第147話 皇帝との謁見
――レブル帝国皇帝 レブル5世視点
ボルドール王国の内乱に参加していたバルバロスが討ち取られたという報告は、時を置かずして余の元に届けられた。度重なる改良で正気を失っていたあの出来損ないだが、戦闘力だけはかなりのものだったはず。それを討ち取ったというのだから、ボルドール王国にも相応の被害が出ていると期待したのだが……どうやらそうでもないらしい。
「では、あのラピスと言う娘に討ち取られたのだな?」
「はい。善戦したようですが、さしたる手傷を与える事も無く」
「ふむ……」
諜報部の長官は余の前で跪きながら、淡々と事実だけを述べる。以前一度見た事のあるあの娘の力。強化したバルバロスはあれを上回るように調整してあったはずだが、どうやらラピスの力はこちらの想像以上のものらしい。まだ利用価値のある駒を潰されて忌ま忌ましい限りだが、取り返しのつかない事でも無いと思い直し、とりあえず溜飲を下げる。
「黒騎士はどのような働きぶりであった?」
「概ね予定通りの戦闘能力を発揮したようですが、やはり素体が悪いためか、軍としてのまとまりに欠けるかと」
「……なるほどな」
やはり、ろくな教養もなく、訓練すら受けていないゴロツキではそうなるか。となると……
「報告ご苦労。下がって良い」
「ははっ! 失礼致します」
侍従に命じ人を呼ばせる。しばらくしてやって来たのは、黒騎士を生み出した技術者だ。名をモノクル。任務の性質上、特徴のない容姿を心がけている諜報部の長官と違い、この男は見ただけで異質と解る容姿をしていた。頭髪のほとんどない頭にギョロギョロと動く右目。そして左目の部分には義眼が埋め込まれている。背中は大きく折れ曲がり、杖をついて歩く様はまるで老婆のようだ。そして不気味な笑みを浮かべると、しゃがれた声で挨拶してくる。
「お呼びでしょうか陛下。今は新たな融合実験に忙しいのですが」
「……余に向かってそれだけ遠慮のない物言いをするのは貴様だけだろうよ。忙しいのは解るが、話を聞いてもらわねばならん。貴様が自信満々に送り出したバルバロス――負けたぞ」
「なんと!?」
信じられないと驚愕に表情を歪めると、身を乗り出してこちらに詰め寄ってくる。当然近衛騎士に止められるがお構いなしだ。
「あれは中級の魔族を融合させた自信作ですぞ。それを倒したとなると、よほど腕が立つ者が敵に居たということですかな?」
「倒したのはラピスだ。あれを倒せるよう基準設定したはずだが、どうやら期待外れだったようだな」
「うむむむ……と言う事は、ラピスの戦闘能力はまだまだ上だと考えた方が良いでしょうな。と、なると……あの女に更なる協力を求めるしかありませんか」
「だろうな。貴様の方から連絡しておけ」
「承知しました。では、これにて」
頭を下げたモノクルは、ブツブツと何事かをつぶやきながら足早に姿を消した。大方、すぐ研究所に戻って新たな実験を開始するか、例の女に連絡をとるに違いない。思わぬ強敵のせいで多少手間取ってはいるが、計画は順調に推移していると考えて良い。何も問題はない。さて、次の仕事だ。
「使者はもう到着しているのか?」
「既にお待ちです」
「うむ。ではすぐに向かおう」
執務室を後にして向かったのは謁見の間だ。そこには隣国であるボルドール王国よりの使者が首を長くして待っているに違いない。一時間ほど前に到着したらしいが、わざと待たせて冷静さを失わせるため、あえて後回しにしたのだ。
「レブル帝国皇帝、レブル5世陛下のおなりです」
文官の声と共に、近衛騎士に回りを固められた余は玉座までゆっくり進むと、静かに腰を下ろした。正面で片膝をつき、顔を伏せている一団は文官とその護衛であろう騎士が合わせて十人ばかり。隣国とは言えボルドール王国からここまではかなりの距離があるためか、身なりはきちんとしていても、その身に蓄積された疲労は隠せていない。
「よくぞ参られた使者の方々。余がレブル5世だ」
「ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます。陛下。私はスーナーと申す者。この度は陛下に伺いたいことがあり、こうして参上した次第」
「ほう……余に聞きたいこととな。それは何かな?」
彼等が何の目的で我が国を訪れているかなど、改めて聞かれるまでも無く承知しているが、あえてとぼけてみせる。若い使者は一瞬だけ顔に赤みが差したが、それでも冷静に言葉を続けた。
「貴国の勇者であるバルバロス。かの者が、我が国の内乱において第一王子派として参戦していたのです」
「バルバロス……? おお、そう言えば逃亡した勇者がそのような名前だったな。まさか貴国に潜伏していたとは思わなかった」
「な……!」
そんな返答は予想していなかったのだろう。使者は面白いように顔色を変えている。……若いな。これで使者が務まるなど、ボルドール王国はよほど人材不足に陥っているらしい。腹の奥底から湧き上がってくる笑いをかみ殺し、あくまでも自分達とは関係無いとしらを切り通す。さて、どう出る?
「逃亡とはどう言う事か伺ってもよろしいでしょうか?」
「言葉通りの意味だ。あやつめ、魔族を倒すという使命を帯びながらもいつまで経っても帝国から出ていこうとせんのでな。問い詰めてやろうとしたら既に逃亡した後であった。念のために調べさせたところ、数々の犯罪に手を染めておった事も判明した。なので指名手配していたのだが、ボルドール王国に逃げているとは予想外であったわ。こちらで捕らえて裁く手間が省けた。礼を言う」
「…………お、お待ちください!」
一方的に話を打ち切って終わらせようとしたが、使者はそれでも食い下がってくる。まあ、当然であろうな。これで帰っては子供の使いと変わらん。何とか我が国に非を認めさせ、賠償の一つでも得ようという腹づもりなのだろう。
「何かな?」
「たとえバルバロスが貴国を出奔した犯罪者だとしても、我が国の反乱に手を貸したのは明白! レブル帝国には何の非もないと仰せでしょうか?」
ボルドール王国の人間としては当然そう思うであろう。だが、まだ甘い。
「これは異な事を。たとえどの国の人間であろうと、犯罪に手を染めればその国の法で裁かれるのは当然のこと。バルバロスがボルドール王国内で法に触れる行いをしたというのなら、ボルドール王国が責任を持って裁くのがよろしい。そうではないのかな?」
「し、しかし! バルバロスは以前我が国において国民を害した事がありますが、その時は勇者という事を考慮に入れ、無罪放免となったではないですか! それはつまり、レブル帝国がバルバロスの身柄に責任を持ったと言う事を意味します。それを今更無関係だと主張するのは、無理があるのではありませんか?」
過去の事柄を持ち出してくるのは予想済みだ。
「うむ。確かにあの時バルバロスは我が国の勇者だった。しかし先に言ったように、あやつ国を出た直後に勇者としての公認を剥奪しておる。つまりは一般人と変わらんと言うことだ。一般の犯罪者が国外へ逃亡し、その国で罪を犯したからと言って、元の国が責任を取らねばならんのかな? そんな事を言い出せば、我が国で収監していた元犯罪者や、現在収監中の犯罪者についての賠償を貴国に求めなければならなくなるが、それでも良いのか?」
「ぐ……!」
何か反論しようと必死で頭を働かせているようだが、そんな時間をくれてやるつもりはない。
「それでもボルドール王国が責任を求めようというのなら、我が国も名誉のために黙っているわけにはいかなくなる。法によらず、感情で他国に責任を被せようとするのなら、我が国は武力を持って立ち向かうだろう」
「!」
「使者殿。返答は如何に?」
小刻みに震える体からは悔しさがにじみ出ている。地に着いた拳は固く握りしめられ、この男の理性と感情がせめぎ合っている様子が見て取れた。チラリと視線を男の背後に向ければ、他の面々も似たような様子だった。
「……いえ、そう言う事であれば、これ以上申し上げることはありません」
「それはつまり、我が国に責任はないと言うことで良いのだろうか。ハッキリ言葉にしてもらわんとな」
ギリッ――と、使者の噛みしめた歯が鳴る音がした。
「ボルドール王国は……レブル帝国に対して……バルバロスの責任を問うことはございません……!」
「そうかそうか、それは何よりだ。では使者殿。長旅でお疲れだったであろう。今宵はささやかながら宴席を設けさせるので、ごゆるりと過ごされるがよかろう」
「いえ、お気持ちはありがたいのですが、すぐにお暇しようと思います。内乱からまだ日が経っておらず、少しでも復興に力を入れる必要があるのです」
どれだけ悔しかろうが、ここでその返答は三流の証拠だ。使者を務める立場なら、笑って参加すると言ってのけるのが本当であろうに。
「そうか。残念だが、無理に引き留めるわけにもいかんな。では使者殿。これにて失礼する」
返事を待たず、玉座から立ち上がった余は謁見の間を後にした。つまらん会見だったが、予想以上に収穫があった。大陸統一に向けて邪魔になるボルドール王国が順調に衰退しているのがわかり、内心小躍りしそうな気分だった。
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