第78話 偵察
屋敷と言っても大した大きさじゃない。周囲があばら屋ばかりなので、相対的に屋敷に見えると言うだけだから、あれなら俺の家の方が何倍も立派だろう。屋敷の周囲には地面に座り込んだ男達が何人か目に付く。汚い身なりの割には目つきが鋭いし、あれがバッカスの言っていた見張りなのかも知れない。その内の一人はバッカスの姿を目にした途端、見た目に反した素早い動きで走り寄ってきた。バッカスは一つ頷くと、男に話しかける。
「あいつの様子は?」
「屋敷から出てない。時々中から声が聞こえるだけだ。朝からお楽しみみたいだな。それより……」
男が俺をチラリと観察するように視線を向けた。宿を出た時に再び兜を被っているので、今の俺は何処からどう見ても全身鎧を着込んだ重装備の騎士でしかない。そんな人間がなぜスラムのまとめ役であるバッカスと一緒に居るのか、不思議に思っているんだろう。
「安心しろ。こっちの人は俺達の助っ人だ。ガキと女を助けるのを手伝ってくれる」
「本当か!? その凄い装備からして、きっと物凄く強いんだろうな」
「ああ強い。俺達なんかじゃ束になっても敵わない。きっと奴よりも強いはずだぜ」
それを聞いた男は、目の色を変えて期待に満ちた目で俺を見ている。きっと今すぐにでも剣を抜き放ち、屋敷に突撃していくのを期待しているんだろうな……。
「とりあえず今日の所は偵察だけだ。実際に屋敷を目にして、どこから忍び込めるか調べておきたい」
期待に反した言葉に、男は不満そうな顔を隠そうともしなかったけど、それはすぐバッカスにたしなめられた。
「せっかく手伝ってくれるって人が現れたんだ。失礼な真似をするんじゃねえ」
「……わかったよ。悪かった。じゃあ俺が案内するよ。行こうぜ」
男の後に続いて屋敷の塀沿いに裏へ回っていく最中、屋敷の中から微かに人の悲鳴や泣き声が聞こえてきた。間違いなく囚われている女性や子供達のものだ。一人や二人のものじゃないから、思ったより大人数が囚われているのかも知れない。
「……今の所、確認出来ているだけで女が五人とガキが八人、屋敷に囚われてる」
「逃げようとした人は居ないのか?」
ふと思いついた疑問を口にした途端、俺は男の肩が一瞬ピクリと震えたのを見逃さなかった。
「……逃げようとしたらしい女とガキは、屋敷の前に死体になって転がってたよ。情けねえけど、俺達には助けてやる事が出来なかった……」
「…………」
失敗した。ちょっと考えればそんな事態は予想出来たのに、無神経な質問だったな。もうちょっと考えてから発言しないと……。
気まずい雰囲気の中、男の案内で裏に回った俺達は、抜け穴や外から解る屋敷の間取りなどを細かくチェックしていった。それによると男が主に滞在しているのは屋敷の二階部分。一番大きな部屋で、その隣の一回り小さな部屋に人質全員が押し込められているみたいだ。
「奴が楽しみたい時だけ、女やガキは部屋から出されているようだ。あの野郎、よほど俺達を侮ってるのか、カーテンで視線を遮る事もしやがらねえ。だがそのおかげで動きが把握出来ているんだがな」
舐められるのは腹が立つけど、相手が油断しているなら好都合か。流石に堀の側から二階を覗き込むのは無理だったので断念し、一通り見て回った後、俺達は屋敷から離れて元の宿へ戻ってきていた。
「それでどうだ? 何とかなりそうか?」
「……断言は出来ないけど、無理じゃ無いと思う」
奴の居所はハッキリしているし、窓をぶち破れば簡単に突入出来る。それに、屋敷の中に居た人間の気配からは特に強いものを感じなかった。ある程度以上の実力者から感じる気配と言うものがあるんだけど、それが無いって事は大した実力の無い魔族なんだろう。つまり俺と正面から戦えるような戦力じゃない。一気に踏み込めば人質に手を出す暇も与えずに倒せるはずだ。かと言ってそれを今口にしてしまえば、バッカス達はすぐにでも乗り込もうと主張するはずだから、誤魔化しておく必要がある。
「俺はこれから準備に入るから、三日ほど留守にするよ。戦いに使えそうなアイテムをかき集めてくる」
「念のために聞いておきたいんだが……俺達を見捨てたりはしねえよな?」
席を立って宿を出ようとした時、思ってもいなかった言葉に驚いて振り向くと、バッカス達はまるで飼い主に捨てられた犬のように情けない顔になっていた。俺はそんな彼等を安心させるように笑いかける。
「心配するな。今更見捨てるぐらいなら、わざわざ面倒な偵察なんてしないよ。必ず助けるから信じて待っててくれ」
「……わかった。アンタを信じる。ところで最後に聞かせて欲しいんだが、アンタの名前はなんて言うんだ?」
そう言えば名乗ってなかったかと思って口を開き賭けた時、ラピスと名乗るのは流石にマズいと踏みとどまった。昔ならともかく、最近は俺の顔と名前もそこそこ知られるようになってきているから、偽名を名乗った方が無難だろうな。
「俺はラズリだ。じゃあ三日後にな」
適当すぎるネーミングに自分でも呆れながら、俺は宿屋を後にした。
§ § §
――アネーロ視点
王都に入った私達は、他の街を訪れた時と同様に、多くの人の目を引いた。注目されるのは慣れているので今更不快に思ったりはしない。宿を取る前に我々が向かったのは冒険者ギルドだ。他の面子が表立って情報収集が出来ない場所でこそ、我々の仕事があるのだから。
王都と言うだけあって、ギルドは多くの冒険者で溢れていた。ベテランも新人も依頼の張り出された掲示板の前でああでもないこうでもないと依頼を吟味している。カウンターでは素材の買い取りや依頼の報告、報酬の受け取りなどで人が列を成している。そんな彼等の後に我々が静かに並ぶと、なぜか前に並んでいた冒険者の多くが次々と我々に順番を譲ってくれた。
「急いでないんで。どうぞ」
「良いのか? ではありがたく。感謝する」
愛想笑いを浮かべてはいるものの、その笑顔は若干引きつっているようにも見える。リザードマンという目立つ種族の中でも特に屈強な我々――それも金色の鱗という変わり種を見て、怯えてしまっているのかも知れない。結果、大して時間も取らず受付に辿り着いた我々は、これまた緊張した様子の受付嬢と対面する事になった。
「いらっしゃいませ。今回は当ギルドにどのようなご用件で?」
「すまないが、ギルドマスターに面会を頼みたい。私の名はベルシスの勇者アネーロ。今回起きた魔族軍の襲撃について何か力添え出来ないかと思い、尋ねさせてもらった」
勇者と名乗った途端、回りがザワリと騒がしくなった。勇者は各国に存在するものの、実際に会う機会は少ないので驚いているのだろう。それに加えて、このストローム王国には勇者が存在しない。魔族に多くの被害を与えられて間もないこの国の人々にとって、今の我々はどのような存在に見られているのだろうか?
「あ、あの……少々お待ちください!」
一瞬呆けたような顔をしていた受付嬢は、すぐ正気に戻ると弾かれたように駆けだした。二階へと続く階段を二段飛ばしで勢いよく駆け上がり、あっと言う間に見えなくなる。彼女が姿を消した事で、手持ち無沙汰になってしまった我々だったが、何かをするよりも早く受付嬢が戻ってきた。
「お待たせしました! ギルドマスターがお会いになるそうです。二階へどうぞ」
カウンターの一部が開かれ、我々は受付嬢に続いて二階への階段をゆっくりと上っていく。ノックもそこそこに開けられた扉の奥には、初老と言うにはまだ早いものの、頭にうっすらと白髪の目立ち始めた男が座っていた。
「ギルドマスター。こちらの方々がベルシスの勇者様達です」
「ご苦労さん。お前さんは仕事に戻ってくれ」
「わかりました」
受付嬢が姿を消し、部屋には静寂が訪れた。私は元来愛想が良くないし、口下手なのでこんな時は困る。流石に訪ねて挨拶も無しだと失礼だろうから、それぐらいはしておかなければ。
「……ベルシスの勇者様は随分と無口なんだな」
沈黙に耐えかねたのか、こちらが何かを言う前に話しかけられてしまった。だがまぁ、その方がありがたいか。私は一つ咳払いをした後、改めて頭を下げる。
「仕事中に邪魔をして申し訳ない。私はアネーロと言う。本日は少々聞きたい事があってお邪魔させてもらった」
「勇者様が一介のギルドマスター相手に聞きたい事か? 何が答えられるか解らんが、何でも聞いてくれて良いぜ」
「助かる。それでは早速だが……魔族軍の襲撃後、街の様子で変わった事は無かっただろうか? どんな些細な事でも良い。何か知っているなら教えて欲しい」
質問の意図を掴みかねたのか、ギルドマスターは怪訝な顔だ。やはり変わった事という曖昧な訪ね方が悪かったのだろうか? しかし本当の事を言うわけにもいかんからな……。どうしたものか。伝え方が解らず、腕を組んでウンウンと唸り始めたのがおかしかったのだろう。ギルドマスターが突然吹き出したように笑い始めた。
「ははは……いや、失礼。勇者様は随分と面白い人のようだな。おまけに嘘をつけない正直者みたいだ。アンタが何の目的でそんな事を聞きたいのかは……興味はあるが、深くは聞かないでおくよ。で、質問の答えなんだが――」
ギルドマスターは机の横にあった棚に指を這わせると、その中から一つの資料を引っ張り出して広げて見せた。
「それは?」
「これは街の事件報告書だ。他のギルドはどうか知らねえが、このギルドは警備隊と情報を共有しているからな。何が起きているのか、わざわざ調べなくてもわかるんだぜ」
「ほお……それは大したものだ」
治安状況が把握出来ているのなら、魔族による乱暴狼藉があればすぐにわかるはず。私は期待を込めて身を乗り出し、ギルドマスターの持つ資料を覗き込んだ。
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