真夏の里帰り

無月弟(無月蒼)

前編

 毎年夏になると、私は生まれ育った町に里帰りしている。


 ビルが立ち並ぶ都会でも無ければ、コンビニが一件も無い様なド田舎でもない。言うならば、ちょっと田舎な私の故郷。

 進学のために地元を離れて、そのまま向こうで就職して。それから……

 まあ色々あったけど、やっぱり年に一度くらいは帰ってきたいよね。


 高校の頃、毎日利用していた駅に着くと、懐かしさが込み上げてくる。去年も一昨年も帰って来てるのに、やっぱりここに来ると昔を思い出さずにはいられない。

 離れてからもう何年も経つけれど、やっぱり私はこの町が好きなんだ。


 さあ、この炎天下の中、長居は無用。照り付ける日差しの中でいつまでも外にいたんじゃ、気持ちが滅入ってしまいそう。そうと決まれば、早速我が家へレッツゴー……とは、いかないかな。


 これも毎年のことだけど、私はここ数年、真っ直ぐ家に帰ったことが無い。いつも必ず、実家の近所にある一軒のお宅に寄り道しているのだ。私より三つ年上の幼馴染、朔也さくや君の家に。

 朔也君とは、小さい頃からよく一緒に遊んでいた。面倒見が良くて優しい、私の初恋の男の子だった。


 お父さん、お母さん。家に帰るよりも先に、男の子の家に押し掛けるふしだらな娘を、どうかお許しください。言っとくけど、やましい事なんてしてないから。本当にただ、挨拶に行ってるだけだからね。


 私は小さい頃よく、『朔也君のお嫁さんになる』ってよく言ってたっけ。今にして思えば、よくそんな恥ずかしい事を言っていたものである。だけどあの頃は将来、絶対にそうなるものだと、信じて疑わなかった。

 純白のウエディングドレスを着て、隣にはピシッとしたスーツに身を包んだ朔也君がいて。そんな光景を何度も夢見ていた。


 ああ、なんて恥ずかしい妄想をしていたのだろう。高校の頃、それを覚えていた朔也君が『そういえばお前、昔は俺と結婚するとか言っていたっけ』って言った時は、顔から火が出るかと思った。『恥ずかしい過去を掘り返すな』って、ポカポカ叩いてやったっけ。

 口ではそう言っていたけど、本当はその時もまだ、朔也君のことが好きだった。ううん、もしかしたら、今だってそうなのかも。でなきゃ毎年、実家に帰る前に彼の家に顔を出したりしないもん。

 朔也君への気持ちは、多分この先もずっと変わらない。彼の気持ちが、私に向くことが無いって分かっていても。


 私が中学一年生で、朔也君が高校一年生の時、彼に彼女が出来た。その時はまるでこの世の終わりみたいに絶望したよ。そして同時に知った。朔也君は私を、女の子として見てはいないんだって。たぶん、妹のように思っていたんだ。


 その後朔也君はその彼女とは別れたけど、それを機に彼にアプローチを掛ける気にはなれなかった。ううん、出来なかったのだ。

 朔也君のことは好きだけど、今の関係も壊したくない。そう思ったら途端に怖くなって。そのまま幼馴染の関係をズルズルと引きずってしまったんだよね。あーあ、もう少し勇気を出せてたら、今の関係が変わっていたのかなあ?


 おっと。昔を思い出しているうちに、朔也君の家についてしまった。

 そっと中を覗き込んでみると、庭では綺麗な女の人が、ジョウロで花壇に水をやっているのが見える。あの人は、朔也君の奥さんだ。


 一昨年だったかな。一年ぶりに戻ってきた私は、朔也君が結婚している事を知った。

 左手の薬指に綺麗なリングが光っていて、傍にいた奥さんと仲良さそうに笑い合っていた。

 それを見て、胸が痛まなかったといえば嘘になる。朔也君への気持ちはもう吹っ切れたと思っていたけど、まだ少しだけ、『好き』が残ってい事に気付かされた。。

 えっ?毎年家に会いに行ってるのに、何を今更だって?五月蠅いわね、気づいてなかったものはしょうがないじゃない。私だって、未練がましいとは思ってるよ。

 けどもういいの。朔也君が幸せなら、私はそれで……


 あれ?奥さんのスマホが鳴り出した。

 そのまま耳に当てて何か話しているけど、何だか段々と顔色が悪くなっているような。

 すると奥さんはジョウロをそのままにして、慌てて家の中へ駈け込んでいく。いったいどうしたんだろう?


 首を傾げていると、今度は家の中からおじさんとおばさんが出てきた。でも、お久しぶりですなんて言える雰囲気じゃなくて、慌てた様子で車に乗り込もうとする。奥さんも玄関から出てきて、鍵をかけている。

 ただならぬ雰囲気に、何があったのかと思っている私の耳に、おばさんの声が届いた。


「本当なの?朔也が車に撥ねられたって」


 ……えっ?


「ケガしたって言っても、大したこと無いのよね。無事なのよね?」

「だ、大丈夫です。きっと……」

「病院は、中央病院で良いんだな。急ぐぞ」


 奥さんたちの会話を信じられない気持ちで聞きながら、呆然と立ち尽くす。そうして呆けているうちに、みんなの乗った車は動き出し、あっという間に走り去って行った。


 一人取り残された私は、まだ状況を上手く掴めずにいた。

 車に撥ねられた?朔也君が?そんな、嘘でしょ? 朔也君、大丈夫なの?確かおじさん、中央病院って言ってたよね。

 

 このまま実家に帰る気にはなれずに、気が付けば走り出していた。朔也君がいるという、中央病院に向かって。



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