第79話 事件と資料

――アネーロ視点


ギルドマスターの手にした資料を二人で覗き込む。大きく開かれたページの片方は王都全体を描いた地図と何やら書き込まれた印。そしてもう片方は発生した事件の概要が書かれていた。


「……魔族の襲撃後に暴行や恐喝が倍近くに増えている?」

「そうだ。警備の話だと、魔族の攻撃から逃げ延びてきた人間が街に入り込み、事件を起こしているらしいが……それだけじゃ無さそうなんだよな」


着の身着のままで逃げてきた人間は、たぶん金は勿論食べ物すら持っていないに違いない。当然国王他役人達も無能では無いから、彼等のために簡易キャンプや炊き出しなどの支援はしているはずだ。だからと言って全員がそれに満足しないだろうし、中には家族や財産を失って自暴自棄になっている者もいるだろうから、そんな人間が事件を起こしていると考えるのも自然だ。しかし、それだけで王都全体の事件発生件数が倍になったりするだろうか? 首を捻る私と同意見なのか、ギルドマスターもあまり納得のいっていない様子だ。


「……間違いなく潜伏されているな」

「やっぱり、そう考えるのが自然だよな」


二人してウンウンと頷く。魔族に限らず、どんな種族でも戦争となったら相手国での破壊活動ぐらいはするだろう。まして魔族は姿を変える魔法も使えると聞く。人間の振りをして治安の悪化を狙っているのかも知れない。……ただ何も考えずに暴れている可能性も否定出来ないが。そこまで考えて、私はふとある事に気がついた。これだけ魔族の関与が疑わしい状況で、当然あるべき反応が無いのだ。


「こんな情報があるのなら、すぐにでも兵士なり騎士なりが調べに行くものじゃないのか?」


そう。当然の疑問だ。国の状態がどうであろうと治安維持は続けられているし、警備兵などはそれが仕事なのだから、放っておく事などあり得ない。だがそんな私の疑問に、ギルドマスターは歯切れの悪い返事を返すだけだ。


「それがな……。どうも上の方からの命令で、事後処理以外を禁じられているようなんだ」

「禁じられているとは……まさか犯人の捜索を?」

「そのまさかだ」

「……馬鹿な」


あり得ない事だとは思ったものの、脅迫されているのが国王自身ならそれもあるのか? なんにせよ、まともな状況じゃ無い。しかしそんな状況だからこそ、わたしのような者の出番とも言える。この程度の資料の内容を覚えるのにそれほど時間は必要としないので、事件が多く起こった大体の場所だけを頭に入れた私は、くるりとギルドマスターに背を向けた。


「お、おい?」

「知りたい情報は得た。感謝する。仕事を続けてくれ」

「直接調べるのか?」


驚くギルドマスターに向けて背中越しに頷く。調べて何が解ると言うものでも無いだろうけど、少なくとも魔族の目は引けるはずだ。奴等が警戒する事によって周囲の人々から目を逸らしも私だけを狙わせる事が出来れば上出来だろう。


「俺が勇者のアンタを心配するのもおこがましいと思うが、気をつけてな」

「ありがとう。肝に銘じるよ」


少しでもラピス殿達が動きやすいよう、お膳立てをしておかなければ――そんな危険を承知で、私はギルドを後にした。


§ § §


――バンディット視点


ラピス嬢達と別れた俺達はも早速近くにあった酒場に足を運んだ。まだ明るい時間帯だからか、店内にいる客はまばらで、いくつかのテーブルが埋まっているだけだ。しかしそれでも昼間っから飲んだくれている酒好きは一定数いるらしく、狭い店には酒の臭いが充満していた。俺はそんな彼等の近くにあった席を選んだ後、早速給仕を呼んで注文する。


「いらっしゃい。ご注文は?」

「とりあえずエールを一つに果実酒を二つだ」

「わかりました。少々お待ちを」


テーブルに置いた数枚の銅貨を手に取った給仕は、それをエプロンのポケットにしまうといそいそと厨房へ消えていった。そして数分も時間を置かずに戻ってくると、手に持った三つのジョッキをテーブルに置く。


「ごゆっくり」


早速手に取ってその中身をグイッとあおると、苦みと共に生ぬるい液体が胃袋に収まっていった――が、俺は自分の眉が曲がっている事を自覚していた。俺の向かいに座る二人の妹達、アヴェニスとイプシロンも似たような顔をしている。


(――不味い。王都って割にはエールを冷やしてもいないのか? この国じゃこれが一般的なのか? 酒場のレベルはその国の食糧事情を表していると聞くが、こいつは酷いな)


チラリと周囲に視線を向ける。やはりと言うか何と言うか、周囲の客もあまり美味そうに飲んでいるようには見られなかった。時折意味不明な言葉をブツブツと垂れ流しながら杯を重ねる奴がいるが、あれは味は関係無く、ただ酔いたいだけで飲んでいるんだろう。


「ああー! くそったれ!」


突然、そんな酔っ払いの一人が大きな声で叫ぶと、手に持ったジョッキをテーブルに叩きつけた。驚いた周囲の客がその男に注目するが、周囲を威嚇するように厳しい視線を返されて、慌てて目を逸らしていた。だが、そんな視線を者ともしない三人組がここに居る。平然と、そして興味深そうに観察する俺達の視線には当然男も気がついたようで、彼は席を立つと大股で俺達の方に近寄ってきた。


「なんだオイ! 何か文句でもあるのか!」


無造作に伸ばされた腕を捕まえ、男の勢いを利用してテーブルに叩きつける。当然俺が何をするか予想していた妹達は、既に自分の杯を手に持って退避済みだ。


「ってえ! 何しやが――いてててて! 止めろ!」


あまり力を込めずに軽く腕を捻ってやると、男は痛みのあまり悲鳴を上げる。暴れて逃げ出そうとする男の背中に体重を掛けて動きを押さえながら、俺は和やかに話しかけた。


「まあ落ち着けよオッサン。何があったか知らねえが、ここは楽しく酒を飲む場所だろ? 暴れて他人に迷惑をかけるのは良くないぜ」

「し、知った風な事を言うんじゃねえ! お前に俺の何が解るんだ!」

「何も解らねえよ。だからまぁ、話してくれないか? オッサンが何に対して怒っているのか」


笑顔のまま少し殺気を放った途端、それまでの勢いが消えたように、男はギョッとして俺を見る。自分で言うのも何だが、並大抵の奴なら実際に戦うまでも無く黙らせる事が出来るからな。酒場で飲んだくれて暴れる酔っ払い程度、制圧するのは簡単だ。


「……わ、わかった。話すよ。だから離してくれ」

「懸命だな。それじゃあまぁ、姉さん! このオッサンに水を一杯頼む!」


懐から銅貨を取りだし給仕に向かって指で弾く。その様子を見ていた男は、解放された腕をさすりながら、困ったような表情を浮かべていた。

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