第126話 ソルシエールの力

「まさかこんな所に隠れているなんてな」

「ああ。我等魔族領に隣接する森の中に潜むとは、流石は大魔法使いといったところか。人間とは言え侮れん」


魔物の大軍を率いる魔族。その中でも特に位の高そうな二人――実際はどうだかわからないけど――が、馬に乗りながらそんな会話をしていた。


彼等の後ろに続くのは、その大半がゴブリンやコボルトといった弱い魔物だったが、中には地響きを立てて歩くサイクロプスや、巨大な体躯で周囲を威嚇するキメラ、そして空にはハーピーやワイバーンといった飛行型の魔物も存在していた。森の中でハッキリしないけど、たぶん数は一万を下らないはず。ちょっとした小国ならこれだけでかなりの被害が出るだろう数だ。


私の間近をワイバーンが大きな羽ばたきで通り過ぎていく。ハーピーも何匹か通り過ぎていったものの、一匹として私の存在に気がついた様子はない。


「隠蔽の魔法は上手く機能しているわね。でも街を発見したってことは、見破る目を持った奴が魔族に居るって事か」


自分で言うのもなんだけど、私があの街を包んでいる結界や隠蔽の魔法は強力だ。生半可な魔法使いでは存在にも気がつかないし、たとえ存在に気がつく者が居たとしても、破る手段など無いはず。だと言うのにこの大軍を差し向けてくると言うことは、何らかの方法で街に侵入する手段があるんだろう。私は更に注意深く魔族達の話に耳を傾けた。


「しかし、トライアンフ様も勿体ないことをなさる。たかが人間の魔法使い一人相手にこの数を動員するとは。三百年前から生きていた人間なんて、今頃しわくちゃのババアだろうに。俺達が直接手を下さなくても死ぬんじゃないのか?」

「まあそう言うな。仮にも先代勇者と旅をしていた魔法使いなんだ。念には念を入れたくなるのもわかる」


誰がしわくちゃのババアよ! 頭にきて奴等の頭上に火炎弾を叩き込みたい衝動に駆られたのを何とか堪える。実年齢はともかく、肉体的には二十代前半を維持してるってのに……! にしても、トライアンフね。奴は五人居る魔王の中でも、人間の国に隣接している勢力の主だったわね。ストローム王国の襲撃に失敗して勢力が弱っているはずなのに、なぜわざわざこんな大軍を?


「今回与えられた使命、果たせると思うか?」

「魔王アグスタの魔導書か? わからん。そんなものが本当にあるのかどうかもわからんし、仮にあったとしても、いまも残っている保証はないしな」

「魔導書を手に入れよ。それが適わなくともソルシエールは殺せ……か。まあ、どちらにせよ、出番のなかった俺達にとって発散の場になるのは間違いないか。せいぜい街の人間で楽しませてもらおう」


そう言って魔族達は不快な笑い声を上げた。声を聞いてる内に自分の眉がつり上がるのを自覚する。魔王アグスタの魔導書――か。なるほど、あれが目的でこの街に押し寄せたのね。確かにあれに書かれている知識を全て使いこなせるようになれば、戦力の強化と言う面ではこの上ないものになる。


魔王アグスタの魔導書――それはかつて、魔族領全てを統治し、人間に戦いを挑んできた魔王の所持していた本だ。奴は魔王を名乗るだけあって、肉体面も並の魔族とは比較にならないほど強靱だったけど、それより恐ろしかったのはその魔導の腕前。当時の私を上回る魔力に、私じゃ思いつきもしなかった様々な魔法。そんなアグスタを魔王たらしめていたのが、奴の所持していた魔導書だ。異界の言語で書かれたと言われている、一見すれば意味不明な文字の羅列。その法則性を見つけ出して自分の知っている言語に当てはめ、何年もかかって少しずつ読み解くまでにどれだけ苦労したか。その甲斐あって、私は奴の使っていた魔法や、そこからヒントを得て新たな魔法を開発することが出来た。


ブレイブの姿を女のものにしたのも、この魔導書があってのことだ。今の私にとっては無用の長物だし、本棚の奥で埃を被っているだけの肥やしになっているけど、あれが他の魔王に渡るのは阻止しなければならない。まして私を殺そうとしているんだ。そんな連中に遠慮する必要なんて無いだろう。


「隠蔽の魔法を見破った手段は気になるけど、そんな都合良く喋ってくれるわけないか。とりあえずコイツらは始末して、今かけている隠蔽魔法は強化しなきゃね」


魔力を込めた杖を一振りすると、周囲を飛んでいた魔物が騒ぎ始めた。奴等からすれば、突然空中に私が現れたように感じたはず。獲物を見つけたとばかりに殺到するハーピーや、一噛みでこちらを噛み砕こうとするワイバーンなど気にもとめず、私は最初の魔法を炸裂させた。


「な、なんだ!?」

「太陽が爆発したのか!?」


未だに聞こえる魔族達の声は驚きに満ちている。突如空中に出現した光球は周囲の魔物を何の区別も無く焼き払い、その衝撃波で地上を進む小型の魔物を吹き飛ばしていた。


使ったのは光の魔法。魔力が乏しい人間でも普段の生活に使っている生活のための魔法だ。しかし同じ魔法でも込める魔力が違えば全く別物になってしまう。普通に使えば明るいだけで害のない魔法でも私が使えばこの通り。巨大な魔力を込めた光球は熱を帯び、まるで小型の太陽ともいえる恐るべき攻撃魔法に進化していた。


膨大な熱量で焼かれた魔物は跡形も残らない。消し炭すら残さず文字通り消滅していく。チラリと視線を下に向ければ地上は大混乱に陥っている。もともと理性などなく、本能で動き回る魔物達は逃げ惑い、同士討ちまで始める始末だ。


「ええい! 落ち着け馬鹿共が!」

「魔物共を大人しくさせろ!」

「周囲を警戒するんだ! 魔女の攻撃かも知れん!」


あら、私の攻撃と気がつく勘の良い魔族もいるみたいね。感心感心。


「あれを見ろ! あんな所に人間が浮いているぞ!」

「まさか、ソルシエールか!? 魔女が自分から向かって来たのか!?」

「逃がすな! 攻撃しろ!」


私の存在に気がついた魔族や魔物が一斉に攻撃してくる。地上から弓を射かけたり投石したり、魔法が飛んできたりと派手なことだ。しかし人間一人を殺すだけなら過剰とも言えるその攻撃も、その全てが私の眼前で力を失い壁に阻まれる。どうやら私の防御結界を貫けるほどの実力者はいないらしい。


「遠距離攻撃は無駄だ! 上がれるものは俺に続け!」


そう怒鳴り、さっき盗聴していた魔族の一人が飛行魔法で勢いよく突っ込んでくる。他にも何人か魔族が続き、飛行能力を持った魔物も付き従っている。剣や槍、そして牙や爪に殺気を乗せて迫り来る彼等はなかなかの迫力だ。でも――


「き、消えた!?」

「馬鹿な! いったい何処に!?」


振り下ろした武器に何の手応えもなく、彼等の攻撃はそのまま空を切る。突然目標を喪失した彼等は私の姿を見失い、焦って周囲を見渡していた。


「転移の魔法には気がつかないか。飛行出来るのが精一杯の魔族じゃ、思いもしないかな」


一瞬で場所を移動する転移の魔法。かつてのブレイブですら使えなかった魔法を使い、私は彼等より遙か上空へ姿を現していた。そして杖を一振りすると、次の魔法を発動させる。杖の先端に出現した小さな氷の塊は徐々にその大きさを増していき、あっと言う間に人の頭を越えて小屋ほどの大きさに。それでも膨張はとまらず、ちょっとした屋敷の大きさも超えてなお止まらない。当然それは日の光を遮り、地上な大きな影を落とす。


「何だあれは!?」

「この冷気は……氷の魔法?」

「あの距離で寒さを感じるだと? 魔女め、いったいどれ程の魔力を持っているんだ!」


彼等がこっちの存在に気がついた時、既に氷の塊は砦くらいの大きさにまで膨れ上がっていた。慌てて接近しようとしてももう遅い。振り下ろした杖の先から落下を始めた氷の塊は勢いを増し、向かってこようとする魔族や魔物に激突する。


「…………!?」


接触した途端声を上げる暇も無く凍り付き、奴等は一瞬で砕け散った。それでも氷の塊は少しも勢いを落とさず、地上の大軍を目指して突き進む。中には勘が良く、逃げようとした輩もいたようだけど、氷の塊はそんな奴等に逃げる暇も与えない。ズン――と重い地響きを立てて激突した氷の塊はその瞬間四散し、周囲に凄まじい雪と氷の嵐を撒き散らした。体の頑丈な魔物、魔法抵抗力に長けた魔族、そして自らの操る炎で氷の嵐に対抗しようとした者全て、一切合切の区別無く凍り漬けにしていく。


一瞬の静寂の後――そこには様々な形に姿を変えた氷の彫像が乱立する、死の世界が出現していた。魔法の範囲外にあった動植物には少しの影響もなく、まるで別の世界から切り抜いたかのような氷の世界。当然少し離れた町には何の影響もない。戦闘開始から僅か数分で、私は魔王軍を全て殺し尽くしていた。


「久しぶりだったけど、腕は鈍っていないみたいね」


自画自賛しつつ私は氷の世界へと降り立つ。そして杖の先で地面をコン――と地面を叩くと、周囲にある全ての彫像が一斉に砕け散った。後に残ったのは大量にある氷の山と、少し湿った地面だけ。放っておけばこれも自然と無くなるだろう。


「にしても……トライアンフね。どうやって私の魔法を見破ったのか気になるな」


降りかかる火の粉は払うけど、世界の争いに加わる気は毛頭無い。でも何か新しい魔法が開発されたのなら話は別。トライアンフの支配する魔族領、ちょっと調べてみようかしら。

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