第66話 ラピス対ラクス

――ラクス視点


フレアとか言う名の勇者をデイトナに任せ、私はラピスと戦うために大空へと飛翔した。当然のように飛び上がってくるラピスの姿を視界の端に収めながら、私はこみ上げてくる笑いを抑える事が出来なかった。飛行魔法と言う今では魔族でしか使っていない魔法を当たり前のように使い、私に劣らない速度でついてくる事が出来るなんて、楽しみな戦いになりそうだったからだ。


「始める前に聞いておくけど、何か言い残す事はあるかしら? ハッキリ言って、アンタと私じゃ力に差がありすぎるからね。本気を出したらあっという間に終わりそうなのよ」


私が善意でそう忠告してやると、ラピスは困ったように首をかしげる。


「……生憎だけど、まだ死ぬつもりはないし、お前に負ける予定もないよ。でも、たった一つだけお前の意見には同意する。本気を出したらあっという間に終わるって部分にはね」


そう言うラピスは少しも怯えた様子がなく、緊張すらしていないようだった。まったく……調子に乗っちゃって。これは私の力を見せつけて、人間の限界ってもんを教えてやる必要があるわね。殺すのは痛めつけてからでも良いでしょ。


「そう。なら始めましょうか。無駄口叩いてても仕方ないし」

「そうだな。始めよう。先手は譲るよ」

「じゃあ……お言葉に甘えて!」


私は瞬時に魔力を巡らせ、突き出した右腕から複数の巨大な火炎弾をいくつも撃ち出した。人間では不可能な無詠唱と、膨大な魔力による複数の魔法の同時発動。挨拶代わりとは言ったけど、これじゃ消し炭になるかも知れないわね。ラピスはこっちの攻撃に片手を上げて防御しようとしているようだけど、そんなものが間に合うはずもない。どんな対処をするのかワクワクしながら注目していると、あいつの手から私と同系統の、しかも更に巨大な複数の火炎弾が生み出された。


「なっ!?」


空中で衝突する火炎弾が空を覆わんばかりに炎を撒き散らす。でも私に驚いている暇はなかった。魔法の激突で生み出された火炎の壁、その向こうから、また新たな火炎弾が迫ってきていたからだ。


「嘘でしょ!?」


慌てて回避したのも束の間。体に強い衝撃を受けた私は地面へ真っ逆さまに落とされていく。混乱と焦りで前後不覚になった私は、なんとか姿勢を制御して目前に迫った屋根との激突を避けた。そして私がたった今浮かんでいた空間には、いつの間に回り込んだのか、ハルバードを構えたラピスの姿があった。あの一瞬で移動したって言うの? どれだけ速ければそんな事が……! とうやら手を抜いて戦える相手じゃないみたいね。私は再び空に舞い上がり、ラピスと対峙した。


「驚いたわ。私と同系統の魔法でここまで威力を持っているなんて。ひょっとして炎の系統が得意なのかしら?」

「別に特別得意ってわけでもないさ。それに、俺の魔法なんて専門家に比べたら大したこと無いぜ? 俺の知り合いなら、一発の火炎弾で街全体を火の海にも出来るしな」

「はっ! つまらないハッタリだわ! そんな事、魔王クラスの魔力でもないと無理でしょうに」


そんな魔法使いがいるなら、私の耳に入らないわけがないし、人間共も放っておかないでしょうに。


「ごめんなさいね。アンタの実力を舐めてたわ。あんまり手を抜いても失礼だし、私の実力を少し披露してもいいかしら?」

「……実力を小出しにするのは止めた方が良いな。でも……しょうがないか。魔族ってのはだいたいそんな奴ばっかりだし」

「……随分余裕ね。ひょっとして今のまぐれ当たりで調子に乗っちゃった? だったら認識を改めさせてあげるわ!」


ムカつく女。楽しもうと思ってこっちが手を抜いてやったら調子に乗って。こんな馬鹿には身の程を教えてやらないとね。私は自身の有り余る魔力を全身に巡らせて身体強化を施し、更に空中に三つの魔法を生み出していく。炎、土、氷。三つの属性を同時に操る事が出来るのは、一定以上の力を持った上位魔族だけだ。これを同時に放てば、あの女は為す術もなく打ち倒されるしかない。でも念には念だ。万が一避けられた時のために、剣の準備ぐらいしておかないとね。複数生み出された炎の槍、氷の槍、土の槍。私はそれを左右と上空に向けて同時に放った。見当違いの方向に飛んでいく魔法にラピスは驚いているみたい。ふっ……狙い通りね。


「行きなさい!」


私の魔力操作によって、ラピスを通り過ぎようとした魔法が急に方向を変え、ラピスに向けて殺到していった。魔法で作り上げられた槍は四方八方から殺到し、まるで魔法の槍で作られた檻のようだ。正に蟻の這い出る隙間もない。これだけの魔法はたとえ防御魔法で身を守ろうとしても全部は防ぎきれはしない。手足を貫かれて出てきたところを、今度は私が直接叩いてやる。余裕ぶった小娘の顔が恐怖に歪むところが見たくて、自然と顔がニヤけてくる。しかし、奴は迫り来る魔法を一瞥すると魔法を使う様子も見せず、手に持ったハルバードだけを静かに構えた。まさか、あれを武器でどうにかするつもり!?


「よっと」


そんな気の抜ける掛け声と共に、ラピスは一番速く殺到してきた土の槍にハルバードを突き出した。でもそれは土の槍を砕く事無く擦っただけで、最初は迎撃に失敗したんだと思った。でもその直後、私は信じられない光景を目にする事になった。ラピスが弾いた土の槍は威力を殺す事無く軌道だけを変化させ、あいつの後方へと逸れていく。そして逸れた土の槍は飛来してくる氷の槍と接触し、更に軌道の変化した氷の槍は炎の槍と激突する。一回だけなら偶然として片付けられる。でも、奴はそれを大部分で――自分に直撃しそうな攻撃だけをハルバードだけで逸らせている! 現実離れした技量とその光景に、私は戦闘中だというのに呆然としていた。


「……し、信じられない。こんな事が出来る人間が存在するなんて――はっ!?」


気がつくと、ラピスは正面から私に向かって飛び込んできた所だった。なんてこと! 奴の速さは十分解っていたはずなのに、異常事態が理由とは言え、目を離してしまうなんて!


「そらよっ!」

「がっ!? ぐうう!」


奴の一撃を受け止めた剣から信じられないような衝撃が腕に伝わる。ただの一撃でこの威力。こんな細い体のどこにこんな力があるって言うのよ! 再び空中を吹っ飛ばされていく私に追いついたラピスは、今度はすくい上げるような一撃で私を上空へと跳ね飛ばした。


「あぐっ!?」


こんな――私がこんな良いようにやられるなんて。もう赦さない! 全力で捻り潰してやる!


「あああああ!」


吹っ飛ばされている私の全身から黒い炎が吹き上がる。それは瞬時に体に纏わり付き、次の瞬間には消えて無くなった。急激な変化に目を見張ったラピスに向けて、渾身の力で剣を振り抜くと、奴は受けたハルバードごと衝撃で後方に下がっていく。


「調子に乗るな小娘! お前なんかが私に敵うはずないだろ! もう遊びは終わりよ! 全力でやってやる!」

「さっきもそんな事言ってなかった?」

「黙れえええ!」


今までとは比較にならない速度で空中を滑る私に対して。ラピスは即座に飛んで逃げようとしたみたいだ。猛烈な勢いで振り下ろされた剣の一撃を紙一重で躱される。でも逃がすわけ無い。あのすました顔を苦痛と恐怖に歪めてやらないと、私の気が収まらない。


「逃がすか!」


折れ曲がるような勢いで進路を変更して、ラピスに再び剣を振り抜く。それは奴の肩口から入って綺麗に振り抜かれ、一撃で肩から先を切り飛ばしたかに見えた。しかし――


「手応えがない!? そんな馬鹿――きゃ!?」


嫌な予感がして咄嗟に剣を背中に向けて振り抜いた。でもその先にラピスの姿はなく、代わり私の背中は焼き付くような熱さを感じた。斬られた!? なんで!? 強化した私の速度ですら追いつけないって言うの!?


「このおおおおお!」


狙った攻撃は魔法だろうと剣だろうと躱される。なら一撃で全方位に向けて攻撃すれば必ず当たる。悔しいけど、スピードはお前が上だと認めてあげる。でも、いくらすばしっこく動こうと、今度の攻撃は絶対に避けられないわよ! 全身から強化術とは違った炎があふれ出し、それは瞬時に私の周囲へ広がっていく。使う場所が上空でなかったら、今頃街の半分は飲み込んでいるぐらい膨れ上がった炎の空間。でも魔法はこれでお終いじゃない。私の奥の手でもあるこの魔法は、膨張した後一気に大爆発を起こし、周囲一帯を火の海にする魔法だからだ。これなら街の何処に隠れたとしてもラピスを焼き尽くせる。


「くらえええ!」

「甘い」


爆発する瞬間、不意に耳元で聞こえた声に驚く暇も無く、私は脇腹をハルバードの一撃で大きく抉られた。まさか――あの炎に包まれた空間を無視して私に直接攻撃するなんて。傷つきながらも咄嗟にその場を飛び退いた私が見たのは、無傷でハルバードを構えるラピスの姿だった。信じられない。奴は不死身なの!? 突然の激痛に集中力は乱れ、私の生み出した炎は掻き消えてしまった。


「下も決着がついたみたいだし、こっちもそろそろ終わりにさせて貰うよ」

「!」


ラピスの言葉にチラリと視線を下に向けると、そこには体を両断されたデイトナの姿があった。デイトナ……あいつ、あんな大口叩いてあの程度の敵にやられた? 役立たずめ! 自分が追い詰められている苛立ちも相まって、考えられる限りの罵倒をデイトナに浴びせたいところだけど、私にそんな余裕は無かった。なぜなら目の前にいるラピスが右腕を天に掲げ、膨大な魔力を練り上げていたからだ。私とは比較にならない速度と精密さで組み上げられていく魔法。星が煌めいていた夜空は奴の魔法に反応するように、あっという間に暗雲が立ちこめていく。――マズい! どんな種類か解らないけど、こんな魔法をまともに食らって生きていられる気がしない。第三者の立場ならこの魔法が発動する様子を間近で見て魔法の研究に使いたいところだけど、自分が標的になるとしたら話は別だ。私は急いで懐に手を伸ばし、一本の巻物スクロールに魔力を流した。


「稲妻よ!」


ラピスの口から力ある言葉が漏れ、それに反応した天から巨大な稲妻が降ってくる。目の前が真っ白になって目をギュッと瞑った瞬間、浮遊感を感じた私はドサリと硬い床の上に投げ出された。慌てて周囲を確認すると、見慣れた景色が目に飛び込んでくる。


「ここは……? トライアンフ様の城か……た、助かった……」


あの時、私が使ったのは転移のスクロールだ。デイトナには持たされていなかったけど、私には万が一の事を考えてトライアンフ様自らが手渡してくれていた。人間などに後れを取るつもりもなく、使う機会なんかないだろうと思っていたそのスクロールに、私は正に紙一重のところで助けられたわけだ。


「死ぬかと思った……なんなのよ……あの化け物……」


命が助かった安堵に全身から力が抜けていく。この私がまるで歯が立たない。普通の人間はおろか、魔族すら大きく越える圧倒的な力。勇者でもないただの従者のはずなのに、あの強さはいったいなんなの? 恐ろしい。あれはひょっとして、トライアンフ様さえ越える力の持ち主なんじゃ……?


「まさかね……そんな事あるわけない」


あいつが街に居るんじゃ、残った魔族も魔物も全滅させられるのは時間の問題ね。残念だけど、今回の攻撃は失敗したと思うしかないわ。でも……。


「唯一の収穫は、ラピスや勇者の力を把握出来た事かしら? あんな化け物とはまともにやってられないわ。どうにかして他の魔王の勢力とぶつかるように誘導して、共倒れに持って行かないと……」


焦りを濃くした私は自らに施した強化術を解きつつ、自らの手で傷を癒やしながらトライアンフ様の元へと急ぐ。早く報告して善後策を練らないと。予想も出来ない敗戦にお叱りを受けるだろうけど、甘んじて受けるしかないわね。

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