第70話 不自然な態度

それ程日を開けずに引き返したせいか、街は特に変わった様子もなく、相変わらず忙しく動き回る人々でごった返している。そんな中街の様子を観察してみたら、少しだけ変化が見られた。流石に犠牲になった人達の遺体は全て無くなっていたので、たぶん集団墓地に埋葬されているんだろう。街が多くの被害を受けたためか、開いている店の数はちらほらと見かける程度で、ほとんどは閉まったままの状態みたいだ。


「このまますぐに屋敷に向かう?」

「まだ日が昇ってからそれほど時間が経っていませんからね。先方もバタバタしているでしょうし、もう少しどこかで時間を潰した方が良いかもしれません」


俺の問いかけにルビアスはそう答えた。うちのパーティーは儀礼的な事がルビアス以外全然駄目なので、こんな場合は彼女の意見が最も尊重される。ちなみに、街に入るまで一緒だった騎士は、到着を国王様に伝えるため先に行ってもらっていた。


「じゃあどっか休憩出来そうな所は……」

「あ、ラピスちゃん。あそこの宿屋がやってそうじゃない?」

「一階が飲食店みたいね。営業中の看板も掲げているわ」


カリンが目ざとく見つけたのは一軒の宿屋だ。賑やかな街だと通りを行く人々に対する客引きが立っているのが基本だけど、街の雰囲気に配慮しているのか、店の外には看板が出ているだけだった。他に当てもなかった俺達は、自然とその店に吸い寄せられていく。入り口の扉を開けて中に入ると、一階の飲食店は繁盛しているとは言い難いけど、そこそこの客で席が埋まっていた。


「いらっしゃいませ」

「軽めの食事を摂りたいんだが……いいか?」

「もちろんです。お好きなお席にどうぞ」


いくつかある席の内、一つを選んで俺達は腰を落ち着けた。四人席だったので壁にくっつけるように並べられていた椅子を引っ張り出し、五人でテーブルを囲むとすぐ、女性の給仕が注文を取りに来てくれた。テーブルの上に備え付けられていたメニュー表は殆どが修正されていて、注文出来るのは昼と夜の定食が一つと軽食がいくつか。飲み物は果実水とエールだけだった。


「みなさんは食事で良いですか?」

「そうだな……。全員でつまめる軽食を一つと飲み物を頼む。あまり空腹ではないのでな」

「わかりました。少々お待ちください」


ルビアスの注文を受けると給仕サッと引き返して奥の厨房に注文を伝えに行った。……ルビアスも随分一般の生活に慣れてきたな。前は一人で買い物も出来なかったのに成長したもんだ。そんな事を考えているのが顔に出ていたのか、怪訝な表情でルビアスが俺を見ていた。


「どうかしたのですか師匠?」

「うん? いや、なんでもないよ」


そうこうしている間にさっきの給仕が戻ってきて、テーブルに大皿を一つと人数分の果実水が置かれた。ごゆっくりと言う言葉を残して彼女が去ると、俺達はさっそく目の前の皿に手を伸ばした。大皿に盛られていたのは小麦を練って焼き上げたものに、うっすらと水気のあるソースが塗られている。初めて見る食べ物なので興味津々で口に含むと、口の中に焼きたてのパンの匂いと、甘い味が広がっていった。


「あ、美味しいねこれ」

「パン……なんでしょうか? 初めて食べるものですが、なかなか美味しいですね」

「美味しければ私は何でも良いかな」

「家でも作れないかしら」

「美味しいんだけど、太りそう……」


偉い人に面会するのだし、匂いのきつい飲食物は駄目だけど、この程度なら問題ないだろう。果実水に口をつけながら周りを見てみると、大体が体格の良い、少し汚れた服装に身を包んでいる男達だった。


「冒険者……じゃないよね」

「何かの作業員じゃない? 流石に兵士だけで全部片付けるのは無理だろうし」

「なるほど」


彼等は交代で休憩を取っているのか、入れ替わり立ち替わり同じぐらいの人数が出入りしていた。シエルの言うとおり撤去作業に加わっている人達なのかも知れない。


「しかし、なんで王様はこんな時に私達を呼び戻したんだろうね?」


カリンの疑問は俺達全員が抱いているものだ。街が落ち着いてからならともかく、まだ復興もままならない状態で招待しても、良い事は一つも無いと思う。


「案外、お礼のためと言うのは口実で、何か他に目的があるんじゃないかしら?」

「と言うと?」


シエルの仮説にディエーリアが首をかしげた。シエルは果実水で喉を潤すと、少し声を抑えめに話し始めた。


「何か私達の力が必要になるような事態が起きた……と考えるのが自然よね。例えばまた魔族軍による襲撃の気配があるとか、逆に報復をしたいから力を借りたいとか? まぁ、何の根拠もないから単なる思いつきだけど」

「また攻められる可能性ならあると思うけど、流石に今の状態で逆侵攻は難しいんじゃないかな?」

「うむ。今のストローム王国では、全軍を長期にわたって動かせる兵站が維持出来ないはずだ。国土の奥深くまで破壊され尽くしているからな」

「犠牲者も相当な数になりそうだよね……」

「て事は、襲撃が一番可能性あるよな」


でも何でだろう? それならそうと最初から協力を求めてくるはずだし、誤魔化す意味が無いと思う。俺達の力は借りたいけど、何か口にするのが出来ない事情があるって事なのか?


「案外、本当にお礼をしたいだけだったりして?」

「それだと一番楽で良いわね。危ない目に遭わなくて良いだろうし」

「そうだな。それだと一番だ」


みんなはそう口にしたけど、この中の誰もそんな事は無いだろうと思っていた。根拠はない。根拠はないけど、これはそれなりに修羅場をくぐってきた者特有の勘だった。


§ § §


「ようこそおいでくださった。今回は無理な求めに応じてもらってすまない」

「いえ、お気になさらず。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


先日と同じ部屋に案内された俺達は、笑顔を浮かべた国王様に出迎えられた。形通りの挨拶をルビアスに任せて、他の面子は後ろで黙って頭を下げる。広めの部屋には護衛の騎士と給仕役のメイドさんが何人か居るだけで、他に人の気配はない。進められるままに席に着くと、国王様は早速話し始めた。


「先日は失礼した。国のために尽くしてくれたのに、何の礼もせずに帰す事になってしまって」

「お礼なら先日のお言葉だけで十分です。我が仲間であるラピスも、見返りを求めて戦ったわけではありませんので」

「そうだったな。しかしまぁ、せめて形ばかりでも褒美を出さなければ、ワシの面子が立たんのだよ。ここは是非とも受け取って欲しい」


国王様から目線を向けられたメイドさんは、一つ頷くとジャラジャラと音の鳴る大きな革袋を運んできて、俺達の前へ静かに置いた。これは……中身を見なくても何となく想像出来る。金貨か何かだろう。


「取り急ぎ用意させた金貨三百枚だ。パーティーに対しての礼と言う事で、代表してルビアス殿に受け取ってもらいたい。配分はお仲間と相談して決めて欲しい」


三百枚か……。最近は金銭感覚が麻痺してきているけど、かなりの大金だ。一瞬受け取る事を躊躇したルビアスがこちらをチラリと盗み見る。俺が黙って頷いてみせると、ルビアスは国王様に向けて向き直り、礼を言いながら革袋を受け取った。


「では、ありがたく頂戴いたします。陛下のお心遣いに深く感謝いたします」

「良かった良かった。では少し早いが、昼食をご一緒してくれるかな? たまには現役冒険者の話も聞いてみたいのでな」

「……お邪魔でなければ。是非ご一緒させてください」


金だけもらってハイさようならじゃ、いくらなんでも失礼だ。予想通り食事のお誘いが来たので、俺達は断る事も無くご馳走してもらう事にした。様々な料理を載せたトレイをメイドさん達がひっきりなしに運んでくる。俺達は国王様に勧められた料理を片っ端から口に運び、口当たりの良い酒で喉を潤した。しかしその昼食会は全体を通して微妙な雰囲気が漂っていた。何故かと言うと、色々と話題を提供してくる国王様自身が、どこか上の空な返答を繰り返していたからだ。まるで何か重大に用件を伝えなければならないのに、口にする事が出来ないでいるような、そんな態度だ。


「……ではな。また機会があれば食事をご一緒して欲しい。今日はわざわざすまなかった」

「こちらこそ。美味しいお食事をご馳走になりまして。ありがとうございました」


結局、国王様は当たり障りのない話を続けただけで、特に俺達が考えていたような変な話は出てこなかった。屋敷を後にしつつ、俺達は揃って首をかしげる。


「何だったんだろうね?」

「うーん……なんか言いたそうだったけど……」

「口にしなかったって事は、大した用事じゃないんでしょ」

「それより師匠。これはお返ししておきます」


ルビアスは自分が抱えていた革袋をこちらに押し付けてきた。受け取って中身を見ると、目にまぶしい金貨が沢山詰まっている。


「ありがと。じゃあこれは皆で分けようか。三百枚だから、五人で割ると一人六十枚だね」

「え? 私達何もしてないよ!?」

「それはラピスちゃんが頑張った報酬だから、ラピスちゃんが取っておいた方が良いわ」

「そうです師匠。何もしていない我々が分け前をもらうわけにはいきません」

「銀貨の数枚だったらともかく、流石に金貨六十枚はもらえないよ~」


なぜか拒否されてしまった。別に気にしなくても良いのに。仲間なんだから。仕方ない。無理強いしても受け取りそうにないし、ここは俺が折れておくか。


「そっか。じゃあこれは一応俺が預かっておくから、何かお金が必要な事があったら言ってね。とりあえず日も暮れてきたし、今日はこの街で宿を取ろうか」

「賛成~!」

「なんか今日は食べてばかりだったわね。晩ご飯は必要ないかも」

「まだ食料も少ないでしょうからね。体を休めるだけにしましょう」

「お風呂に入れれば何でも良いよ」


午前中に訪れた宿に足を運ぶと、予想通り宿泊用の部屋は開いていた。久しぶりに宿泊客が訪れたと言う事で、随分機嫌が良さそうな女将さんに一泊分の料金を支払い、俺達はそれぞれの部屋へ入っていく。この宿は大部屋がないそうなので、それぞれが個室を取る事になっていた。部屋に入った俺は装備を外してゴロンとベッドに寝転んだ。そしてそのまま呼吸を整えて気持ちを落ち着けた後、数時間だけ仮眠を取ることにした。


国王様のところで散々飲み食いしたためか、誰も夕食のお誘いをする事もなく静かな時間が過ぎていき、気がついたら真夜中になっていた。


「よしっと」


ベッドから身を起こした俺は、いつも身に着けている服装の上から野営用のマントを身に纏い、頭にもタオルを巻き付けて特徴的な髪を隠していく。腰には短剣を差し、パッと見たら暗殺者に見えなくもない格好だ。そして窓枠に手を掛けて窓を開けると、勢いよく外に身を乗り出した。フワリと宙に舞い上がった俺はぐんぐんと高度を上げ、ゆっくり目立たないように空を進んでいく。目指すは昼間お邪魔した国王様の屋敷。あの温厚そうな国王様が、ついに口にする事が出来なかった事情、直接訪ねて聞いてみようと思ったのだ。


「人目を避ければ話してくれるかも知れないしね。失敗したら大変な事になりそうだけど……」


これは下手をするとお尋ね者になる危険な賭だと思う。でも今は自分の直感に従っておこう。このまま放っておいたら、何か悪い事が起きそうな気がするから。

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