第69話 突きつけられた条件

――デュトロ視点


「……聞き間違いかな? 同盟したいと聞こえたが」

「間違いではありません。我が主のアプリリア様は、貴国との秘密裏な同盟を望んでいます」


顔色一つ変えずにそう言ってのける魔族の言葉に、ワシはゴクリと生唾を飲み込んだ。


「これだけの被害を我が国に与えておいて、今更手を結びたいと? お主の言う事はまったく理解出来んな」

「今回の襲撃に我々は関係ありませんよ。あなた方に手を出したのはトライアンフという名の魔王とその配下。アプリリア様はまるで関与していないのです」


そう言えば……以前ボルドール王国からもたらされた情報で、複数の魔王が存在していると聞いた事がある。つまり今回の申し出は、トライアンフと敵対する魔族からと考えて良さそうだ。


「お主――」

「ミレ……と、お呼びください」

「ではミレ殿に聞こう。お主の主であるアプリリア殿は、我が国に何を望む? 言っておくが、たとえ敵対する意思がないと言っても、お主等魔族と交流する事は出来んぞ。今回の戦いでは多くの国民が家族や親しい人を失っている。そんな彼等に別の魔族の勢力だからと事情を説明したところで、感情が納得しないだろうからな」


攻撃されていない普通の状態であったとしても、魔族と手を結ぼうとしたら、多くの者が反発するに違いない。加えて今回は人が死にすぎた。彼等の気持ちを無視してアプリリアと手を結ぼうとしたら、最悪反乱の危険すらある。しかしミレはワシの懸念を聞いたにもかかわらず、うっすらと笑みを浮かべたままだ。


「ご心配なく。こちらも表だって人間と交流する気はありません。人間が魔族と手を結ぶ事に抵抗があるように、多くの魔族も人間と手を結ぶ事を良しとしないでしょう」

「なら、何が目的だ? 同盟とは互いに利益を求めて結ぶもののはずであろう。経済にしろ軍事にしろ、お互いに利益がないのなら意味が無いのでは無いか?」


ワシがそう言うと、ミレは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。その行為だけで、どれだけこの女が――いや、魔族が、人間を下に見ているかがよく解った。


「話は良く聞いてください。私は秘密裏に……と言ったはずです。我が主の望む事はたった一つ。勇者達をトライアンフの討伐に差し向ける。ただそれだけです。当然、断れば死んで貰う事になりますけど」

「!」


勇者? 勇者と言ったのか? それを差し向けるとはどう言う事だ? ワシが面識のある勇者と言えば、フレア殿やラピス殿達のみ。まさか、彼女達をその魔族にぶつけろと? この国を救った恩人である彼女達を、自分の都合で死地にに向かわせろと言うのか? ワシは自然と目がつり上がり、殺気だっていくのが自分でもわかった。


「おや、ご不満ですか?」

「当たり前だ。お主等魔族には理解出来んかも知れんが、ワシは恩を仇で返すような真似など絶対にせぬ。我が身可愛さで彼女達を差し出すなど、たとえこの場で殺されようと断固として断る」

「そうですか……」


まるで我が儘を言う駄々っ子でも相手にしたような態度で、ミレは不服そうに首をかしげた。しかしわからん。そんな申し出をしたところで、ワシが受けると思ったのだろうか? 魔族とはそれ程人間を甘く見ているのか? それとも、単に此奴とその主が愚かなだけなのだろうか? しばらく考え込んだ後、ミレは何かを思いついたとばかりにポンと手を打った。


「では、こうしましょう。貴方がその気になってくれるまで、貴方の国に居る子供を一日十人殺していきます。ついでに貴方が大事にしている三人のお孫さん、これは人質として我が領内にご招待しましょう。うん、それが良い。そうします」

「ま、待て!」


一人で納得してこの場を去ろうとするミレを、ワシは慌てて呼び止めた。


「なにか? 私はこれでも忙しい身なんですよ。つまらない用事なら今度にしてくれませんか?」


此奴……本当に子供を殺す事など何とも思っていない。ワシが止めなければ、此奴は言葉通り王都に赴き、ただ害獣を駆除でもするように、家畜を屠殺でも行うように子供を殺して行くに違いない。そして、それは誰も止められない。正面から戦ったのならまだしも、警戒厳重なこの部屋に単身潜り込むほどの腕前の魔族を止める事が出来るのは、それこそ勇者ぐらいだろう。この場にラピス殿が居てくれれば……。悔しさのあまり唇を噛みしめているワシの様子を見ながら、ミレは面白そうに笑みを浮かべている。


「……子供に手を出すな。殺したいならワシを殺せば良かろう」

「貴方を殺してこちらに何か利益があるんですか? さっき言ったように、アプリリア様の望みは勇者とトライアンフがつぶし合う事。被害を受けた国の王である貴方の立場は、勇者達を最も焚きつけやすい位置にあると言うだけ。それ以外、貴方の命に価値などないのですよ。それで、どうするんですか? 大人しくこちらと手を結ぶのか、それとも大事な孫を失って、顔も知らない子供を殺され続けるのか。選んでください」

「くっ……!」


自分の不甲斐なさに涙が出てくる。自国民を救うどころか良いように国土を蹂躙され、挙げ句に子供を人質に取られているのに手も足も出せんとは……。断る――と言う選択肢は取れない。三人の孫は、そのどれもが目に入れても痛くないほど可愛い。民達も自分の子供や孫を思う気持ちはワシと同じはずだ。そんな大事な存在の命を奪われると考えただけで、体の芯から震えが来てしまう。


(ラピス殿……フレア殿……。すまん!)


此奴の言いなりになって彼女達をトライアンフの元に行かせれば、きっとどちらかが死ぬ事になる。ラピス殿達がいくら強くても、敵の本拠地に乗り込んで無事に済むとは思えない。しかし、今のワシには他に選択肢がなかった。


「……わかった。手を結ぼう」

「良かった。これで話を進められますね。じゃあ細かい話に移りましょうか」

「…………」


死にそうなワシとは対照的に、ミレは心底嬉しそうに嗤ってみせた。


§ § §


「じゃあ、今話した条件でおねがいします」

「……わかった。ただし、子供らには絶対に手を出すな。約束を違えるような事があれば、ワシはあらゆる手段を使ってお主とお主の主を殺してやる」

「おお怖い。そちらこそ忘れないように。私の仲間はあらゆる所に潜伏しているのですから」


そう言ったミレは一瞬のうちに姿を消した。胸の内にたまった黒いものを吐き出すように、ワシは盛大にため息を吐くと、棚から酒瓶を取りだしてその中身を一気にあおった。


ミレとの話で決まったのは、どんな手段でも良いので勇者パーティーをトライアンフの討伐に向かわせる事だ。金でも権力でも良い。今後の不安を取り除くためとでも訴えて、ボルドール王国とリュミエールにそれぞれ協力を仰ぐのもアリだという。しかし、そこでは絶対アプリリア一派の存在を匂わせない事が条件になる。もし誰かを通じて勇者達に真実を打ち明けようとしたら、その時点でワシの孫や国中の子供を殺すため、潜伏している魔族が一斉に蜂起する事になっている。なのでこの事は誰にも――たとえ家族にも話せない。嘘か本当かはわからないが、魔族の技術は人間を大きく上回っているらしいので、遠話の魔道具で話す内容すら筒抜けになっているらしい。と言う事は、他国の王に助けを求める事も出来ないのだ。


(……詰んでいる。どうする事も出来ん状況だな。まったく……情けない。だが、希望がまったく無いわけではない。ラピス殿の圧倒的戦闘能力なら、あるいは無傷でトライアンフという魔王を倒せるかも知れないし、フレア殿の神聖魔法なら、ワシの身近に潜む魔族を特定する事が出来るかも知れない。それらを使って彼女達に真実を打ち明ける機会を作れればあるいは……)


全てが上手く合わさっても可能性は限りなくゼロに近い。博打としても成立しないような勝率だ。ワシが第三者の立場なら、全財産を魔族側に賭けるだろう。それぐらい酷い状況だった。


「ふ……ふふ……何が同盟だ。ただの言いなりではないか。魔族の常識では、一方的に協力させる事を同盟と言うらしいな」


あまりに絶望的だと苦笑しか出なくなるな。ワシが孫や子供達を見捨てて自らも死ねば、とりあえず人間側としては状況が好転するかも知れない。しかし――と、ワシは硬く目をつむる。元気に遊ぶ愛しい孫の姿を頭に思い浮かべると、何を引き換えにしても死なせるわけにはいかないと改めて思った。


「ワシは……人間にとって、最低最悪の裏切り者になるかもしれんな……」


誰も居ない部屋で酒臭い息を吐きながら、ワシは一人呟いた。


§ § §


「国王様からの呼び出しですか?」


俺達が別の街に宿を取って一週間ほど経った頃、一人の騎士が宿を訪ねて親書を手渡してきた。それを受け取ったルビアスが黙読して確認を取るように騎士に問いかけると、彼は静かに頷いて見せた。


「はい。先日はろくに礼も出来ずに勇者様方を送り出してしまった事で、陛下は随分お心を痛めてらっしゃるご様子でした。せめて出来る限りのお持て成しをしたいとおっしゃっていました」


どうしたものかと振り向くルビアスに、俺も首をかしげるばかりだ。ストローム王国が苦しい状況なのはわかっているし、国王様が滞在する最前線の街は、多くの兵士や救済を求める民衆でごった返していて、とても人を招ける状態じゃないはず。俺達もそれがわかっているから引き留められても街を出たのだし、戻ってしまっては意味が無くなるようなきがした。カリン達も似たような考えなのか、国王様の意図が掴めず困惑顔だ。俺達だけなら相談して返答も出来るんだけど、生憎とここには使者で来ている騎士がいるので、堂々と話し合いが出来ない。そうこうしている内にルビアスが考えを纏めたらしく、騎士に向き直っていた。


「お招きはありがたいのですが、今は復興に尽力なさった方が良いのでは無いでしょうか? 私達への礼なら気持ちだけで十分ですので」


ルビアスがそう答えた途端、何故か騎士は泣きそうな表情になる。思わずギョッとしたルビアスが一歩下がると、騎士は勢いよく頭を下げた。


「そこをなんとか、一緒に来ていただけませんか? 実は私、勇者様方の同意を得られるまで帰ってくるなと厳命されておりまして……。ご一緒いただけないのであれば、立場上ずっと勇者様方について行かなければならないのです。お願いします!」

「そんな……」


あの温厚そうな王様がそんな無茶な命令をしたのか? 人は見かけによらないもんだな。それとも、それだけ俺達の事を高く買ってくれているんだろうか?


「師匠……どうしましょう?」

「うーん……そんな事情なら断れないよね。行くしか無いんじゃない?」

「……ですね。では使者の方、私達は呼び出しに応じ、国王様の元へ行かせていただきます」

「あ、ありがとうございます! 助かります!」


そろそろ国へ戻ろうと思っていたのに、なんか変な事になったな。まぁ、どうせ急ぎの用事も無いから別に良いんだけど……。

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