第125話 黒幕
――ソルシエール視点
妙な事になってる――それが率直な感想だった。
ここ最近の私は、ギルドカードや使い魔からもたらされる情報を集めて分析するのが日課になっていた。普段の私は勤勉と程遠い怠け者だけど、この世界の現状ではそうも言っていられない。やりたくもない盗聴や密偵代わりの使い魔の遠隔操作とか、疲れることばかりだ。表だって外の世界に関わろうとは思わない。でも、ブレイブは――ラピスだけは放っておく訳にはいかなかった。
彼女を取り巻く環境はこの一ヶ月で激変したと言っても良い。まさか彼女の住む国で簒奪が行われるなんて誰が予想しただろう。ラピスが関係していないなら勝手にやっていれば良いと放っておくところだけど、彼女が指名手配されてるとなったらそうもいかない。事態を少しでも改善させるために、王国を初めとする周辺国での情報収集を余儀なくされた。
私が発明したギルドカードから得られる情報は、その持ち主による魔物の討伐数や受けた仕事の種類、そして日時などだ。それによって大体どの辺りで魔物が派生しているのだとか、どんな人物がどんな冒険者を雇って身を守ろうとしているかだとかがわかる。
ボルドール王国が二つの派閥に別れて争っているのは確認出来た。たとえ一方が壊滅寸前であっても、二つ派閥があるなら二つに分かれたと言う表現は間違っていないはずだ。でも問題はそこじゃない。
「ボルドール王国だけ極端に魔物が増えてる……?」
魔王復活以前やそれ以降も魔物は世界中に発生しているけど、他の国に比べてボルドール王国だけ発生数が――つまり、冒険者による討伐数が異常だった。魔族の侵入を許して大きな被害を出したストローム王国やリュミエールの倍はある。逆にレブル帝国の討伐数は極端に減っていて、冒険者達が国外へ流出しているぐらいだ。これは明らかに異常だった。
「自然にそうなってる……わけないわよね。明らかに、人為的に操作されている。でもいったい誰が?」
一番可能性が高いのは魔族だろう。でも、私の使い魔による調査は魔族達の大まかな軍事行動だけで、他国に侵入している間者の把握までは出来ない。つまり仮に魔族が主体となって動いている場合、私にはお手上げだ。
次に考えられるのは、帝国がそう仕向けている場合だ。元々仮想敵である両国だけあって、直接的な軍事力を避けた形でのつぶし合いは不思議じゃない。でも、私のように使い魔でもなく、種類を問わず大量の魔物を意図的に操るなんて真似ができるのだろうか? 出来るとしたら、それは私以上の魔法使いか――
「もしくは、魔族が協力しているか……よね」
一番考えたくない状況に、自然と眉間に皺が寄っていた。指でそれを解きほぐしつつ、私は肩をぐるぐると回す。いけないいけない。顔に皺を作るとか、美容の大敵なんだから。
私が現役だった時代でも、魔族に協力して自分の安全を図ったり、利益を得ようとしていた連中なら大勢居た。でもそれはあくまでも個人であって集団ではない。まして国ごと魔族に協力するなんて事があり得るだろうか? 魔族達にとって人間は恐怖を吸い上げる食料や娯楽。つまり家畜以下の存在だ。今は協力していたとしても、後で必ず裏切られる。
奴等の行動を見ていれば、どんな馬鹿でもそれぐらい予想出来そうなものなんだけど、帝国の人間はそんな事も解らないほど馬鹿なのかしら?
「……いや、違うか」
たぶん、出し抜けると思っているのか、その方法を既に手に入れているかなんだろう。じゃなきゃおかしい。その考えに至った私は本棚の一画から紙の束を引っ張り出し、何枚か捲って目当ての項目を探す。以前一応調べて放置してあったレブル帝国の資料だ。
「……あった。レブル帝国皇帝――レブル五世」
歳は四十ちょうど。赤髪でガッシリとした体格の元戦士。もとは中級貴族の出身だけど、内乱で武功を上げて自らの勢力を拡大。敵対勢力をいくつも滅ぼし、力で皇帝の地位までのし上がった男。彼の身に着けるものはかなりの業物らしく、その鎧はあらゆる攻撃を弾き、手にしたその剣は鋼の鎧すら紙のように引き裂くと言う。皇帝に成り上がった事からもわかるように、非常に野心家で自信家。自分の力を絶対的なものと捉えており、敵には容赦しない冷酷さをもっている。
「わかりやすい男ね。自分のためなら何でも利用し、他人はどうでも良いっタイプか。でも、コイツなら平気で魔族と手を結んでもおかしくない」
この情報はラピス達にも伝えておいた方がいいかな。私がそんな事を考えていると、一人の少女が部屋に飛び込んできた。
彼女はラピスから匿うように頼まれている、マリアの娘だ。性格は素直で従順。スラム育ちなのにねじ曲がった部分が全然なく、母親思いの良い子だ。最近はマリアが仕事中、私の家で色々と教えている。読み書きや魔法の基礎を驚くほどの速さで吸収し、将来が楽しみな子でもある。
「ソルシエール様! セピアお姉ちゃんがご飯できたって!」
「わかった。今行くわ」
資料を机に放り出して一つ背伸びをすると、私は立ち上がってリーナの頭を撫でた。彼女はくすぐったそうにしながらも嫌がる素振りはなく、嬉しそうに目を細める。私の家の部屋数は少なく、書斎の隣はもうキッチンだ。そこには種類こそ少ないものの、美味しそうな料理が湯気を立てながら食べられるのを待っていた。
「ソルシエール様。お食事の準備は出来ております」
「ええ、ありがとうセピア」
匿った三人の内、このセピアが一番有能だった。それもそのはず。彼女は現役のメイドであり、王女の専属でもあるのだから。城に仕えるメイドの中でも、王族に仕えるメイドとなると周囲とは一線を画す。出自は勿論、その能力は炊事洗濯、果てはいざという時の護衛までこなす、精鋭中の精鋭なのだ。彼女のおかげで散らかり放題だった私の家はあっと言う間に綺麗になり、私は三食まともな食事が摂れるようになっていた。
「おいしそう~!」
「リーナ、ちゃんと手を洗ったの?」
「洗ったよ!」
育ち盛りのリーナは両手にナイフとフォークを握りしめながら、食事の開始を今か今かと待っている。そんな様子に苦笑しつつ私もナイフを手に取ったその時、今度は頭の中に鋭い警告音が鳴った。
『警告! 警告! 魔族と魔物の大軍が接近中!』
外の様子を探るために多く放っている使い魔の一つ、鳥の魔物から警告のメッセージが伝えられてきた。魔境に広がる広大な森を埋め尽くすような数の魔物が、少数の魔族によって率いられていた。またどこかの国に攻め込むつもりかしら?
「ソルシエール様。どうかなさいましたか?」
「うん……。ちょっとね」
魔物の進路は一直線にこの街を目指しているようにも見える。外界から完全に遮断し、幻惑の魔法で認識すら出来ないはずのこの街をだ。あり得ないとは思うけど、ひょっとして幻惑が通じない魔族か何かがこの街を発見した? だとしたら面倒ね。私は手にしたばかりのナイフをテーブルの上に戻し、その場から立ち上がる。
「ソルシエール様?」
「ちょっと用事が出来たわ。すぐすむと思うけど、先に食事をすませてちょうだい」
これが人間の国に攻め込む軍隊なら放っておくつもりだ。でも狙いがこちらにある可能性があるならそうもいかない。念には念を入れて準備しておかないとね。
書斎に戻り、今じゃ帽子とローブを掛けておく飾りとなっていた杖を手に取り、軽く一振りしてみる。
「よし」
最近ご無沙汰だったけど、冒険していた頃の感覚はまだなくなっていないようだ。杖もローブも、そして愛用の帽子も出番を喜んでいるように感じた。感覚と共に蘇ってくる様々な記憶を振り切り、私は魔力を全身に巡らせ、一瞬で外界の空へと移動していた。
「さてと、まずは奴等の目的を確かめないとね」
先頭を行く魔族の会話を拾うため、私は虫に扮した使い魔を眼下に放った。
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