第67話 遅れてきたシエル達

「逃げられたか……」


確実に仕留めたと思った瞬間、俺の前から忽然と姿を消した女魔族。フレアさんと戦っているデイトナを上回る力を持ったなかなか強い魔族だったけど、転移の魔法が使えるほどの力は無いと思っていた。あんな隠し技があったなんて正直予想外だ。


「いや、あれは……少し違う感じがしたな」


消える直前、本人の魔力は少ししか使っていなかったように感じる。たぶん何らかのアイテムを使ってこの場から消えたんだろう。そうすれば実力に合わない転移の魔法も納得出来る。俺はともかく、他の人間が戦えばかなり厳しい相手だろうから確実に仕留めておきたかったんだけど、逃げられたのなら仕方ない。次の機会を待とう。


「それに、今は目の前の事に集中しないと」


敵の指揮官と思われる魔族を二人退けたんだ。後は街に残った魔族と魔物を処理してしまわなければ。俺は眼下で手を振るフレアさんと合流するため、ゆっくりと高度を下げていった。


「ラピスさん、流石ですね。あの魔族を圧倒するなんて」

「最初からこっちを舐めてかかってたから不意をつけましたよ。俺は逃がしちゃったけど、フレアさん達はちゃんと倒してるじゃないですか。そっちの方が凄いですよ」

「ふふ。貴女にそう言って貰えるなら、頑張った甲斐がありました」


戦場だと言う事も忘れて、しばし二人で笑い合う。でもすぐ俺達は表情を引き締め直し、それぞれの武器を構えて背中合わせになった。戦いの熱気に当てられたのか、理性も無い魔物共が俺達を取り囲もうと押し寄せてきていたからだ。たぶん餌か何かと思ってるんだろうな。


「じゃあ残った敵の殲滅、頑張りましょうか」

「もちろんです。一刻でも早く敵を倒して、犠牲になる人を減らさなければなりません」


その言葉に俺は深く頷く。フレアさん――自分より格上の魔族を様々な要素の組み合わせで倒すなんて、本当に凄い人だ。彼女はこれからまだまだ強くなる。そんな予感がする。いずれルビアス達と同じように、肩を並べて戦える日が来ると良い。そんな事を考えつつ、俺は魔物を殲滅するべく、武器を構えて地を蹴った。


――シエル視点


ストローム王国に魔物の軍勢が雪崩れ込んだと言う情報を聞いて、私達は全速力で南下していった。魔力が続く限り最高速を出し続け、魔力切れになりそうになったらマジックポーションで回復させる。決して美味しいとは言えないポーションの味と、急激な魔力の増減でフラつく頭を気力で持たせスーフォアの街に到着してみたら、そこで驚くべき情報を耳に入れる事になった。


「ラピスちゃんが先行したの!?」

「そうだ。情報を耳にした途端、君達の到着を待たずに行ってしまったよ。彼女なら一人でも大丈夫と思うが、君達も急いで後を追ってくれ」


ギルドマスターのクリークに言われるまでも無く、スーフォアの街でろくな休息も取らず私達は南下を再開させた。そのおかげで普通なら飛行魔法でも一週間はかかる距離を、わずか三日でストローム王国に到着する事が出来た。けど……


「もう……限界よ……」

「私も……」

「流石に……吐きそうだ……」

「地面がこんなにありがたいなんて……」


昼夜問わず飛び続けて、地上に降りる時は食事の時だけ。徹夜で移動に専念した甲斐あって、私達は見事に全員が倒れそうなコンディションになっていた。これじゃ戦うどころじゃないので何処かの宿に一泊しようと思ったんだけど、こんな状況のせいか、どこの街も人や街の出入りがとても厳しくなっていた。安全が確認出来るまで入るのは出来ても出るのがなかなか許可されないと街の入り口で説明されたので、私達は仕方なく野宿する事に決めた。見張りの順番を決めて横になった途端、意識を失ったのは自分でも驚いたわ。翌朝、朝日と共に目が覚めると、先に目を覚ましたらしいカリン達が柔軟体操をしている場面が目に入った。包まったマントからのそのそと起き上がると、仲間達の会話が聞こえてくる。


「何とか寝不足だけは解消出来たかな。ルビアスはどう?」

「私は大丈夫だよ。体は痛いままだが」

「野宿だからね。こればっかりは仕方ないよ。あ、シエルも起きた?」


寝起きでハッキリしない頭に活を入れるため、両手で自分の両頬を叩く。おかげで少しスッキリしたのか、私の頭はやっとまともな活動を初めてくれたみたいだ。


「おはようみんな。早いわね」

「おはよ。シエルはぐっすりだったね」

「魔法を使い続けていたからな。師匠ならともかく、普通の人間にはキツいだろう」

「もう大丈夫よ。頭もスッキリしたし、ここまで来たらあと少しで王国軍に追いつくはずだわ」


そう。私達は勇者パーティーを名乗っている分、人々を守るために最前線に立って戦う義務があるけれど、それ以上に仲間を――ラピスちゃんを一人で戦わせるわけにはいかない。あの娘が強いのは知ってる。私達じゃ束になっても敵わないぐらい強いのも重々承知だ。だとしても。仲間が一人で危険な場所にいると解ったら、何が何でも助けに向かわなければ。仲間の安全――それは何を置いても優先しなければならない事だから。


一晩寝て回復したおかげで魔力もすっかり元通りになったので、再び移動を開始した。大きな街を見つけると、その近くに大勢の人間や馬車が残した足跡を見つけたので、それを辿っていけば王国軍を見つける事はそれほど難しくなかった。王国軍はまだ煙の燻っている大きな街に駐留しているらしく、上空からだと沢山の兵士達が瓦礫の片付けや負傷者の救護活動に追われているのが見える。ここならラピスちゃんが居るかも知れない。やっと追いついたと安心した事で気が抜けたのか、私は何も考えずにそんな彼等のまっただ中に着地してしまった。当然、いきなり空から降りてきた私達は、殺気だった兵士達に取り囲まれてしまう。


「何者だ!」


魔族と殺し合いをしてるんだからしょうがないけど、槍を突きつけられるのは気分が良くないわね。でも、あまり危機感は感じていない。この程度ならカリンやルビアスだけで切り抜けられると解っていたから。もし攻撃されても私の魔法で逃げれば良いしね。でもそんな時、ルビアスは一人前に進み出ると両手を挙げながら声を上げる。


「敵意は無い! 我々はボルドール王国の勇者パーティーだ! ストローム王国を支援するため、急ぎ駆けつけた! 責任者の方に取り次いで貰いたい!」

「ボルドールの……? まさか、ルビアス様?」

「私の顔を知っている者が居たのか。その通り、私の名はルビアスだ」

「失礼しました! おい、武器を下げろ! この方達は本物だ」


どうやら無駄な争いは回避出来たみたいね。ルビアスが味方で良かったわ。私達が本物の勇者パーティーだと解った途端、兵士達の態度はさっきと真逆になって、とても丁寧になっている。彼等に案内されている間、街の様子を観察してみたけど、被害は結構深刻みたいだ。まず無事な建物を探すのが難しいし、街の至る所に人間や魔族、そして魔物の死体が転がっている。かなり激しい戦闘が行われた証拠なんだろう。


「軍がここに駐留していると言う事は、魔族軍は撤退したのか?」


先頭を歩くルビアスが案内の兵士にそう質問すると、彼はやや疲れた表情ながらも笑顔を浮かべ、ゆっくりと首を左右に振った。


「国内に侵入してきた魔族軍は、撤退……と言うより、ほぼ壊滅しました。奴等の主力はこの街に滞在していたのですが、貴女方のお仲間であるラピス様や、リュミエールの勇者フレア様達の活躍によって、その多くを討ち取る事に成功したのです」

「やはり師匠はこの街に居たのか!」

「リュミエールの勇者までいたなんて……。ラピスちゃんも居るし、敵にとっては不運な状況だったわね」


前に晩餐会でちらりと見た事のあるリュミエールの勇者。あのフレアって名前の娘からは、確かにただ者じゃない気配を感じていた。なるほど、あの娘がね……。


やがて私達は一軒の屋敷へと案内された。屋敷の周りには、普通の兵士とは明らかに違う騎士の出で立ちをした人間が厳重な警備をしていて、私達にも厳しい目が向けられている。案内してきた兵士がそんな彼等に近づいて何事か耳打ちすると、騎士達は笑顔を浮かべて警戒を解いてくれた。


「ボルドールの勇者様方ですね。ここからは私がご案内させていただきます。こちらへどうぞ」


随分物々しい警備だけど、ここにラピスちゃんがいるのかな? 街の開放に力を貸したから賓客扱いになっているのかしら? そんな私の疑問が口から出る前に、案内の騎士が自分から話してくれた。


「実は、この屋敷には国王陛下が滞在されているのです。それにラピス様やフレア様も、それでこの警備でして」

「そうなのか? と言う事は、国王陛下自らがご出馬されたのか。貴殿等も随分心強かっただろう」


ルビアスの言葉に騎士はコクリと頷く。


「もちろんです。ですが……魔族軍を撃退出来たのは、ラピス様やフレア様達のご助力があったからです。我々だけではとても無理だったに違いありません」

「ラピスちゃん達はそんなに活躍してたんですか?」


身内が褒められて嬉しいのか、カリンは身を乗り出すように聞いている。そんな彼女の勢いに驚いたように騎士は体をのけぞらせていた。


「え、ええ……。まず、あの作戦はラピス様が発案されたのですが――」


戸惑いながらも、この街で何があったのかを騎士は語っていく。私達がいない間、ラピスちゃんがどう戦っていたのかを。


§ § §


騎士から戦いのあらましを語って貰った私達は、知らずに力の入っていた体をため息と共に緩めていた。フレアさん達が一緒だったとは言え、わずか数人で敵のど真ん中に降り立って、その上敵の将を倒した? ラピスちゃんの強さは知ってるけど、ちょっと無茶しすぎじゃないかしら? 魔族にも強い奴はいくらでも居るでしょうに。ラピスちゃんと同等……とは言わないまでも、半分ぐらいの力を持った魔族が何人も出てきたら、流石にヤバかったはずよ。


「相変わらず無茶するわねラピスちゃんも……」

「そうだね。だけど、それに付き合えるフレアさん達も凄いよ」

「街全体を影響下に治める神聖魔法か……どうやらフレア殿は、大神官クラスか、それ以上の神聖力を持っているようだな」

「大事な時に援護出来なかったなんて……」


肝心な時に留守にしていたなんて、仲間として情けない。予定通り王都から帰ってればこんな事にはならなかったのに。ルビアスの兄妹を悪く言うのは気が引けるけど、全部あのスティードとか言う馬鹿王子のせいよ。ただでさえ嫌いだったけど、今回の事で尚更嫌いになったわ。


「到着しました。この部屋に陛下と、ラピス様やフレア様がいらっしゃいます」


話し込んでいる内に、いつの間にか目的の部屋に到着していたみたいだ。それほど離れていなかったのに、なんか随分会っていなかったみたいな感覚だな……。ラピスちゃん――私達の代わりに一人で頑張ってくれたあの娘を、今は思いっきり労ってやらなきゃ。私が密かにそんな決意を固める中、目の前の扉は騎士によってゆっくりと開けられていった。

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