第127話 北の地で

――ディエーリア視点


スーフォアの街を後にした私は王都を目指さず、スティード派の勢力範囲であるボルドール王国の北を目指していた。王都に向かえばスティード本人やそれに近しい有力貴族の情報が手に入りそうだけど、あそこにはカリンとシエルの二人が向かっているはず。一斉に同じ所を目指すより、違う場所を調べた方が良いと思ったからだ。なので私は手に入れた路銀で馬を購入し、王都の更に北を走っていた。


「流石にずっと乗ってるとお尻が痛いな」


国では軍に所属していたから乗馬には慣れている。でもそれは短い距離を全力疾走とか、長い距離を集団で行軍するのが多かっただけで、これだけ長距離を速い速度で移動した経験は無い。おまけに最近は魔法での移動が多かったものだから、お尻が柔らかくなってしまったのか、痛みが結構辛いものになっていた。


独り言をブツブツと呟きながら馬に揺られている私は、控えめに言っても変な人だろう。でもしょうがない。みんなと違って私は単独行動だ。独り言でも言ってないと寂しくて仕方ない。


「もう王都は越えたと思うんだけど……」


単純に北に向かうだけなら道はいくつもある。王都を経由せずに北上したら、短い時間でもかなりの距離を進めたはずだ。人口密集地から離れればその分人通りが少なくなるし、街道を人とすれ違う割合もグッと減る。たまに荷馬車に乗った行商人と出会って物資の補給や情報収集をすませていたから、自分がどの辺りにいるのかは把握していた。


「……また居た」


そんな人々の代わりに顔を見せるようになったのが魔物だ。小動物のような小さな魔物から、ゴブリンのように集団になると脅威になる魔物まで、それらが王国内を我が物顔で闊歩している。騒動以前のボルドール王国なら考えられないような治安の悪化に頭が痛くなる。放っておく訳にもいかず、見かける度に駆除しているものの、ハッキリ言ってキリが無い。やれやれとばかりに背中の矢筒に手を伸ばしたその時、私の耳に甲高い悲鳴が聞こえてきた。


「きゃああ!」

「お嬢様から離れろ化け物め!」


声は魔物の集団がいる更に先から聞こえてくる。誰かが襲われてるのが解って、慌てて馬の尻に鞭を入れた。馬はヒヒンと一声鳴くと、一気に加速して魔物との距離を縮めていく。すると次第に前方の様子が明らかになってきた。魔物の集団はコボルトが数匹。たぶん数は十も超えないはずだ。ゴブリンより弱いと評判のコボルトは初心者の冒険者でも倒せる魔物だけど、一般人には十分な脅威になる。それも複数となったら危険度は一気に跳ね上がり、逃げるのも困難だろう。


そのコボルト相手に剣を振り回しているのは一人の騎士。歳は十代の後半ぐらいだろうか? 彼の背後には同じ歳ぐらいの女の子が腰を抜かしたように座り込んでいて、その顔にはハッキリと恐怖が浮かんでいる。


(ただのお金持ち……じゃないわね。騎士を護衛にしてるなら貴族で間違いない。ま、考えるのは助けた後か)


手綱から手を放した私は弓を構え、四本同時に放つ。放たれた矢は鋭く空を裂き、うなりを上げてそれぞれの魔物へと突き刺さった。一気に半分近くの仲間が倒された魔物達は警戒の声を上げるも、その時には既に第二射を放った後だ。自分と切り結んでいた魔物があっと言う間に倒れ伏した光景に、騎士は呆気にとられたようにポカンとしている。そしてようやく馬に乗った私に気がついたんだろう。今度は私に剣を向けてきた。


「ちょっとちょっと! たった今助けた相手にそれはないんじゃない?」


興奮しているのか警戒しているのか、どちらにせよ騎士に余裕は無さそうだ。腕前からしてたぶん素人に毛が生えた程度。こんな時はこっちが大人の対応をしないとね。馬を下り、敵意がない事の証しのために両手を上に上げると、騎士の後ろに居た少女が慌てたように口を開いた。


「待ちなさいシモン! 剣を下げて!」

「しかしお嬢様――」

「助けてもらった相手に剣を向けるなんて! 失礼にも程があります! 下がりなさい!」


まだ何事か言いたげな騎士は不承不承頷くと、言われたとおり剣を収めて後ろに下がった。代わりに前に出たのはさっきまで震えていた女の子だ。彼女は襲撃で乱れた身なりを整えた後、私に深々と頭を下げた。


「どこのどなたか存じませんが、助けていただいてありがとうございます。私はクリストファー家のヴェルナ。失礼ですが、貴女のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


ヴェルナと名乗った少女は、先ほどまで怯えていたと思えないほど堂々とした態度だ。その立ち振る舞いは洗練されており、育ちの良さが垣間見える。先に姓を名乗ったところから考えて、まず間違いなく貴族。それもかなりの名家に思えた。


「えっと、私はディエーリア。ゼルビスからやって来たエルフです。今は色々あって北に向かっているところなの。偶然だけど助けられて良かったわ」

「ゼルビスの方でしたか。見事な弓の腕前、感服しました」


あれ? 私の名を聞いても特に反応無し……か。て事は勇者パーティーのメンバーって気がついていないのかな? 特にアピールする必要も無いし、黙ったままにしておこう。


「ところでヴェルナさんはどうしてこんな所に? 見たところ護衛も一人だけみたいですし、何かお忍びなんでしょうか?」

「普通に話していただいて構いませんよ、ディエーリア様。身内の恥を晒すようで言い辛いのですが、これには色々と事情がありまして……」


話しにくそうにするヴェルナから聞いた事情とは、やはりと言うかスティードによる王位の簒奪が関係していた。彼女の実家――つまりクリストファー家はボルドール王国の貴族であり、伯爵の地位にある古い家だそうだ。いつの時代も多少の問題は起きつつも、先祖代々順調に領地経営をしてきた家柄だったとか。しかし彼女の父、ラルフの代で異変が起きた。これまで王家とは適度な距離を保ちつつ、自領の経営に専念してきた家だというのに、何を思ったかラルフは王家に――それもスティードにすり寄り始めたらしい。


冷たく感じても有能で堅実と評判の次兄マグナと違い、長男スティードの評判は悪い。自分の派閥を露骨に優遇し、それ以外に対する嫌がらせなどは貴族間じゃ有名だった。ではなぜそんな人物にすり寄り始めたのかと言うと、それにもやむにやまれぬ事情があったみたいだ。


クリストファー家はボルドール王国の北に位置して、その領地はレブル帝国と隣接している。つまり有事の際は最前線になる立地であり、領地が蹂躙される可能性が非常に高い。それでも平時であれば自領の兵だけでも問題無かったが、最近は魔王の復活に始まり、各地での魔物の増加。そしてレブル帝国の不穏な動きと、いつ何が起こってもおかしくない状況だったため、不安を覚えたラルフは王家に対し、ある程度の兵士を常駐させて欲しいと懇願したそうだ。


しかし王家の答えは否。国は王国全土に適切な戦力を配備しているので、クリストファー家だけ特別扱いをするわけにはいかないと答えた。危機感を強めたラルフはそんな王家を見限り、自分の派閥だけ厚遇するスティードを頼った。ラルフの狙い通り、スティードは自分の権力で扱える兵をクリストファー家に派遣したので、問題は解決した……かに思えたが、その送られた兵達は大いに問題があったらしい。


スティードが送りつけてきた兵はゴロツキに毛が生えた程度の連中で、領内の治安は悪化。連中に怯えた領民は我先にと逃げだし、商人達の足も次第に遠のき始めた。慌てたラルフだったが後の祭り。今更スティード派の兵を追い出すことも出来ず、事態は彼の力ではどうにもならない状況になっていた。挙げ句の果てに、スティードはラルフの一人娘であるヴェルナを差し出すように命令してきた。建前としては自分やその派閥との繋がりを強化すると言う名目だったものの、好色のスティードの目的は誰の目にも明らかだった。


頭を抱えたラルフだったが、流石に自分の娘を玩具にされるのは耐えがたかったらしく、彼は密かにヴェルナを逃がすことを決意。と言っても表だって逃がせば反逆を疑われるので、あくまでもヴェルナが一人で逃げ出した体で――だ。


「――そして私は、幼い頃から共に過ごしてきたシモンと共に領地を出たのです。遠縁であるグロム伯爵の領地に逃げ込めば身を隠せると思っていたのですが、見ての通り魔物に襲われてしまって……」

「そこを通りかかった私が助けた……と」

「その通りです」


そんな事情があったのか~。貴族のお嬢さんが護衛を一人だけ連れて歩きで逃げ出したんだから、かなり焦ってたんだろうな。しかし、この子も色々とついてないな。


「えーと……ヴェルナ? 言いにくいんだけど、グロム伯爵の領地であるスーフォアの街は、今スティード派に占拠されちゃってるよ?」

「え……」


予想もしてない事実を聞かされて、ヴェルナは絶句していた。無理もない。安住の地を求めて身一つで飛び出したのに、その目的地がスティードのものになっていたのだから。混乱しているのか、真っ青になった彼女はオロオロとシモンと私を交互に見つめ、その場にへたり込んでしまった。


「お嬢様!」


慌てて駆け寄ったシモンが介抱しようとしても、腰が抜けたようにその場から動かない。立ち直りは早そうだけど、逆境に弱い子みたいね。気の毒だけど、今後は諦めて身を隠すか、領地に戻るしかない――と、今までの私なら考えたかも知れない。でも今の私は違う。厳しい修行をやり遂げて得た力は、こんな時のためにあるのだから。私は青い顔をしているヴェルナに笑顔を向ける。


「ヴェルナ。良かったら私が力を貸そうか? 私なら力になれると思うし、好き勝手やってるスティードの兵士を追い出せると思うよ」

「そ――」

「馬鹿な! たった一人でそんな事が出来るはずが無い!」


ヴェルナより早く反応したのはシモンだった。彼は私の実力を目にしてもまだ信じられないようで、頭からこちらの提案を否定してくる。


「いくら弓の腕が優れていようと、一人で出来る事など限界がある。それにお嬢様を危険な目に合わせるわけにはいかない! 助けてくれたことには感謝しているが、馬鹿な提案はしないでくれ!」

「シモン! 口の利き方に気をつけなさい! ディエーリア様、申し訳ありません。しかし、シモンの言うことにも一理あります。いくら貴女が強かろうと敵は多数。とても勝ち目があるようには思えないのです」


二人の反応を見ても、私は別に怒ったりしていなかった。まあ、それが当然の反応だよね。何も知らない第三者の立場なら、私も同じ事を言ったかも知れない。でも――


「まあまあ、ちょっと落ち着いてよ。あなた達、この国の王女であるルビアスが勇者を名乗ったのは知ってるよね?」


唐突に出てきた王女の話に二人は揃って首をかしげる。


「ええ、当然です。ルビアス様は平和のために自ら剣を取って立ち上がった英雄。仲間達と共にボルドール王国や世界の平和を……」


と、そこまで言って何かに気がついたらしく、ヴェルナは私の顔をマジマジと観察してくる。


「……ルビアス様のお仲間は四人。勇者の再臨と言われ、剣と魔法の達人であるラピス。そしてドラゴンスレイヤーと名高い戦士のカリン。同じくドラゴンスレイヤーの魔法使いであるシエル。そしてゼルビスの勇者であり、同じ称号を持つ精霊使いのエルフ、ディエーリア……!」

「まさか、貴女が!?」


驚愕に目を見開いた二人の反応が面白くて、私は少し胸を反らす。


「そ。私がルビアスの仲間のディエーリアよ。今は訳あって別行動をしてるの。大軍ならともかく、スティードの私兵を蹴散らすぐらい私一人でも出来るわ。どう? 勇者の仲間である私の力、試してみない?」


溺れる者は藁をもつかむ。全ての希望が断たれた彼女達にとって、目の前に現れた私は正に一本の藁に見えただろう。一も二もなく賛成した二人は、コクコクと忙しく首を縦に振るのだった。

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