第11話 2・天才魔法使い レティ

 どうやら俺はあれからサラに覆いかぶさるような形で寝てしまったらしい。

 目を覚ましたと思いきやなぜか俺はサラに膝枕をされている。


「ちょっ……」


 俺は女の子に膝枕をされるのなんて初めての経験だ。

 初めて感じる女の子の膝枕の感触につい変な声を上げてしまいそうになるが、どうやら寝ていたのは俺だけではないようで、サラもすやすやと寝息を立てながら寝ている。起こすようなマネはやめておくとしよう。

 

 しかし、このまま起きてしまうのもなんか勿体ない気もする。

 ならばと思いこのままご厚意に甘えてもう少し膝枕を堪能することにした。

 決していい匂いがするからとか私欲に負けたわけではないぞ、断じて。


 今俺の枕としての役割を担っているサラの太ももは彼女が剣士なせいか引き締まっていると同時に柔らかい。

 これが女の子の膝枕……。世の中の男はこんなものを体験しているのか。

 姿勢を仰向けに変えると、今度はサラの立派な二つのお山が視界を遮ってきた。

 下のアングルから見るのは初めてだがこれは絶景だ。このまま体を起こすと間違いなく顔に衝突する。

 服の上からでもさぞかし柔らかいのだろうな。一度やってみたいところだが……。


「いや、やらないよ……?」


 そんな勇気俺にはありません。

 仕方なく右に寝返りを打ち、再び寝ることにした。

 これが本来の自分ならGOサイン出せるんだけどね……。


「んっ……あっ……」

「え」


 俺は寝返りを打っただけなのだが、妙に色っぽい嬌声が聞こえた。

 こ、これはサラのもの……?

 沈まれ煩悩。ここで変な気持ちになってはダメだぞ。これはサラが厚意でしてくれている膝枕なのだ。

 まぁ、好意でも間違ってはいないのだろうけど。

 はぁ、変なこと考えてないでとっとと寝よう……。



 その後、また寝てしまった俺はサラに起こされ、その頃には日も暮れ始める時間になってしまっていた。

 また随分と長い時間寝てしまったものだ。膝枕をしてもらっていたサラにも悪いことをしてしまったな。


 それからというものの、魔族の男は単身乗り込んで来ただけのようで他に魔族に襲われるようなことはなく、道中で遭遇したのはスライムのような弱い敵のみ。

 町を出てすぐという距離もあってか特に何事もなく帰宅できたわけだ。

 これで今日の出来事は終了。



   ◇   ◇   ◇



 そして次の日。

 俺は今日レティに付き合わされている。

 サラは壊れた式場の片付けに合流するとかで今日は空いていないらしく、フリーになった俺をレティが誘ってきたのだ。

 昨日と同じく友達のラピスという子の手伝いがあるそうで、何もすることがない俺はこちらに付き添うことにした。

 レティに案内されたのは町にある1つのアイテム屋。

 

『アイテムショップ バーサタイル』


 看板にはそう記されている。

 店舗自体は普通の大きさで、いかにも商店街にでもありそうな地元馴染みのお店って風貌だ。

 レティは到着するなり店の戸を開ける。


「こんにちは~。ラピスー、来たよー」

「あ、おはようレティ。あれ、シン君も」

「……シン君?」


 店の中にいたのはこれまた同年代くらいの耳の長い女の子。

 ラピスと呼ばれるこの子は金色というよりかはクリーム色に近い髪色で、その髪はおさげに結っている。

 そしてなんと言っても特徴的な長い耳だ。間違いなく彼女はエルフなのだろう。

 顔から下を見ると、彼女は美しいスレンダー体系なのだが、ある一部分がレティと並ぶと悲しい気持ちにさせてくる。

 これがきょういの格差社会ってやつか……。


 っていうかマジか。顔馴染みかよ。

 いや、レティの友達っていうくらいなんだから知り合っていて当然かもしれないが、またらしく振舞わないといけない材料が増えてしまった。

 わずかな時間だが昨日見た「シン」っぽく……こう、凛々しい感じを出さねばいけないわけで。


「え?」

「あ、いや。今日はレティと一緒に手伝いに来たぞラピス」

「本当? ありがとうシン君、助かるよ」


 よし、いける。

 自分を偽っているわけなので少々疲れるが、これも「シン」の体に入ってしまった者の務め。

 あんな強さを見せられた後だ、俺が彼の評判を落とすわけにはいかない。


「じゃあごめんレティ、早速だけどレーナさん家にこのポーションのセットを届けて貰ってもいいかな?」

「オッケー! まっかせて~」

「俺はどうする?」

「シン君は品出しをお願い。まだ今日仕入れた物を店頭に出せていないから」

「よし、わかった」


 レティはラピスから宅配物を受け取ると飛び出すように店を出て行ってしまった。

 ああいうところも性格が出てるよなーって感じる。

 落ち着きがないっていうかなんというか。


 対する俺は品出しをお願いされた。

 ラピスに頼まれたのは箱にたくさん入った瓶の陳列。

 これは、強化アイテムの類だろうか。瓶に入った液体のようだけどポーションではなさそうだしなー。


「場所を空けているからあそこに陳列してくれる?」

「おう、任せろ」


 指示されたのは飲むと体力増加だとかスピードアップとかそういう説明のされている薬品が多い棚だ。

 やはりこれもそういう系の強化アイテム。

 なんだかRPGの世界みたいになってきたな。ちょっとワクワクしてきた。



「……なんだかシン君とこうしていると小さい時を思い出すよ」

「ラピス?」

「昔はこうやって二人で店番したりしてたじゃない? あの時はまだ二人とも小さかったけど、一緒に店に来た人の接客をしたりするのが楽しかったんだ」


 あれ、もしかしてこの子幼馴染属性持ち?

 「シン」さんハーレム具合半端なくない? あらゆる属性完備してるじゃないか。


「でも今のシン君は魔王を倒した英雄にまで登り詰めちゃった。私は変わらずこの町で店を営んでいるけど、随分と差ができちゃったな~って」

「……別にそんなことないだろ」

「え……?」

「俺は英雄なんて呼ばれてしまうほどになったかもしれない。でも、俺みたいな冒険者を支えているのがこういう便利なアイテムを売ってサポートしてくれている人たちなんじゃないのか」

「サポート、か。私にできているのかな……」

「できてるさ。適材適所だよ、ラピスみたいな人も世の中には必要なんだ。もっと胸張っていいと思うぜ」

「シン君……。うん、ありがとう」


 これは自分の素直な気持ちだ。

 全員が全員冒険者だったら物語のストーリーは成り立たない。

 冒険者がいて、ヒロインがいて、敵がいて、商人がいて、住人がいて……それで初めて世界観というものは完成される。

 

 おそらく、ラピスは幼馴染の「シン」が遠いところに行ってしまったのではないかと感じていたのだろう。

 別にそんなことはないはずだ。

 距離的に考えても同じ町に住んでいるわけだし、彼もラピスのことを昔と変わらず大切に思っているはずに違いない。


「それに店舗経営なんて何が起こるかわからないだろ? ずっと店を続けていられるだけですごいよ」

「うん、そこは頑張っています」


 フンスッと胸を張るラピス。

 ……張る胸がないだろ、とか言わないよ俺は。


「だから英雄だろうがなんだろうが俺とラピスはそんなに変わらないはずだよ」

「……まったく、シン君はかっこいいこと言うなぁ。レティもそうだけ

ど、私の周りにはすごい人しかいないからどうしても劣等感を感じちゃうよ」


 む、話の流れだけどこれはレティのことを聞き出すチャンスなのでは?

 サラについてはよく知ることができたけど、他の仲間たちのことはまだよく知ることができていない。

 こういうチャンスを活かしていかなければ。


「えと、ラピスとレティってどうやって知り合ったんだっけ?」

「えーと、確か私が店番をしていた時にレティがふらっと現れたことが始まりだったかな」

「ふ……、ふらっと?」

「うん、そこで色々物珍しそうに商品を眺めていたから話かけたのがきっかけ。そこからちょくちょく店に顔を出してくれるようになったんだ」

「一人で?」

「一人で」


 リープもそうだけどレティも自由人って印象あるんだよな。

 気に入られたんだろうな、ラピス。


「それって俺とレティが出会う前か?」

「そうだと思う。その時レティは『魔法猟団』っていうパーティに所属していたみたいだから」

「その名前の通り魔法使いが集まっていそうだな」

「実際そうだしね。でも、レティは自由人すぎてしょっちゅう失踪を繰り返していたみたいだよ。ウチの店もその失踪先の一つだったみたい……」


 協調性がなかったんだな……。

 でも今は自由人といっても失踪するレベルではないと思うんだけど。

 これは「シン」と何かあったって考えるべきか。


「『天才魔法使い』とまで言われているのに肝心な時に失踪している、とかでパーティの人たちも苦労していたみたいだよ。素質は充分なのになんでこうなんだーって頭抱えてた」

「ははは、容易に想像できる」

「その後だよ。私が失踪中のレティと一緒に仕入れた商品を輸送している時、シン君に助けてもらったあの……」

 

「たっだいま~! 届けてきたよ」


 ラピスが何かを語ろうとしたその時、勢いよくドアが空いてラピスが帰ってきた。


「早っ!? え、レティもう帰ってきたの?」

「え、そう? 普通だと思うけどな」


 まだ10分も経っていなさそうだがもう帰ってきたのか。随分高速な宅配便だ。

 これならラピスが手伝いを頼みたくなる気持ちもわかるかもしれない。

 初めて抱き着かれた時といい本当に元気いっぱいだな、レティは。


「おかえりレティ。配達ご苦労様」

「こんなの朝飯前だよ~」

「はい、お茶飲む?」

「ありがとー!」


 …………。

 あ、これ続き聞きそびれるやつだ。

 その話の続きは「シン」との出会いの箇所だと思うので一番大切なところのはず。

 おそらく二人が何者かに襲われたところを「シン」が救ったのだと思うが、それが何なのかはわからずじまいか……。

 まあ、いいや。またの機会にするかな。



   ◇   ◇   ◇



「二人とも、この後隣町へ届け物をしないといけないから一緒についてきてくれないかな? モンスターに遭遇しないとは限らないし、来てくれると助かるんだけど」

「いいよ! シンも行こうっ」

「ああ、いいぜ」

「ありがとう二人とも」


 手伝いを初めて約一時間ほど。

 ラピスは隣町へ届け物をしなければならないようで、俺たちに同行を呼びかけてきた。

 どうやらその届け物とはさっき俺が陳列をした例の液体の入った瓶のようだ。

 既に荷造りはしてあり、後は届けるのみ。

 

 昨日霊鳥の森に行った際に知ったのだが、町を出ると意外とモンスターが襲ってくるのだ。

 襲ってくるとはいってもスライムのような弱いモンスターばかりだったが、そんな中ラピスを一人にするわけにもいかないので俺たちが同行する必要がある。

 それも含めてのレティの誘いだったのかもしれないな。


「それじゃあお母さん、配達行ってくるね」

「はいはい、気を付けてね」


 店の奥にいたラピスの母親と店番を代わり、俺たちはバーサタイルを出た。

 俺たちと一緒だからなのかラピスの足取りは軽い。

 外見英雄、中身は凡人な俺では護衛にはならないと思うが、天才魔法使いなんて呼ばれていたというレティがいるなら大丈夫だろう。

 いざという時には『ゼウスの神眼』っていう切札もあるしね。


 そうして、俺たち3人は配達のために町を出た。

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