていた。

 それは恐怖にも似た何か。触れるべきではない物だと本能的に察知した結果なのだろう。


「大丈夫か?」

「あ、あなたは……」

「通りすがりの冒険者だよ。それより天才魔法使いさん、お前はそれでいいのか?」

「……え?」


 その男はレティに問うた。

 自分の才能のせいで他人に迷惑をかけてしまったこと、認識はそれで本当にいいのか? と。

 何を言っているのかわからない、という顔をするレティに男は言葉を続ける。


「才能ってのはな、台風みたいなもんなんだよ。その中心にいる本人はわからないかもしれないが、そいつが才能の劣る周囲の人間をどれだけ痛めつけているのか気付かないんだ」

「やっぱり……」

「でもな、だからといって才能のある奴は見えている世界が他の奴らとは違うんだよ。台風の目となる人物たちにしかわからない何かがな」


 男はレティの肩に手を置いた。

 彼女を諭すように、道を間違えさせないように。


「自分の才能によって知らず知らずのうちに誰かをめちゃくちゃにしてしまっているかもしれない。でも、それでも才能のある奴らは足を止めることは許されないんだよ。見えないどこかで誰が傷付いていようと常に先を走り続ける義務が才能を与えられた者にはあるんだ」

「……」


「周りを見るな、自分を見ろ。己が発する台風によって傷ついた誰かの分もお前が前を向き続けるんだよ。魔法使いとして」


「――――ッ!」


 彼女は雷に打たれたかのような感覚を覚えた。


「誰しもが素質があって才能を得ているわけじゃない。残酷かもしれないが、才能のない奴がどんなに努力しても、才能のある奴が同じぐらい努力したら敵わないんだ。だから後者には責任がある。常人には成し遂げられない高みへと行く責任が」


 男はレティの目を真っ直ぐ見つめる。

 不思議とレティも彼の目から目を離せないでいた。

 自分の何かが変わる、そんな予感がして。


「お前には背負えるか、その責任が」


「レ、レティは……」


 気付けば男たちも息を飲んで彼の言葉を聞いてしまっていた。

 ラピスもだ。その場にいる全員がレティの答えを待っている。

 

「レティはたまたま魔法使いとしての適性が抜きんでてて、色々な魔法も特に苦労しないで覚えられて……。だからレティは苦労なんてしなくてもいいと思ってた。何をしても大丈夫だろうって気になっていた」

「ああ」

「でも、今日知らず知らずのうちに私が他人にどういう影響を及ぼしていたのかを知った。他人の人生すらも狂わせてしまっていることも知った。そして……」


 レティは一度言葉を飲み込みながらも、必死に吐き出そうとする。

 芯のある決意のこもった声で。


「自分が何をしなければならないかを知った。……だから、レティは魔法使いとして高みを目指したい。いや、目指す。それが才能を与えられたレティの使命なんだから!」


「ふっ、そうか」


 レティが傷付いた体に鞭を打ち、己の足で立ち上がる。

 男はそれを見てスッとその場から離れた。

 もう俺の助けはいらない、そう言うように。

 男が離れるとレティは囲っていた男たちを睥睨した。

 その表情は今までのどこか適当なものとは違う、真っ直ぐ前を見つめる覚悟の決まったものだ。


「私に恨みをぶつけたいなら今ここでぶつけて貰っていいよ。どんな言葉でも受け入れるし、集中攻撃したっていい。でも、それは才能で勝る私に勝負を挑んでいるとみていいんだよね。だったらこっちも容赦しないから……」


 もうラピスは人質として取られていない。

 覚悟を決めたレティの目は今までにないくらい強い目をしていた。


「……っ、はあ。なあ?」

「ああ……」

「え?」


 そんなレティを前に男たちは互いに目を合わせると揃って溜め息を吐いた。

 先ほどまでの威勢はどこへ行ったのやら、もう攻撃の意思はないようだ。


「俺たちはすごい才能を持った奴が適当に過ごしているのを見てイラついていただけかもしれねぇ。態度が悪いとかは俺らの自業自得でもあるわけだしよ」

「自分が限られたすげーやつだって気付いて、どう振舞うべきなのか自覚が芽生えたんならもうなんも言わねーよ」

「あの男の言ってることが全てだったしな。まー、こんなことで恨み晴らしても俺たちの今が変わるわけじゃないしな」

「え……?」


 その男たちはレティたちに背中を見せ退散していった。

 拍子抜けしたレティはその場にへたり込んでしまう。

 ある意味彼らはレティに発破をかけたかったのかもしれない。

 自ら才能を食い潰そうとしていた天才に対して。


「あれ、あの男の人は?」

「彼はシンく……シン。もうどこかに行っちゃったみたい」

「そう……。シン、か」



   ◇   ◇   ◇



「なんであの人たちがまた襲ってきているのかはわからない。でも、これは私が背負わなきゃいけない責任だから!!」


 バリアのあらゆる箇所にあったひびが繋がっていく。

 それでも止むことのない魔法結晶の雨により、ついにバリアは音を立てて崩れ落ちてしまった。


「そ……そんな…………!」


 しかし、結晶の雨がレティたちを襲うことはなかった。

 先ほどまではなかった新たなバリア……いや、盾が彼女たちを攻撃から守っていたからだ。

 レティの横に並び立つ一人の男がいる。

 彼女に才能ある者故の責任があることを自覚させた、今では人々から『英雄』と呼ばれる男。



「『アイギスの盾』。良かった、ちゃんと今でも覚えているんだな。あの時のことを」


「シン……!!」


 今までレティの後ろにいた彼とは違い、あの頃よりさらに強みを増した闘気を放つ男が彼女の隣に立っていた。 

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