第148話 ゼルビスからの帰国命令

マグナ王子が王都入りし、彼主導で各地の治安維持活動や復旧作業が開始された結果、ボルドール王国はひとまずの平穏を取り戻していた。だが、いくら壊れた建物を直そうと、飢えた人々に食べ物を施そうと、失った命が元に戻る事は無い。ボルドール王国の国力は目に見えて落ちている状態だった。しかし、以前ほどの活気を失っている王都だったが、今日ばかりは違う。多くの民が広場に集結し、殺意の籠もった目で壇上の人物達を睨み付けていたのだから。


「止めてくれ! 助けてくれ! 何でもするから命だけは――」


命乞いする元貴族が断頭台に固定されて首を切り落とされる度に、民衆から熱狂的な声が上がる。首を切られた男はスティード派に属する元貴族で、黒騎士を利用して色々と非道な行いをしてきたことが判明している。彼の家はもちろん断絶され、財産も一切合切が没収されていた。彼の家族である妻と娘も同じように斬首が決まっている。可哀想だとは思うけど、彼と同じように甘い蜜を吸っていたのなら、それも仕方のないことだ。


元貴族の首が落ちる度に歓声を上げる民衆と違い、俺達勇者パーティーは憂鬱な気分でその光景を眺めていた。戦いの場で敵を斬り殺すのに躊躇はしないし、後悔もしない。命のやり取りをしている場所なら、自分も相手も覚悟を決めているからだ。しかし、いかに罪がある人間とは言え、命乞いをしている者の首を落とすのは流石に気が滅入る。


「……そろそろ終わりそうだね」

「ああ、次が最後だ」


王都に戻ってきたディエーリアの呟きに、ルビアスは厳しい表情で頷く。最後に首を切られる人物――それは彼女の実の兄であるスティードだ。奴は公開処刑が始まった当初から青い顔をして強ばっていて、その場から逃げ出そうとする気力も失っているらしい。もっとも、逃げようとしたところで逃げられはしないのだが。


「出てきたぞー!」

「早く殺せ!」

「俺の子供の敵だ!」

「夫を返して! この悪魔!」


口々に憎悪の言葉を投げかける民衆。こんな光景を目の当たりにすれば、あれだけ強気だったスティードも、自分がどれだけ恨まれているのかを理解したのだろう。口をパクパクさせながら、青いを通り越して白い顔つきになっている。彼は目に涙を浮かべ、自分を助けてくれる存在を探そうとしているのか、落ち着きなく首を左右に振っている。しかし、頼みのレブル帝国からは見捨てられ、自分の手足となっている貴族達は目の前で処刑済みだ。今更彼を助けようとする人間など現れない。


嫌がるスティードを屈強な騎士が二人がかりで跪かせ、断頭台に固定された。スティードは弱々しい声で命乞いをしているものの、民衆の声にかき消されて何を言っているのかわからない。騎士が剣を大きく掲げて振りかぶると、民衆の熱狂は頂点に達した。剣が振り下ろされ、首を立たれる瞬間、スティードの目と一瞬合ったような気がしたが、たぶん気のせいだろう。彼の首はコロリと転がり、切断された首から溢れる血にまみれていた。


これで罪人の処刑は終わった。拳を突き上げる者や涙を浮かべる者、様々な反応をみせていたが、やがてその興奮も収まってきたのか、次第にすすり泣く声があちこちから聞こえてきた。そんな彼等を前にマグナ王子が前に出ると、それだけで民衆は静まりかえった。


「これで内乱に加担した者の罪は全て裁かれた。彼等が欲しいままにしてきた財産は没収し、国民の生活のために当てると約束しよう。家族や親しい人間が殺された者達はやりきれないと思うが、どうか腐らずに、新たな生活に臨んで欲しい」


次期国王である事が決定されているマグナ王子の言葉だけに、民衆から不満の声が上がることはなかった。しかし、だからと言って全てを納得しているわけでもない。それは人々の表情を見れば明らかだった。やがて解散が告げられると、人々はとぼとぼと自らの住み処に戻っていく。俺達もサッサと戻りたいところだが、そうもいかない事情があったので王城に足止めだ。


「まずはご苦労だったな。其方達の働きにはいくら感謝しても足りん。望むものがあれば出来る限り用意させるので、希望があれば遠慮なく言って欲しい」


マグナ王子のそんな言葉に俺達は顔を見合わせる。別に報償目的で戦ったわけじゃないから別に必要ないんだが、いらないと言ってしまうのも問題だと思えた。


「ルビアスが決めてくれ。勇者なんだから」

「師匠……わかりました。では兄上、一人につき金貨五十枚と、新しい装備を提供していただきたい。激戦に次ぐ激戦で、剣を研ぐ暇もありませんから」

「それだけで良いのか? 他にも望むものがあれば用意するが」


多大な戦果に見合わないささやかな望みに、マグナ王子は首をかしげる。


「この状況であまり多く望むわけにもいきません。なにより、我々は金目当てで戦う傭兵ではありませんので」

「……わかった。金貨についてはすぐに用意させよう。装備は少し時間をもらいたい。ところで――」


話はそれだけかと思ったら、どうやらそうでもないらしい。浮かしかけた腰を戻すと、マグナ王子はチラリとディエーリアに視線を向ける。


「ディエーリア君はゼルビスの勇者で間違いないのだな?」

「え? ええ、そうです。一応」


自分に質問が飛んでくると思っていなかったディエーリアは慌てて頷く。


「ゼルビスの議長から要請があったので伝えておく。国内の治安が悪化してきたために、君に戻ってきて欲しいそうだ」

「え!?」


ディエーリアがゼルビスの勇者として選ばれた理由は本人から聞いていた。辞退者が続出する中、運悪く選ばれてしまったのが彼女だったはず。単独で魔王討伐に向かったら死ぬのが確実なので、ボルドール王国の勇者であるルビアスと行動を共にするため、俺達の仲間になったんだった。ゼルビスとしては勇者を輩出すると言う建前を整えるためにディエーリアを勇者に仕立て上げたのだし、もう目的は果たしているはず。そんな彼女に今更帰還命令? どういうつもりだろう?


「我が国に魔物が増えているのは周知の事実だが、ゼルビスも同じような状況のようだ。軍や冒険者だけでは間に合っていないのだろう。おそらく、ディエーリア君を呼び戻すのはその辺が理由だと思う」


推測だがね――と、マグナ王子が付け足した。だが、王子の推測が外れているとも思えない。ボルドールほどの大国ですらこんな状態なんだ。国力の乏しいゼルビスなら、もっと厳しい状態になっても不思議じゃないだろう。


「わかりました。すぐに戻ります。みんな、そう言う事だから悪いけど――」

「当然、我々も同行する」

「当たり前よね」

「だとしたら急いで準備をしないと」


一人で帰ろうと思っていたのか、ディエーリアはポカンとした顔で驚いていた。そんな彼女にみんなが笑いかける。


「みんな……」

「ディエーリア。飛行魔法ならひとっ飛びで行ける。それに、向こうで何かあっても、みんなで行けばすぐに解決出来るよ」

「ラピスちゃん……ありがとう。じゃあ、みんなの力を貸してもらうね」


共和制という変わった政治体制の国ゼルビス。ディエーリアの母国であり、国民の大多数がエルフという変わった国だ。徒歩なら数ヶ月かかる道のりでも、魔法で移動すれば数日ですむだろう。強くなった今のディエーリアを目にした時、ゼルビスの人達はどれだけ驚くのだろうか? それを思うと、少しだけ楽しみだった。

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