第68話 真夜中の訪問者

「失礼致します。ボルドールの勇者様方をお連れしました」


そう言って部屋に入ってきた騎士の後に続くのは、数日ぶりに見る仲間達の顔だ。久しぶりに大規模な戦闘に参加して緊張していた体が、彼女達の顔を見た途端ふうっと力が抜けていく。先頭にいるルビアスはともかく、カリンとシエルはこっちに飛びついてきそうな気配がしたけど、この部屋にはストローム王国の国王様やリュミエールの勇者フレアさんも居るから、すんでの所で自重したみたいだ。


「お初にお目にかかります陛下。私の名はルビアス。ボルドールの勇者を名乗る者です。こちらは仲間であるカリン、シエル、ディエーリア。以後お見知りおきください」

「おお、これはこれは。遠路はるばるようお越しになった。ささ、そんな堅苦しい挨拶などせんでも良いから、どうかこちらで寛いでくれ」

「……では、失礼します」


跪いて挨拶をしたルビアスと、慌てて倣ったカリン達に、国王様は気さくな笑顔で笑いかけた。戦闘が終わった直後、街に入ってきた時は被害の大きさにかなり険しい顔をしていたけど、今は少し落ち着いているみたいだな。……自国民が虐殺されれば無理もないだろうけど。


「魔物の軍勢に攻撃されていると聞き、急ぎ駆けつけたのですが……どうも無駄足だったようですね」

「いやいや、そのお気持ちだけでも大変ありがたい。それにラピス殿やフレア殿達が居なければ今頃どうなっていたか……本当に感謝しておるよ」


そう言って国王様は深々と頭を下げた。身分にかかわらず、頭を下げる時は素直に下げられる――これはなかなか出来ない事だ。身分の高い貴族なら奉仕して貰うのが当たり前ぐらいに考えてる奴が多い中で、この国王様は希少な存在だな。


「勿体なきお言葉。再び魔族の襲撃が起きないとも限りませんので、我々はしばらくこの国に留まるつもりです。我がボルドール王国からも援軍が派遣されているはずなので、近日中には到着するでしょう」

「本当にありがたい事だ。感謝の言葉もない」


戦闘が終わってから援軍が来たところでどうするんだ……と、戦いに縁の無い素人なら考えるかも知れないけど、実は軍隊は色々と使い勝手の良い集団なのだ。国土を守るための戦力としてはもちろん、瓦礫の撤去や怪我人の搬送、荒れ果てた田畑を耕す労力にも使えるし、簡単な建築物を建てるのもお手の物だったりする。今回多くの国民が殺された事で、ストローム王国はかなり厳しい状況に立たされるだろうから、他国からの援軍は本当に助かるはずだ。もちろん、後で見返りは求められるだろうけど。


ルビアス達を持てなすために一時間ほど屋敷に滞在した後、いつまでも話し込んでいたら仕事のある国王様にも迷惑だろうし、俺達は屋敷を出て別の街へ移る事にした。国王様はこのまま残って欲しそうにしていたけど、ただでさえ人も食料も足りない街に長々と留まる気はしないので、引き留めの要請は丁重に断っておいた。


「この礼はいずれ必ず。改めて、全ての国民に成り代わって礼を言う。ありがとう」


国王様の見送りで屋敷を後にした俺達。さて、これからどこの街に向かおうかと思っていたら、ふいにフレアさんが手を上げた。


「みなさん。私達リュミエールの者は本国に戻ろうと思います」

「え」


てっきり一緒に行くものだとばかり思っていたから、その申し出に驚いてしまった。フレアさんはいつも通り優しく微笑んでいて、その真意は読めそうにない。まさか俺と一緒に居るのが嫌になった? でも嫌われる心当たりはないし……何が理由なんだろう。そんな脳内会議をしている俺に気がついたのか、フレアさんは、苦笑気味に説明してくれた。


「別に深い意味はないんです。ただ、本国へ経過を報告する義務がありますので。ラピスさんにはお話ししたと思いますけど、私は本来使者としてこの国に来たものですから」

「ああ、そう言えばそうでしたね」


確か彼女達はリュミエル神の布教と神殿の増設をお願いしに来ていたんだっけ。それが運の悪い事に戦いに巻き込まれたって、屋敷での食事時に話していたな。


「未確認ですが、恐らく我がリュミエールも援軍を派遣しているはずですので、守りと復興は彼等に任せて大丈夫でしょう。私はその間報告に戻って、今後の対策のために動きたいと考えています」

「そうですか……なら、ここでお別れですね。また会う日までお元気で。今回は助かりました」


俺の差し出した手を握り返し、フレアさんは優しく微笑んだ。


「こちらこそ助かりました。次に会う時までには、ラピスさんの見せてくれた強さに少しでも追いつけるように精進します。お元気で」


おっとりしているように見えてもフレアさんは勇者だ。即断即決。別れの挨拶を済ませた彼女達は、後ろも振り返らずに街門ある方角に歩いて行く。忙しく歩き回る兵士や騎士と言った人混みに紛れ、彼女達の姿はすぐに見えなくなってしまった。


「行っちゃったね」

「しかし……我々が苦戦したあのデイトナとか言う魔族を、フレア殿が倒してしまうとは……」

「随分差をつけられちゃってる感じよね」

「これは……負けてられないかも」


フレアさんの戦いぶりにルビアス達は良い刺激を受けているみたいだ。厳密に言うと、フレアさんとルビアス達の戦闘力にはそれ程大きな差は無い。ではなぜルビアス達はデイトナに苦戦したのかと言うと、それは単に相性の違いとしか言いようが無い。


フレアさんの使った神聖魔法はあのラクスって言う女魔族を除いて、この街に居たほぼ全ての魔族や魔物に影響を与えていたようだし、それはあのデイトナも例外じゃなかった。それにもう一つ大きな点として、ルビアス達のパーティーには瞬時に傷を治せる回復魔法の使い手が、俺以外居ないのもある。ルビアスは初級の回復魔法なら使えるものの、まだまだ実戦で当てに出来るほどじゃない。フレアさんの戦い方は後衛の神官達を信頼して、文字通り肉を切らせて骨を断つ戦法だった。あれは単純な削りあいなら、かなり有効な戦い方だと思う。もっとも、相手が回復すら追いつかない攻撃力の持ち主や自分以上の回復魔法の使い手なら、一転窮地に陥る可能性は高いけど。


でも――と俺は考える。正直に言って彼女達をこの場で慰めるより、やる気になって貰った方が先の事を考えると良いのかも知れない。


「帰ったらまた修行だね。皆もやる気みたいだし、次からは少し厳しめにしよう」

「望むところです!」

「お、お手柔らかに……」

「そろそろ上級の魔法も覚えたいしね。頑張ってみるわ」

「……皆がやるなら私も頑張ろうかな?」


それぞれがそれぞれの言葉でやる気を見せてくれた。これなら彼女達ももっと強くなれるはずだ。


半壊した街を後にした俺達は、飛行魔法でいくつかある街を見て回り、比較的落ち着いている街をしばらくの滞在場所に決めた。戦場になった街からは遠く離れているものの、ボルドールとの国境ほど距離は無い――そんな微妙な位置にある街だけあって、人々に少し緊張した様子はあるけど、通常に近い状態にあるみたいだ。


街に入った俺達が早速何件かある宿屋の内一軒に足を運ぶと、店の主人は笑顔で歓迎してくれた。なんでも、今日の午前中まで滞在していた宿泊客達が一斉に部屋を引き払い、街を出て行ってしまったらしい。


「宿が開いてるかどうか不安だったけど、簡単に部屋が取れたね」

「街の出入りが解禁されたからね。商人は仕入れやら何やらで街に閉じ込められたままだと死活問題だし、急いで出ていったみたいよ」


なるほど、流石は商人。どんな状況でも金儲けに頑張るのは逞しいな。大部屋に入って荷物を投げ出すと、それぞれが吸い寄せられるようにベッドの上に身を投げ出す。ルビアス達は移動の疲れで、俺は久しぶりに真面目になった戦闘による疲れと緊張で、今頃になって眠気襲ってきていたからだ。食事の時間にはまだ早いから仮眠を取るぐらいは良いかもしれない。横を見るとカリンやディエーリアは既に寝息を立てているし、ルビアスとシエルもうつらうつらしている。


「ま、こんな所まで襲撃してくる奴はいないだろ……」


念のために敵意のある者が近づいたら反応する結界を張った後、俺も彼女達のように眠る事にした。


§ § §


――デュトロ視点


ワシはデュトロ。ストローム王国の国王だ。ささやかながら平和を謳歌していた我が国に、突然魔族軍が侵攻してきたのはほんの数日前。地方の貴族や兵士達が死に物狂いで戦っても足止めすら出来ず、国土の三分の一を一方的に蹂躙された時は、滅亡すら覚悟したものだ。しかし神が味方したのか、その時我が国には聖女と名高いリュミエールの勇者、フレア殿が滞在していた。彼女の力を借りれば何とか敵を撃退出来るかも知れない。しかし兵の数や質などから考えて、正直厳しい戦いになると覚悟していた。だが、そこに思ってもいなかった援軍が急遽駆けつけてくれた。目を見張るほどの美貌を備えた一人の少女――ラピス殿が現れてくれたのだ。見た目だけならフレア殿より頼りない外見をしていると言うのに、彼女の戦闘能力はフレア殿すら上回るという。


話には聞いた事があるが、とても信じられるものではなかった。しかし彼女が合流してから僅か一日、ワシはその認識を大いに変えられる事となった。恐らく敵の大将格である強力な力を持った魔族の二人。それも桁違いに強力な女魔族の方を、ラピス殿は無傷で圧倒したと言うでは無いか。最初は誤報ではないか、それとも年のせいで自分の耳がいよいよおかしくなったのかと報告を疑ったものだが、兵士達による複数の証言があったのでどうやら本当の事らしい。


まったく、世界には信じられないような強者がいるものだと驚かされた。そんな彼女達のおかげで国内に侵入してきた魔族軍はその大半を討ち取られ、もはや組織だった行動は不可能になったと見て良いだろう。後は他国の援軍の力を借りながら散発的に攻撃を仕掛けてくる生き残りを殲滅し、国内の立て直しを図らなければならない。まだ数日しか滞在せず寝慣れないベッドに横になりながら、これから忙しくなるだろうなと大きく息を吐いたその時、ワシは不意に気配を感じて飛び起きた。


「……誰かおるのか?」

「おや、気がつきましたか? 流石は国王。普通の兵士とは違いますね」


閉め切ったカーテンから漏れる僅かな月明かり。それに照らされてボンヤリと見えたその姿は人間のものではなかった。頭部から生えた異形の角――まるで羊を連想させるその角は、人間では絶対に生えないものだ。女。それもかなり強い。


(魔族か……ここまで侵入を許すとは、警備が甘いのか此奴の腕が優れているのか。どちらにせよ、覚悟を決めねばならんようだな)


若い頃はそこそこ腕に自信があったが、それはあくまでも一般的な基準に比べてと言う意味であって、フレア殿やラピス殿に比べれば児戯に等しい。そんなワシが一対一で魔族と相対して勝ち目などあろうはずがない。ベッドの脇にあった剣を手に取ったワシは、スラリと抜いて魔族に対峙する。


「おや? 助けを呼ばないのですか?」

「騒いだ途端にワシを殺すつもりだろうに。それに護衛を呼んだところでお主に勝てるとも思えんからな。だったら犠牲は少ない方が良い」

「感心しました。流石は一国を纏める立場に立つ人物。その覚悟には素直に頭が下がります」

「殺そうとする相手に褒められたところで嬉しくはないがな」


別に進んで死にたいと思っているわけではないが、七十年も生きてきたのだし、立場が立場だけに死ぬ覚悟ぐらいは常にしてある。それが今日この時になっただけで、別段騒ぐような事でもあるまい。徐々に殺気を高めていくワシを面白そうに見ていた魔族は、斬りかかってくる代わりに両手を挙げて見せた。意図がわからず困惑するワシに対して、女はニヤリと嗤ってみせる。


「とりあえず剣を収めてもらえませんか? ここで貴方を殺す気は無いので」

「……ハイそうですかと信じるわけにはいかんな」

「ごもっとも。しかし私がその気になったら、今頃貴方の首は床に転がっているはず。それをしないと言う事は、何か理由があると思いませんか?」


小馬鹿にしたような態度が癪に障るが、言っている事に嘘はないように感じられたため、ワシは構えていた剣を降ろした。


「話を聞く気になってくれましたか?」

「一応はな。で? こんな夜更けに寝所まで潜り込んできて、いったい何用だ?」

「なに、簡単な事です。同盟を結んで欲しいのですよ。貴方の国と、我が主――アプリリア様の間で」


想像もしなかったその言葉に、ワシはただ呆然とするしかなかった。

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